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目覚めたら記憶喪失でした  作者: じゅり
― 本編 ―
16/43

16.ハンバーガー様のおかげ

 先ほどの彼女と別れて、学食に向かった私。気分が朝よりもだいぶ浮上した私の嗅覚はそれを鋭く捉えた。それはそう! ファーストフード! フードフード……。(エコー)


 ファーストフード店の存在を学食内に発見した時(何故あるのかはこの際考えない)、膝をつき、天を仰いで神様に感謝の言葉を申し上げましたよ。地獄に垂れる一本のか細い蜘蛛の糸。夢中でしがみつきましたよっ。そりゃあ、もう、私に突き刺さる周りからの視線も全然気にならなかったくらい、感動しましたともっ。女性を引き連れた悠貴さんの友達が目をまん丸にしてこちらを見ていたとしても気にしませんともっ。


 私はうきうきとして屋上に上がって、包みを広げた。では、いっただきまぁーす。嬉しさに目を輝かせながら、くわっと勢いよくかぶりついた。


「……っ! こ、これこそ至高の味。美味! 美味でございますわよハンバーガーシェーフっ!」


 誰もいないことをいいことに思いっきり叫んでしまいました。ようやくありついたエナジーチャージっ! 心にじんわり熱い物が広がる。よし、この調子でさらに心にエナジーチャージだ。今度も大口開けて幸せ一杯の表情でビッグなハンバーガーに噛みついた瞬間。


 バーンという言葉に相応しい荒々しく扉が開放される音に、呆気に取られて扉の方を見つめた。


「瀬野! お前ここにい…………」


 私はハンバーガーにかぶりついたまま、彼、松宮千豊は目を見開いたまま……お互いたっぷり数秒固まった。

 最初に金縛りから解放されたのは彼だった。


「……ひ、人違いだったようだ。悪い」


 そう言って翻そうとする彼。現実逃避したいのはこちらも同じだ。だが、このままタダで帰す訳にはいかぬ。逃がしてなるものか。私はハンバーガーを素早く置いて彼を追いかけ、肩に右手を掛け、左手で彼の腕を掴んだ。ひっ、彼が喉の奥で音を鳴らすのが耳に届いた。何たる無礼な男。


「松宮くぅん。ちょこおっーと、そこまで顔貸して頂けましてぇ?」


 この上ない甘い声(多分)と軽ーい拘束で松宮氏の動きを遮ると、彼はぎぎぎと錆び付いた金属音が出そうなくらい、緩慢な動きで振り返ると、引きつった顔をこちらに見せた。何だその顔、まるで幽霊でも見たようじゃ無いですか。失礼だな。……何でも、ハンバーガーにかじり付いたときについたケチャップとおぞましい笑顔が今まさに人ひとり喰ってきた魔女のように見えたそうだ。ホント失礼だよ。


 で。


「まあ、ここにお座りなさいよ」


 私は自分が座っていた横を指すと、彼は毒気を抜かれたような戸惑った表情をしながらも、ただ黙って座り込んだ。


「あなた、お昼はもう食べたのですか?」

「いや、まだだが……」


 私は自分がかぶりついたハンバーガーとは別のハンバーガーを袋から取り出すと、彼に押しつける。


「何だこれ」

「あら、知りませんの? ハンバーガーというものですよ。中には――」

「それぐらい知っている! そうじゃなくて、こんな下賤な食べ物、口にできるかっ」

「…………何かしら。よく聞こえなかったわ。もう一度言って頂けて?」


 下賤だと? これを普段からも喜んで食べている私は下賤の人間ですか、そうですか! 私は毒々しいオーラを振りまきながら、にーっこりと笑みを浮かべた。彼は顔を再び引きつらせると、私がぐいっと押しつけたハンバーガーをしぶしぶ受け取った。


 彼はしばらくハンバーガーに視線を落としていたが、私が彼を無視して嬉々として食べているのを見て、自身もええいままよと言わんばかりに口にした。呆れた。そこまで気合いがいるのですか。


