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目覚めたら記憶喪失でした  作者: じゅり
― 番外編 ―
37/43

37.晴子が口にした禁断の果実

割り込み投稿の仕様の関係(新着に上がりません)で投稿分を修正しているため、日にちが前後しております。新しい追加分は35、36話です。ご迷惑をお掛けいたします。

「社長……今日、私、お休みなんですよね。日曜日ですもの。日曜日というのは休日だと言うことをご存知でしょうか」


 私は腰に手を当てて睨みつけるように社長を見上げた。


「知っている。だからこの日に予定を入れたんだからな」

「じゃあ、どうして、どうして……」


 私は拳を作ってふるふるさせる。


「どうして社長のお見合いに私が付き合わなきゃいけないんですかぁぁっ!」


 本日、私と社長はとある高級ホテルの一室にいる。確かにホテルのセッティングはしましたがね。最初はデートであらせられるのかと思えば、仕事だ付き合えと言われて泣く泣くついて行った結果が、社長のお見合い。私の貴重な休みを奪い、あげくの果てにお見合いだったとは、この罪は万死に値するぞ。


「社長のスケジュールを管理するのは社長秘書の役割だろ。部屋で待機していてくれ」


 むしろ、このお見合いは仕事の一環でやっているんだ、君だけ休みはずるいだろうと本音を呟くのはおやめなさい。振り上げた拳を下ろしますよマジで。


「祖母が見合い写真を持ち込んでくるんだ。押しつけられる俺の身にもなってみろ」


 確かに社長室宛にまで箱詰めで送られてくる見合い写真には、精神的に私もほとほと疲れている。とにかく邪魔なんですよ。広い社長室とは言えど、目に入ると何だかイライラします。きっと業務が増えているように感じるからだな、これは。


「第一、部屋が狭くなるじゃないかと君が文句を言うからこうして見合いをしてやっていると言うのに」


 なぜ私の為にやっているみたいな話になるのでしょうか。ご当主のお祖母様に送るなと直接言えばいいじゃないですか。


「結婚するまで延々と送り続けていらっしゃるでしょうから、早くご結婚なさったらいかがですか」


 そうすれば私もこの業務と言う名のサービス残業から開放される……はずだ。


「……誰と結婚しろと言うのか」

「もう誰でもいいじゃないですか。顔の好みはあるでしょうけど、スペックはほとんど同じなんですから、適当に選んでご結婚なさって下さいよ」


 そして私にお休みを与えたまえ。ここの所、本当に休んでいなくて、心底疲れているんですけど。たまの休みも社長秘書ならもっと洗練された人間になれとか何とか言って、散々引っ張り回さないで頂きたい。地味で平凡な社長秘書がいたっていいじゃありませんか。


「君は結婚をそんな風に考えているのか。少なくとも俺は、結婚は自分の意思でしたいと思っている。適当な結婚したくはない」


 意外なお言葉に目を丸くする。思いの外、社長は誠実な人だったのか。うん、確かに疲れていたとは言え、あまりにも軽はずみな失言でしたね。しゅんと項垂れる。


「申し訳ありませんでした」

「……まあ、いい」

「あ、ところで社長の好みのタイプは?」


 お見合い写真から好みの女性を選別してお見合いをしてもらう方が効率的でいいかも。私はデキる秘書らしく手帳を広げる。電子機器もいいけれど、ぱっとメモを取る時は手帳の方が便利だものね。


「そうだな。……馬鹿みたいに真っ直ぐで、馬鹿みたいにお人好しで、馬鹿みたいに一生懸命な奴かな」


 馬鹿みたいに真っ直ぐ、馬鹿みたいにお人好し、馬鹿みたいに……メモメモ……ん?


