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目覚めたら記憶喪失でした  作者: じゅり
― 本編 ―
10/43

10.校舎内探索の果てに

「広い。ひたすら広い……」


 本日の授業は無事終了し、私はただいま、地図を片手に校舎内を探索中です。はい。あまりの広さに迷子になりそうです。一方、悠貴さんはと言うと、生徒会に出席中だ。生徒会長に切望されて会長補佐のようなものをしているらしい。それって副会長でいいんじゃないんですか、と思ったりするのだが。それはともかく生徒会が終わり次第、合流することになっている。その間、時間つぶしを兼ねて学園内を探索していると言うわけだ。


「あ。ここが図書室か。いや、図書室じゃないし。図書館じゃないですか、これ」


 私は図書館、もとい図書室を見上げた。ここに足を運んだのには理由がある。優華さんは読書家で、足繁くこの図書館(もう図書館でいいでしょう)に通っていたというのだ。そこで優華さんと接点があるとされるのは図書館司書の水無月早紀子さん。彼女はこの学園出身者で、家は弁護士一門。自身も大学在学中に弁護士資格を取った才女にもかかわらず、図書館司書になった変わり種だと言う。


 ただ二人が関係あるとはいっても、仲が良いという訳ではないらしい。むしろ水無月さんは普段は愛想の良い人だけど、優華さんとはあまり気が合わなかったようだ。書物貸し出しの受付時では、二人の間の空気は張り詰めていたらしいから。親の権力から脱し、自分の実力のみで世間に渡っている彼女は優華さんの事が気に入らないとかなのかな? 同じ読書家ならば、仲良くすればいいのにと思っていたのだが……。そう考えていると背後からコツンコツンと足音が聞こえてきた。


「あら……。こんにちは」


 凜とした涼やかな声に視線を向けるとそこには眼鏡美女が。噂をすれば影がさすというやつですね。そう、目の前に現れた女性は水無月早紀子さん。長い黒髪を後ろで一つにまとめ、眼鏡美人という言葉がよく似合う知的そうな女性だ。まさにクールビューティーという言葉がぴったり。まあ、おそらく眼鏡を外しても美人なのだろうが。こうして実物に会うとすらりと背が高く、スタイルも良くてモデルさんのようにも思える。家柄よろしく、頭脳明晰の上に、モデル並みの美女か。天はやっぱり不平等に二物、三物をお与えなさるのか。ひどい、ひどいよ神様……。私は思わず上を向いて涙を飲む。


「こん、にちは」

「お怪我をなさったそうで、お加減はいかがですか」


 涙目で応える私の態度に若干引いたようだったが、社交辞令のように表情を変えずに彼女はそう尋ねてきた。だが、言葉とは裏腹に空気が張り詰めているのを感じる。なるほど。この緊張感は半端ない。これはこちらもそれなりの警戒心を持って、当たり障りのない答えを返すのがいいだろう。


「ありがとうございます。生活には支障ありません」

「そう。良かった。……それもあるのだけれど、ここ半年ほど、こちらにお見えにならないので、どうされたのかと」


 一瞬だけふと表情を緩めて、水無月さんはそう言った。あれ、本当に心配してくれていたのかな。それにしても読書家だという優華さんが半年も図書館通いしていないというのは、どういう事だろう。


「えっと。色々、ありまして」

「そう。何度か廊下であなたを見かけてはいたのだけど」


 見かけていたけど何だろう。続きを言いなさいな、続きを。私が無言で待っていると、彼女は話を変える。


「そう言えば、今日は図書館にお見えになるの?」

「あ……いえ。その」


 さすがに正面切って、あなたを偵察に来ただけですとは言いづらいな。


「そう……。でも丁度通りかかってくれて良かったわ」


 彼女は警戒するようにちらりと辺りを見回すと、距離を縮めるために一歩足を進めると声を低くした。


「こんな時にごめんなさいね。あなたに預けていたものはどうなったかと思って」

「え」


 何ですと。物を預かるような間柄だったのですか。仲が良いとは言わないにしても、仲が悪い人間がすることではないよね? でも優華さんは一体何を預かったんだろう。おそらく図書館から離れて半年近くという事だから、それだけ預かりっぱなしになっているはず。うーん。彼女も預けた物について気にしているようだし、このままじゃ話が進まないから、一か八か思い切って聞いてみるか。


「あの……。申し訳ございません。実は階段に落ちて以降、記憶が曖昧な部分があるのです」

「何ですって。まさかあなた、あの事をも忘れてしまったの!?」


 水無月さんは途端に今までうまく隠していた表情を崩し、顔色を変えた。彼女の様子にただ事ではないと思えて、こちらも焦りが生まれる。


「な、何。何の事でしょうか」

「それは」


 と、その時、後ろから数人の生徒の話し声と足音が聞こえてきた。それに反応して水無月さんは素早く踵を返した。


「じゃあ、またね」

「ま、待って下さい。み、水無月さん。さっきの」

「預けた物と関係あります。一度部屋を捜して下さい」


 いやだから預かった物って何なのよ。気になるじゃないですかー。私の疑問には答えず、意味深な言葉だけ残して彼女は足早に図書館の中へと入って行った。……逃げられた。しかし、このまま追いかけて、静謐をよしとする図書室で詰問しようものならヒンシュクを買うだろうから、とりあえずは一度部屋の中を探した方が良さそうだ。私はため息をつくと、図書館を後にした。




