第十話 なぜ穴を掘るかって? そこに地面があるからですよご主人様 ( by マラミュート&ハスキー)
今日は楽しみにしていた王宮全体の視察の日です。
今回は主に食堂と、馬のない四角い馬車――――犬人の皆さんが「戦車」と呼ぶものです。
とくに食堂!
視察を兼ねて、王宮の食堂でご飯を食べるのです。
私は普段、自室の隣の部屋でご飯を食べています。
歴代の王の食卓は使いません。あそこは広すぎて寂しいからです。
また、一人で食べるのも寂しいのでテレサさんやマルス様と一緒に食べてもらうのですが、みんなでわいわい食べる食堂というのにも興味があります。
それって、みんなで椅子に座って食べるのですよね?
レオンハルト様とダリウス様は犬の姿で私の足元でご飯を食べたがるで、揃っても大人数という感じがしないのです。
普通人の姿で食べませんか? ナイフとフォークで食べませんか?
たまに「女王様とのお食事会」という名目でやってくる隊長さんたちや貴族の方たちも、犬になって足元で食べたがります。
「リーゼロッテ様の足元で食べることが至福」という感覚が理解できません。
犬の姿用の食事を特別に用意して、上品にこぼさず食べてはくださるのですが……。昔は王族のテーブルの下でご飯を食べることがご褒美の一つだったそうで……。
その辺りも理解できません。
この間マゾ様が参加されていた時、誰よりもお上品な食べ方に感心していますと、『今なら背中にもう一踏みいけますよ』と呟かれました。
以前頑張って目をつぶって踏んだのですが、喜びつつも、私の足の力が弱くて物足りないとおっしゃいました。
「たくさんお食事をされて、早く大きくなってくださいね」との台詞が印象に残っています。
外を見回りやすい恰好ということで、本日は動きやすいクリーム色の、スパッツ&ワンピースです。
裾周りに、わんこの足跡模様がついているお気に入りです。
ただ、この模様をまれに本物と間違える方がおられます。
他犬の存在に嫉妬をされるか、「自分も足跡付けたい」とふらふら寄ってこられて大変です。その都度マルス様が撃退してくださりますが。
意外に思われる方がいるかもしれませんが、王族の服装はごく公式的なものを除けば、動きやすい服が多いのです。これらは「わんこと戯れるため」に開発されてきた歴史があるそうです。女性向けでもオーバーオール、ズボン、スパッツなどの衣類がクローゼットに豊富にあります。
義兄にも一緒に回りませんかと聞くと、「そんなもの全部見たわ。むしろ興味持つのが遅いんちゃうん」と断られました。
レオンハルト様の小姓の先輩にシェパード一族の若い方がいるのですが、何やら仕事の鬼らしく、最近はめっきり会えません。
寂しくてまたエセ西方語が出てしまいそうです。
「それでは行ってまいります」
「料理長がご挨拶できるのを楽しみにしておりますので、食堂での食事を楽しみしてくださいね」
「はい!」
「最近は食堂にアプソ大司祭もいらっしゃいますけど、気にしないことですよ」
さて、テレサさんにダシバを預けて食堂に向かいます。マルス様が横に付き、後ろには警備兵の皆さん。
そして、レオンハルト様の誘導です。
ダリウス様は先に戦車の演習場へ向かわれました。
なかなか離れて下さらず、「行ってください」とお願いしますと、「きゅうん」と私のスカートの端を銜えて動きません。
―———ダリウス様ほどの大きな犬に銜えられるとスパッツが丸見えになってしまいます。
これにはテレサさんが怒って、「殿方はもう少し犬性を抑えなさい!」と一喝し、扉の外に蹴りだしました。肝っ玉お母さん素敵です!
その様子をレオンハルト様が鼻で笑っていらっしゃいました。お二人は仲良しですね。
王宮の食堂は五つほどあります。
そのうち最大の第一食堂を遠目から眺めていると、セルフサービス式となっておりました。
たくさん連なるテーブルに、広い空間。その中で人の姿の兵士さんや、文官らしき方々が、たくさんトレイを持って並んでいます。
メインデッュは一つですが、副菜を色々と選べて、しかも量が言った分だけ調整できるようです。
少量しか注文されない文官、大量に山盛り肉に山盛りのパンを乗せていかれる兵士の方と、様々に食事を楽しまれているようです。
もっと観察をしたかったのですが、食堂に近づくと殆どの犬人に感づかれてしまいました。
食堂だけでなく厨房の中の方々の動きが止まり、視線が集まります。
「女王様だ!」「リーゼロッテ様が来た!」「どうしよう今日は毛並みが悪い!」「ご主人さま~」
わんわんわんわん!
