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目覚めたら記憶喪失でした  作者: じゅり
― 本編 ―
3/43

3.家族登場

 扉がノックされ、その扉が開かれた瞬間、この部屋がぴりっと張り詰めた空気に変わるのが分かった。


 まず視線に入ったのは、車椅子に乗った凜とした品格のある老齢の女性だった。本来ならベッドの上にいる自分は視線がより近い車椅子を押す立ち姿の人物に目が行くのかも知れないが、胸が開かれ、背筋がすっと伸びた白髪の女性が纏う威厳というオーラに強烈に惹きつけられてしまった。初対面でも人を圧倒させる気位の高さを持ち備えている人だと肌で感じる事ができる。視線が絡み合い、こちらを深く観察して何かを読み取ろうとする彼女から目を離すことすら出来なかった。


 その時。


「何をぼんやりとしているの。お祖母様にご挨拶なさい」


 一つの冷たく咎める声で我に返り、はっと息を呑んだ。我知らず、息を詰めていたらしい。私は悠貴さんに視線を向けると彼が素早く頷いたのを見て、『お祖母様』に向き直り、目を真っ直ぐに見つめた。


「お祖母様、この度は不肖故の不始末に足をお運び頂くこととなり、誠に申し訳ございませんでした」


 そう言い終わると、頭を下げる。しばしの沈黙の後。


「……具合はどうなの」


 特に怒りも呆れも感じられない声にひとまずほっとして顔を上げた。


「ありがとうございます。怪我は軽いようです」

「足の怪我はどうなの」


『お祖母様』は自身が車椅子の生活だからか、今は布団で隠れている私の足へと視線を向ける。


「はい、軽い捻挫程度の痛みだけですから」

「……そう、良かったわ」


 お祖母様はそれだけ言うと視線を悠貴さんに向けた。


「悠貴さん、挨拶が遅れました。不束な孫娘の為にお見舞いに来て頂いて申し訳なかったわね」

「こちらこそ、ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。また、朝早くの訪問、失礼致しました」


 いつの間にか立ち上がっていた悠貴さんがそつのない気品ある笑みを浮かべて応対する。


「悠貴さん、ありがとうございます」


 先ほど私を叱責した声に私は漸く視線を向けた。彼に会釈するのは五十代くらいのこちらも立ち振る舞いが洗練された涙ぼくろが印象的な美人だ。『お祖母様』とはまた違う冷厳とした雰囲気は、少しつり上がったきつそうな瞳がそう見えさせるのかもしれない。二人が纏う雰囲気の色はまるで異なるが、顔立ちはどことなく似ていて血縁関係を思わせる。つまりはこちらが『お母様』なのだろう。


 と言う事は、海外出張中の『お父様』は婿養子に入っているんだろうか。などとどうでもいい事をぼんやり考えていると、『お祖母様』の視線がふいにこちらに向けられた。

 

ひぃっ。急に標的が変わりましたよ。油断大敵、火が亡々。さあ、晴子、仮面をかぶるのよ。


「ところで最近、休みの日も家に戻って来ませんね。学園生活はどう」


 何とな!? 学園の仕来りはさわり程度聞いたけれど、生活に関しては全く聞いていない。そう、聞いたのはせいぜい階段から、お――。


「お、落ちたりもしたけれど、私はげんきです」


 咄嗟に出た言葉に、元々張り詰めていた空気がさらに…………凍った。某宅配魔女のキャッチコピーをね、狙ったんじゃないんですよ。不可抗力なんですよ。脊髄反射だったんですよっ。静まりかえった場に焦りを感じ始めた時、その空気を切り裂くように、悠貴さんは言葉を詰まらせたかと思うと手で口元を覆いつつ咳き込んだ。


「っ。ご、ごほっ。……し、失礼、こほっ」


 あなた嘲笑いすぎですから。


『お母様』は完全に表情を凍り付かせた一方、『お祖母様』は一瞬胡乱な瞳を向けたけど、ただ一言、そう、とだけ言った。良かった。とりあえず助かったようだ。


「優華、お医者様にお会いしてお話を伺いたいのだ、だけれど」


 うん、『お母様』動揺していますね、すみませんでした……。厳しいお祖母様は観ていなかったのね。日本アニメ界の巨匠の一人だぞ? さてはモグリか! まあ、何にせよ助かったのはいいことだけど。


