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女王様、狂犬騎士団を用意しましたので死ぬ気で躾をお願いします  作者: 帰初心
第一章 リーゼロッテと愉快な狂犬たち
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第十四話 ご主人様、愛しています! 靴下下さい ( by グレイハウンド )

 私はケンネル王国の東海岸におりました。

 白い砂、青い海。特に海岸線では透明度が高く、美しい海です。


 その海に浮かんでいるのは、大きな船。

 この国屈指の高速船です。

 上には三台の戦車が乗っていました。


 私は浜辺で後ろにダリウス様を控え、二人の和犬さんを見送ります。


 一人はにっこりと爽やかに笑うヨシムネ・フォン・キシュウ様。

 そして、男らしいキリリとした眉が印象的な、がっしりとしたハチ・フォン・アキタ様。

 彼は寡黙な方で、あまりお話をされません。

 

 ヨシムネ様が超デブ犬になったダシバを抱えて、「では、リーゼロッテ様。ダシバ様を連れていきますね」と、微笑みます。


「よろしくお願いいたします」

「アプソ大司祭が許してくれる程度には、なんとかしますよ」

「全てはダシバ様の健康のためですから。少しの別れを我慢してくださいね」

「ダシバ、頑張ってくださいね」

「きゅーん」


 ダシバは私を見つめて、必死に足をばたつかせて抵抗をしておりますが、ヨシムネ様が決して離しません。


 こうなったのも、すべてはダシバのたぷたぷの贅肉のせい。


 我が愛犬は、とうとう医師から「どこからどうみたって肥満です。痩せさせてください」と注意喚起を受けたのです。

 なんとか運動をさせようとするのですが、ドッグランコートでは目を離した隙にサボり、全く脂肪が減らないままでした。大導師ゴルトンが、来るたびに高級おやつを与えるもの原因です。


 仕方なくレオンハルト様に相談しますと、彼は喜んで和犬の皆さまに託すことを提案されました。

 「でも……」と躊躇する私に麗人宰相は、


「今回はキシュウ卿に全面的に任せればいいのです。彼ならば安心なのでは?」 


 そう、おっしゃったのです。

 確かに。彼は何事もスマートにされておりますし、ダシバを決して駄犬とおっしゃりません。


(彼ならきっと、ダシバにも誠実に対応して、健康的に導いてくださるに違いありません)

 そしてようやく私は、犬人さんに愛犬を託す決心をしたのです。


 期待通りに、彼らは「ダシバ様を任せてください」と返事をくださいました。


「和犬の皆はずっとダシバ様のことを(恥だと)気にしておりましたから。

 ええ、(騎士団の連中の胸が空くような)素晴らしい特訓をして差し上げますよ。ふふ」


 ヨシムネ様は白い歯をキラリと輝かせて、実に爽やかに笑っています。

 片手で首に嵌まった黒い首輪を撫でて、ご機嫌です。


 どうやら中央騎士団が新人を特訓するために使う島があるらしく、そこに行けば決して逃げられず、医者から出された運動メニューもこなせるそうです。

 ハチ様も深く頷き、黒い首輪を触りながら「任せるであります。(死にそうな目にあわせて)戴冠式で国民にお披露目する前に、『おすわり』程度はできるようにするであります(出来なきゃ死ぬだけであります)」と答えられました。


 ダリウス様も「(色々な意味で)期待している」とうなずかれました。


(妙に、会話にカッコが多いような気がするのですが……気のせいですよね)

 そう思いながらも、私は白いハンカチを振ります。

「きゅーん、きゅーん」と鳴き続けるダシバを乗せた船を、見送ったのです。


 後ろで「和犬のエセ爽やかは使えるな……今後も依頼しよう」と誰かが呟いた気がしましたが、きっと……気のせいですよね?