「……っ!」


 彼は表情を固めて言葉を詰まらせる。やばい。やっぱり彼にとっての下賤な食べ物は口に合わなかったか。私は慌ててジュースを押しつけた。これも果汁100%ジュースじゃないわよ、ジャンクフード用の味ですけどね。


「それとも吐きます? ここになら吐いてもいいですよ?」


 そしてビニール袋も押しつけたが、彼は拒否した。


「……いや、大丈夫だ。思ったよりまあ…………マシだった」


 それだけ言うと、頬を少し紅くしてまた一口かじった。気に入ったんかい! 全く素直じゃないな。


「お前……普段からこんな物、い、いや、これ食べたりするのか?」


 うーん。さすがに優華さんは食べたことないかもしれないなぁ。まさか慣れぬ食事でお腹壊したりしないだろうな。


「まあ……時折? こっそりと?」

「何で疑問系?」

「まあまあ、ポテトも食べます?」


 そう言って私はLサイズのポテトを差し出すと、彼はおずおずした表情で一本引き抜いた。表情を見ていると、まあそう悪くなさそうだ。


「それにお前、二つも食べるつもりだったのか?」


 ……あ。はい。これには私も微妙な笑みを返した。この世代の若い彼女はエネルギー摂取量が多く必要なのだ多分。


「で。私に何の用だったの?」


 私は食べ終えて口元を拭った。そして一息つくとそう尋ねた。あ、もうお嬢様言葉でもない。しかし特に彼は気にした様子もないようだ。


「そうだ、お前っ! ……いや、ないか、やっぱり」


 すると彼は当初の目的を思い出したように、一瞬厳しい顔を取り戻したが、すぐに表情を緩めた。


「何ですか?」

「……お前、横峰玲二って知っているか?」

「横峰玲二?」


 ……うーん、特に悠貴さんが紹介してくれた人の中に、そういう人はいなかったはず。私の表情を読み取ったのか、彼はそうか、と呟いた。


「彼が何ですか?」

「お前に脅された上に暴力を振るわれたんだと」

「……ん?」


 どこかで聞いたような話。んー、それって……。


「それって茶髪でチャラそうな男ですか?」

「そういう人間、いっぱいいそうだけどな」


 私は先ほどの男子生徒の特徴を思い出そうとした。しかし顔にもやがかっていて、彼のアクセサリーしか思い出せない。きっとモブだからだな、うん。


「顔の特徴は分かりませんけど、左耳のピアスとお揃いのバングルしている人ですか?」

「ああ。多分そいつだよ。と言うことは心当たりがあるのか?」

「ええ、つい先ほどの事です。でも脅したのも暴力を振るって来たのも彼の方が先ですわ」


 まあ、煽ったのは私ですけどね。だけどあの男、自分の言動を棚に上げて私に全てを押しつけたか。いい度胸しているじゃない。優華さんの評判が元々良くないから、なおの事、信じられやすいんだろうけど。こうやって評判が広がっていくんだろうな。


「どういう事だ?」


 私は事のあらましを簡単に説明すると、彼は神妙な顔をして頷いた。


「……そうだったのか」


 あら意外。信じてくれるんだ。私がそう言うと彼は肩をすくめた。


「ケチャップつけて、ハンバーガーを嬉しそうにがっついている人間を見ていると、そんな事するように思えなくなってきたからな」


 ……優華さんにとって、いいのか悪いのか。他ならぬ私が優華さんを傷つけてないか? 大丈夫よね。……よね? 今になって不安になって来ちゃったよ。


「それにお前、有村雪菜にまとわりついている男に一喝したらしいな。肩をぶつけられた女生徒を庇ったとか何とか」

「……あれは失敗でしたわね。彼女に迷惑を掛けてしまいました」

「ふーん。ま、対応は間違ったかもしれないが、行動は良かったと思うぞ。あいつら、前々から態度が悪いからな。俺も見かけたら注意はしているんだが」


 あら、ホントに正義感にあふれた子だったのね。松宮氏は彼らの事を簡単に説明してくれた。彼らはそれぞれ良いところの坊ちゃんで、親の権力を盾に好き放題に振る舞っているようだ。うん、そう見えた。


