第九話 仕事しましょうよ団長 ( by トサ )
最近知ったのですが、この国――――周囲の国々に狂犬国家と呼ばれているらしいですね。
一体何をやらかしたのですかダリウス様。
有名な職人を多く輩出するマラミュートとハスキー一族の皆様が、私専用の王座を作ってくださいました。
小ぶりですが背もたれは高く、繊細な装飾がとても綺麗な椅子です。
もちろん、ちゃんと足が地面に着きます。
その様子を見たある隊長は「踏まれる余地がない」と悲鳴を上げましたが、私は笑顔でスルーさせていただきました。
王座の間で特製の椅子にちょこんと座り、両側には宰相と騎士団長が控えています。
私は初めての公務に緊張しています。
まもなく、大陸最大の国、ルマニア・ドラゴニア帝国の使者――――しかも皇帝の弟君である公爵様がやってくるからです。
この国の周辺国との関係は、三パターンあるそうです。
一つは領土が接しているためにたびたび紛争が起こる国。帝国がそれに当たります。
もう一つは国交はあるけれど、貿易も人的交流も少ない国。猫人の国などマイペースな国とは、互いにあまり関心がないようです。
最後は……これが厄介なのですが、純人教を主流とする国です。
ルマニア大陸は、動物の姿を持つ人たちの国が多いのですが、大昔多くの人類が移住した際に、純人の方もたくさんいらっしゃいました。様々な理由で、旧大陸にいられなかった方々です。
移住者同士、新しい土地で仲良く交われば良かったのです。
ですが、彼らは「純人教」を大陸に持ち込みました。
純人教とは動物の姿を持たない人間を至高とみなし、そのほかの人間を下等とみなします。
隣の中堅国――――ユマニスム王国は特にその色が濃く、先の戦いでは彼らが先頭となってこの国を蹂躙しようとしました。
帝国は多人種国家です。
幸いなことに過激な純人教を信じる方はさほど多くはなく、ただの領土欲によって戦争に参加されたようです。
それだけでも十分に迷惑ですが。
レオンハルト様曰く「目的がシンプルなので付き合う分には楽な国です」だそうです。
そのシンプルな国の中でも、屈指の外交官であり、レオンハルト様との知己である公爵様のお名前はフーコー・リンドブルム・ハイヌウェレ様。
精巧な絵を見せていただきましたが、とても品の良い紳士でした。
どことなく、私の父に似ています。
さて、ハイヌウェレ公爵様が入られた王座の間では、赤い絨毯の両側に沿って、中央騎士団の第一部隊と各部隊の隊長たちが立っております。
扉から王座まで、ずらりと並ぶその様子は壮観です。
中央騎士団の第一部隊は別名、近衛部隊。
彼らはその活躍だけでなく、容姿も家柄も良い方が集まった、いわゆるエリート。私を救いに来た他の部隊よりも、「狂犬度」が更に強い方々です。
特に王座の近くに控えているのは、第一隊長の代理でもある、副隊長のリョーマ・フォン・トサ様。同じく副隊長のハチ・フォン・アキタ様にヨシムネ・フォン・キシュウ様。後ろの二人の方は顔の系統が似ていますが、ハチ様はがっちり筋肉質で大柄な方で、ヨシムネ様は涼やかなお顔の中肉中背です。
会話させていただきた時は、穏やかな人当たりの良い方々だったのですが、噂では「鬼の和犬」と呼ばれているらしいです。とてもそうは見えないのですが……。
ケンネル王国の軍服は、黒に銀のラインが入ったかっちりとしたものです。
野外ではブーツを履かれる方が多いですが、ここではピカピカの革靴を履いて並んでいます。
そして……皆さん首に首輪をつけております……。
とても……とても残念なことですが、リボンを騎士団全員に配ることになりました。
首にレースのすみれ色のリボンです。
軍服に合わせると、似合わなすぎて辛いです。
あまりに視界から入るダメージがひどかったので、改めて、対外用に首輪を用意していただきました。
「好きなもの買ってきましたら嵌めますから」と付け加えて。
故に八部隊ある中央騎士団では、クラスで首輪を変えることになりました。
隊長クラスは赤。副隊長クラスは黒。そして、その他は焦げ茶色という感じです。
部隊によってはさらに部隊の特徴を反映したものになりましたが、今は述べません。私は遠い目をしながら一つ一つ嵌める作業をいたしました。
嵌めるたびに魂が削られていくような疲労を感じ、その後寝込んでしまったほどです。
公爵様は、あまりの光景に引き気味に、こちらに向かってきます。
……実に申し訳がないです。
「女王様におかしなまねをしたらかみ殺す」という殺気に溢れた首輪わんこの道は、さぞかし辛いと思うのです。
そうして王座にたどり着いた公爵様はこちらを見て、更に戸惑っておいでです。
……それは戸惑いますよね。
小さい少女にぴったりと、赤い首輪をした麗人と男前が侍っているのですから。
特にダリウス様はべったりです。レオンハルト様は、ダリウス様を「羨ましいからやめろ」とけん制されています。
どう見たってアレな趣味の男性たち。もしくはアレな趣味の子供です。
いいえ。首輪わんこを見てしまったら、私がまず疑われるでしょう!
