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目覚めたら記憶喪失でした  作者: じゅり
― 本編 ―
22/43

22.情報整理の先に

 さて。一度整理してみましょうか。部屋に戻った私は机に向かって新しいノートを広げる。元々、優華さんを階段から突き落とした犯人捜しをしていたのよね。それで優華さんの関係者はと言うと……。簡単な人物の背景とこれまでの流れをノートに書き出してみる。主要人物はっと。


 一、有村雪菜 二、有村雪菜を囲う男性陣 三、君島薫子 四、高岡すみれ 五、水無月早紀子 六、松宮千豊 七、江角奏多 八、柏原静香 九、その他


 うん、これくらいかな。まあ、悠貴さんも本当は入るんだけど、武士の情けだ、入れないでおいてやろう。本当はアリバイから考えれば手っ取り早いのだろうけど、刑事でもないから仮に聞き込みしたところで警戒されるだけだろう。それにそのせいで危険を自ら引き寄せるのは避けなければならない。


 さて、ここからあくまでも感情論での消去法で考えるしかないのだけど。


 まず有村さんはツンデレだから違うでしょう。ツンデレに悪い子はいない(断言)。そうなると、ツンデレの松宮氏も外してヨシとなるか。松宮氏、どこかでクシャミしていたらごめんよ。そして有村さんを囲う男性陣。彼らは敵意むき出しだったけど、彼女の言葉通り愛情が絡むほど執着していないのなら、そこまではしないだろうとも思える。


 薫子様はどうも悠貴さんとの接触が気に入らないみたいなんだよね。それが不愉快になる一番の原因だとしたら、私と悠貴さんが接触したのは事故後だから、容疑者としてはとりあえず除外されるだろうか。そして高岡すみれさんはまだ分からないから保留。早紀子さんは絹ごし豆腐だからシロ。あ、そう言えば、あの後、先生とのデートどうなったかなぁ。また聞いてみなくちゃ。


 えーっと話がそれた。次に江角氏は一応優華さんに好意を持っているのかな。となると今の所、やはり柏原静香さんの線が有力となるのだろうか。まあ、その他大勢になったら一気に範囲が広がっちゃうんだけど。


 ……ん? 何か抜けているな。あ、そうそう。もう一人関係者がいた。紺谷敬司、彼だ。彼は優華さんの事故現場で一番に駆けつけてくれたのよね。第一発見者は容疑者濃厚なのに忘れていたわ。そもそもあんな場所に優華さんが足を運ぶ理由も分からないのに、彼がたまたまその場にいたのは腑に落ちないんだよね。とは言え、彼が優華さんに恨みを持っているようには見えなかった。うーん、分からないわ。


 口と鼻の間にペンを挟み、椅子にもたれて足を組む。こんな格好、悠貴さんが見たらびっくりするだろうな、あははは。……いや、怒られるか。そう言えば、優華さんも自分の噂を集めていたと言っていたし、行き詰まって実は私みたいな格好をしていたかもしれないわね。なーん……。


「あっ」


 そうだ。彼女も情報を集めていたなら、整理していたはず。でも前回、部屋を探索した際に日記帳は見当たらなかったし、パソコンにもそれらしいものはなかった。……うーん、彼女が和箪笥にカラクリの仕掛けの紙を貼っていた所から見ると、ごく身近にあるはずだと思うんだけどなぁ。パソコンにはキーワードが必要なフォルダーはなかったから、やっぱりノートかも。そう思って様々な科目のノートを調べてみると。


「あった。……ありましたよ」


 一つだけノートの背を赤でしっかりと色づけされておりました……。本棚に立ててあったのに気付かない私は愚か者です、ごめんなさい。えーっとこれは現代国語のノートね。考えたわね、優華さん。数学や英語だとノートの貸し借りは日常茶飯事だもの。その点、現代国語ならノートの貸し借りはあまりないだろうし。……あ、そもそも優華さん、誰かと貸し借りできる友達いな――うん、とにかく見つかって良かったね!