大混乱になりかけました!
「待ってください!」
「「わん!」」
最近になって気が付きましたが、犬人の皆さんは「待て」と「お座り」、そして「取ってこい」が大好きです。いつだって命令してくれないかな? とキラキラとした瞳で見つめてきます。しかも老若男女関係なくです。
レオンハルト様が困り顔で「事前に通達してあったはずだが」と抗議をすると、厨房の奥から料理長がやってきました。
白衣からエプロンを外し、コック帽を下ろした男性でした。
表れたのは茶色の短い髪。愛嬌のあるたれ目で私に礼を取ります。
「『女王様が来るからいつも通りにしてろ』なんてあたしら犬人に指示する方が無理ですよ。気配と匂いで分かっちまうし、気が付いたら平静でいられるわけがないんです。ここぞと他の食堂からも大量の犬人が流れてこないようにしただけでも、褒めていただきたいところですね」
彼の名はアラン・ブラッドハウンド。
貴族の出身ではありませんが、その料理の腕を買われて王宮の料理長にまで上り詰めた方です。
ユーモアのある方で、「自分が料理長に選ばれたのは、たまたま王族がいなかったからと、抜け毛が少ないからさ」と笑って紹介してくださいます。
誰よりも鼻が良いので、材料の質はもちろん、お肉を余計に取って行こうとする兵士の不正の匂いまで嗅ぎ付けるそうです。
私はどうしても普通にお食事がしたかったので、いつも通りにして欲しいとお願いしました。
彼らは頑張って通常通りに戻ってくださいました。
でもチラチラチラチラと視線を感じます。頑張って我慢していらっしゃるのが分かります。
……残念ですが、今後お食事の邪魔なるようでしたら、次回からは食堂へは行かない方が良いかもしれません。
レオンハルト様とマルス様に挟まれて、私もトレイを取って並びました。
レオンハルト様がいそいそと割烹着を取り出し給仕しようとしましたが、断りました。これ以上目立ちたくありません。
無駄かも知れませんが。
食堂の食事は、自室で食べているものと大きく違いませんでした。
ただ品数が少なく、盛り付けを豪快にし、さらにボリュームが増えたという感じでしょうか。
この国の王族は贅沢を好まず、「みんなと一緒の食事がいい」という方が多かったそうです。
私は好物のチーズ入りチキンカツがあったので真っ先にお願いしました。
アランさんはにっこりと笑って差し出してくださいます。それに野菜のマリネと丸パンと、牛乳です。牛乳はいつもの私専用のものです。
表面に手書きで書かれた【35kg牛乳】。
世間の平均体重に未だ戻せない自分を心配する、犬人さんたちの気持ちが籠っております。
最後、デザートのプリンをいただこうとしましたら、白い――――聖職者のような恰好をされた、白い髭の立派なご年配の方がプリンを配っていらっしゃいました。
彼はこの国の宗教の権威、アプソ大司祭です。
プリンを一つ一つ差し出しながら、
「食い改めなさい」
と犬人さんたちに説いています。「悔い改めよ」ではなく?
私がトレイをもってアプソ大司祭の前に行くと、彼はもっさりした白眉で見えずらい目を細め、「リーゼロッテ様は食い改めなくて良いのでもっと食べてください」とプリンを二つくださいました。
「なぜ大司祭様はここにいらっしゃるのですか?」
「初代王アイアル様がそうおっしゃったからですよ。『わんこに大デブは禁物だ。とくにおやつは要注意だ』とね」
「それでわざわざ食堂に?」
「ええ。『わんこは積極的に歩くべきだ。どんな仕事でも足を動かす工夫をしよう』ともおっしゃいましたからね」
この国の宗教は『わんこ教』といい、大陸既存の宗教に、犬人らしさを加えて作られたものです。
初代王の死後、大司祭たちが初代王アイアル様の言動を盛り込んで、愛犬育成書として編成し直したのが初めとか。
ご本人は宗教改革をしたつもりは全くなかったそうですが、犬人への愛に溢れるその言動は、あらゆる社会に浸透していったそうです。
純人教のような排外的な宗旨のものとは違って、「犬人がいかに幸せに生きて、健康的にぽっくり死ねるか」が主題となっており、健康指南書としても歴史的な価値があるそうです。
頑張ってくださいと大司祭に伝え、私はテーブルに向かいました。
私のトレイを取り上げて運びたそうなレオンハルト様とマルス様には、視線でダメだを伝えます。
この国の仕来りである「いただきます」をして食べ始めます。
美味しい!