「ご家族が見えたらご連絡を、との事だったので、僕がお伝えしてきます」


 いや待って自分だけ逃げるつもりでしょ、そうでしょ。そう思って恨みと呪いを込めて、笑んでいる悠貴さんをじとと睨みつけてみる。


 とその時、軽いノックがあったかと思ったら、こちらの返事を受けて失礼しますと言って六十代くらいの恰幅のいい白衣姿の先生と四十代後半くらいの細身の先生が入って来た。


「おはようございます」


 そう言うと、先生方はさらに『お祖母様』へと歩み寄って行き、改めて会釈して挨拶する。


「おはようございます、瀬野様」

「おはようございます、医院長とこちらは……」


『お祖母様』は四十代後半くらいの先生に視線をやる。


「優華様を担当させて頂きます、う、上野と申します」

「そう、よろしくね、上野先生」

「は、はいっ」


 上野先生は『お祖母様』の貫禄に飲まれたらしく、直立不動で返事をしていた。そして私は恰幅の良い先生をちらりと見つめた。……ほうほう。こちらの先生は院長先生でしたか。確かに威厳ありましたもんね。しかし院長自らお出ましとはこれ如何に。ちらりと悠貴さんを見ると、私の考えに気付いてくれたのか、ここは瀬野グループが設立した病院と囁いてくれて、なるほどと心の中で小さく頷いた。


「もうお見えになっておられたのですね。気付きませんで、失礼致しました。すぐに院長室へご案内致します」

「ここで構いませんよ。それより孫娘の状態はいかが」


 そこで初めてはっと気付いたように上野先生が私と目を合わせた。そうだぞ。患者は私。あなたも医者なら、最初に患者を診なさい、患者をさ。


「今朝、手足を動かした時の痛みはいかがでしたか?」

「少しだけです」

「外傷はほとんどありませんでしたが、頭部を打っておられたので、精密検査をして何もなければ退院という形になりますね。何も問題が無ければニ、三日で退院できるかと思います」


 振り返って報告する上野先生に対して、院長先生は『お祖母様』に話しかけている。


「この上野はこの病院一とも言える腕の良い優秀なドクターでしてね。安心してお任せ下さい。もちろん、看護師も精鋭をそろえさせて頂きますので」


 いや、大したことない怪我なんですよね? そんな患者に精鋭の医師とか看護師さんはいらないです。人材の無駄遣いをしないで下さい。


 ……まあ、とても口に出せる雰囲気じゃないですけどね。


「そうですか。あなたに任せれば安心ね。分かりました。頼みましたよ」

「はい。承知致しました。あとですね、この後、少しお時間よろしいでしょうか。今後の病院経営について、ご相談したい事が」


 患者の前で生々しいよ! そういうのは病室出てから言え。上司の教育がなっとらんわ。あ、トップでしたっけ、この人。……私もこの病院の行く末を案じますよ。


「お聞きしましょう」

「ありがとうございます。では早速院長室へ。――ああ、後は任せたよ、上野君」

「はい。承知致しました」


 任せたって、家族と一緒に説明聞かなくていいんですか。まあ、重症でもないけれど……。そう思いながらも『お母様』が車椅子を方向転換させるのを黙ってみているしかない。


「では私たちは行くわね、優華」


『お母様』は目を半ば伏せながらそう言った。来たばかりなのにもう帰るのですね。先入観からか、家族の冷たさを感じてしまう。まあ、院長先生との仕事の話を聞くために早々に退出するのもあるのだろうけど。


「……はい」


 私がそう応えると『お祖母様』が振り返り、まるで心の奥底まで見通すような瞳をこちらに向けた。なぜかどきりと胸が高鳴る。


「優華、しばし養生するといいわ。そして……何か困ったことがあったら連絡なさい」

「……ありがとうございます」


『お祖母様』はもう一度穿つような視線を向けると、今度は何も言わず病室を後にした。


 二人が出て行って、私は小さくため息をついた。こんな二人に囲まれて、優華さんは息が詰まらなかったのだろうか。それともこれが彼女にとっての日常なのだろうか。だとしたら大した精神力だ。私はこの半時間程だけで、精神的にすっかり疲れを感じてしまったよ。彼は私のそんな表情を読んで労るように、お疲れ様と笑った。


 その後、上野先生は簡単な診察と本日する精密検査の概要を説明してくれた。精密検査って、普通はそんなにすぐに予定に入れられるものではないような。無理矢理ねじ込んだか、瀬野家の権力で。そう思いつつも、こんな豪勢な病室は居心地が悪いから早く退院できるものならしたいですけど。


 そして今後のスケジュールを伝えると、上野先生は退出した。その間、悠貴さんはずっとついていてくれた。この美青年は性格も良いらしい。


「君はそろそろ朝食の時間だね」


 悠貴さんが視線を送る時計を同じように見ると、七時少し前。よく考えてみれば、『お祖母様』もこんなに朝早く、孫娘の顔を見に来てくれた訳だから、そう悪い人でもないのかもしれない。


「じゃあ、僕も失礼するよ」


 あ、そうか。今日は金曜日らしいので、これから彼も学校ということでしょう。


「また学校が終わったら来るよ。これからの学園生活の相談もあるし」

「はい。学校前の忙しい中、お見舞いに来て頂いてありがとうございました」


 会釈してお礼を言うと、彼は小さく笑った。


「じゃあ、また午後にね」


 彼はそう言うと、キラキラ王子様オーラを辺りにまき散らして出て行ったのだった。……やっぱり目が痛い。

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