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Shadow  作者: さち
3/3

 その日は、すんなりと少年は下校した。



 昼休みの件については、職員室に呼ばれたものの、男が


「有川に殴られた。」


 少年が、


「俺が、荒木を殴った。」


 と、双方が正しい事を言ったにも関わらず、教員達はにわかに信じられず、結局、少年は何の処罰も無く事を終えた。

 大人にも信じられなかったのだろう。あの非力な少年が、人を殴ることなど。ましてや、相手はあの男。その日、誰もがこの事件を信じられずにいた。





 その日以来、少年は変わった。誰の目から見ても、少年は別の人間である。



 学期末のテストでは、持っている教科書類を全て賭けて、学年一位に躍り出た。少年は、少年が嫌いな勉強が出来る奴を学力で、捩じ伏せた。他にも、自分の身長を少しばかり賭けて、体育の授業で運動部の連中を、圧倒的な身体能力でへし折った。

 どれもこれも、影から得た力だ。少年は、何かを犠牲にすることで、力を得て、その力を行使し、有りとあらゆる分野で首位となった。


 そう、何かを犠牲にすることで。






「ねぇ、最近、洋平変だよ。どうしたの、洋平じゃないみたい。」


 学校の帰りに道、少年は浜野綾と一緒に帰っていた。最近よく一緒になることが増えたが、彼女は少年の異変に気付いていた。いや、ほとんどの人間がこの少年の尋常では無い変化に、気付きはしていた。


「どうしたの。何かあったの。洋平らしくないよ。」


 少年は全ての力を持っている。その事は彼にとって最高の喜びである。その為、彼女の言葉は少年を苛立たせるだけのものであった。


「何だよ!何がいけないって言うんだよ!俺は強くなった。これが俺なんだよ!」


 少年は、彼女に大声で怒鳴りつけた。彼女の方は、いきなりのことで縮こまっている。

 少年は一瞬笑い、こう言った。


「おい、影。こいつを俺の物にしろ。」


 その声は、浜野綾にも聞こえる声である。当然、彼女は少年の独り言に困惑をしている。


「ほう。何を賭ける。」

「俺の、中学の頃の記憶を賭ける。どうだ、問題無いだろ。」

「お前も、分かってきたな。いいだろう。」


 そう言われた後、少年の頭はいきなり、すうっと軽くなり何かが抜ける様な感覚がした。しかし、先程までと何ら変わらない。ただ、少年の目の前にいる浜野綾の目は、完全に光を失っている。


「これで、この女はお前のもんだ。好きにするがいい。」

「言われなくても。」


 少年は、顔を鼻が触れる程の距離まで近づけた。





 少年は、今や誰もが認める程の人物であった。全ての事を影に何かしらを賭けて、力を得ては、皆に見せつけてきた。しかし、力を得ると言うことは、少年は何かを失っている事と同値であった。

 実際、少年はもう、賭ける物が無くなっていた。得るものは、空虚な優越感だけであった。





 嫌になるほどに澄みわたった空の下、少年と浜野綾は一緒に登校していた。

 二人はあの日以来、ずっと一緒にいる。流石にクラスが違うので、授業は別々に受けているものの、その他は、常に行動を共にしていた。周りの連中も、あの浜野綾に男がいることに残念がっていたが、その相手が少年であることが分かると、皆諦めた。

 二人は特に何かを話すでもなく、ただ並んで歩いていた。途中の横断歩道で、二人は止まった。この道は、人通りもそんなには無く、静かな道である。車の往来も少ない。何故、この日に限ってだったのだろう。

 信号が青に変わり、二人は歩き始めた。直通の道路を横断するだけの横断歩道であった。故に、車は左右からしか来ない。しかも、信号は車側は赤の筈である。しかし、一台の大型トラックがスピードを下げずに、二人に接近してきた。今、横断しているのは少年と浜野綾の二人だけである。