 さてとこのノートだけど前からは普通の授業ノートだ。と言う事は。反対に裏返して捲ってみると、そこには今まで優華さんが集めたと思われる自分にまつわる噂話が何ページにも渡って書かれていた。発祥元が分かる人物は名前が書かれていたが、大部分が不明である。きっと噂に尾ひれを付けられた部分が大きいのだろう。そう言えば、横峰何とか。あれもこのノートに記載される事になる訳だ。私がやっている事は優華さんの傷を広げているだけなのではないだろうか……。


 優華さんはこの部屋でただ一人、いくつもの涙を落としてきたのだろう。きっと自分一人ではどうしようもできなかったに違いない。噂は一度転がり始めるとどんどん膨らんでいき、やがてモンスターとなってその人を襲うようになる。そうなると、もう自分では倒せない。弱者はただ蹂躙されるがままとなるのだ。


 そんな考えがふいに思い起こされ、ひやりと首筋に冷たさが差し込む思いがした。何でこんなに恐いのだろうか。何がそんなに恐いのだろうか。自分の記憶にも何か関係があるのだろうか。でも……。


 優華さんの涙で滲んだインクの文字を指で辿る。今はまだ駄目だ。きっと思い出しては駄目なんだ。私はぎゅっと目をつむり、襲いかかる底知れない闇を振り払うように大きく首を振る。そして深呼吸を繰り返した。――大丈夫。私は優華さんを守る。今度こそ・・・・は守りきる。そう決めたんだから。


 そしてさらにページを捲る。次のページに目を通すと、私は携帯を手に取った。




「悠貴さん、今日は何か空気が違わない? 土曜日で学生も浮かれているからかしら」


 いつものように朝食を摂っていた時から感じていた私は悠貴さんにそう尋ねてみる。本日は土曜日で学校はお休みだ。実家に帰る人もそれなりにいるようで、朝食の席では空席が目立っていた。いつもより学生の人数が少ないからだろうか。普段周りから突き刺さるような視線が、今日はやけに和らいだ感じがするのは。


「ん? それもあるかもしれないけど。でも、昨日の事が関係しているんじゃないかな」

「と言うと?」


 昨日のあの談話室で私たちが立ち去った後、優華さんのイメージが変わった人も多くなったように肌で感じたと言う。


「ひそひそ話だったけど、皆、君に好意的な話をしていたよ。元々水面下では彼らの横暴は目に余っていたようだし」

「そうなの? 優華さんのイメージが少しでも回復したなら、そんなに嬉しいことはないわね」

「ありがとう、晴子さん」

「改まってなあに。恥ずかしいじゃない」


 悠貴さんは笑みを消して、でも……と続けた。


「でも晴子さん、無理していない?」

「え?」

「優華の為に、って頑張ってくれるのは嬉しいよ。でもそのせいで晴子さん自身は無理していない?」

「……していないわ。何を言っているの? 私は大丈夫よ?」


 心配をかけているようじゃ、私もまだまだだわね。心の中で苦笑する。


「それより悠貴さん、今日は一度実家に帰ってお父様に聞いて来てくれるのよね。婚約解消の理由」

「あ、ああ、うん。一人にするけど大丈夫?」

「平気平気。優華さんの実家に行く事を考えると、ずっと気楽に過ごせるわ。寮には施設も豊富だし、図書館は開放されているから早紀子さんにも会いに行くつもりだし」

「でも……気をつけて」

「ええ、分かったわ。それともう一つの件もよろしくね」


 私は悠貴さんを送り出すと、寮を出て図書館へと向かった。えーっと、こっちだったかしら、あら、違ったこっちね。私はうろうろ動き回る。安定の方向音痴万歳。何とか辿り着いた図書館。入ってみると、やはり学生の数はいつもより少なかった。いつもは制服姿の生徒たちだが、本日は各々私服を着ていて統一感が失われているのも休みの気楽さを醸し出していた。図書館は年末年始やゴールデンウィーク、お盆時期を除いて常に解放されていて、司書さんはシフト制らしい。


 今日は早紀子さんは勤務だと言っていたので、いるはずだとカウンターを見てみる。目が合って、笑みを浮かべながら会釈だけ交わすと私は本棚へと足を向けた。早紀子さんとしては仕事中だから、そう話してはいられないものね。とりあえず目的の本があるわけではないので、ぶらぶら歩き回ってみる。


