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目覚めたら記憶喪失でした  作者: じゅり
― 本編 ―
18/43

18.有村雪菜と薫子様ご一行

 昼休みが終わる前に化粧室、もといトイレへと向かった。午後からの授業はだるいんだよねと悲しくもすっかり憩いの場になったトイレの個室の中でため息をついていると、外から数人の女生徒の声が聞こえて来る。耳を澄ましていると、薫子様ご一行のようだ。一方的に誰かを責めるような物言いにこれはまさか苛めの現場に居合わせたかと胸がドクリと高鳴る。


 そうか。女生徒が有村さんを囲む現場を松宮氏が目撃したことがなかったのは、女性トイレで行われていたからか。と言うか、そもそも自分で目撃もしないで噂だけで優華さんが首謀者だと決めつけたとは、あの馬鹿真面目の愚か者めぇ。松宮氏が今頃どこかで悪寒を走らせていることを願う。


 さて、これまでの事で優華さんは特待生苛めに関わっていないと確定できた。それに薫子様と一緒に苛めていたのだというのならば、優華さんを差し置いて詰め寄ったりはしないだろうから。ああ、それ以前に薫子様は優華さんの事をよく思っていなかったみたいだものね。そう考えながら私は個室を出て、手を洗った。


 人がいた気配に漸く気付いたようで、沈黙が落ちる。薫子様ってば、相変わらず抜けている部分がございますわよねぇ。トイレの中に誰かがいることをもう少しお考えになった方が良いと思うのですよ。


 私は教室に戻るよう何気なくゆっくり歩いたところで、化粧ルームにいる薫子様ご一行に初めて気付いたように声を掛けた。


「あら、薫子様。ごきげんよう」

「ゆ、優華様っ!? ご、ごきげんよう」


 薫子様の返答に私は笑みを浮かべて、その取り巻きを順番に見ていくと、みんな表情が硬い。とりわけ、ばちりと目が合ったみなみさんはすぐ視線を落として縮こまった。自分が正しいことをしていると思っているなら、もっと堂々としていればいいのに。まあ、みなみさんは周りに引きずり込まれているだけにも見えるけど。


「皆様もごきげんよう」


 そう言うと、慌てて一様に返してきた。そして最後に言い詰め寄られていたであろう女生徒に目を移した。……やはり彼女は有村雪菜さんだったか。私は彼女にも笑みを向ける。


「ごきげんよう」

「こ、こんにちは」


 有村さんは最初、強ばった表情でこちらに視線を向けたが、私に気付くとむしろ警戒心を少し緩めたように見えた。羽鳥さんが優華さんの全てを把握していなかったとしても、優華さんは少なくとも今まで彼女に危害を加えた事はないという事だ。


「あなたは……」


 私は少し考え込むように有村さんを見つめた。


「あ、有村雪菜と申します」

「有村雪……ああ! お名前、存じております。文武両道と誉れ高い特待生の方ですね。とても優秀な方とお聞きしておりますわ」


 嫌味に聞こえないように気をつけながら、ゆっくり穏やかに笑みを浮かべて見せた。


「え……あっ、あり、ありがとうございます」


 有村さんはびっくりした様子だが、特に威圧感を受けなかったようなので一安心。


「わたくしは瀬野優華と申します。以後お見知りおきを」

「あ、ぞ、存じ上げております」

「あら、そうですの? 光栄ですわ」


 にっこり笑うと、彼女は続いて頭を下げる。


「せ、先日は失礼致しました」

「先日……。ああ、あなたでしたわね。先日も申しましたが、あなたが悪い訳ではないのだから、気になさらないで」


 私はそう言って、すっかり空気になっている薫子様ご一行に振り返ると、薫子様はびくりと肩を震わせた。そんなに怯えなくても……。


「薫子様は彼女とお知り合いでしたの」

「え、ええ、ま、あ、はい」

「どういったお知り合いですの? 確か有村さん、学年は一つ下かと思ったのですけど」


 薫子様が答えあぐねていると、取り巻きの一人が口を挟んだ。


「あ、あの。絵画についてお話していたんですの。有村さん、絵をお描きになるから」

「あら、そうでしたの。わたくし自身は絵心はないのですけど、絵画にはとても興味を持っておりますの。もし宜しければ、皆さんが次にお集まりになる時にわたくしも参加させて頂けるかしら」