私は恥ずかしくなって二人に注意しました。
「レオンハルト様、ダリウス様。今は謁見です。少し離れてください」
「は、申し訳ございません」
「わうん」
レオンハルト様はしずしずと離れましたが、ダリウス様は抵抗されました。
犬の姿になって私の足元に侍ったのです。
彼は『これで問題ないですね。だって私は女王の犬ですから』と澄まして足に甘えてきます。
思わず頭を叩きますと、どこからともなくダリウス様に「なんて贅沢な」と殺気を放つ方がいました。もちろんその先を確認する気などありません。
レオンハルト様はそんな親友の行動を良く知っているので、淡々と公爵様に対応いたします。
ですが、私は見てしまったのです。
こっそりとダリウス様のしっぽを、思い切り踏んだことを。
そんなやり取りをしていても、公爵様は流石プロ。
すぐに落ち着いて(なかったことにして)、私に挨拶をくださいました。
「リーゼロッテ殿下に拝謁させていただき、誠に感謝いたします」
そうでした。
私はまだ即位しておりませんの敬称は「殿下」なのです。周りの方々が皆「女王様」とおっしゃるで、すっかり忘れておりました。
公爵様の要件は、私が無事に保護されたことへのお祝いともう一つ。
「ケンネル王国が領有したと宣言しておられます大陸――――ドラゴニアのことでございます」
ダリウス様が征服してしまった、大陸の領有権に異議を唱えに来たのです。
しかも勝手に、大陸に帝国の名前を付けていました。
私はダリウス様に、確かに大陸を「返してきてください」とお願いいたしました。
しかし、いざ大陸原住の方々に統治権を移譲しようと準備を始めますと、大きな反発に遭ってしまったのです。「このまま我らを見捨てる気か」と。
あの大陸で起きていた「世紀末」では殆どの国が滅び、勝ち残った国も多くの人を養う余力がありませんでした。人心は荒れ、少なくなった人間がわずかな資源を奪い合う、そんな世界だったそうです。
そこに降り立った中央騎士団第一部隊。
とりわけダリウス様の活躍は神話レベルだったらしく、その雄姿は「世紀末覇者」として崇められました。しかしその呼称を嫌がったダリウス様のために、住民の皆さんは彼を「お犬様」と呼んでおります。
そんな大陸の現状ですが。
内政が得意なシバ一族の報告では、「ある程度自立し再生するためには、あと五十年は援助・管理する必要がある」ということでした。
また、早く現地の有能な方を王にしたいと考えていた私に最近、考えを直させる嘆願書が届いたのです。
大陸に住んでいる六才の男の子の手紙です。一生懸命この国の字を学んで書いた字で、真剣な気持ちが綴ってあります。
義兄が山のような嘆願書の中で、これが良いと選び取ってくださいました。
『 はいけい りーぜろってさま
ぼくはりーぜろってたいりくの りーぜろってこくしゅとの りーぜろってにくらしています。
いままでまいにちせんそうで「おぶつはしょうどくだ」とさけぶひとばかりだったけど おいぬさまなだりうすさまのおかげで まいにちごはんをいっぱいたべて いもうとやおとうとたちとへいわにくらしています。
どうかたいりくからでていかないでください。ずっとまもってください。
あと しばふくたいちょーがかわいいのでずっとここにおいてください。
おねがいします。 かしこ
ついしんです
きょうだいで、めがみりーぜろってさまをかきました 』
手紙の最後には、ダリウス様のせいで神殿が次々と建てられている「へのへのもへじてへぺろ☆」のリーゼロッテ神の絵が付いていました。
突っ込みどころが多すぎて何も言えません。
ついでに、妙に私の名前が多すぎやしませんでしょうか。
……ただ、手紙を書いた子の気持ちは伝わりました。
飢餓の辛さは私もよく知っております。
私はこの手紙を読んで、向こうの治安と食料事情が良くなるのであれば、もう少しこのままでもいいのかなと考え直したのです。
