表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
目覚めたら記憶喪失でした  作者: じゅり
― 本編 ―
27/43

27.犯人判明は突然に

 あの音楽室での件から特に進展はなく、二日が過ぎていた。状態が停滞を起こす中でも、優華さんがクラスメートに受け入れられて行くように尽力はしていたおかげもあって、今はクラスメートとの会話も増えてきている。


 もちろんその間も毎朝、紺谷氏に挨拶を交わしたり、軽く逆ストーキングを実行してみたりと報復にも余念はなかったですけどね。それにしても彼は毎日のように違う女性連れていて、ホントよくやるわ。悠貴さんが言うには色んな人と付き合っているのは結構振られもしているからみたいだよとの事だ。そりゃ、あんな軽薄だとすぐ別れを言い渡されるでしょうよ。


 そんな折、悠貴さんが調べていた情報が整理できたので報告するよと若干表情を曇らせてそう言った。それと頼まれていた物も揃ったからと私に書類を渡してくれたので、ぱらぱら見ていると、彼は意外な人の名前を出した。


「実は高岡すみれさんの事で新しいことが分かったんだ」

「え? 高岡さんの事?」


 ああ、そう言えば調べてもらっていたんだっけと考えていると、悠貴さんはますます冴えない表情をする。


「……残念だけど、彼女も家の関係で優華に近づいた一人だったみたいだ」


 彼女の父親は瀬野グループ傘下の大手企業の社長だが、ここ数年、業績不振に悩んでいたらしい。幸運な事に自分の娘と優華さんが同年代で、高校入学を機に優華さんに近づくよう指示したのではないかと言うのだ。


「優華はそれをどこかで知ったんじゃないかな」

「それで早紀子さんの話に繋がるのね。家の権力目当てなのは分かっていたけど、あしらうのは面倒だから私こそ友達のフリをしていたんだっていう話だっけ」


 ……あれ? でも早紀子さんから聞いた話とどこか若干違和感があるような。まあ、伝言ゲームで言葉は変わってしまう事が多いけれど。


「……そうだね」


 だから、おそらく優華を突き落としたのは彼女だよと言い難そうに悠貴さんは続ける。


「あれから色々調べてもらってみたら、彼女があの日、あの現場からそっと立ち去るのを見た人がいると言うんだよ」

「え!?」

「僕が駆けつけた時は紺谷や先生の他に騒ぎを聞きつけて数人生徒が集まっていたから、どこかに身を潜めていた彼女は人に紛れて出て行こうとしたんだろう」


 あの現場は普段、あまり使われない教室ばかりだ。そんな所へ優華さんが足を運んだのも理由が分からないが、さらに偶然たまたま高岡さんが同じように足を運ぶという事はきっと少ないだろう。だったら彼女の跡をつけていたとしか考えられない、と言う事か……。


「彼女はきっと逆恨みしてしまったんだろうね」

「でも何故今になって? もっと前の話でしょ、彼女と言い争って別れたのは。それに彼女と初めて会った時、本当に心配しているように見えたわ」

「最近いよいよ会社が危なくなっていたらしくてね。彼女の父親が金策に走り回っていたらしい」


 ……ん? なぜ過去形? そう尋ねると、悠貴さんはため息をついた。


「瀬野グループが動いたんだよ。それまでの功績もあったから再建案は以前から出ていたみたいだったけど」

「もしかして優華さんが階段から落とされた日と再建案が可決された日は同じ日だったとか?」

「……不幸な事にね」


 会社が助かったのだと父親から聞かされた時、自分がしでかしてしまった事の大きさに気付いたのだろうか。ああ、だから入院している時にお見舞いに来たいと言ったのか。そして翌週、事故前の記憶を持たない私が何もその話に触れなかった事で、自分の心の内に仕舞ってくれた、秘密裏にしてくれたのだとすみれさんは思ったのだろうか。そうだとしたら……。


「どうしたらいいと思う?」

「僕はそんな彼女と付き合って欲しくないと思う。ただ財閥家側から考えるなら、表面上は友達づきあいを続けるよう言われるだろうね。何かあった時に切り札は多い方がいいから」


 それ、要は脅しのネタですよね?