「やばい遭難した」


 言葉にして確信した。よし、認めよう。私は迷子になったのだ。地図を建物の配置に合わせてぐるぐる回して歩いている内に、ここがどこか分からなくなってしまった。方向音痴にありがちな凡ミス。分かっていても地図を回さずにはいられない。それこそ飛んで火に入る夏の虫のように。そう言えばその夏の虫は蛾だって聞いたことがある。って私は蛾か! ……はぁ、一人ツッコミも飽きてきた。初夏の日差しにじんわりと汗が浮かぶのも頂けない。ええい、暑いな!


 鬱々とした気分とは裏腹に、陽気で軽快な音楽が頭に流れ込み、一度始まると否が応にも脳内リピートして迷子を何度も主張してくる。校内でおまわりさんは無理にしても、そろそろ人ひとりくらい現れてくれませんかね。今の時間、部活の人も多いから人気がないんだろうけど。


 あー、校舎の外に出なきゃ良かった。と言うか、こんな大きな校舎立てて、自己満足している金持ち道楽者の顔を拝んでやりたいわ。


 とうとう創始者批判まで始めてしまいながら、綺麗に手入れされて雑草一つない裏庭を歩いていると、前方に人の背中が見えた。お、第一町人発見か! 途端に世界が輝いて見えるから不思議だ。善は急げ、見失わない内に声を掛けねば。


「あ、あの。すみません……」


 私はしおらしい声で前方の人物に呼びかけた。声に反応して振り返ったその人物は鼻筋がすっと通り、意志の強そうな瞳と眉が印象的で、どこか手負いの獣を彷彿させるような野性的な男子学生だった。おお、尖ってるね、少年よ。


 彼はこちらを認識すると、意地悪そうに口角を上げた。そこで漸く私も目の前の人物を認識する。しまった。彼だったか。輝いていた世界ががらがらと音を立てて崩れた。


「瀬野か。お前、階段から落ちたそうだな」


 そう言う彼は三年生の松宮千豊かずとよ。悠貴さんからその名を聞いたとき、千の豊かさだと? 何と傲慢な、いや何とご立派なお名前だと思ったものだ。まあ、名前に関して彼に責任は無いのだけど。確か彼の実家も大きな財閥家の一つだったはず。本当に要人の子供ばかり集まっているんだな……。


 まあ、それは横に置いて、何でも彼は有村さんへの嫌がらせについて、優華さんに何度となく苦言を呈していたようだ。それだけ聞くと、彼に非はないように思えるけど、優華さん自身はかなり精神をすり減らせていたらしいとも聞く。そして人を食ったような彼の表情。これは相手にしない方がいいだろう。


 私が色々考えて無言でいると、彼はさらに嘲笑するように言った。


「日頃の行いが悪くて天罰が下ったんだな。自業自得ということだ」


 意外と信心深いのですね。しかし無事を祝えとは言わないが、怪我から復帰した人間に対してこの言い草はないでしょうが。無視だ無視。無視に限る。無言のまま彼の横を通り過ぎようとすると右腕を捕まえてくる。――か弱い女性に対して、何たる不作法者か。


「また逃げるのか」


 何ですと。不届き者相手になぜ私が逃げねばならん。ふっ、片腹痛い。返り討ちにしてくれるわっ。…………あら、待って、何かこれ悪役の台詞じゃないですか? いかんいかん。少し落ち着こう。私は一つ息を吐くと、彼に向き直り、正面から真っ直ぐに見つめた。


「随分と突っかかるのですね。人を呪わば穴二つ。あなたにも天罰が下ると言うことですわね」


 彼は驚いたように目を瞠る。しかしすぐに我に返ると、元の威勢を取り戻した。


「な! 俺のどこに天罰が下ると言うんだ!」

「敵意と悪意に満ちたあなたのその醜い表情、とくと――ご覧あそばせ!」


 私は校舎に向かって左腕を振り伸ばすと、ガラス窓に映る彼の姿をびしりと指し示した。


 ………………フッ、ヤバイ。最高に格好良く決まってしまった。私は湧き起こる笑み(ドヤ顔とも言う)を隠そうともせず、ぐっと小さく拳を作った。そしてちらりと彼の表情を伺うと、言葉誘われるままガラス窓に視線を移している彼は息を詰めていた。やがて呆然とした表情をして私を掴んでいた腕を落とす。


 あら。まあ、普通に反撃されるかと思いきや、これまた意外に素直な反応でかわいいところがあるじゃないか。きっと根が真面目なんだな。愛いやつめ。うんうん。少しは反省するがいいよ。そう思いながら私は彼を残して、心の中でスキップしつつ立ち去った。

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