 ああ、そう言えば、数学の参考書でも探してみようかなぁ。そう思いながら参考書コーナーに行くと、それらしき本があったので手を伸ばした。う、あれ? 思いの他届かない。つま先立って足をふるふるしていると、横からすっと手が伸びてその本が取り出され、この本でいいですか? と本を差し出された。おぉ。まるで少女漫画の一場面みたいではないか。そう思って感動して見上げると、そこにいたのは有村さんの想い人、佐々木君だった。


「あら、こんにちは。佐々木さんでしたわね。どうもありがとうございます」

「こんにちは、瀬野先輩。お休みでも勉強ですか?」

「ええ。あなたも参考書を抱えていらっしゃるわね」


 私は佐々木君が抱えた本に視線を移すと、僕はあまり成績が良い方ではないのでと照れ笑いをする。すると。


「千尋ー。参考書見つかった? 机、確保できたぞ」


 と友人が呼びに来た。佐々木君は今行くよーと友人に声を掛けて、こちらに視線を移す。


「じゃあ、僕は失礼致します。……あ、そうだ。学校の美術室にも作品が置いてありますので、ぜひ遊びにいらして下さい」

「ええ、ありがとう。必ず伺うわ」


 彼が会釈して立ち去るのを小さく手を振って見送った。では私もそろそろ早紀子さんをからかいに行きましょうか。私は早紀子さんがいるカウンターに近付き、受付お願いしますと本と一枚の紙を差し出した。


『デートはどうでしたか』


 そう紙に書いた紙を見た早紀子さんは頬を染めて、私の顔を見上げた。そして紙の下に書いてこちらに寄越した。


『デートじゃないわよ』


 私はその紙を受け取ると、カウンターで『またまたぁ』と書き足す。するとまた早紀子さんが書いてこちらに寄越す。


『ウソじゃないもの。食事だけ』

『でも、気がないと誘わないわ』

『そうかしら。でもお礼だって』

『お礼と言った方が誘いやすいから。次はって言われなかった?』


 高速で紙のやり取りをしている私たちに隣の司書さんはびっくりした顔でこちらを見つめている。にへらと愛想笑いしてみると、司書さんは慌てて顔を背けた。あら酷い。


『また誘っても良いか聞かれた』

『やったねっ!』

『期待してもいいのかな』

『もちろん! 良かったね。いつから好きなの?』


「って、いや、何で私の気持ち分かってるの!?」


 思わず早紀子さんは小さく叫んだ。すると隣の司書さんは片眼を伏せて、ゴホンと咳払いした。


「す、すみません……」


 早紀子さんは小さく肩をすくめ、私も一緒に謝った。そして、きちんと手続きを終えてくれていた早紀子さんにもう一度だけ紙を差し出す。


『お邪魔してごめんなさい。でも楽しかった。もう行くわね』

『こちらこそ。では、またね』


「ありがとうございます」


 私は本を受け取って図書館に出ると、携帯を操作した。悠貴さんはもう家に着いた頃だろうか。カバンに携帯をなおすと歩き出した。これからどうしようかしらね。校舎を右手に庭に出て歩いていると、スポーツ特待生の学生だろうか、グラウンドで練習している姿が見える。休みなのに大変ね。でも運動は一日休むと取り戻すのに三日かかると言うものね、などと少し止まって観察した後、また歩き出した。さてと、そろそろかしら……。


「あ、そうだわ!」


 私はポンと手を打って小さく叫ぶと、急に駆け出して走る。若いっていいね。走っても疲れないよー、などと体力的に余裕を持ちながら、前方の角で右に曲がると校舎とプレハブに挟まれた小道に入る。そして一息つくと、校舎の壁に背を任せて追いかけてくるのを待った。


 昨夜、優華さんのノートを読んでいた中で、噂とは別に最近常に人に見られているような気がして気味が悪いと書かれていた。私もそれを読んで気付いたが、ここ数日、日常的に受ける視線とは別の気配というものを肌で何となく感じ取っていた。それは決まって――。


 走って土が擦れる音が近づく。その人物が軽く息を弾ませて曲がり角に現れた時、私は腕を組んだまま手を小さく振った。


「はぁい。ご機嫌よう」

「っ!?」


 その人は驚いた表情をして、こちらを見つめる。私はゆっくりと笑みを深めた。


「わたくしに何かご用かしら。……紺谷敬司さん」

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