「話を戻すが、それだけじゃなくて前から違和感はあった」

「違和感とは?」

「お前、いつも俺が話しかけると脅えたように逃げ出すんだよな」


 そうなんだ……。


「えーっと、お顔が恐いからですわね、きっと。いつもこーんな怒った顔していますから」


 私は眉尻を引っ張って、目をきゅっと吊り上げて見せた。


「お前なぁ。それはいつもお前が逃げるからだろ。俺はお前が下級生を苛めているのが事実ならそれを正したかっただけだ」

「あら、そうですか? 初めて会った時、怪我をしたのは自業自得だと嘲笑ったではありませんか」

「それは……悪かったと思っているよ。――ん? 初めてって何だ?」

「あっ、そ、それは怪我から復帰第一日目の事ですわ」


 慌ててそう言うと、彼はああと呟いて納得したようだ。ふう、やばかった。私にとって初めてでも、優華さんは何度も会っている相手だもんね。


「とにかくさ。媚びを売るでもなく、言い訳する訳でもなく、逃げ出すような奴がさ、人を苛めるかなと思ってな。もっと図太い神経を持ってないとできないだろ」


 もしかすると優華さんは利用されてきたのか。始まりはどこだったのか分からないけれど、噂が噂を呼んでどこかで苛めがある度に隠れ蓑に使われていたのかも。きっとそうだ。優華さんは白だと感じた。信じる事にした。そんな風に思った瞬間、何故か胸が熱くなった。優華さんが喜んでくれているのかもしれない。うん、頑張るよ、優華さん。


「松宮さん……そこまで考えていらしたとは、見かけによらず意外と思慮深い方だったのですね」

「何か褒められた気がしないのは気のせいか? あ。でも勘違いするなよなっ。お前の為なんかじゃないからな。俺は真実を知りたいだけだ」


 顔を赤らめて顔を背ける松宮氏。ヤバイ何このツンデレ。可愛いスギ! 鼻血出そう……。


「ああ、いけませんわ。わたくしに惚れるなど!」

「いや、それはない」


 そこはきっぱり断言しないでおこうよ。ノリが悪いぞー。


「あなたも愛すべき婚約者がいるのですか?」

「いや、いないけど。と言うか今時、親が決めた結婚に従うなんて馬鹿馬鹿しいだろ。そういう話も過去にはあったが、俺は早々に断ったぞ」


 まあそうですね。親とすれば財界、政界の横つながりを強固にするには、互いの子供を人質にする婚姻関係で結んでおくのが一番良いのでしょうけど。


「ん? 今、あなたもって言ったか? じゃあ、お前はいるのか?」

「え……」


 知らないの? 有名じゃないの? 大財閥の娘と政界でも力ある家の令息なのに?


「もしかして最近よく側にいるアイツか? えーっと二宮悠貴だっけ。……あ、いや、そんな訳ないか。アイツは確か別に婚約者がいる話だからな。って、婚約者のいる男に近づいて大丈夫かよ、お前」

「…………え? 今、何て?」


 何か今、とんでも無いこと聞こえたんですけど?


「大丈夫かよって」

「その前っ!」

「え? だから二宮悠貴は婚約者がいるって話」

「は……はいぃっ!?」


 思わず耳を疑ってしまった。一体どういう事? 私は悠貴さん本人から優華さんが婚約者だって聞いているのに。じゃあ、本当の婚約者って――。


「誰っ!? 誰ですか、それ!」

「し、知らなかったのか。いや、俺も噂でしか聞いたことはないから確かじゃ――」

「だから誰っ!」


 早く言わんかっ! 今にも胸ぐらを引き寄せて噛みつきそうな私の表情に彼は戦いたのか、おずおずと切り出した。


「あー、えっと。同学年の……柏原静香だよ」


 な、何ですってっ!



 …………って、いや、誰だっけ。

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