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序 リーゼロッテ女王陛下(十歳)に我らは忠誠を誓います


 古代の歴史文書が語る。


 ある使節の手記によると、この国を建国した初代王は懇談の場でこう述べたという。


 私はこの国を犬人の為に作った。

 犬人たちは忠誠心厚く、質実剛健。愛情深く、だれよりも仲間と主を想う。

 一度牙をむけば、どのような巨大な敵にも立ち向かい、どんな狡猾な敵であろうと打ち破る。


 だがなあ。と、王は続けた。


 彼らはいささか私を好きすぎる。

 私の子孫を今後も主として慕うのは嬉しいが、もしも私の子孫が居なくなった時が心配だ。


 何せあれらの思いは一途すぎる。

 一度暴走し始めたら、止める手段がない。


 当時の王の子供は十八人も居て、孫は五十人を越えていた。この国の誰もがこれを冗談として、笑いの種にしていたものだった。


 まさかこの国では千年に繁栄の後に、初代王の心配が当たる日が来るとは。

 誰も想像が出来なかったのだ。




◇◇◇◇




 歴史ある荘厳な教会。

 天井高く奥行きもあるカテドラルでは、各国の華やかな来賓方と、この国の高位貴族や有力者で埋め尽くされています。


 空の大きな王座を囲むのは、中央騎士団。

 歴戦の戦士であり精悍な顔付きの彼らが、ずらりと並んでいます。

 そして、おじいちゃんの大司祭様に連れられてしずしずと足を運ぶ、小さな私を一心に見つめています。

 私の質実ともに保護者な、麗しき宰相・レオンハルト様も、王座の横でハラハラと見守ってくださっています。


 しかしこの衣装が異常に重いのです。

 白を基調とした豪奢なドレスは値段と重さが正しく比例していて、マントも重厚。一方で足元の靴は華奢で足先が細くて……ああ、普段の丸い先の靴が履きたいです。

 スカートの裾も長く、思わず足を取られそうになりました! が、そこはド根性。なんとか持ち直します。

 いつもは横に駄犬もとい愛犬が連れ添ってくれますけど、彼はお留守番です。 

 ああ、早く終わらないかなあ。


 大司祭様による承認の儀式と宣誓の儀式が終わり、私の頭部に赤い王冠が乗せられました。

 王冠の先端には大粒のサファイアとダイヤが強く輝いています。これだけでも、私の実家が何十年も持ちそうです。

 それにしても重いのです! 首が折れそうでしんどいです。

 二種類の王笏も黄金で出来ているために重く、腕が震えています。


 必死に体をぷるぷるさせて耐える私。

 大司祭様は「あと少しですよ」と囁き慰めてくれますが、耐えられません。あと何分ですか!? あと何十秒ですか!?


 そして賓客たちに向かって、世にまれな麗人の宰相様が宣言されました。


「今日という素晴らしい日に、リーゼロッテ女王陛下が、ここに誕生されました」


 そう。今日は女王の戴冠式です。

 しかも驚くべきことに私、リーゼロッテ・モナ・ビューデガーの戴冠式なのです。

 いやあ、我ながらびっくりですね。


 齢十歳の小さな女王として、これから一つの国を統治していかねばなりません。

 とはいっても、実際の仕事の殆どは、横で最高に美しい笑顔を見せてくれるレオンハルト様にお任せですが。




 次に忠誠の儀式。  

 大臣たちが次々と、私の小さな手の甲にキスをしていきます。


 そしてレオンハルト様はキスを終えると、その美しいかんばせでにっこりと微笑み、「リーゼ様。私が支えますから、共に頑張りましょう」と励ましてくれました。


 まぶしい……! この国では美形用にサングラスを開発すべきです。切実に思います。


 そして、王座の後ろから進んできた中央騎士団長様。

 長身痩躯、しかし鍛え上げられた筋肉が礼服から見て取れます。

 黒髪の短髪に水色の瞳。日に焼けた精悍な顔には、表情が浮かんでおりません。

 

 彼の名はダリウス・フォン・ウルフハウンド様。

 この国最高位の公爵。そして私の次に、王家の血が一番近い方です。

 更に言えば、一度は滅びかけたこの国を、見事に纏め上げ近隣に名を轟かせたすごい方なのです。

 宰相ほごしゃが私を連れてくるまでは、次期王と見なされておりました。


 来客席はからひそひそと聞こえてきます。なんであんな小娘にと。

 そう、たまたま王の落胤として発見された私よりも、ずっと彼の方が相応しかったのです。


 ですが、彼は決して王にはなろうとしませんでした。


 彼は私の前に立ちましたが、手の甲にはキスをいたしません。

 代わりに、その長身をかがめます。

 そして私の小さな踵を持ち上げ、つま先にそっとキスをいたしました。


 各国の貴賓が集められた席から、ざわざわと音がします。

 ふと上げるその無表情に浮かぶと、熱の籠った眼差しが見て取れます。


 同様に、中央騎士団の猛者たちが、次々と私のつま先にキスをしていきます。

 まだ十才の子供であるはずの私は、遠い目をして彼らの後頭部を見つめ続けました。

 ああ、やっちゃいましたねと。


 きっと会場にいる皆さんは思っているでしょうね。


 こいつら、全員ロリコンだって。




 でも事実は違います。

 彼らは単なる犬なのです。

 大好きなご主人様に、遊んでもらいたいだけなのです。


 私はこれから、彼らを暴走しないよう。きっちりと躾けていかねばなりません。

 それこそが私の女王としての使命。

 国の統治よりも難しい課題なのです。




◇◇◇◇

 



 わんこは可愛い。

 わんこは健気。

 わんこはご主人様が好き。


 でもちょっと愛情が行きすぎてしまう子たちを、人様の迷惑にならないように躾けるのは、ご主人様の仕事なのです。


 これはそんな私の、慌ただしい毎日のお話です。


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