「馬鹿馬鹿って、社長……なぜか自分の事を言われたようにムカムカするんですけど」

「そうか。それは良かった」


 何が良かったんですか。ムカムカすると言っているのにっ。と言うか、写真から性格が分かるはずがない。これは『お祖母様』に直々お伝えするべきだろうか。でもこんなご令嬢いるのかしら。


「とにかく、私がお見合いに付き合うのはまた別の話ですからね。完全に仕事外ですから。プライベートの時間ですから。私の休みを削っている事はお忘れ無くっ。これじゃあ、デート一つ出来ないじゃないですか」


 私は手帳を閉じながらため息を吐きつつ、しっかり釘を刺す。……が。


「まるでデートする相手がいるみたいな言い方だな」

「…………ぐーでナグっちゃいますよ」


 大体、平日、休日関係なく引っ張り回されて、いつデートする相手を作るのかという話ですよ! もし仮に今、私に恋人がいたとしても確実にふられていますよ。社長は休みの度にレストランやらホテルを私に予約させているくせに。そりゃあ、私も付き合わされるから御相伴にあずかっているけれど。


 ……はっ。もしかして今まで気付かなかったけど、休みの度に引っ張り回されていたのも全部社長の私用だったの!?


 お・の・れー!


「まあ、ともかく……って何だ、その憎しみに燃えた瞳は」

「いーえっ! 何でもございません」

「……そうか? まあ、このお見合いが終わるまでこの部屋でゆっくりとしておくといい。ルームサービスも好きに使え」

「え! ほ、本当ですかっ!?」


 社長のポケットマネー? えー、マージでー。自分では絶対利用できない高級ホテルだから堪能しちゃおうかな。ここのホテルのケーキは美味しいと有名なんだよね。もう社長ったら仕方ないなぁ、今回だけですよと途端に機嫌を直して、サービス表を広げる。うふふ、何のケーキにしようかなぁ。


「……ん? あ、レディースプランがある。エステか、いいなぁ」


 でもさすがに何かあった時に動けないかと考えていると、社長が考えていたことは別のようで、私の胸を一瞥した。


「……いくらプロの技術者でも無理だろう。無い袖は振れん。無茶言うな」


 だから、そこ、やかましいのですがっ!


「そうじゃなくて、アロマオイルマッサージとかあるんですよ。アロマテラピーにもなっていいですし。ココロとカラダの休息が必要なのですよ、今の私には。……ギブミー癒し」

「そうか。まあ、好きにしろ」


 わーいわーい、やったぁ。


「社長、お見合い時間はどれくらいですか?」

「さあな。遅くても一時間くらいで切り上げたいが。午後からもあるしな」


 そうなのだ。今日は午後からも予定が入っている。それもお見合いだと言う。


「それはいくらなんでも早すぎじゃないですか? 相手の方に失礼ですよ。次のお見合いは午後からですから時間に余裕がありますし、もっと長い方がいいでしょう。最低でも私のエステ、一時間半のコースに合わせましょうねっ!」

「……君のエステの都合でこちらの見合い時間を決めてくれるな。俺だって休みたいんだ」


 ちっ。


「じゃあ、仕方ないから一時間のコースにしようかな」


 私がメニュー表から選んでいると、社長は腕時計を見た。


「ああ、時間だ。じゃあ、行ってくるからな」

「はーい。どうぞ心ゆくまで、ごゆるりとー!」


 私は顔を上げて満面の笑みで送り出すと、社長は嫌そうな顔をしたのだった。



 頼んだエステはと言うと、ボディコースです。顔は終わった後、メイクに手間がかかるし、さすがに今日は止めました。うん、次の機会にしましょう。


 さて、このスイートルーム級の部屋にはエステルームを完備しているらしく、そちらへ移動する。若くて美人のエステティシャンの方が香りは何をなさいますかと尋ねてくるので、大好物の桃の香りにしてもらった。美味しいですよね、桃。


 裸になるのは少し抵抗があったけれど、俯せになって待機していると、では始めますと声を掛けられた。施術師さんのオイルに濡れた温かい手が背中に置かれた時、きゃっと小さく声を上げてしまった。彼女はくすくす笑う。大丈夫です、すぐに慣れますよ、と。言葉通り、さすがプロの技術者。最初のくすぐったさからすぐに解放されて、香りと共に心地よいマッサージが施される。


