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目覚めたら記憶喪失でした  作者: じゅり
― 本編 ―
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6.ご友人たち

 彼が並べた写真で初めに目に入ったのは、横顔からでも分かる、いかにもリーダー格の気位高そうなお嬢様だ。気が強そうな切れ長の瞳に、白い肌に映える紅く引かれた唇が際立つ美人。髪の毛は若干明るく、ふんわりと巻かれている。私は迷わず彼女の写真を指さす。


「彼女はこのグループのリーダーね?」

「察しが良いね」


 いやまあ、風格もさることながら、五枚目の写真が彼女を先頭に歩いている姿だから分かっただけなんですけどねー。


「彼女は君島薫子さん。彼女の家も瀬野家よりは若干劣るものの、世に影響を与える程の財閥の一つ。彼女曰く、優華の友人なんだけどね。今年はクラスも違うからか、僕はあまり一緒にいる所を見たことがないな」


 薫子さん! おぉ。いかにもお嬢様っぽい名前ですね。それにしても普段は一緒にいないのに、特待生を囲む時だけは登場していたのだろうか。やだそれは性格悪いぞ、優華さん。


「他の人たちは?」


 皆、君島さんと同じような化粧をし、同じような髪型をしている。薄化粧とはいえ、今時の高校生はこれが標準装備なのか。皮脂の分泌が盛んな時期に化粧などすると毛穴が詰まって肌トラブルがうんぬんなのに、などと余計なことを考えてしまう。


「こちらも名前は覚えなくても大丈夫。君島さんの取り巻きだから。おそらく優華もほとんど話したことがないんじゃないかな」


 うーん。彼女の取り巻きか。優華さんは率先して苛めていたと言うから、君島さんと言うより、優華さんの取り巻きになるのかな。


「あと、優華が一年生の頃に友人になった高岡すみれさん。彼女は大手企業の社長令嬢だよ」


 そう言って指さす写真には、元気印であるポニーテール姿の女性が枝に引っかかったハンカチを取ろうと木登りしている姿が映っている。もう一枚の写真には会釈する下級生と髪に葉っぱを載せて満面の笑みを浮かべる可愛い女性が映っていた。生命力に溢れていてオレンジ色のオーラすら見えそうだ。しかし社長令嬢よ、この淑女養成所という場所で、おしとやかしさや控え目さの教育は役に立たなかったのかい。


「えーっと。この木登りしている女性の方、かな。……彼女は一応お嬢様枠でいいですか?」

「……一応お嬢様枠って。まあ、そうだね」


 悠貴さんは苦笑した。そうか。うん、何て言うか、豪快お嬢様だね。全然嫌いじゃない。むしろ大好きだ。


「二年生でクラスが別々になってからは、いつの間にか会わなくなったみたいだけど」

「今も仲良いの?」

「と思うよ」

「その割にお見舞いに来ないけど?」


 彼は、ああ、と言った。


「優華のお見舞いに来たいんだけどって、学校で声かけられたよ。でも面会謝絶だと言ってお断りしておいた」

「何してますのんっ! 大ごとになるがね!」


 感情のまま思わず突っ込んだ私に、どこの言葉? と首をかしげながら彼は言った。何となくノリですよ。


「面会謝絶は言葉のあやだよ。今日は一日精密検査で忙しくて疲れているだろうからって言っておいた。……君が誰だか分からなかったからね」


 意味ありげな瞳を寄越す彼に私は肩をすくめた。確かにいきなり来られても困っただろう。『記憶喪失』は極力伏せておきたいし。仕方なかったか。


「というわけで、以上が友人群」

「交友関係、少なっ!」


 愕然とした。クラスメートの集合写真が出ても、複数枚の取り巻きの写真が出ても、友人として名前が出てきたのはたった二人でしたよ?


「昔はそれでももう少し、多かったんだけどね……」

「と言うと?」

「正直疲れたんじゃないかな」


 彼はため息をついて言う。優華さんは大財閥の娘だから友達同士のいざこざで怪我でもさせたら大変だと言う事で、幼少期はそれこそ周りの人間は腫れ物を触るような扱いで友達が一人もいなかった。小学校からは上流家庭の子供が通うような学校に入り、そこで漸く対等に近い友人関係を築く事ができて、それはそれは喜んでいたと言う。彼は懐かしむような、愛おしむような瞳をした。


「そして初めてできた友人を自宅に招いた事があったんだ。ところが、大財閥の大事な娘さまに失礼があってはならないと親同伴でやって来るわけだよ。結局、友人とその家族は優華をそっちのけで、お祖母様にご挨拶って筋道」


 ああ、親が娘の交友関係を利用して、瀬野家の権力者である『お祖母様』に私の会社共々ひたによろしくってご挨拶する訳ね。友人も家の利益になるような交友関係を広げるよう、親に教育されていたのかもしれない。


「優華は元々友人作りには苦労するタイプだったから、余計にショックだったかもね。利用されたのかって」


 優華さんも財閥の娘として、そういう教育を受けてきていたはず。ただ、頭では分かっていても心で理解するには幼すぎたのだろう。


「そういう事が続いて以降、優華はあまり交友を持とうとしたがらなくなった。……まあ、分かるけどね」


 悠貴さんの家も政界の人間だから、きっとそういう経験をしてきたのかもしれない。いや、待てよ。こちらさんは世渡り上手そうだから、飄々と人脈作りに励んでいるような気がしてならない。