そして、私はダリウス様を呼びました。
尻尾を振って飛んできた彼に「私の名前をあちこちにばらまかないでください」と怒ったのです。
―————彼はまたしばらく、犬小屋から出てきませんでした。
未だに大陸のあちこちの改名はなされていません。
統治する犬人が圧倒的に足りないのです。
ダシバと正反対で生真面目なシバ一族が、そろそろ過労で倒れそうだという報告が入ってきておりますが、犬人は皆「女王様のそばにいたいし匂いを嗅ぎたい」と異動してくださらないそう。
……もう私が命令した方が良いのでしょうか。
それとも、ダリウス様をもっと叱った方が良いのでしょうか。
さて、話を戻しまして。
帝国――――ドラゴニア帝国の意図は単純です。
大陸での利権を寄越せ、そうでなければ領有を認めないということです。
もちろん少しでも利に食い込んでいけたら、いつかはこちらが領有権を主張するけどね、という感じでしょうか。
レオンハルト様は首輪を触りながら答えます。
「これは異なことをおっしゃいますね。あの大陸を発見したのは我々。さらに住民をまとめきちんと領有したのも我々です。帝国側にとやかく言う権利は一切、ありませんね」
きっぱりと断る宰相に、公爵様はにっこりと微笑んで、
「それが帝国側には記録がありましてね。古代の書物に【帝国の西側の海を越えた先に大陸があり、そこはドラゴニアの住民が住んでいた】と。なので、少しは私たちにも権利があるのですよ」
そう、いちゃもんを付けたのです。
書物の記録というものは、古くなればなるほど怪しくなります。
特に王家が編纂させれば、王家の正当性を主張するだけですし、民間で書かれればゴシップ性が強くなります。結局事実の検証ができなければ、記録とは意味をなさないのです。
王座の間に軍人たちの殺気が充満します。
レオンハルト様は呆れて公爵様を見ますが、彼は自分の言っていることがどれだけくだらないことか良く分かっていらっしゃるようです。
肩をすくめておどけました。
「……とまあ、私の兄が申していましてね。大臣たちが必死に抑えておりますが」
「フーコー殿」
レオンハルト様が責めると、公爵様は「今後の外交文書で書かざるを得ないことなので、本音と建前で理解をしていただきたい」と続け、
「我々は狂犬の皆様を有するこの国に敵対するつもりはないと、お伝えしたかったのです」
と、真剣な眼差しで私の顔を見つめました。
「殿下にはぜひ、帝国の内情も慮っていただきたく」
公爵様は片手を前にして深々と腰を折りました。
どうやら彼自身の本当の意図は、私という人間の見定めと、息を吹き返した犬人国家を下手に刺激しないよう、予防線を張っておくことだったようです。
私は帝国の実情を、家庭教師に学んでおります。
帝国は人口が過剰になっており、常に土地を必要としています。大陸の発見は、何よりもかの国が注目し、民衆には移住を希望する者が多いとか。そして皇帝は、世論の盛り上がりを抑えることに難儀していると。
(それにしても、公爵様は仕草もお父様によく似ていますね)
少しおどけたように話す公爵様は、ますます父に似ています。
そのあたりも、私の身の上を調べた上での演技なのかもしれません。
それでも別に構いません。
私も争いをしたいわけではないのです。
私はレオンハルト様に視線を送り、ようやく口を開きました。
「私は平和を望んでおります。戦わないで済むのなら越したことはないでしょう。大陸についての見解は、文官と宰相を通じて話をしてください」
公爵様は、微笑みを浮かべたまま再び腰を折り、謁見は無事に終わったのです。
「まあ、あれやな。帝国はあのおっさんがいる分には統制が取れてるってことや」
義兄が帝国の実情を教えてくださいます。
帝国は皇帝が中心に政治を動かしていますが、外交に関してはハイヌウェレ公爵が一手に引き受けています。彼の手腕により、過去の領地拡大路線は抑え、帝国内の統治の安定に努めておられます。