「分かったわ。明確な証拠もないし、脅しのネタとして使えるかどうは分からないけれど。犯人が分かっただけでも良かったわけだし」

「脅しのネタじゃなくて、手持ちの切り札としてだよ」


 訂正しなくてもよいのよ。どちらも大きな違いはないのですから。むしろ本音を私が言ってあげたんだい。……それにしても犯人が見つかるときはあっけないものね。これから彼女との関係は、本当の意味での修復は難しいだろうけれど、とにかく今は犯人が判明した事を感謝すべきなのだろう。それでも何となく残る後味の悪さに私はため息を吐いた。



 とりあえず優華さんの事故(事件?)の件が一段落したところで、まだ残っている問題を片付けるようにしよう。本日の授業が終わって部活の時間が始まった頃、私は教室に足を向けた。


「薫子様、ご機嫌よう」


 私は薫子様の教室まで足を運ぶと、彼女をクラスメートに呼んでもらった。優華さんがこの教室を訪れるのが珍しいのか、人を呼び出すのが珍しいのか、教室がざわめいた。私は人寄せパンダではないぞ。


「ゆ、優華様? ご、ご機嫌よう」

「ご機嫌よう。薫子様、今お時間少々よろしいでしょうか」


 薫子様から離れた後方で、取り巻きの方々が心配そうにこちらを窺っている。ああ、薫子様と同じクラスだったのね。


「え、ええ。構いませんが」

「ありがとうございます。では、少しそこまで顔貸して頂けて?」


 私がにっこり笑うと薫子様は、か、顔貸して? と引きつった表情をなさった。……あ、言葉選びに失敗したようだ。



 薫子様のお連れの方にはご遠慮頂いて、私は薫子様を連れ出した。向かう先は有村さんのいる美術室だ。


「あの辺りをご覧下さいますか?」


 指し示したのは少し膨れ面して頬を染める有村さんと佐々木君が話している姿。おーお、今日も相変わらずツンデレしちゃってるわね。可愛いなぁ、もう。


「あの通り、彼女はあの彼が好きなのです。なのに眉目秀麗、文武両道の男性をお断りして以降、今の彼らに興味本位で彼女は逆にいつもつきまとわれているんです。誰が先に彼女を落とすかとね。有村さんはどちらかというと被が――」

「な、何てこと……か、彼女は」


 話を上の空で聞いている薫子様に気付いて私は彼女を見ると、薫子様は口を押さえて震え出した。ヤバイ! もしや有村さんがツンケンしているように見えた!? 本性はあれだったのねと言い出しかねない。


「か、薫子様、ち、違うのですよ? あれはツンデレと言いましてですね。好きな人の前だ――」

「可愛いですわっ!」

「……へっ」

「何て可愛いの。有村さんってツンデレだったのね!」


 あ、ご存じでしたか……。


「それで何ですって?」

「……そうですね。では場所を移して、ゆっくりご説明しましょうか」



 私は美術室近くの空き教室に薫子様を誘うと、有村さんのこれまでの経緯を全て話した。すると薫子様は憑き物が落ちたように、大きくため息を吐いた。


「そうでしたか……彼女はわたくしには何一つ言い訳なさらなかったわ」

「ええ。言い訳すれば火に油を注ぐと思われたのかもしれません」

「……そうですわね。わたくしならそう思ったでしょう。自分の未熟さが嫌になりますわ」


 そう言ってしゅんとする薫子様は何だか年相応の悩める高校生のようで可愛く思えた。


「まだ……大人にならなくてもよろしいのではないのでしょうか」

「え?」

「わたくしたちは財閥家の子供で小さな頃から英才教育を受けて参りました。誰かにつけ込まれないように、隙を見せて家に迷惑をかける事がないように、知識やマナーを叩き込まれ、対人教育を受けてきました。けれどわたくしたちはまだ高校生なのです。一般の学生のように間違ったり、挫折したり、泣いたり、笑ったり、恋をしたり、青春を謳歌したりする権利はきっとあるはずです」


