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目覚めたら記憶喪失でした  作者: じゅり
― 本編 ―
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5.学園の概要

 精密検査が終わったかと思うと、リハビリ室で簡単なマッサージとリハビリがあるそうで、看護師さんに付いていく。歩いてみると少し痛みを引きずるものの問題無さそうだ。


 リハビリ室は広く、たくさんの種類のトレーニングマシーンや歩行補助の平行棒、マッサージ用のベッドなどが取り揃えられていた。若者からご高齢の方まで懸命にリハビリを行っている姿が見られる。私の場合は普通に歩けるので、平行棒などは使わず、マッサージを受けた。普段、意識して使わないような筋肉のストレッチ方法を理学療法士さんから教わる。ダイエットにもいいかもね。ぜひやってみ……。うん、機会があったら、いつの日かきっとやってみよう多分。


 その後、リハビリを終えて部屋に戻ろうとした時、階段のすぐ側を通った。階段の上り下りのリハビリはしていなかったけど、大丈夫だろうか。月曜日から学園生活で階段の上り下りもきっと多いことだろう。足を止めた私に対して、看護師さんも足を止める。


「どうかしましたか?」

「階段の練習をしていいですか?」

「ええ……そうですね。問題はないかと思いますが、念のためリハビリの先生を呼んできますから、少しお待ちして頂けますか」


 余計な手間を取らせる事を言ってしまったなと思いつつ、私は二つ返事をして階段のすぐ側まで近づいた。


 廊下では家族のお見舞いだろうか。子供たちの声が聞こえてくる。時折、廊下を走ったりして危ない。『気を付けよう 人は急には止まれない』の標語を思い出す。あれ? 車だったかな。ぼんやり考えていると、子供の小さな悲鳴と共に不意に腰をドンと押されて前のめりになる。ぐらりと視界が揺れて、慌てて手すりを掴んでほっとした瞬間。


「消えてしまえっ!!」


 殺気立った悪意のある声が頭に響き、私は恐怖に身が崩れ、膝をついた。冷や汗が流れ、身体の震えが止まらない。優華さんが階段から落ちたのは――。


 後ろで子供たちと慌てて寄ってきた親が何かを言っていたようだったが、看護師さんが駆け寄ってくるまで私はその場から一歩も動くことは出来なかった。




 私が昼間の体験を伝えると、悠貴さんは顔色を変えて考え込んだ。


「月曜日からの学園生活は思った以上に用心しないといけないようだね」


 ただでさえ、学園生活について記憶ないのにね……。参った。


「相手の顔は見えた?」


 私は首を振った。


「感覚だけだったわ。言葉というか憎悪の感情だけで声は分からない。だから女性か男性かも分からないわ。でもすごい殺意を感じた。優華さんに恨みを持つ人って分かる?」

「それは……複数いそうだね。苛められているという特待生を始め、彼女を慕って集っている男達、優華が親の権力振りかざしたと主張する者たちとかね」


 だから優華さん、何やって来たんですか!


「はぁ……。特定は簡単には行かないようね。とりあえず、学校の事と人物関係教えてくれる……」

「そうだね。じゃあ、まず学園から説明しようかな」


 彼は一つのカバンから重そうなアルバムを取り出すとテーブルに広げた。


「まずはこれが学園の外観」


 校門は赤レンガで組まれた門構えで、すぐ側にはここで一家族生活できるのではないかと思うほど、大きな警備員室が備え付けられている。聞けば校門をくぐって、すぐ右側の建物が学園寮ということで、警備は二十四時間体制だそうで数人の警備員さんが寝泊まりしているようだ。次世代に世を左右させるご令息、ご令嬢の通う学園なのだ。きっと要人を警護するSPみたいな人なのかもしれない。


 ……あれ。ということはあれですか。寮が校門内という事は先生がほら、本鈴間近だぞ、走れ走れーと十秒前からカウントする遅刻者取り締まりはやらないということなのかな。


 そう聞くと、寮内で決められた時間に朝食を摂るためその時間に集合しなければならないそうだ。各学年に寮長がいて点呼を取るので寝坊した人は、どこぞのお坊ちゃん、お嬢ちゃんだって? 構うもんか。自分から見たら皆、尻の青いお子様さね、という豪傑寮母さんに叩き起こされの刑を受ける。そしてその寮母さんに起こされた者はそれ以降、二度と寝坊をすることはないことから、豪傑寮母さん最強伝説がまことしやかに囁かれていると言う。すごいな寮母さん。


「それでこれが校舎」


 門を通り抜けて、その奥にそびえ立つ白を基調とした校舎はルネッサンス建築だかとか何とかを基本とした建築技法だそうだ。学生が過ごし易いように細かな装飾をできるだけ簡略化したリバイバル建築がどうだとか。うんうん、そうなんだと言えば、私の顔を見た彼はご丁寧に、日本だと京都の郵便局とか、大阪の中央公会堂とかね、と例を挙げてくれた。うんうん、分かってるってば。大丈夫さぁ……。