 トラックはいっこうに、速度を下げない。周りの人もその異常に気が付きどよめき出した。

 人間の歩行の速度より遥かに速く、トラックは二人に迫った。少年は、動けなくなっていた。情けなくも、死の恐怖を前に、身体が固まってしまったのだ。それなのに、彼女は、浜野綾は、行動に出た。直ぐ様少年を、反対側の歩道に突き飛ばした。




 少年は、よろけ転がり、歩道に辿り着いた。けれども、彼女は。

 少年は、倒れた身体の顔だけを後ろの道路に向けた。そこには、涙目で笑っている彼女の姿があった。一瞬だけ。




 ブレーキの音など一切無く、ただただ聞きたくもないような音が、少年の鼓膜に伝わった。トラックはそのまま走り去っていった。後に残るのは、野次馬の悲鳴と、叫び声だけだった。

 身体を起こして、彼女であったところのもとに向かう。辺りには赤黒い液が飛び散っていた。


「おい、まじかよ!早く救急車呼べ!」

「嘘でしょ、嘘でしょ!」


 野次馬共が口々に、何かを話していた。その声は、徐々に少年の耳から遠ざかった。そして、視界が白くなり出した。

 恐る恐る手を出しても、そこには、到底人には見えないものがあるだけであった。


「何で・・・、何で、俺を助けた。こんな俺を、こんな屑みたいな人間を・・・。」


 少年は拳を握る。


「何でだよ!!!!!」


 天に向かって吠える。その頬に幾重もの涙が伝った。

 止まらない、いっこうに涙は止まらない。もう完全に少年の視界は真っ白になっていた。丁度、あの空間の様に。


「残念だったな。彼女は死んだよ。」


 当然横に現れた影が言った。そんな事は見れば分かる。余計に感情が込み上げてきた。

 しかし、少年の脳裏に、ある考えが浮かんだ。


「なあ・・・、影。彼女を生き返らせることは、出来るか・・・。」


 その質問に、影は一瞬激しく揺らめいた。


「出来ないこともない。但し、それなりの代償は払うことになるぞ。」


 どこか嬉しそうに、影は言った。


「ならば、俺を賭ける。どうだ、出来るか。」


 涙声で少年はそう言った。


「お前、意味分かっているのか。」

「分かってる。出来るのか、出来ないのか!?」

「お前の命が、彼女の命と同様の価値があるかは微妙だが、いいだろう。やってやるよ。そもそも、これが俺の目的だからな。」


 横に立っているから見えないが、恐らくは影は笑っているのだろう、少年はそう思った。


「覚悟はいいか。」

「ああ。」


 すると、真横にいた影は突如正面に現れ、そうして、ゆっくり、ゆっくり少年に近付き、顔が触れる程の距離でこう言った。


「契約終了だ。」


 影は、少年の身体をすり抜けた。少年は、ゆっくりとその場に倒れた。





 目を覚ますと、辺りは騒音で溢れていた。はっとして、自分を見ると、轢かれた筈の身体には服が破けているものの、傷一つ無い。そして、道路には、血は一滴も着いていない。おかしい、私は死んだ筈である。

 そして、直ぐ様、有川洋平を探す。自分が助けた彼を。向かい側の歩道にいる筈の彼は、何故か自分の真横で倒れている。


「洋平、洋平。起きてよ、ねえ洋平。」


 いくら揺さぶっても、彼は起きない。それどころか、冷たい。まるで、死人のようだ。


「ねえ!洋平!!」


 その返事は、返ってこない。いくら呼び掛けようが。

 野次馬共は、皆信じられないという顔をして一連の出来事を見ていた。死んだ筈の人間が生き返るのを。


「洋平!!」


 彼女の声は、嫌になるほど澄みわたった空に、これもまた、嫌になるほどよく響いた。




 少年の影は、どこか色濃く見えた。












自分の描きたかったものは、描けた気がします。

読んでいただ頂き有難う御座います。

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