4.港にて、二人の正義漢
よく晴れた朝であった。朝起きてしばらくベッドに座っていたミコラスにアルが話しかけた。
「あとすこしすれば飛行船が来るぞ」
ミコラスはそれに乗り、サルム・リータス北部連合のポートカリオンへと向かうのだ。
「すまない、ちょっと散歩に言ってこよう」
そういってミコラスは家を出ようとしたところに、アルが声をかけた。
「ギヨメルかい、よろしく言っておいてくれ」
ミコラスは、アルとギヨメルとの関係について考えながら森へと歩いていた。本人たちに直接聞く気はなかったが、アルはふしだらな男ではないようにミコラスは思えた。
森に入ってしばらくすると、小屋が見えてきた、空は透き通るように青かった。
「ギヨメルさん、おりますか」
ギヨメルはそういう返事をする女性ではなかったため、ミコラスは小屋に入った。彼女は昨日とほぼ同じようにして椅子に座り、茶を飲んでいた。
「私は今日、飛行船に乗りここを去ります」
彼女は椅子に座ったままミコラスのほうを向かずに聞いていた。
「私はイスメトスラギルとなります。今まではただ信仰だけを理由に行動しておりましたが、これからは文明と精霊の天秤を保つべく、行動するつもりです」
彼女はすこし笑ったが、相手をあざけるような笑いではなかった。すこし嬉しそうにミコラスに語りかけた。
「そうか、それはよかった。帰りはきちんと空を晴らしておこう」
そうして彼は森をぬけ、飛行場へと向かった。飛行場ではすでに飛行船がついていた。
飛行船はライトヴィッツのものよりも小さかったが、それでも中にはしっかりと交易品が積み込まれており、頑丈であった。
飛行場にはアル、クボット、シニヤがいたので、ミコラスは三人に深く礼を言い、飛行船へと乗り込んだ。飛行船では村長の友人のウェザヒルドが待ち構えていた。彼とその飛行船の乗務員は荷物の積み下ろしをしていた。
ウェザヒルドは立派なひげを生やした、中年の男で、やり手の商人といった雰囲気であった。彼はもともとはフロンチェッドの生まれで、世界をまたにかけ貿易をしている男であった。
しばらくすると飛行船は浮き上がり、高度を上げていった。下のハイロート島がだんだんと小さくなっていった。
前方には雲がひとつもなく、まるでイディッドまで見えるようであった。
「君はライトヴィッツの少年といったな、この新聞を読みたまえ」
その新聞は、アークマッドのものであった。には、八芒星軍が、リュギアと和平をしたことが書かれていた。軍は一時は首都のエーゼル城まで迫ったものの、飛行船拿捕をやめることで合意し、撤退したと言う。ウェザヒルドは笑って言った。
「いや、前まではこのあたりを通るときはひやひやしていたものだよ。よかったよかった」
ミコラスはさすが我が将軍といった風な顔をして安心をしていた。
ここに来る前までは違ったが、彼はこれでよかったと思っていた。もし、まだ戦争を続けるようなら、彼は戦争をやめるようになんらかの行動をする予定だったのだ。
彼の考え方を変えたのは、もちろんハイロート島の親切な人々もあったが、一番大きかったのはギヨメルであった。もちろん彼女の言ったことを完全に理解できはしなかったが、彼にはすこしばかり衝撃を与えたのは事実であった。それだけあのライトヴィッツ王国が、彼には閉鎖的すぎたのだ。
「ミコラス殿、長旅になりますぞ。今日はもう寝たほうがよいですな」
星空がきれいであったので、しばらく眺めていたミコラスであったが、飛行船の中にある寝床へと入った。
飛び立ってから二日後、飛行船はサルム・リータス北部連合のポートカリオンに着陸した。
ポートカリオンはアークマッドとの貿易の拠点で、かなり栄えていた。新しい都市で、都市計画がきちんとされているため、整理された町並みである。レンガ造りの家が多く並び、レンガの赤と海の青が鮮やかなコントラストをなしていた。
ウェザヒルドは飛行船を海に着陸させ、指定された区域に飛行船を移動させ、停めた。小さな飛行船であるため、着陸したときに水しぶきがミコラスにかかった。
ウェザヒルドは飛行船をおり、続いてミコラスもおりた。するとウェザヒルドに一人の商人の世話係の男が近づいてきた。ウェザヒルドはその男にミコラスの宿と明日の定期飛行船を手配するように言った。
「宿と飛行船の手配までしていただけるとは、ありがたいです」
「いや、僕はこの町ではかなり知られた存在でね、こんなことただのようなものだ。今日はゆっくりと休みなさい」
ウェザヒルドは何隻も商船を持っており、それがポートカリオンの港に並んでいた。彼は引退したほうがいいといつも部下から言われているのだが、いつも引退は自分が死ぬときだと部下に言っていた。
その夜である。ミコラスはポートカリオンを見て回ったあと、なかなかきれいな町だと思いながらウェザヒルドの手配した宿へと向かい、夜道を歩いていた。
ミコラスは港が何か騒がしいと感じ、もって生まれたヤジウマ精神を発揮し、港へと向かった。