先の戦争は、世論をコントロールできなかったためにユマニスト王国に加わってしまいましたが、終戦は見事にまとめて見せました。戦争は終わらせることこそ、政治手腕が必要だそうです。
彼は我が国への賠償金も、相当に抑えてくださいました。
一方で、先陣を切ったユマニスト王国は多くの死者を出しただけでなく、賠償金も相当払うこととなりました。領地を奪わなかった理由は簡単で、レオンハルト様は「純人教過激派が住んでいる土地など要りませんから」だそうです。
帝国の訪問はこの一件のみで、「近いうちに行われる戴冠式への出席と、その後の女王の名による不可侵条約の締結」を約束して終わりました。
大陸については、条約締結後の話し合いで、と上手く流れました。
政治家とは、つくづくすごい人たちだなあと思います。
そして私のひざ元でブラシを受けて幸せそう顔をしている黄金色の犬も、辣腕の政治家のはずなのですが。
今私は自室の絨毯の上で、交渉を無事にまとめたお礼に、レオンハルト様にわんわんブラシを掛けております。
『幸せです……今ここで死んでも悔いはないです』
「だめです。悔いてください」
『あ、ご主人様! 僕も次お願い!』
「はいはい、分かりました」
ここぞとばかりに前足を上げたマルス様にも、ブラシを約束します。
ダリウス様も前足を上げましたが、彼は王座の間で苦手な外交をサボったので、無視の刑に掛けています。しゅんとしっぽを下げて部屋から出ていきました。
反省してください。
ダシバがしっぽを立てて、超巨大犬の後を付いていきます。
……どうやら、自分よりもダメそうな犬がいるのが嬉しくて、兄貴面をしようとしているようです。
ダメシバの、小物感が半端ないです。
シバ一族からは見放されたダシバですが、実は同じ和犬として見ていられないという、アキタ一族とキシュウ一族から、ドッグトレーニングの話が来ています。第一部隊の副隊長のお二人の家ですね。
(さて、ダシバを預けても大丈夫でしょうか……)
私は、しなしなになった超巨大犬の前を歩いてやろうと張り切って小走りになって、ですが追いつけなくて必死になっている愛犬の後ろ姿を見送ったのです。
義兄の「止めといた方がええんちゃう?」というアドバイスが、後ろから聞こえてきます。
帝国が、狂犬国家の次期女王と接触した――――この話は他の国にも広まりました。
数々の使者が私に謁見を求めてやってきましたが、直接私があったのは結局帝国だけでした。
それだけ、帝国が力を持っているという証なのでしょう。
ケンネル王国の犬人達が落ち着くことを、喜んでくださるところが多く、殆ど国とは友好的な話し合いができました。
中立的な国とは程よく距離を置き、元々友好的な国はそれなりに。
ですが、たった一か国。
こちらに怒りを向けて決して話し合いに応じようとしない国があります。
隣のユマニズム王国です。
いえ、話し合いは向こうから言い出したことです。
ただし「リーゼロッテ様をこちらに連れてきて挨拶させろ」という話なのです。
こちらの方が宗教上は【上】なのだから、と。
それはあくまで狂信的なユマニズム王国の考えであって、こちらの考えではありません。
更に言えば、彼ら独自の常識は、大陸全体に共通する常識からも大きく外れております。
もちろん、犬人の皆さんが納得するはずがありません。
レオンハルト様は静かに怒っておりますし、ダリウス様は不機嫌に軍靴を揺らして失礼な手紙を読んでいます。
ただユマニズム王国は、ダリウス様に叩かれて国力が激減しています。
下手なことはしてこないと思っていたのですが……。
その後の出来事で、狂人とは往々にして、予想のつかないことをするものなのだと思い知ったのです。
そして狂犬とは往々にして――――駄犬なのだと思い知ったのです。