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目覚めたら記憶喪失でした  作者: じゅり
― 本編 ―
17/43

17.情報屋、羽鳥蘭子

 柏原静香さんとやらが悠貴さんの婚約者だと松宮氏は言う。これは真実を確かめなければならないだろう。そして優華さんの本当の姿も。


「わたくし、最近の自分の評判は聞き及んでおります。ですが誓ってそんな事はしていません。だから証明したいと思います」


 むくむく決意に満ちた私を見て、松宮氏は眉を上げる。


「もしかして調べるつもりか?」

「あたぼうよ!」

「……は?」


 松宮氏は眉を顰めたのを見て、我に返った。慌てて両手を振って訂正する。


「あ、ち、違いますわ。当たり前ですわ、べらぼうめと言いたかったのです」

「……べらぼうめって言った時点で、どっちでもアウトだけどな」


 若干顔を引きつらせながら笑っていた松宮氏だったけれど、何かを決めたように、よし! と呟いてこちらを見た。


「これまで恐がらせた詫びだ。俺も調べるのを手伝ってやる」

「お人好しと言うか……義理堅いのですね」

「ま、俺もさっき言った通り、真実を知りたいしな」

「そうですか……。ありがとうございます」


 素直に微笑んでお礼を言うと松宮氏も、ああと笑った。


「しかしお前も大変だな。なまじ有名人だと。家の重責もあるだろうし、学校は学校で問題を抱えてさ」

「それは……お互い様じゃないでしょうか」


 松宮氏も同じ環境だよね。


「まあ、うんざりだよな。普通の家庭で普通の子供に生まれたかったよ。一般家庭の子供はいいよなぁ。一介の幸せを掴むだけならこんな無駄なスペックいらないよな」


 何をぅっ!? 普通、普通って、庶民をバカにしてるのかっ。


「だったら我に寄越すがいいっ、その無駄なスペックとやらをなぁっ!」

「お、お前、魔王様かっ! キャラ変わってんぞっ」


 はっ。思わず口に出ていましたか。しかし、そんなにドン引きしなくても良かろう。


「い、いやん。わたくしったら。じょ、冗談、でございますですわ。うん」

「……冗談という言葉だけで流せると本気で信じているお前に免じて、今のは聞かなかった事にしてやる」


 大人な松宮氏、サンキュー……。


「ああ、そうだ。それより気になってたんだが、今日は何で逃げなかったんだ?」


 うーん。私には逃げる理由がないからとも言えないし。……あ。でも優華さんとしてなら。


「今日はあなたにハンバーガーを食べている所を目撃されまま、逃げられたら困ると咄嗟に動いてしまったからですわ」


 うん、これが正解。


「……ふーん。まあ、話ができて良かったよ」

「え?」

「意外と粗雑って言うか、荒っぽいって言うか、面白い奴だったんだなと思ってさ」


 もしや優華さん、イメージダウンの危機ですか!?


「か、飾らないって言うイイ女の意味ですわよね、ね!?」

「あ、ああ……ハイ。そう、とも言う、のか……?」


 そうだと言えという思いを込めた私の迫力に恐れをなしたのか、彼は素直に頷いた。


「まあ、すました顔より余程人間らしくていいと思うぞ」


 にっと笑う松宮氏に私は慌てて手を振って見せた。駄目よ、駄目。優華さんには立派な婚約者(仮)の悠貴さんがいるのだから。


「ああ、いけません。わたくしに惚れてはなりませんよ」

「はっ、だから誰がだよ。お前みたいな変な女、間違っても惚れねーよ」


 松宮氏はやれやれと肩をすくめて、手を広げる。何ですか、恋愛対象すらならないと、小馬鹿にしたその態度と言葉は。私と優華さんに失礼でしょうっ。とりわけ私にっ! むしろほぼ私にっ!