 ◇◇◇◇




 狂犬国家が、狂人国家ユマニスムを併呑した――――。

 先日の騒ぎで、情報は一瞬にして大陸中を駆けめぐりました。


 特に国境を接する帝国は大いに慌て、ハイヌウェレ公爵を使わしました。

 第二部隊の大型犬たちに囲まれながらマントを翻して入ってくる公爵様。


 彼は王座の間で礼を取りました。


「殿下、ユマニスム王国を併合したとお聞きしましたが」

「ご連絡が遅くなり申し訳ありません。その通りになりました」


 はっきりと答えると、公爵様は父に似た柔和な顔を真顔にし、瞳孔を縦に細めます。


「子供らしい平和主義者かと思ったら……幼いからといって、貴女を見くびっていたようですな」

「ありがとうございます」

「しかし、我が国も多くの民族と宗教を包容しており、純人教の信者もおりますが……かの宗教の巣を突いても無事とは。しかも、大導師とも和解なされたと? 一体どうやったのでしょうか?」

「それは……」


 私は、ダメシバの顔を思い浮かべました。

 そして諦念の表情を浮かべ「内緒です」と答えます。


 公爵様は肩をすくめ、それ以上の追求をしませんでした。

 ですが、彼は私にもう一つ訊ねたのです。

 「ところで、見事な電撃戦でしたが、大量の靴下は無事だったのですか?」と。


「靴下……ですか?」

「はい。王族の履き古し靴下の件です。特に殿下の……もしかして、ユマニスト王が出したあの公文を見ていなかったのですか?」

「あ、はい。聞いておりません……」


 私は思わず隣のレオンハルト様を見ました。

 すす、と目を逸らされます。


 私は思わず下に侍っているダリウス様を見ました。

 すす、と目を逸らされます。


 他の隊長さんたちを見つめます。

 すす、と目を逸らされます!


 これは……「悪いことした自覚はあるけれど、決して白状したくない」わんこの態度!




 私は、ハイヌウェレ公爵様と会談した後、自室に中央騎士団の隊長さんたちを呼び出しました。

 

 応接間に大きなテーブルを用意してもらい、テレサさんにお茶を入れていただきます。

 その間に、宰相と揃った隊長の皆さんの顔ぶれをじっと見渡しました。


 まず宰相であるレオンハルト・フォン・ゴールデンレトリバー様。

 中央騎士団長であり、近衛部隊である第一部隊隊長の、ダリウス・フォン・ウルフハウンド様。

 戦闘が主の第二部隊隊長、グレイ・フォン・マスティフ様。

 戦闘が主らしいのですが何をやっているのかいまだに分からない第三部隊隊長、アポロ・フォン・グレートデン様。

 技術開発・後援が主の第四部隊隊長、ラスカル・フォン・マラミュート様。

 隠密・拷問が主の第五部隊隊長、リリック・フォン・コーギー様。


 破壊工作が得意の第六部隊隊長、マゾ・フォン・ボルゾイ様は————。


 じー。

 犬の姿で、私の椅子の下に腹這で潜り込み、私の足が浮くのを、今か今かと待っております。

 私の直属の護衛犬であるマルス・フォン・マルチーズ様が、「ご主人様の下を陣取るな!」と尻尾を引っ張りますが出てきません。実に頑固です。




 呆れた視線を送っているのは、医療が主の第八部隊、ジョゼ・フォン・セントバーナード様。

 彼女は唯一の女性の隊長さんです。

 大柄で実にナイスバディ。赤褐色の髪を緩く縛って、たれ目が色っぽい美人さんです。

 先ほどまで急患に対応されていたとかで、赤い爪でコツコツと机を叩き、私に「ちょっとあのマットに止めを刺してきても良いでしょうか」と聞いてきます。

 ここはマルス様にお願いしましょうと、なんとか宥めました。  




『ギリギリの到着、申し訳ありません! 素敵な不倫現場スクープを押さえてしまったものですから!』

 

 慌てて犬の姿で入ってきた方は、通信が主の第七部隊隊長、ヨーチ・フォン・グレイハウンド様。

 グレイハウンド家当主の次男さんだそうです。

 人の姿になって、周りの責めるような視線を明るい太陽のような笑顔で躱します。

 こげ茶の髪をツンツンと逆立てて、服のあちこちに葉や枝をくっつけていました。


 とにかくこの方は「私は世界一のジャーナリストですから! 逃げ足だって世界一です!」と叫んで部隊の主力を引き連れては姿を消すので、私は殆ど会ったことがありません。


 本当に鼻の効く方な上に、スクープが大好きで、以前会話した時には「不倫は文化です! でもパパラッチはもっと歴史ある文化です!」と宣言されておりました。

 ……彼は公的な機関には向いていないのではないでしょうか。


 へらり、と椅子に座ろうとした彼は止まります。

 更に、くん、と何かを嗅ぐと、突然私に抱き着いてきました!