衣がとてもサクサクしていてチーズもアツアツで美味しいです。
ただ、悲しいかな、私の表情筋。
折角感動しているのに、なかなか表情に現れません。この硬すぎる顔のせいで、今までどれだけの誤解を受けてきたことか……。
でも料理長はにこにこ笑ってくださっているようですし、周りの犬人さんたちもにこにこされています。そこに甘えさせていただいて、美味しいプリンも心の中で悶えながら食べました。
食事中、マルス様はピーマンを献上するをおっしゃりましたが、そこは断りました。嫌いでもちゃんと食べましょうね。
さて、テトラパックの牛乳を飲み終えますと、先ほどから「がつがつがつがつもぐもぐもぐもぐ」と音がずっと続いていることに気が付きました。
斜め前を見ると、少し離れたテーブルにトレイと皿の山があります。
その奥には何かがうごめいており、必死に何かを詰め込んでいるようにも見えます。
興味を惹かれて、お片づけをした後に覗き込みました。
そこには作業着を着た小柄な男性が懸命に次々と、チキンカツを平らげております。太っているわけでもないのにすさまじい消費量です。一体どこに入っているのでしょうか。
「あの……」
「もぐもぐもぐもぐもぐ」
「美味しいですか?」
「がつがつがつがつがつ」
反応が咀嚼音しかありません。
「あ、ご主人様」
「その犬は、食事中に声を掛けても無駄ですよ」
横から声を掛けてきたのは、ラスカル・フォン・マラミュート様とキース・フォン・ハスキー様。
四つのアーモンドの瞳がこちらに来ます。
二人は軍服の上着を脱いで、たくましい腕に工具を抱えておりました。
レオンハルト様が「リーゼロッテ様の前でなんだその格好は」と叱りますが、「だっていつも通りにして欲しいとご主人様が言ったじゃないですかー」と二人は抗議します。
初対面で会った時は畏まっていたお二人ですが、気を抜くふと間延びした言葉になられます。私は許可をしているので構わないのですが、レオンハルト様はマルス様の言葉遣い同様、二人によくお小言をされてるようです。
二人は食後の休憩を兼ねてと申し出て、次の戦車見学会の前に、第四部隊の独立練に案内してくださいました。
王宮から地下坑道を潜って十分。
出口から現れたのは、広大な敷地をもった建物でした。
大きな窓とバルコニーがある大きなふんわりしたソファーに座りますと、二人はホットミルクを用意してくださいます。
ダリウス様は犬の姿で私にすり付いてきました。演習の実行はラスカル様とキース様に任せるそうです。いいのですか団長。
第四部隊は技術・情報・運搬関係の仕事をされる部隊です。
戦車や連絡用の四角い箱――――トランシーバーなどの移動手段を開発したのも彼らだとか。
ちなみに工作活動をされる際は、マルチな仕事をされる第三部隊と組まれるそうなのですが、滔々と技術用語を語られるラスカルの様の話が理解できませんでした。
マルス様が「マラミュート一族もハスキー一族も、ザ・職人だからすぐ自分の世界に入っちゃうんだよね。周りが置いてかれるのはしょっちゅうだから気にしなくていいよ」教えてくださらないと、理解できない自分に落ち込んでしまうところでした。
「先ほどの大食漢はうちの主任技官で、ピーター・ビーグルと言います。あの通り一度食べ始めると、全く周りが見えなくなるので、ご挨拶ができずに申し訳ありません」
「あれでとても有能な技官なのです。どうぞ怒らないでやってください」
「躾がなってないんじゃないの」
マルス様の指摘にいやはや、とラスカル様が頭を掻いておられます。
「うちは技術系の才能重視で部下を集めていますので、少々軍人としては個性の強すぎるものが多くて」
「特に今、ビーグル技官には体力の消費の激しい作業をさせていますから。ああ、まもなく本人が謝罪に参ります」
「申し訳ありませんでした!」
私の前で土下座をしているの男性はピーター様。
いくら食べ物に夢中だったとはいえ、女王様の匂いに気が付かないなど犬人、さらにはビーグル一族としても失格だったったそうです。
今にも窓から飛び降りそうな形相に、私は慌てました。
「気にしなくていいですよ。何か大変なお仕事をされていたようですね」
「はい! それはそれは見事な穴が完成しまして、これならもう子犬たちが三台並んでもぶつかりません! 我ながら穴掘り犬としていけているんじゃないかなあと思います! しかもですね、その穴の脇には「はいはいストップー。調子に乗り過ぎるとスパナで叩くよ」」
キース様に口を塞がれました。
褒められたらとたんに調子に乗ったピーター様は、すぐにしゅんとされます。
とても素直な方のようですね。
キース様がトランシーバーから連絡を受けて、指示を出します。