「何て人でしょう! こんなに顔も性格も美人を前によくそんな台詞を吐けますわねっ」

「どっちだよ……」


 ぷんぷん怒る私に呆れた声を返す松宮氏だった。




 さて。松宮氏と別れて、まず柏原静香さんの情報を入手することに決めた。悠貴さんが何を思って言わなかったのか、客観的に見るためにも自分で調べるのがいいだろう。そして彼女の教室に訪れたのだが、顔の特徴を聞くの忘れていた……。何たる不覚。本人を呼び出すと問題が起きそうだし、どうしよう。


「瀬野せーん、ぱいっ」


 教室の前でもたついている私の背後から、声がかかった。ぎくりとして振り返ると、牛乳瓶の厚底メガネを掛けたおさげの女生徒が立っていた。今時厚底メガネなど、どこが扱っているのか。ではなくて、誰ですか。何か気軽に声を掛けられているし。


「あ、あなたは……」

「はーい。羽鳥ですよ。ただ今、変装中なんです。似合いますか?」

「に、似合うと言うより目立ちますわね」


 羽鳥さんとやらが小声で、でも親しげに話してくるので思わず普通に返してしまう。


「やばっ。隠密なのに目立っちゃ駄目じゃん」


 そう言いながら、羽鳥さんが用心深く辺りを見回すと、こっちこっちと人気のない方へ誘導した。そして、これ、度は入ってないけど掛けていると視界が悪くなるんですよねと羽鳥さんが厚底メガネを外すと、目がくりくりっとした可愛い女子生徒の姿が現れた。


「何か調査中でしたか? あんなにコソコソしていたらかえって目立ちますよ。情報なら私、羽鳥蘭子にご用命下さいな」


 彼女は情報屋か。優華さんは普段どんな情報を買っていたのだろうか。ここは慎重に対応しなければ。


「えーっと、そうね……」


 言葉を濁す私に羽鳥さんがああと頷く。


「いつものご自分の噂ですよね? また有村さんとの噂が出ていますよ。先輩、噂になるまで有村さんの顔も知らなかったのにね。情報屋の私だから言いますけど、噂なんていい加減なものです」


 おかげでいつも真偽を確かめるのが大変で、とぶつぶつ呟く羽鳥さん。


 優華さんも自分の噂を調べていたのか。それにしても羽鳥さん、こちらから何も言っていないのにぺらぺらとおしゃべりね。情報屋として大丈夫なの、この子。って、そうじゃなくて! 今、優華さんは噂になるまで有村さんの顔も知らなかったと言った!?


「わ、わたくし、あなたに何と言いましたっけ」

「その方はどなたとおっしゃいましたよ。写真も見せましたよね」


 っ! やっぱりそうなのか。知らない相手を苛められるはずもない。優華さんは有村さんを苛めてなんかいなかったんだ。


「あ、ああ、そうでしたわね」

「ああ、そういえば! 先日、見ていましたよー」

「え、な、何を?」

「有村さんの取り巻きに注意していた事ですよ。事件現場に羽鳥蘭子あり! ですから。……まあ、大抵はですけど。それにしても先輩にしては大胆な行動でしたね。有村さんと初顔合わせいかがでしたか?」


 初顔合わせ! あの時が優華さんにとっても初顔合わせだったのか。


「どうしましたか?」


 反応の鈍い私に羽鳥さんはこちらの顔色を窺ってくる。


「え、いえ。あなたの情報バンクに私の発言も入るのかと思いまして」

「あはは。バレちゃいましたか。バレたら仕方が無い。お話を戻しましょうか」


 仕事モードに入ってくれたようだ。


「ええ。今日は柏原静香さんについてですけど」

「柏原静香さん……。彼女の何を知りたいですか?」


 電子機器を操作しながら羽鳥さんは尋ねてくる。


「そう。えーっとまずはそうね。……どんな方か、写真を見せて頂ける?」


 相変わらず顔も知らないんですかと羽鳥さんは呆れた顔をしながらも、画面を見せてくれた。そこに映っていた柏原静香さんは少し明るくふんわり柔らかそうな天然パーマに、美人と言うよりは庇護欲をそそる小動物的な可憐さでおっとりした上品な笑みを浮かべているお嬢様だった。まさしくザ・お嬢様という感じだ。

 羽鳥さんは画面を操作すると柏原さんのプロフィールを読み上げる。


「柏原静香、三年C組、十月二十日生まれの現在十七歳。四大財閥の一つ、柏原財閥の長女。両親、祖父母、上に二人の兄、下に妹一人、プードルとゴールデンレトリバーの家族構成。好きな食べ物はティラミス、苦手な物はトマト。成績は勉学、運動共に中の上。穏やかな性格で名門家、庶民問わず仲良く接するため周りからの評判は上々」


