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目覚めたら記憶喪失でした  作者: じゅり
― 本編 ―
19/43

19.リア充劇場、観戦ス

「柏原家の方が婚約解消を願い出たって、どういう理由で?」


 こう尋ねるのは世の常識ですよね。


「うーん。僕も詳しくは知らないんだ。柏原家の諸事情によるものとしか聞いていないから。理由まではあまり興味なかったし」

「何で知らないのっ。そこは知っておこうよ。展開が遅くなるじゃないのっ」

「何の展開?」

「さあ? 今、天の声が聞こえたの」


 ぴぴっとね。電波が来たような気がした。


「ホントにもう。もっと自分の事に興味持ちなさいよね」


 もしかして自分の事より優華さんの事の方が余程詳しいんじゃないのとため息を吐きながら言うと、あはは、そうかもねと彼は笑う。


「とにかく、瀬野家側として口裏を合わせる義理もないはずだけど、卒業までは内密にする事を了承したのね」

「うん。と言うか、そもそも僕たちはまだ正式には婚約していないから」

「はあぁっ!?」


 私は叫び声と同時に立ち上がり、机をドン! と叩いて悠貴さんに詰め寄った。変形壁ドンだ。


「どういう事よっ」

「僕は卒業までは表向き柏原家のお嬢さんと婚約中の身だから、優華の家とは卒業してから発表披露宴をするんだけど、その場で正式に婚約する事になっていたんだ。って、い、言ってなかった、よね、あはは……」

「……悠貴さん。仏の顔も三度」


 私はぐっと手を握りしめて、拳を作る。


「歯を食いしばれぇーっ!」

「え、ちょっ。仏の顔の時ってなかったよ!?」

「問答無用じゃー」


 焦りながらも冷静にツッコミを入れる悠貴さんにも構わずに私は拳を振り上げる。そして――拳を両こめかみに当ててぐりぐりしてやった。


「痛っ。い、痛いです晴子さん!」

「当然です! 痛いようにしているのですよっ」


 少しはこっちの苦労を分かれ! まったくもう。そう思ったその時。


「あら。何だか楽しそうね。何プレイ? 私も仲間に入れてくれないかしら」


 何やらたくさんの書物を抱えた早紀子さんが教室の入り口付近で、キラキラした瞳をしてこちらを見ていた。


「あ。早紀子さん」


 声を掛けると、早紀子さんは嬉しそうにこちらへと駆け寄ってきた。わぁ、何やら重そうな物を抱えていますけど、大丈夫ですか。


「すごい量の書物ですね。どこかに移動させるのですか?」


 私から解放された悠貴さんが尋ねる。すると、社会の有沢先生に頼まれたもので、今、届けに行こうとしていたのだと早紀子さんは言う。有沢先生とは授業は楽しく分かりやすく、学生の家柄関係なく平等に接して男女ともに生徒から人気のある先生だ。きらびやかなイケメンではないが、二十代後半で純朴さを保つ希少な爽やか青年だ。


「え。先生が自分で探して持って行けばいいのに。まさか有沢先生に押しつけられているの? 大変ね、早紀子さん」


 同年代と分かった私たちは、早紀子さんの強い希望で、内々ではタメ口で話す事になった。私がそんな風に尋ねると、早紀子さんは焦ったように違う違うのよと手を振った。


「先生の依頼で資料を集める事はよくあるの。これも仕事の一貫なのよ。有沢先生はその……忙しいだろうとよく手伝ってもくれるのよ。い、良い方なの」


 少し頬を染めて釈明する早紀子さん。……へぇ。なるほどね。そうなんですね、はい了解しましたよ。


「そう。司書の仕事って、色々あるのね」


 椅子を勧めたら、早紀子さんは荷物を一時的に机に下ろして椅子に座りながら、そうそう瀬野優華さんについて他の生徒にそれとなく聞いてみたのよと言った。それとなくって、ほとんどの生徒が優華さんと接点を持たないと聞くのに、どうやって会話に繋げたのだろうか。


「え。普通よー。こんな感じ」


 ~~水無月早紀子さんの回想・始~~


 早紀子 :「ねえ、瀬野優華さんって、どういう人か知っているかしら?」

 女生徒A:「(ビクッ)えっ!? い、いきなりですか。そ、そうですね……」


 ~~水無月早紀子さんの回想・終~~


「めっちゃストレートじゃないですかっ。一行で終わっちゃったよ!」

「どうせ私なんて私なんて。語彙力ないわよっ。コミュニケーション力ないわよっ。文才ないわよぉぉぉ」


 早紀子さん、少女漫画の主人公のようにわっと机に泣き伏せる。すみません、この人ややこしかったです……。さすが絹ごし早紀子さん。


「じょ、冗談だからっ。ほら、前に見せてもらった小説、面白かったし!」

「ホントっ!?」


 がばりと顔を上げた早紀子さんの瞳には少し残った涙がむしろ美しく煌めいている。マジ泣きでしたか。


「うふふ。あの作品のポイントはね、主人公が――」

「あ、あの、水無月さん。そのお話は聞きたいのは山々なのですが、有沢先生がお待ちしているのではないでしょうか」


 長い解説が始まりそうな早紀子さんを悠貴さんが慌てて止める。


「それもそうね。じゃあ、手短に主人公のポイントを話すと」

「あ! そちらではなくて、優華の噂についてお願い致します」

「ああ、そちらね。ごめんなさい。小説の事になると熱くなってしまって」


 恥ずかしそうに頬を染めながら、早紀子さんは詳細を語ってくれた。複数の女生徒からの情報は、噂ぐらいの情報を持ち合わせない人がほとんどだったそうだが、中には友人が男子生徒に絡まれているところを優華さんに助けられたと語った人もいたらしい。一方で冷たく人を突き放している場面を見てしまった人もいると言う。