 他にもダンスホール、コンサートホールやら美術館、博物館や豪華なバラ園など、およそ普通の学校にはあまり見かけないであろう施設が併設されているらしいでーす。はあ、精神的疲労がすごいですよっと。


「……大丈夫? 付いてきている? 続けていい?」


 私は頷いて先を促す。疲れて言葉も出やしないよ。やれやれ。ちなみに校内は警備員が巡回していたり、防犯カメラが設置されていたりすることはないらしい。プライバシーの問題もあるし、常に見張られているかと思うと精神的負担がかかるものねぇ。


「じゃあ、次に学生の構成だけど、全校生徒数は四百名くらいだったかな」


 高校にしては少ない気もする。ああでもよく考えたら、そんなにも上流家庭の方々が集まってきているということか! 目を丸くする私に彼は補足してくれる。


「基本、上流家庭と呼ばれる家庭のご令息、ご令嬢が通うわけだけど、この学園はそれだけじゃなくて特待生制度も導入しているよ。学問やスポーツ、芸術など秀でている人のね。本人の実力はさることながら、家族構成や背景の厳しい調査を受けて合格したらだけど」


 確かに政界、財界に君臨するお上の子供達が通う学校に荒くれ者がいるとまずいのだろう。お互いのためにも。何にせよ、ここの学生たちは将来有望のエリート集団といったところでしょうかね。


「まあ、正直……」


 言葉を句切った彼に私は顔を少し傾けて続きを促すと、彼は諦めのような溜息をついた。


「正直、実際は上流家庭の子供の方が素行悪く、傍若無人ぶりが酷いらしいんだけどね。特待生の人たちはやっぱり肩身の狭い思いをしているみたいだよ」


 はぁ。虎の威を借る狐ですね……。こういうのが大人になったら、ろくな人間にならないんだよね。腐った根性を叩き直すなら今の内だな。うんうんと一人画策していると、私の悪い顔に気付いたかのように彼は言った。


「だから僕も今、生徒会長たちと相談しているところ」

「あら、悠貴さんが生徒会長じゃないんだ。そんな器っぽいのに」


 私がそう言うと、二年生の夏から留学することは決まっていたので、辞退していたそうだ。


「僕がいた一、二年の頃はそういう話はあまり聞かなかったんだけどね」


 彼は続けて言う。……そう言えば忘れていたけど、優華さんも特待生を苛めている立場だった。悠貴さんがいた頃は大人しくしていたということかな。


「せめてクラスが特待生と分かれていればいいんだけど……」


 彼は困ったように肩をすくめる。


「学園の教育方針としては、学校というのは勉強だけではなく、協調性をも学ぶべき場所であるから、上流家庭であろうが、中流家庭であろうが、同じ一つの学舎の下で生活すべきという考えなんだ。だからスポーツ特待生以外は、クラスは織り交ぜて編成されているんだよ。ああ、スポーツ特待生は授業の構成メニュー自体違うから、他の人たちと一緒のクラスにはできないんだけどね」


 裏目に出ていますよ、教育長さん。というか、酸いも甘いも噛み分けてきたはずのいい大人がよくする机上の空論ですわね。


「生徒会も特待生が含まれているの?」

「ああ、それはね。成績優秀者は入っているね。ただ、発言力としては弱いかな……」


 例えば、水戸のご老公がどれほど見識広く、志がご立派な人物とは言えど、印籠がなければ悪代官の前では、所詮ただのしがないちりめん問屋のご隠居だしなぁ。結局ものが言うのは目に見える権力だということ。だからこそ人の上に立つ者は敬意を払えるような人間であって欲しい。――まあ、そんな素晴らしい指導者がいないから、不条理ばかりの世の中なんでしょうけどね。


 私がそう言うと、彼は的を射た面白い表現だねと笑った。


「とりあえずその話はまた別の機会にね。学園の概要はこれくらいかな。次は君と関わってくるだろう人物紹介するよ」


 そう言うとページをめくり、集合写真を見せてくれた。


「まずはこれがクラスメート」


 一クラス三十名ほどか。優華さんの顔立ちは綺麗だけれど、母親と似た若干つり目のせいで、冷たそうな印象で映っている。クラスメートは美形揃いだが、中でも悠貴さんが一番際立っている気がする。何だ? 美形じゃないとこの学園には入学できない規則でもあるのか?


「優華がクラスメートに話しかける事はあまりなかったし、名前はおいおい覚えるくらいで大丈夫だよ。僕もフォローするし、まだ新学期が始まって二ヶ月弱だから覚えてない人がいてもおかしくないし。僕? 僕は全員把握しているよ」


 私の疑問に彼はさも当然と言った顔で答えて頂きました。あ、そうですか。それは失礼致しました。まあ、ともかくも悠貴さんと同じクラスで良かったと胸をなで下ろした。


「次にこれが優華の『ご友人』」


 そう言って、彼は脇に別に置いてあった数枚の写真を並べた。

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