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目覚めたら記憶喪失でした  作者: じゅり
― 本編 ―
13/43

13.いよいよ水無月さんと対峙

 

 現在空き教室にて。悠貴さんには清掃道具入れに身を潜めてもらっている。こんな高校なのに学生に掃除だけはさせるのね。じゃなくて……ごめんねイケメンさんなのに。よっ! 埃も積もるイイ男! と励ましておいた。


 悠貴さん、何とも言えない笑みを浮かべていたなぁと考えていると、呼び出した水無月さんが現れた。


「お待たせしてしまって、ごめんなさい」

「いえ。こちらこそお呼び立てしてしまい、すみません」


 私は椅子から立ち上がると、水無月さんが近づいて来るのを待った。私はこくんと喉を鳴らして、机に置いた資料を手に取り、水無月さんに渡す。


「水無月さん、これ……」


 水無月さんは私からその紙束を受け取ると、ぱらぱらと捲り、目を上げた。


「ああ、これは追加分なのね」


 そう言うと、柔らかな笑みを浮かべた。……え?


「ありがとう。こんなに協力者、見つけてくれたのね。嬉しいわ。まあ、一方でプレッシャーでもあるんだけど」

「へっ、あ、あの」


 協力者? プレッシャー? テスト売買元締めのプレッシャーとか? いや、何か違う……。


「それであなたはどうだった?」

「は、え。あ。あの」


 どうとは何の事だ? シリアスな場面のはずなのに和やかのは何でだ。アナタ、テストを盗み出した主犯デスよね。え、何。もしかして私たちとんでもない勘違いしている?


「半年も感想もらえなかったから不安だったのよ。一応ね、他の人からは面白いって言ってもらえたんだけど。あ! ああ、いいのよ。あなたは正直な感想を言ってちょうだい。その方が色々推敲できるし。ああでも、辛辣なご意見は恐いけどね。あ、やっぱり詰めが甘かったかしら。私もちょっと捻りが足りないかなとは思っていたのよっ。でもねあの場面ではあれくらいじゃないとしつこいかなって思ってね」


 どうでもいいんですけど、水無月さん、滅茶苦茶喋りますね! 初めて顔合わせした時とは随分イメージが違いますけど? 軽くパニック状態に陥っている私に漸く気付いた水無月さんが話を止めてくれて、首を傾げた。


「あら、どうかしたの? もしかしてまだ読んでないの? 人集めしてくれるのに忙しかった?」


 次々と質問を繰り出される。えーっと。えーっと。……うん。正直に言おう。


「何の事だかさっぱりです」

「え?」

「ごめんなさい。昨日も言った通り、階段から落ちてこっち、記憶が」

「え、でも。これ、ちゃんと分かったのよね?」


 水無月さんは右手に持った名簿を少し揺らして見せた。


「それは」


 うーん。多分違う。いや絶対違うと確信できる。できるけど……。


「それは水無月さんが噂されるテスト売買に関わっているのではないかと思いまして」

「…………は、え。えぇっ!?」


 うん違いますよね。驚いた顔も美人です。ただただ目を丸くしている水無月さんに、私は引きつった笑みを浮かべた。


「ち、違いますよねぇ。何か話していたら全然違うと確信できたのですけど」

「何でそんな風に思ったのかしら」


 呆れたように水無月さんは言った。


「えーっと。先生がテスト用紙を無くしたという噂が立ちまして。盗まれたんじゃないかと。それで盗み出せるのは職員室にいても不思議じゃない先生かなと」

「そもそも私、普段、職員室にはほとんど入らないわよ。自分の机もないし」

「え? ないんですか?」

「ええ、一応司書教諭の資格は持っているけど教壇に立つわけでもないし、大半が図書館で過ごすから」


 確かに図書館に入り浸っているのなら職員室に机なんて必要なかったかぁ。完全に水無月さん犯人説で凝り固まっていたから、気づきもしなかった。


「だから私が職員室に入ったら、きっと目立つわ。それにテスト用紙は見つかったんでしょ」

「はあっ!?」

「私もテスト紛失の噂は聞いていたんだけど、件の先生が廊下を歩いている時に話しているのを聞いたの。何でも引き出しの裏側に回っていたそうよ。参りましたよと笑っていらしたわ」


 な、なんつー人騒がせな先生だっ! 超初歩的な無くし方じゃないか。参ったのはこっちだよっ。


「あ、でもでもっ。じゃあ、これは何ですか?」


 水無月さんが持っている名簿を指し示した。


「これは」


 水無月さんは途端に表情を暗くした。


「……あなたが部屋で見つけたものはこれ以外なかった?」

「えー、ああ、実は……あります」


 隠しスペースに一緒に入れられていたもの、それは物語が書かれた印刷物だ。つまり……。


「あれってもしかして……」

「そう。私が書いた小説よ」


 そ、そう、だったのか。優華さんが書いた物だと思って除外していたよ。


 と。前方から刺す様な冷たい空気が流れてきた。――はっ、悠貴さんの存在、忘れてた! あ。べ、別にただ黙っていた訳じゃないんだからねっ。優華さんの矜持を守ろうとしてですね。強ばった笑みで悠貴さんに誤魔化そうとする私に気付かず、ほぅ、と水無月さんはため息をついた。


「つまりこの名簿は私の小説を読んで感想をくれる子をあなたがピックアップしてくれていたと言う訳よ」


 そうだったのか。そしてあの写真の場面は書いた小説を渡していたという訳ですね……。あれ? 