「え、どんな風に?」

「どうせあなたも家の権力目当てだろう、あしらうのは面倒だから今まで友達のフリをしてきただけで、本当は友達なんて思った事は一度もないというような内容ですって」

「友達、か……」


 私は悠貴さんの顔を見ると頷いた。どうやら彼も同じ事を考えているのだろう。


「何か心当たりあるの?」

「友達と呼べる人は、高岡すみれさんぐらいかと」

「へえ、そう。よく調べてあるのね」

「ああ、それは悠貴さんが――」


 ……あれ、今、何か引っかかった気がするんだけど。そう考えていたところ。


「あれ! 水無月さんっ!?」


 廊下から驚いたような男性の声が聞こえた。


「あ! 有沢先生」


 早紀子さんは立ち上がると、有沢先生が教室に入って来て早紀子さんに近づいた。しかし一定の距離は保っている。うむ、なかなかの紳士と見た。


「申し訳ありません。資料が揃いましたので、お持ちしようと思っていたところなのです」

「い、いえ、そんなとんでもないっ。僕の方から出向きますのに。ましてこんな重い物を」

「大丈夫です。こう見えても常日頃から重い書物で鍛えられているんですよ」


 笑って力こぶしを作るポーズを見せる早紀子さんに、そうですかと何故か照れた様子の有沢先生。おや、おや、おや? これはひょっとして。


「いつもありがとうございます。水無月さんが集めて下さる資料は本当にいつも的確でとても役に立っています」

「いえ、そんな。そう言って頂いて光栄です」


 早紀子さんは真正面から誉められて、少し嬉しそうだ。誉められて伸びるタイプですね、早紀子さん。


「あ、あの……」


 有沢先生は一瞬言葉を切り、ぐっと拳を握った。これは来るぞ来るぞ来るぞ。きっと来――。


「あ、あの! いつものお礼にお食事とかお誘いしても構いませんか」


 キターーっ! きゃあ何このドラマのような展開は。でも特等席で見ることができて、思わずニヤニヤしてしまう。


「え。いえ、で、でも……お仕事、ですし。お気遣い頂かなくても、そのっ」


 戸惑った様子の早紀子さんですけど、耳、紅いですよっ! 好意があるなら、ためらっていちゃだめだと思うのよ。よし、ここはわたくしめがお節介にもキューピッド役を買って出て差し上げましょう。


「水無月先生、折角お誘い頂いておりますし、お受けになってもよろしいのではないかと」

「へっ。う、うぎゃわっーっ!?」


 有沢先生は初めて私たちに気付いたようで、文字通り飛び上がって驚くと、顔を真っ赤に染めた。あ、何か可愛いね、先生。


「き、君たち、いつからそこに」


 さっきからずーっと遙か昔からおりましたがな。今まで私たちなぞ目にも入らなかったんですね。風景の一部だったんですね、分かります。まさに恋は盲目。


 振り返った早紀子さんも声と違わず戸惑った表情だが、頬が紅く染まっている。私は小さく片目を伏せると、小さく指を立ててゴーサインを出す。早紀子さんは小さく頷くと、有沢先生へ顔を向けた。


「あ、あの。有沢先生、お食事、ぜひご一緒させて下さい……」

「ほ、本当ですかっ! やった!」


 有沢先生は満面の笑みで大喜びするのを見て、やだーリア充最高ねーっ! と、こちらもつい頬が綻んだ。……あ、私たちってお邪魔虫でしょうか? 悠貴さんも感じていたのか、ちょいちょいと指で叩かれて振り返ると帰ろうという口の動きをしたので、私たちはカバンを持ってこっそり退室した。廊下に出て少し進んだ所で、興奮冷めやらぬ私は小さく叫んだ。


「リア充劇場、最前列で見ることができて満足ですっ!」

「あはは、そう。良かったね」


 そう言えば、優華さんと悠貴さんはどんな感じだったんだろう。期待を込めて尋ねてみると、悠貴さんの表情は曇った。


「そうだね。僕の方が優華を愛しているとは思うけど、優華も僕を愛してくれていると思う」

「っ! 私、ごめんなさい……」


 悠貴さんは現在形で話す一方、優華さんを過去形にしてしまっていた自分に青ざめた。私は優華さんの身体を『借りている』だけの人間なのに。……そう。自分の行く末は分からないけれど、きっとそれだけは間違いない。そう遠くない未来、優華さんは『私』ではなくなると、どこか漠然と感じる。……私はだったらどこに帰ればいいのだろうか。本当に帰る場所があるのだろうか。そしてそこは帰りたい場所なのだろうか。


「どうして晴子さんが謝るの」


 悠貴さんの言葉に気付けば俯いていた顔をはっと上げた。彼は穏やかに笑っていた。


「僕は君が優華でいてくれて良かったと思っているよ、心から」


 何だか心にじんと熱いものが滲み広がった一方、自分の穢れた部分に気付いてしまって恥じた。誓ったはずではないか。優華さんを守り抜くって。優華さんが戻りたい場所にするって。私が優華さんになったのはきっとその為なんだ。だったら今は目の前の現実を見なくては。


「……ありがとう。優華さんの為に頑張るわね、私」


 そう言うと、なぜか悠貴さんは悲しそうに笑った。

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