 薫子様ご一行様はますます困った表情になり、それでも次は是非ご一緒にと精一杯笑顔を貼り付けて言って下さった。


「ありがとうございます。楽しみにしておりますわ」


 と喜んでみせるや否や、授業開始の予鈴が鳴った。


「あら、午後の授業が始まりますわね。参りましょうか」


 私がそう促すと、薫子様ご一行様は仕方なしにぞろぞろと出て行く。最後尾にいたみなみさんが小さく振り返ったが、私は声を掛けようとするとすぐに顔を前に戻した。私はため息をつき、続いて出て行こうとすると、逆に後ろから小さく瀬野先輩と声を掛けられた。振り返ると有村さんはただ深々と頭を下げていた。この子は例え自分が傷つけられたとしても、人を害する様な人間では決してない、そう思えた。私は彼女に近づくとぽんと叩いた。


「ほら、あなたも行きましょう。遅刻したら先生方が恐いですわよ」


 私の茶化した脅し方に彼女は笑顔いっぱいに、はいっ! と元気よく返事した。




 放課後、誰もいなくなった教室で悠貴さんと机を挟んで向かい合う。良い具合に夕日が教室の机へと照らし込み、雰囲気抜群だ。おぉ、端から見たら青春しているみたいですね。まあ、実際は業務連絡みたいなものなんですけど。


「今朝と違って血色がいいみたいだけど何かあったの? 何か進展した?」


 そう悠貴さんに問われるものの、整理したいからと少し待ってもらう。事が起こらない時って、本当に何一つ起こらないのに、いざ起こるとなると立て続けに起こるのよね、不思議だ。


「ええっと、そうね。まず松宮千豊君が手伝ってくれることになったわ」

「へぇ。……じゃない、何それ、どういう事?」


 驚きで目を丸くする悠貴さんに私は簡単に説明した。


「へえ。そうなんだ。晴子さんに感謝だね。それにしても彼、真面目ないい人だったんだね。誤解していたよ」

「お人好しだよね」

「……晴子さんもね」

「あなたは見た目に反して毒舌腹黒よね……」


 悠貴さんはよく言われると苦笑する。彼は彼なりに私には分からない苦労をしてきているのかもしれない。それがきっと金と欲にからんだ大人の世界に巻き込まれてきた彼の処世術でもあったのだろう。黙り込んだ私に悠貴さんはきょとんとしながら話を先に進めるよう促す。私はさらに有村さんと薫子様の修羅場に立ち会った事を伝えた。


「優華さんは白確定ね。そもそも薫子様は優華さんの事をよく思っていないみたいなの。それは何故かって言うと」


 私は、はぁとため息を一つついた。


「悠貴さん。私に黙っていた事があるでしょ」

「と言うと?」

「以前、柏原静香さんと婚約していて、現在も表向きは婚約中になっている事よ」

「ああ! そうだね」


 悠貴さんはあっさり頷いたので、だから何で言わないかなぁ! と私は腰に手をやった。


「ごめんごめん。もう一年前の事だしいいかなって」

「良くないっ! あなたが言わないことで、上手く立ち回りできない事だってあるんだから。とにかくどういう事か説明して」


 私が情報屋の羽鳥さんからの情報を伝えると、それは違うよと悠貴さんが語り出した事によると。優華さんと悠貴さんはいわゆる幼馴染みで小さい頃からよく一緒に遊んでいたし、優華さん三歳、悠貴さん四歳の頃に将来は結婚しようと指切りしていたらしい。四歳にしてリア充かいっと一瞬嫉妬がたぎったのは横に置いておいて。その後、知らぬ間に親が勝手に柏原家とのお嬢さんとの婚約を成したらしい。事実を知ったのは高校二年生。……ん? 何で高校生になってようやく知ったわけ?


「高校生の時に、はっと思い出したかのように父親から告げられたんだ」


 ……もしや悠貴さんのお父様、婚約成立した事を忘れていたとかじゃないですよね? まさかね。とりあえず続きを聞いてみる。


 悠貴さんはその後、親に抗議したところ、来年優華さんが高校に入学してくるからお断りですと一蹴されていた留学計画に従うならば柏原家に働きかけてみようと持ちかけられたと言うのだ。そして、二年生の中途から二、三年ほど留学する予定となっていたのだが、昨年婚約破棄がなされたと耳にして親に自供を迫ったところ、事実だったので急遽留学を取りやめてこちらの三年生として戻って来たという顛末らしい。……どんな親子関係なんですよ。何とも言い難い感情がわき起こってくる。


「悠貴さんが優華さんラブなのは分かったけど。でも、どうして柏原静香さんが入学前に婚約の事を内密にしておけなかったのかしら」

「人の噂に戸は立てられないよ。僕が入学した時点で、既に僕に婚約者がいることは周知されていたから。僕はてっきり優華の事を言っているんだと勘違いしていたんだけど、柏原さんの事だったと言うんだから」


 これには悠貴さんもうんざりしたようにため息をついた。


「もう最悪だよ。僕が留学前の二年生の頃は少しでも一緒にいる所を見られると噂を立てられて僕に迷惑がかかるからと言って、優華に距離を置かれたんだよ。戻って来てからも避けられるし」


 優華さんは何と配慮のできる聡明な方なんでしょうか。それに比べ、悠貴さんときたら! 退院直後から優華さんと一緒にいて、逆に優華さんの立場が悪くなっているじゃないか。……あれ?