「ちょっ」

「ああ、やっぱりなんていい匂い! 本当に天にも昇る心地です! リーゼロッテ様は歩く芳香剤! どんな花も貴女様の香りには勝てません! 気が狂いそうな香りとはこのことを言うのでしょうね!」


 芳香剤は違うと思います! 置く場所を考えたら失礼です!


 ダリウス様が彼を剥がそうと襟首を掴むと、彼は「やっぱり今回の戦役で手に入れた古い靴下よりも、脱ぎたてが一番ですよね! 靴も出来れば欲しいのです!」と続けました。


 彼の通称は「パパラッチ犬」。

 そしてもう一つの通称は、「靴下犬」。


 特に、王族の脱ぎ着した衣服が大好きなのです。


 犬人の皆さんは王族の匂いが大好きです。

 私の衣類を下賜して欲しいと願うわんこは、星の数ほどいらっしゃいます。レオンハルト様もしょっちゅう嗅ぎに来ますし、以前の内乱ではクローゼットが荒らされました。


 ですが、ここまで堂々と「くれくれ、ご主人様」をするのは彼だけです。

 初めて会った時、彼はこう言いました。

 『女王様早速ですが。靴下を脱いで私にください』と。




 相変わらずの彼でしたが、先ほどの台詞に、聞き捨てならない単語が混じっていました。

 「先の戦役で手に入れた古い靴下」ですか? 


 ようやく全員着席して、テレサさんがお茶を出し終えると、私は皆さんに訊ねました。


「……ユマニスト王が出したと言う公文を、今ここでお見せ下さい」

「はい」


 レオンハルト様が、怒らないでね? 怒らないでね? という風に眉を下げた犬の姿の時のように、書類を差し出します。


 そこには、こう書いてありました。



『財政再建のため、宝物庫の在庫一斉セールを開始する。特に変身人種が好むものなど我々には不要。来週焼却処分にする。だが、もしもこれらが欲しいというのならば、相応のものを要求する』



 下にはリストが付いており、各国から奪った収奪品や、宗教指導者が穏健派であったころに国際交流で交換し合った宝物がずらりと書いてありました。


 帝国の場合は、キラキラした製品一式。

 猫人の国の場合は、マタタビの木製品一式。


 そして我が国の分は―――――。




■ケンネル王国:王族の歴代の履き古した靴下と靴(大量)

        内乱時に手に入れた次期女王の靴下(足あと柄)





「こ、これは……」

「許せませんよね、靴下に靴まで! あんな香しいものを燃やすなんて人間の所業ではありません! 悪魔の所業です!」

「……同意しますね。全く許しがたい」


 憤慨するヨーチ様に同意するマゾ様。上品なヒラヒラした服で、優雅にお茶を飲んでいます。

 私は思わず周りの方々を見ます。

 黙ってはいますが、その表情は「同意」と語っていました。

 

「レオンハルト様!」

「王族の遺物は皆歴史的な価値がありますから、我々は国の威信をかけて取り返すしかなかったのです」

「歴史的というよりも匂いが大切なのでしょう!?」


 そう怒ると、隊長の中で最年長のグレイ様が、


「当たり前ではないですか。だって我々は犬人ですぞ? 

 【思い出は匂いと共に。匂いは思い出と共に】は我が国の有名なことわざですな。ちなみにこの意は、人生で寂しくなった時は思い出の匂いを嗅ごう、という意味です」


 と、答えます。

 



 なんという!!

 こんなことで慌てて戦争許可を下したのですか!


 私はダリウス様を睨みました。

 とたんに超巨大犬に姿を変えて、しょぼんと頭を垂れました。

 そんなことをしても流されませんよ! 


