四
「間食をよく思わないのではなかったのですか?」
親指で押し込まれた桃色の金平糖は、まだ口の中に微かに残る白色と同じ砂糖の味がした。
味はどれも同じですね、と呟く白亜の唇を無骨な親指が滑るように撫で、離れていく。
「良いから食っとけ。染色は体力を使うんだろう」
続けて「もう一つ食うか?」と黒曜が問い、白亜は「もう口に二つ入ってます」と答えた。
白亜としてはそれで断ったつもりだった――のだが、黒曜はそう受け取らなかったらしい。別の色の金平糖を新たに一つ摘まんでいる。
「こんなに小さいんだ、もう二つ三つ入るだろ」
「私は栗鼠ではありません」
はっきりと断る白亜の前から、水色の金平糖が下がる気配がなく、「口の中のが無くなったら、自分でいただきます」と言おうとしたところに押し込まれた。
からん、と口の中で金平糖がぶつかった感触がする。
「ほれ、もう一つ食え」
金平糖自体は小指の爪ほどしかないから、確かに四つを一度に食べる位は苦でもなかった。口内で転がして遊ばなければ、頬が膨らむ事もないだろう。喋れなくはなるが。
黒曜の態度から自らに拒否権が無い事を悟った白亜は、諦めて素直に口を開けた。
転がり込んできたのは黄緑色の金平糖だった。
「最初に食ってたのは白色だろ?」
唐突に聞かれたのは、白亜が自ら選んで食べた金平糖の色だった。どうして分かるのだろうかと胸中で考えたが、すぐに分かる。
白家にとって、白色は馴染み深いものだからだ。黒曜もおそらく同じ事を考えて問うたのだろう。頷いて肯定しながら、もらった金平糖の色が染家の色と同じだった事に気付いた。
赤・橙・黄・緑・青・藍・紫、それと白。
建国の時に尽力したとされる者達に神様が与えられた名と色だ。虹色に、足して白色。
「足しゃあ薄墨…白みが多いから真珠色が精々か」
口開けて見せてみろ、と言われた事に、白亜はさすがに難色を示した。
ぎゅっと唇を結んだまま、眉をひそめて首を横に振る。
赤と青、それに緑――最低その三色。混ぜれば黒になる。
白亜が食べた金平糖の色味は淡いものだから、唾液で溶けたものがまじりあったとしても、漆黒にはならないに違いない。良くて薄墨色か銀鼠色、実際には唾液で薄まるのだからもっと薄い色に違いない。黒曜の言った真珠色がまさにそれだった。
人を使って実験とは、大の大人が何をするのだと、感情の乏しい白亜でもさすがにムッとした。相手は自分の倍は生きている大人である。
染色に用いていなかった左手で口元を覆う。本来なら扇を使うべきなのだろうが、恋人でもない黒曜を部屋にあげてしまっている時点でもはや常識は関係なかった。勝手に入ってきたのは向こうだが。
「親切の押し売りに見せかけて子供じみたいたずらはおやめください」
割とはっきりと言えたと白亜は思う。
染家八家。建国の時からある、貴族の中でも別格とされる家々。
色がそのままその家人の性格を表しているとも言われる。
白家の者の特徴は、まるでないかのように乏しい感情。
白亜もその特徴からは大きく外れてはおらず、だからこそ反発するのは珍しかった。
特に相手が、『黒』を名前に持つことを許される一族の者であるのだから。
「何大人ぶってんだよ、ちびすけ」
「黒曜様と比べれば大抵の者はちびでもやしです」
白亜の身長は、年の頃で比べれば殊更小さいわけではないが、黒曜から見れば白亜はやはり小さいのだろう。身長だけは人並みにあるが、身体つきに関して言えば幼いのだから、黒曜には変わらず子供に見えているに違いなかった。
実際、まだ初潮を迎えていない白亜の扱いは、家の中でも娘ではなく少女のそれである。
「黒曜様があまりにも頻繁に外套をだめになさるから、摂っている栄養が身体の成長に回せぬのです」
ばしゃり、と嫌がらせとして水音を大きく発てた。
先程まで浸かっていた白布の存在は、綺麗さっぱりと消え去ってしまっていた。
閲覧ありがとうございます。
ストックが…全然書いてないから減っていくばかり…。