 薫子様は目を瞠ると、やがてふわりと微笑んだ。初めて彼女の素顔を見た気がした。


「そう、そうかもしれませんわね」

「それに学生の時代に一度は失敗を味わっておかないと、大人になって挫折から立ち直れない人間になってしまいますわよ。純粋培養ばかりが正しい教育ではありません」

「ええ、そうね」


 じゃあ、有村さんやあなたは強かな人間になりそうね、と自嘲するように笑った。あらあら、自覚はあったのね。


「ただ薫子様、あなたは意地悪だけでなさったのではないとわたくしは思っております」


 なぜなら有村さんと話した時、薫子様の悪い事は何一つ言わなかったから。そう言うと、薫子様は小さくため息を吐いた。


「わたくしは泣きつかれたのですわ。婚約者が一人の女生徒に執心していると。きっと婚約者は騙されているのだと」

「いつも周りにいらっしゃる方にですか?」


 ええ、そうですわと彼女は頷く。


「彼女の立場からしか見られなかったわたくしは本当に愚かでしたわ。有村さんにはお詫びを申しに参ります」

「ご理解頂いて、ありがとうございます。それと……薫子様。わたくしの事をお嫌いですよね?」

「な、なぜっ?」


 明らかに動揺を見せる薫子様に『あの女は権力を笠に着て忌々しいっ。怪我したからと言って、見せつけるように急に二宮様にベタベタ寄り添っていやらしいですわっ』と、薫子様の言い方を真似して言ってみた。


「……っは、は、はへっ!?」


 だから、そこの淑女。何て声を出しているのですか。そして私は続いて、ぽんと手を打った。


「ああ、そうそう。抑止しようとなさった取り巻きの方に『心配なさらなくても大丈夫ですわ。ここに告げ口できるような人間などいやしませんから』ともおっしゃったかしら」

「あ、う、あう、あの、あの時……」


 あうあうおっしゃる薫子様に笑みを浮かべながら、さて突然ですが、と言ってピシッと人差し指を立てた。


「ここで問題です! 親の権力を笠に着ているのは果たしてわたくしでしょうか、それとも薫子様でしょうか。どうぞ、お答え下さい」

「うっ! う、うぁ……ご。ご、ごめんなさぁい……」


 薫子様はがっくりと項垂れてしまった。あははは、何か可愛い。


「薫子様、謝罪は確かに受け取りました。顔をお上げになって。それでわたくしの事情も知って頂こうかと思いまして、ある方をお呼びしたいのですが、よろしいですか?」

「え、ええ。分かりました」


 まだ動揺している薫子様から了解を得ると、私は柏原さんを携帯で呼び出す。そして私は婚約者騒動、今噂されている自分の悪評判も濡れ衣だという事について話をした。


「事情は分かりましたわ。本当は優華様と二宮様が婚約者だったのですね」

「ええ。大人の事情で厄介な事になりましたが」

「あなたも災難でしたわね、柏原様」


 薫子様がそう言うと、柏原さんはただ困ったように微笑した。


「薫子様、どうぞお願い致します。この事は卒業まで内密にしていては下さいませんでしょうか」

「……わたくしも財閥家の娘ですわ。わたくしたちの一挙一動が家に与える影響は少なからずあるという事を存じております。それなのになぜこのような事をわたくしにおっしゃったの?」

「それは……薫子様に気兼ねなく、わたくしは悠貴様と、柏原さんは江角さんとイチャこらしたいからですわ」


 私は再びビシっと人差し指を立ててにっこり笑うと、薫子様はぽかんと呆気に取られた顔になり、柏原さんは顔を真っ赤にした。


「わ、私はそん、そんな事はおも、思っては――」

「あら、思っていないんですの?」

「えっ!? ……お、思っては、なくは……ないです」

「そう、そうですわよね。柏原さんもイチャこらなさりたいのね!」

「そ、そんなっ!?」


 慌てふためく柏原さんに薫子様は、ふ、ふふと小さく笑う。そして。


「ふ、ふふ、ふ、はっ……あーはっはははっ!」


 薫子様は上品な笑いから一気に無邪気な高笑いをなさって、今度はこちらがびっくり目を丸くした。


「面白い方ね、優華様。こんなに大笑いしたのは何年ぶりでしょうか」


 彼女は笑いの涙を浮かべ、その涙を拭いながらそう言った。


「分かりました。この薫子、君島の名前を掛けて必ずやお約束致しますわ」

「……ありがとうございます、薫子様」


 そして私たちは三人手を取り合って、破られることのない女の約束をした。



 しばし三人でガールズトークを楽しんだ後、お開きとなった。二人が部屋を立ち去るのを見送り、私は教室に残った。まだここで用事があったからだ。部屋がすっかり静寂を取り戻した時、私は言った。


「あなたもガールズトークにお誘いすれば良かったわね。いらしたら」

「……気付いていたのですか」


 カタリと小さく音を鳴らし、彼女たちと入れ替わりに教室の入り口に立ったのは情報屋の羽鳥蘭子さんだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