「でも今時そんな印刷して手渡すようなアナログ的な事をしなくても、ネットで公開とかいくらでも方法ありますよね」

「それはそうなんだけど……。やっぱり直に聞いて気持ちを共有したいし、それに……」


 水無月さんは眼鏡をきらりと光らせたかと思うと、ぐっと拳を作った。


「ネットの意見、恐いじゃんっ!」


 こ、恐いじゃん!? こ、恐いじゃん恐いじゃん恐いじゃん……。

 茫然自失となって言葉に出ない私を置いてさらに続ける。


「いえね、感想や意見は嬉しいのよ。色々勉強になるわ。でも意外に見えるかも知れないけれど、私、豆腐メンタルだから……。だけど面と向かってなら甘々に評価してくれるから。あああぁ、分かっているのよ! 批判は改善点でもあるのだから、受け止めなきゃって。でも無理ぃ……」


 豆腐メンタル! この家柄よろしく、頭脳明晰の上に、モデル並みの美女が? 豆腐メンタル、豆腐。なるほど、水無月さんは絹ごし豆腐なんだぁ。何故か私の頭の中で優しく響いた。


「でもあなた、今は記憶ないから理解ないわよね。共通の趣味もきっと一緒になくなったのよね……」

「え?」


 水無月さんはもう一度ため息をつくと悲しそうに笑いながら、名簿を持ち上げた。


「今までありがとう。じゃあ、これは手切れ金として頂いて行くわね」


 えっ。知らない人に聞かれたら誤解されるような、あばんちゅーるなセリフをそこで言っちゃいます? ああ、そうじゃなくて……。


「私! 昨日読みました」


 水無月さんの背中にそう呼びかける。すると、水無月さんはゆっくりとこちらに振り返って、審判を待つ人間のように息を詰めているのが見て取れた。そんな彼女に私は片目を伏せて舌を横にぺろっと出し、ぐっ親指を立てた。


「大好物ですっ!」


 水無月さんは途端にぱぁっと明るい表情をして言った。


「あなたならそう言ってくれると信じていたわ!」


 あれ、さっきは信じていませんでしたよね? そう思っていると、さすがに痺れを切らした悠貴さんが掃除用具入れから出て来た。あ、ちょっと疲れています? ごめんなさいね。


「あのー、すみません……」


 悠貴さんが水無月さんの背後から声を掛けると。


「わぎゃあっ!?」


 水無月さんは叫んで小さく飛び上がった。いい反応ですね! でも、わぎゃあって、とても淑女が叫ぶ声じゃないと思うのですよ。ホントこの学園の教育はどうなっているんですかね?


「あ、あれ。え。えぇっ!? あなた、二宮君よね。一体いつからいたの?」


 これには私も眉を下げてしまう。


「ごめんなさい。テスト売買の主犯だと思っていたから、心配でついてきてもらっていたんです」

「……という事は、最初から?」

「はい。それと遅くなりましたが、疑って申し訳ございませんでした」


 私は頭を下げた。すると悠貴さんも同じように頭を下げる。


「すみません。僕もあなたが裏取引に関わっていると信じて疑いませんでした。彼女を勘違いさせたのも僕が原因です。本当に申し訳ありませんでした」


 水無月さんは一つ溜息をついた。


「二人とも顔を上げてちょうだい。誤解も解けたし、私は読者を一人また確保した訳だし、もういいわよ」


 私と悠貴さんは顔を上げると、改めて謝り、そして感謝の言葉を述べた。


 その後、水無月さんが小説を書くきっかけになったいきさつを尋ねた。そうして明かしてくれたことには、水無月さんは昔から読書好きで、その内私ならこういう物語にするのになと、自分なりのストーリーをよく思い浮かべていたそうだ。それが昂じて小説を書き始めたのだとか。ところがある日、ライトノベルに出会って、新たな道に開眼したのだそうだ。衝撃的だったわぁと彼女は笑う。


「小さい頃から本を読んでいたせいか速読が得意だったし、それなりに記憶力もいい方だったのね。小さい頃は神童だとか、大人になってからは知的だの、クールだの、自分の本質とは逆に勘違いされちゃって。おまけに家が司法一家でしょ。なかなか本音を言い出せなくてね」


 ごめんなさい。目茶苦茶そのイメージでした……。


「家からのプレッシャーもあったし、幼心に抑圧されていたんだと思う。とりあえず司法試験合格までは親の言うことを聞いて、後は好きにさせてもらおうって思って。そして司法試験合格したから念願の図書館司書になった訳よ、大好きな本がいっぱい読めて、小説の参考にもなるし。趣味が仕事ってなかなかいいでしょう」


 ま、図書館司書って暇そうに見えて、実は忙しくて大変なんだけどねと水無月さんは笑った。


「反対されなかったんですか?」

「されたわね。でも意外に父はあっさり認めてくれたからこっちがビックリしたくらいよ……と。これくらいね、昔語りは。それであなたの方は?」

「え?」

「記憶、本当はいつ頃から消えているのかしら?」


 私は悠貴さんと顔を見合わせ頷くと、真相を伝える事にした。


「……何ですって」


 キラリ。水無月さんの眼鏡が再び光る。


「何て面白い事になってるのよーっ! ずるいわずるいわ。何でもっと早く言わないのっ。私にも一枚噛ませなさいよー!」


 きゃー、リアルライトノベル! ネタにしていい? ネタにしていい? と言って、腕をバシバシやられました。つ、つぉいー。この方つおい。まあ、何にせよ、学園ミステリーよりは学園コメディーの方で良かったか。


「そ、それにしても良く分かりましたね」

「分かるわよ。だって気品がな――雰囲気が違ったもの。中身が違うと印象がこうも変わるものなのね」


 今、思いっきり、気品がないって言おうとしたでしょ。私はがっくり来て悠貴さんにお慰みを頂こうと見たら苦笑されて、さらに肩を落としたのだった。

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