 はぁ、これですよこれ。ひと時の監獄の楽園です。あ、我ながら上手いこと言った。一人小さく笑う。それにしても本当に社長秘書の職は辛いわ。門内さんが一般秘書の方で社長秘書になりたい方は誰一人いないと言った意味が分かった。こんなの独身女性が社長秘書になってしまったが最後、激務ゆえに出会いのカケラもなくなるのだ。ある意味、これブラックですよね、うん、確実ブラック企業。


 休みの度に引っ張り出されて、たまに見目麗しい素敵な男性との会合の場合、キラキラとした期待感であの方素敵ですねと言おうとする度に社長に冷たく彼は既婚者だの、君は彼の好みのタイプではないだの、やれ彼は女性に興味を抱かないタイプだのと話の腰を折られる。これだけ会社と社長に尽くしている私に、少しくらい夢を見せてくれたって罰は当たらないんじゃないですか!


 ああ、だめだめ。今日はエステを楽しむのだから。考えちゃだめ。今を楽しまなくちゃ。私は考えを遮断して、マッサージに身を任せる。日頃の疲れを解すのだ。ここは南国の世界。常夏の海! そして煌びやかなイケメンが団扇で優しく風を送ってくれるのだ。……を想像する。


 そうして幸せな妄想の内に、一時間は過ぎ去って行った。


 エステが終わり、私はシャワーを浴びてバスローブに着替えた。シャワーで火照った身体でまだ服を着たくないな。それに社長はまだ戻って来ない。お見合い相手の方と盛り上がっているのかな。何よりである。と言うかそれなら一時間半のコースにすれば良かった。ま、いいか。眠いから、少しだけ横になろう。少しだけね。うん、五分だけ横になろう。大丈夫、ほんの五分だけよ。


 バスローブのまま、私はダブルベッドにダイブする。わぁ贅沢だわ。それにさすがふかふか、最高級ね、さいこー……。私はすぐさま夢の中に引き込まれた。



「……いっ、おい。……るのか」


 うーん。はーい、入っていますよー、薫子様……。


「どこにだよ」


 誰かが私の会話に応えながら私の頬に手を当てる。ああ、施術師さんだったのか。今日はいいんですよぉ、フェイシャルエステは……。次ね、次来た時。どうせまた社長に引っ張り出されるんだから。


「……甘いな。桃の香りか?」

「ん……やっ」


 くすぐったいです、施術師さん。未だに頬から鎖骨にかけて流れる熱い手に、くすぐったさを覚えて思わず身を縮める。さっきの施術師さんは上手だったのにな。


「みじゅくものぉ……」

「何だと? いい度胸だな。……何なら試しに食ってやろうか」


 だめですだめだめ。その桃は私の桃ですから。大好物なんです、桃。私はその桃に手を伸ばして引き寄せる。そして――。


「っ!?」


 誰かが息を呑む音がした。……何これ甘くない。この桃、やっぱり未熟ものー。私は手を放すと、ぽすんと柔らかい何かに逆戻りした。私の桃はいづこか。


「う、ーん。……しの、もも、かえせぇ」

「……ったく。呪いの言葉か?」


 誰かが諦めたようにため息を吐く。横で軽い音を立てかと思うと自分が少し浮き上がった気がした。そして包み込まれる自分とは違う香り。きつい香水ではなくて、どこかで感じた事のある爽やかだけれど色気のある大人の香り。そう、まるで社長がつけている香りの様な。


 ……社長。ん? 社長? そう言えば社長、戻って来た? ……今、どこ? ……んんん? 血の気がざわざわ引いてくる。社長は? そして今、何時でしょうか?


 重かったはずの瞼をばちりと開けると、目の前に飛び込んでくるのは瞼が伏せられた社長の端整なご尊顔。一拍置いて。


「――ひぎゃああっ!?」


 何とも色気のない叫び声を上げ、身体を起こそうとした私を社長は胸に引き寄せる。え? 何っ!? 何で腰を抱かれているのでしょうか!?