 何にせよ、上流家庭には上流家庭なりのご苦労があるということですね。


「それじゃあ、話を元に戻すけど」


 彼はそう言って、もう一枚の写真を出しながら話を切り換える。


「この人が優華が苛めているという特待生の有村雪菜。成績優秀者枠の特待生で、言わずもがな常に成績はトップ。運動もそつなくこなす文武両道型。明るい気質で誰隔てなく接するから密かな人気。表だってはそれを気に入らない上流階級の女性方々がうるさいから、隠れファンが多いんだろうね」


 セミロングの黒髪に、澄んだ水を湛える瞳、わずかに微笑んだ甘やかな唇。美人と言うよりは愛嬌があって可愛い女性だ。女性にも男性にも好かれそうな優等生タイプに思える。そんな彼女の様子に、思わず呟いてしまう。


「可愛い子……。こんな人を難癖つける度胸がある人がいるなら見てみたい」

「あ、鏡用意しようか?」


 ……君のそれは本気か冗談かどっちだ。いやいい。私も悪かったです。


「悠貴さんから見てどういう子なの? 男性にもてはやされていい気になってる子?」

「いや。そんな風には見えないな。まあ、男からの目としてはだけど」

「そう……」


 そうだよね。元々の才能があったとしても、成績をトップに保つにはそれなりの努力だってしている子だろう。ただ悠貴さんの言うとおり、女性から見る女性と男性から見る女性とでは見え方が全く違うからなぁ。こればかりは彼女に会ってみないと分からない。


 そしてその後、数人の写真を見せられ人物紹介された。話の区切りが付いたところで、彼が腕時計を覗き込むと、ああもう五時か、そろそろお暇しないとなと呟く。いつの間にか日が傾き、強くなってきた夏の兆しがベッドを照らしていた。


「今日はこの後、寮に戻るの?」

「いや。外出届けを出したから今日は実家に泊まって、明日の夕方には寮に戻るよ。君も明日退院だから、ここから直接、寮に行く事にしようか」


 何でも前日までに外出届けを提出すると、土日、祝日は家に帰る事もできるらしい。


「うん。分かった」


『お祖母様』がいる家に帰るのはまずいもんね。どんな家なのか、ちょっと見てみたかった気もするけど。


「あ、でも、ここの荷物とかはどうすればいいの? まあ、あんまりなさそうだけど、多少の私物はありそう」

「君の家の執事さんに頼んでおくよ」


 執事さん。羊さんじゃなくて執事さん。この世に本当に存在したのか執事さん。未確認生物、UMAかと思っていたよ執事さん。爺や、ありがとう、とか言っていいんでしょうか。悠貴さんにはまあ止めないけど、優華は普通に江藤さんと呼んでいたよと言われた。ちっ。一生涯で一度呼べるが呼べないかの最後のチャンスだっただろうに。


「ありがとう、助かります」

「どういたしまして」

「それと今日も長い時間、付き合ってくれてありがとう」

「いや。……また明日来るよ。明日は寮に戻るまでの時間、マナーと言葉遣い叩き込む予定だから覚悟してね」


 じゃあ、また明日ねと言ってにっこり笑う彼に嫌な予感しかしないのですが……。




 昨日感じたその予感は残念ながら外れること無く、学園生活直前にして心も身体もへたへたに疲れ切った。早くも体力を奪ってどうするのと睨み付けたが、彼は君のためだよとどこ吹く風で、相変わらずの人好きのする笑みを浮かべるのみ。この笑みで騙される女性は多そうだと、騙された一人の私は一つ溜息をついた。


 その後、悠貴さんが手配してくれた瀬野家の執事さん、江藤雄一さんが現れた。執事の理想を形にしたような貫禄のある、五十代くらいの眼鏡を掛けた渋いおじ様で、爺やなどととても恐れ多くて呼ぶことはできない。


 無駄口叩かずテキパキと行動すると、退院手続きを手早く済ませてくれた。実に有能そうだ。ただ惜しいかな、燕尾服は着ていなかった。若干がっかりしながら悠貴さんにこっそり尋ねると、その服は夜の格調高い場で着用する正礼装だとか。世間知らずでごめんあそばせ。


 私の不躾な視線を感じたのか、他に何かご用はございますかとお伺いを立てる執事さん。私は慌てて『お祖母様』や『お母様』はお元気か尋ねてみたところ、感情を含まない表情で実にご健勝であらせられます、大奥様と奥様にはお嬢様がご心配なさっていたことをお伝えしますと定型挨拶文を述べて頂いた。


 ……そう。怪我の状態が軽かったとは言え、結局あれから優華さんの家族は姿を現すことはなかった。ずきりと響くこの胸の痛みはやはり優華さんのものなのだろう。


「じゃあ、そろそろ行こうか」


 悠貴さんの言葉に、今は目前のものに立ち向かうべきだと頭を振って気持ちを切り換える。そして私は必要最低限の手荷物を持って、悠貴さんと共に病室を後にした。



 ――いよいよ、学園生活が始まるのだ。


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