 結局、ユマニスト王城から運び出した歴代の王族の靴下や靴は、狂犬騎士団で報奨として分配されたそうです。道理で私が目録を渡した、臨時報奨の金額が少なかった訳です。


 皆さんで『宝物』を分配していたわけですから。


 レオンハルト様は悲しそうに「宝物庫に戻されます?」と訊ねてきましたが、要りません。

 私には全く要りません。

 そう述べると、皆さんほっとして胸を撫で下ろしておりました。


 ことが知られたら戦後遺物を没収されるのではと、心配していたそうです。

 だから報告をしなかったのだと。


 ダリウス様が開き直っておっしゃいます。

「国の威信はこうして守られました」


 ラスカル様もおっしゃいます。

「一部は地下深く掘って埋めましたよ? だって宝物ですから! 地下五百メートルは掘らないと!」 


 普段は隠れていて見つからない、リリック・フォン・コーギー様も消極的におっしゃいます。

「あの……僕……あまり仕事できてないからもらっちゃってすみません……まだたった十人しか暗殺できていません……マルス様、すみません……」


 迫力のある美人のジョゼ・フォン・バーナード様が、肩をすくめておっしゃります。

「男どもは駄目ね。女王様、女なら王族の靴下なんて美しいオブジェは、お花とともにフラワーアレンジメントして豪邸を飾るのが最先端のお洒落なのですわ」


 私は思わず、控えていたテレサさんを振り返りました。

 彼女は残念な顔をして、静かに首を振ります。

 ……どうやら、あくまでジョゼ様は、女性というよりも狂犬騎士団……。

 



 わんわんわんわん……と、皆さん本当に様々な言い分がありました。


 それにしても。

 私が皆さんを責めたい理由と、皆さんが心配する理由が、全く重なっておりません!

 全然、通じておりません!



 これ以上は平行線だとがっくり諦めた私に、レオンハルト様は伝えました。  


「先日実にいい仕事をしたキシュウ卿とアキタ卿には、リーゼロッテ様の靴下を分配しました。宜しいですよね?」

「はい、どうぞ……」

「アキタ卿はお守りに入れて首に下げ、キシュウ卿は首輪に靴下を絡ませて、自慢するそうです」

「……」


 和犬の皆様。貴方がたも……。

 テーブルの中で、「いいですね!」「私もやってみたい!」との声が上がりますが、もう聞こえせん。聞く気がありません。

 

「私は今脱いだやつも欲しいですね!」

「ならばグレイハウンド卿。私が今から踏まれてくるから、綺麗に脱がすのは君に任せよう。どうだ?」

「いいですね!」


 きーこーえーまーせーん。


 




 今回はもう、私の完敗です。

 諦めと共に一番の要件を終えました。


 次に戴冠式に必要なことの打ち合わせを始めようと、レオンハルト様が書類を配ると、ヨーチ様がはい! と手を挙げられました。


「私が先ほどパパラッチしている最中に聞いたのですが、『リーゼロッテ様の未来の王配候補が帝国から送られてくる』というのは本当ですか?」

「「!?」」


 部屋中に緊張が走ります。

 私は、ああそれですかあと、遠い目になりました。

 

 好奇心の視線が集中したレオンハルト様は、まず断りを入れます。


「そういう打診は各国から来ている。しかし、なにせ今、王族はリーゼロッテ様一人。『もっとリーゼロッテ様が健やかに成長されるまではどのような方も候補には入れぬ』と断っている」  

「そうですか……」


 ヨーチ様が座ると、隊長さんたちはうーんと悩み始めました。


 王族は元々人数が多かったので、各国に嫁や婿に行ったり、降嫁したりとあちこちに血脈は残っています。ですがなぜか、犬人の皆さんからすると子孫は「匂いがなくなってしまう」そうで……。

 王族とは認識できなくなるのだそうです。


 どういう仕組みになっているのかは、未だに謎です。

 やはり、犬人の呪いなのではないでしょうか。






 とりあえず今は、己の成長です。


「私はもっと成長していきたいのです。政略結婚はいつかせねばならないと覚悟しています。ですが、それよりもまず、この国を知り、皆様を知り、犬人というものを理解させてください。お願いいたします」


 私は頭を下げました。

 慌てて、皆様が立ち上がります。 

 そして打ち合わせが終わると、隊長さんたちと美味しく、ベランダで昼食会をしたのです。


 青い空の下。

 皆さんわんこの姿で、私の足元に侍って美味しそうにご飯を食べていらっしゃいます。


 色々な尻尾が、フリフリと機嫌よく動いていますね。

 短いしっぽ。大きなしっぽ。長いフサフサのしっぽ。


 ————やはり、ナイフとフォークでご飯を食べませんか?


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