「……うるさい。お前だけ寝やがって。俺も少し寝かせろ」


 ぎゃあぁぁぁ。助けて誰か助けて。何でこんな事になっているんですか、ここはどこ、私は誰、今、何時代ー? 説明して誰か説明して。あ、服。服は! ぎゃあ、何で私バスローブ姿なんですかぁっ。しかもちょっとはだけてるし!


 ……い、いや落ち着け私。落ち着くんだ。デキる女は焦らない、慌てない、諦めない。――ヨシ! 私はデキる女だ。そう、そうだ。ここは社長のお見合いの場。私はうっかり眠っていただけだ。そうそう、お見合い。午前中のお見合いが終わり、社長が戻る。そして午後からもお見合い……?


「え、ちょ。放して、社長」


 社長の腕から何とか這い出し、ベッド脇の時計を見ると――きゃあああ。デキない女でごめんなさーいっ。


「起きてーっ。社長、起きてーっ。お願いですから起きて下さーいっ」

「……だから、うるさいぞ」


 這い出た私を社長はまた引き寄せる。何寝ぼけてんだーコラぁ。私は抱き枕じゃないぞ!


「お見合いの時間、迫っているんです、お願いですから早くーっ!」

「ったく、分かったよ」


 悲壮感溢れる私の声に、ようやく嫌々起き上がると社長はネクタイを締め直す。その姿に思わず目を奪われてしまう。男性がネクタイを締める姿はなぜこんなに色気があるのでしょうか。そう、首筋の鮮やかなキスマークがより色気を増して……。


 ……ん? キスマーク? キスマークですとー!?


 私はまた驚愕に震える。


「しゃ、社長っ。な、何ですかその首のそれっ。た、大変っ! と言うか、先のお見合い相手の方にされちゃったんですか?」


 じ、時間が無いのに、ど、どうしようっ。ああ、もう! 相手に隙を見せるとはどれだけのんき者なんだ。社長の愚か者めぇっ!


「ああ、これか。君にやられたんだ」

「…………。はい?」


 え? 何ですって? 何か一瞬聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしましたが。


「何をとち狂ったか、君がかぶりついてきたんだ。まあ、歯を立てて食いちぎられなくて良かったか。さてこの後、お見合いな訳だが、これが俺の品位を落とすことは間違いないな」


 首に手をやる社長に私は嫌な予感が襲ってきて、こくんと喉を鳴らした。え。犯人は私って言いました……か?


 嘘だ、ウソだ、うそだぁぁっ……!


「この責任は当然取ってもらうからな」


 社長は私の顎をつかんで仰ぎ見させると、不敵ににやりと笑った。


 ひぃっ! 私が悪かったですから、睦言を交わすように甘く色っぽい声で恐ろしい制裁宣言はやめてぇぇ……!


 これをネタにいたぶられる日々を考えて血の気を失うと、ばたりとベッドに倒れ込んでしまった。


「おっと時間だ。俺は行くぞ。君は今の内に思う存分寝ておけ」

「あは、はは、は。グッバーイ、マイラーイフ……」


 社長の最終通告に、私は力なく自分の時間とさよならした。



 かくして、ひと時味わった癒しの時間も全て吹っ飛ぶような一日と相なったのでありました……。



(終)



「いや、何を言っている。これからが本番だ。――覚悟しておけよ」


 自分でナレーションする晴子の耳に社長はそう低く囁いて、首に誓約の紅い印を落としたとか、落とさなかったとか。


この後、晴子は現実逃避という名の冒険の旅に出かけたと思われます。そして桃姫様を助けて戻った暁には夢オチかあと笑っている内に社長が戻ってきて逃げ遅れそうな予感がします。


※なお深い睡眠時に寝言に対して応えると睡眠を妨害し、脳に影響を与えるとされています。よい子の皆様は真似をしないで下さいませ……。


最後になりましたが、これにて「目覚めたら記憶喪失でした」は完結とさせて頂きます。ここまでお付き合いして頂きまして、本当にありがとうございました!

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