「では、バルコニーにおいでください」
外に出ると、だだ広い整地された大地が見えます。
王宮から離れたとたんに広い空と大地。この国はとても広いのですね。
「では紹介いたします。私たちの愛する戦車部隊―——―通称・子犬隊です!」
地面を鳴り響かせて歩いてきたのは確かに、私を救出してくださった馬のいない馬車たちです。いえ、戦車です。
二十台ほど仲良く並んで進んで、先頭についた丸い筒を動かして遠くに見える小山を狙います。
ラスカル様がトランシーバーを越しに指示を出します。
「滅しろ」
子犬たちは元気に「ドン」と大きな音を立たせて――――小山が消滅しました。
飛び散った岩と土。綺麗な台地が出来上がりました。
「今お山が消えました! 筒から何かが出ましたよ!?」
「はい、砲弾ですね。あれは演習用だからあまり火力の強いものは使っておりません――――空飛ぶ子犬も出てくるように」
そう説明するキース様が、更にトランシーバー越しに指示を出すと、空から轟音を鳴り響かせて何かが飛んできます。
戦車です。てっぺんに回転する何かを付けています。
キリキリキリと、同じく丸い筒が揃って台地に向けられます。
ラスカル様が表情を変えず再び「滅しろ」と指示を出しますと、消えた小山の場所に巨大な穴が開きました。
あんなのを私が生まれ育った王都に撃ったら、それは簡単に陥落するでしょう……。
そして彼は、アーモンドの目を細めて胸を張って私に報告します。
「これが戦車の威力になります」
「す、すごいですね……」
「王族捜索のために開発しましたからね。我ら犬人の執念が宿っておりますよ」
戦争のために開発した、ではなく、捜索のために開発した、という言葉に重みを感じます。
そして、実際の戦車を間近に見るために私は演習場に降りました。
戦車はよく見ると、普通の馬車よりは大きく、そして金属で作られておりました。
触るとひんやりとしています。
これにあのような破壊力が……。
中にも入らせていただきましたが、計器が多くて良く分かりませんでした。
義兄だったら男の子だし、こういうものが好きなのだろうなと思ったくらいです。
とても高い技術力に感心していると、私は戦車部隊の一部が地面に消えていくことに気が付きました。
「子犬隊が消えていきます!」
「ああ、あれは地下に格納庫に戻っているのです」
キース様が答えると、ラスカル様が更に自慢げに教えてくださいます。
この国の地下にはたくさんの坑道があり、戦車や他の兵器をたくさん格納してあるのだと。
「犬人は掘削が大好きですからね」
「地面があると掘りたくなる人が多いよね。ダックスフンド一族とか、シュナウザー一族とか。この二人の一族もそうだし」
『私にはいまいち理解はできないですがね』
レオンハルト様とマルス様、そして相変わらず仕事をしないダリウス様のコメントに、後ろで静かにしていたピーター様が、「はいはい! ビーグルだってそれはそれは得意ですよ!」と主張します。
「副隊長! 穴です! 穴の件です! もう話してもいいですか!? もう語ってもいいですか!? もう述べてもいいですか!?」
「いいですよね、隊長」
「せっかく先日完成したしな」
ピーター様の言いたくてしょうがないという態度に、苦労を偲ぶ顔でピーター様とラスカル様が許可します。
ピーター様は張り切って説明されました。
「はい! 我ら掘削――――穴掘り部隊は今までずっと世界各国に地下道を作っておりました!
それも全て王族捜索のため!
特にあのむかつくユマニスト王国へは太く広く改良いたしました!
同時にリーゼロッテ様を侮辱するあいつらの坑道には、子犬隊もすでに配置!
侵攻準備もすでに出来ております!」
はい?
口をあんぐりと開ける私に、当然だなという顔でラスカル様とキース様は頷いています。
「あのご主人様をバカにして呼び出そうとする態度に、もう耐えられませんでしたからね」
「あ、団長は『もう滅亡させてもいいんじゃないか』と言っていましたよ。ねー、団長」
『そうだな。ちょうどいいな。やってしまうか』
「しー! ダメだ! まだリーゼロッテ様に伝えていない!!」
ダリウス様が事後承諾されましたが、レオンハルト様が慌てます。
私の傍らにいるマルス様を見ますと、「ようやくゴキブリを撲滅できるね。楽しみだなあ。ゴキブリは皆殺しが良いよね? 一匹残すとすぐ増えるし」と両手を頭の後ろに回して喜んでいらっしゃいます。
そして私に、大きな瞳でにんまりと笑います。「楽しみだねえ」と。
ナンデヤネン。
ご主人様に気に入られたくて、勝手に喧嘩をしようとするわんこたち。
またですか。
またこのパターンですか。