「学校では、ほぼ顔を合わせなかった?」

「そうだね。土日にお互い実家に戻った時くらいかな、会っていたのは」


 とすると、薫子様は優華さんを悪評判に落とし込めた首謀者ではない? 薫子様のセリフから考えると、優華さんを気に喰わないのは親の権力を使って悠貴さんを側に置いたと思っているからだよね? それまでは優華さんは悠貴さんと接触していなかったんだから、事故前に優華さんの悪評判を広める意味はなかったはず。ああ、でもその前に優華さんが他の人に傍若無人に振る舞っていたとしたら、それについて嫌っているのかもしれないし。


「日常的に優華欠乏症だったけど、会えない時間が愛を育むのです、と言われてね」


 でも結局、優華さんは有村さんを苛めていなかった訳だし、過去には後輩を助けてもいたみたいだ。何よりあまり人との付き合いないのよね。そういう風に振る舞う相手すらいないんじゃない? だとしたら、やはり柏原さんが。


「そのつれない所がまた魅力で」


 そう、柏原さんがつれない所がまたみ……。じゃないっ。


 ええいっ! 悠貴さん、うるさいわ。考えがまとまらないじゃないの。のろけならもう結構です。と言うか、それってあしらわれているのでは? と悪意を持って解釈しそうになる。私は思考を妨げる悠貴さんの言葉を聞き流すために、脳内に失恋ソングを流してみた。生まれ変わったら云々かんぬーん。……はっ。そう言えば。


「今思い出したんだけど。そんなに優華さんが大事ならどうして転生である事を望むだなんて言ったの」

「ああ……。近頃、優華は悩んでいてとても辛そうだったから。優華が辛さから解放されるならその方がいいかもしれないなんて思ってしまった。……一体いつから一人悩んできたんだろう」


 私はこれまでの事を少し考え直してみた。


「ああ、もしかすると半年前くらいだったのかも」

「半年前?」

「水無月早紀子さんが言っていたのよ。半年前から優華さんが図書館に来なくなったと。優華さん自身気付いたのが半年前だったんじゃないかしら?」


 彼女に顔向けできなかったのか、あるいは自分の噂を調べるのに必死だったのか。何にせよ、噂が大きくなって初めて事の重大性に気付いたのだろう。


「そっか……。だからと言って、戻って来ても僕は何も力になってあげられなかったんだけど……」

「こら、項垂れている場合? 今から力になってあげればいいじゃない」


 そう言うと、そうだよねとぽつりと呟く悠貴さん。何か私が苛めたみたいじゃないですか。


「ゆ、優華さんが戻って来た時に少しでも居心地の良い学園生活になるよう私も尽力するわよ。それより、私の登校初日に注目されたのは二人でいる事は今までなかったからなのね」

「うん……言わなくてごめん」


 まったくもう。どこまで隠し事をするんだ、この男は。まあ、中身は別人だから信用できるかどうか分からなかったのもあるんだろうけど。


「優華さんがせっかく距離を空けたのに、無にする事にしてどうするつもり」

「確かにね。ただ、誰かの故意で怪我したのだとしたら側にいられずにはいかなかった。優華の身には替えられないよ」


 それもそうね。ああ、そうだ。肝心な事を聞くのを忘れていたわ。柏原静香さんとは、どんな人なのだろうか。尋ねてみると、一度だけ会っただけだからあまり良くは知らないが、さぞかし大事にされてきたのだろうと思わせる育ちの良いお嬢様に感じたらしい。ただ、自分は何も知らされずにいきなり引き合わされて、後から婚約者の初対面の場だったと知って驚いたと悠貴さんは言う。


「結局、婚約解消を公表しなかったのは優華さんのお家が絡んでじゃなくて、悠貴さん側から断ったからなのね」

「あ、それは違うよ。向こうの方が先に解消を願い出たらしいから」


 は、はいぃ? だからどういう事だってばよ?

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