 うっ……。優華さんの印象とは随分違うようですね。好感度が高そうだ。


「というのが基本情報ですけど、他にどういう事をご所望ですか?」

「……二宮悠貴さんとの関係を」

「今更ですか」


 今更か。と言う事は、もっと前から周知の事実だったと言うわけか。


「いいですけど、ここからは有料になりますよ」

「……おいくら」


 彼女はそうですねと言って、二本指を立てた。えーっと桁はおいくつ? 二千円? ま、まさかこの学園の質に合わせて二万円とかじゃないよね? いつもの相場が分からないし、何より優華さんのお金だから容易く高額を出すわけにはいかない。とりあえず……。


「二百円ね?」

「子供の駄賃ですかっ! いつもはもっと気前良いのにっ」

「しょうがないですわね。二千円でいい?」


 これで駄目なら、冗談よと値段を上げればいい。すると彼女は毎度ありーと笑って手を広げたので、私は内容を聞いてからねと出したお金をすかしてやった。


「二宮悠貴さんとの関係でしたね。彼は柏原さんの婚約者でした」


 やっぱりそうだったんだ。でも、過去形? 松宮氏は彼女が婚約者だと言っていたけど、情報が古かったの? そう考えていると、羽鳥さんは続ける。親同士が決めた婚約だったが、柏原さんが二年生、つまり昨年解消された。悠貴さんが留学中の頃の話だったので、彼抜きで解消が成立されたものだと思われると。


「そしてその原因が……」


 彼女は私を見つめた。


「瀬野財閥が横やりしたのではないかという噂があります。その後すぐに瀬野家と二宮家の接触があったそうですから。もちろんお隣さんの付き合い以上の接触という意味です」

「っ! そん、なの聞いてな――」


 思わず本音がもれた私に信憑性が出たのか、やはりご存じ無かったのですかと羽鳥さんは続けた。二宮家とすれば財閥と繋りを持てるのならばどちらでも良かっただろう。推測の域でしかないが、瀬野家が柏原家よりもより良い条件で婚約を提示したかもしれない。瀬野家の方が柏原家よりも力があるからと。


「じゃあ、柏原さんは優――わたくしの事を恨んでいる?」

「……それは分かりませんけど、柏原家とすれば面白くないでしょう」


 彼女が優華さんの評判を落とす噂を流しているのだろうか。確かにそれだと辻褄が合うけど……。


「ただ、柏原家と二宮家の婚約解消は公にはされていませんよね。少なからず体裁が悪いですし。婚約破棄の条件だったかも知れません」


 と言う事は今も二人は婚約中だと思われているってこと? ああ、だから松宮氏は柏原さんと婚約していると思っていたんだ。あ、じゃあ、ちょっと待って。


「えっと。今、二宮悠貴さんと一緒にいることは……」

「周りからよく思われていないんじゃないですか」


 ですよねー。何か頭痛い。でも公表されていたところで同じか。柏原家を押しのけて強引に婚約に持ち込んだのが分かるから。では逆に柏原家は何故そうしなかったのか。公表していれば同情票が集まっただろうに。うーん。この辺りは悠貴さんに直接ぶつけてみるか。


「ありがとう。じゃあ千円ね」

「えー!? 二千円って約束ですよね」

「知らない情報が一つだけだったもの」


 本当の優華さんならばそのはずだ。


「それより何故今までこの情報を教えてくれなかったのかしら」


 先ほどの彼女の言葉から考えて、優華さんが噂を調べてるのに情報提供しなかったのは間違いないだろう。

 彼女はちぇーっとつまらなそうに口を尖らせて言った。


「先輩がその情報を求めなかったからじゃないですか。求めたのは噂の内容だけ」


 あ、そ。ビジネスライクなのね。相手が求めなければ、手も口も出さないって訳か。ドライだな。


「あと一つ聞いていいかしら? あなた、一体何者?」

「……え?」


 彼女はまさか自分の事を尋ねられると思わなかったのか、目を丸くしている。


「いくら情報屋だからって、要人のこんな個人情報、一学生が簡単に手に入る訳ないでしょう」

「……ふふ。私自身に興味を持ったのは先輩が初めて。皆の興味は自分が欲しい情報だけで、それを集める手段なんて興味ないんですよ。暢気なものですよね」


 彼女は私の問いには答えないで、ただうっすら笑う。まさか実家がマスコミ関係か何かか。まずいな。今、私は優華さんだ。自分の軽率な言動で瀬野家に迷惑をかけるような事になってはならない。


「そう。せいぜい寝首をかかれないように気を付けますわ」


 そう言うと、自嘲するようにそうですねと笑う彼女はなぜか悲しそうに見えた。

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