港に近づくにつれ、ミコラスはたくさんの逃げ惑うポートカリオン市民とすれ違ったが、ミコラスのように港へ向かう人間をミコラスは見かけなかった。
ミコラスは港へついた。今日ここへと来るために乗った飛行船をふくめ、たくさんの飛行船が燃えているのである。
すこし前まで自分が乗っていた、燃える飛行船の前に、数人の身軽そうな男女がいた。ミコラスにはその黒い衣装を身にまとった集団が盗賊であることがわかった。そしてその盗賊たちに囲まれている一人の男に、ミコラスは見覚えがあった。ウェザヒルドである。
ミコラスは盗賊たちにとんでもない極悪なことをしているんじゃないかと疑いの目で言った。
「お前たち、なにをしているんだ」
盗賊たちはたった一人の丸腰の青年ミコラスを見て笑い、盗賊の頭領がミコラスにたいして言った。
「この通り、町で一番の金持ちの豪商ウェザヒルドから金を奪って殺すんだよ」
ミコラスはウェザヒルドから助けを求めるような目で見られた気がした。
「君たちは金持ちが嫌いなのか、それとも金が欲しいか」
「俺たちは金持ちが嫌いなんだ、庶民から金を巻き上げ、自分だけ贅沢な生活をしているやつがね」
ミコラスはすこし笑い、恥ずかしげも無く盗賊たちに向かって叫んだ。
「それなら、その歳で商船に乗り、世界をまたにかけて働き、それ相応の金を得ているウェザヒルド殿ではなく、この、生まれながらにしての貴族で、何の働きもせずに、庶民の金によって生活をしてきた卑しいこの私を殺したまえ」
そのとき、ミコラスの後方から隠れて今までの様子を見ていた一人の男が現れ、声を上げた。
「剣を受け取れ、手ぶら貴族」
そうしてミコラスは投げられた剣をうまく右手で受け取り、その颯爽と現れた男と共に盗賊たちに切り込んだ。ミコラスは次々と盗賊を斬り倒し、ウェザヒルドを締め付けていた縄を解いた。
盗賊の頭領は男を見て言った。
「シェドめ、俺たちの邪魔をしやがるのか」
その男、シェドはその頭領へと走りより、剣を突き出した、頭領も剣をシェドに向けたが、その剣はシェドによって簡単に弾かれ、宙を舞った。頭領は逃げ出そうとし、他の盗賊もそれに続き逃げようとした。
しかし、いつの間にか港は赤い制服を着、銃剣の付けられた小銃を港に向けた、ポートカリオン市警察によって包囲されていた。盗賊たちは市警によって簡単に全員捕まえられた。頭領はシェドを睨みながら牢屋へと連れられていった。
その後、ミコラスとシェドはウェザヒルドの奢りで酒場で飲んでいた。シェドはまったく遠慮も無く、何度も料理と酒を注文していた。酒場はかなり繁盛しており、制服をきた市警たちもここで集まって盗賊たちを捕まえたことで祝っていた。
ウェザヒルドは並んでカウンターで飲んでいたミコラスとシェドのもとへ行き、言った。
「お二人にはなんとお礼を言ったらよいか、私の命の恩人ですよ」
ミコラスは遠慮がちに言った。
「いえいえ、私もウェザヒルド殿には世話になっておりますから、当然のことであります」
シェドは酔いながら笑った。
「武器も持たずに突っ込んでいくとは、とんだ正義漢だったよ、まったく」
だんだんと酒場も人が少なくなってきて、ウェザヒルドも盗賊に捕まったことで疲れたのか宿で眠りこけていた。
二人はまだ飲んでいたのだが、まだ冷静な話ができないほど酔ってはいなかった。多少の楽しさを含んだ二人の話は身の上話へと移った。
シェドはテーブルに半ばうつ伏せながら話し始めた。
「名だけは豪華な俺シェド・ニアカンツ・ルビサンも、もともとは盗賊だったんだよ、でも正義感に目覚めてやめたってわけ」
シェドは一人吹き出し、話を続けた。
「正義感に目覚めてやめたって話はちょっとちがう、本当はインチキなやつらに一泡吹かせたくって盗賊になったんだけど、あいつらだんだんと過激になってきやがった。それで、やめた。俺はインチキじゃないはずのウェザヒルドを襲うって聞いたから、我慢ならなくって止めようとしたんだ。ところでおまえ、貴族って言ってたっけ」
ミコラスは小さなチーズを食べ、自分について話し始めた。それはあまり笑える話ではなかったが、最後にミコラスが笑えるだろ、と皮肉っぽく付け足したことで場はすこし和んだ。
二人の間にすこしの沈黙が襲ったあと、ミコラスは誰かが忘れていった新聞に目を留めた。それの一面がミコラスを驚かせた。
それには『八芒星軍の将軍ゴットハルト、リュギアに弱気な姿勢。国賊に対してライトヴィッツ国王により処刑が宣告される』と書いてあった。
「どうかしたか、ミコラス」
ミコラスはシェドに新聞を見せた。シェドは怒りをあらわにし、言った。
「なんだと、こんなのどうせリュギアと戦争を続けたい軍のやつらが国王の名を借りて勝手なことをやっているに決まっている。横暴だ、ああ、こんなインチキなやつら、俺がぶん殴ってやりたいよ」
ミコラスも同感であった。王はゴットハルトを信用しており、処刑などするはずも無いのだ。
その根拠となるのが、この新聞に書いてあった処刑される場所である。普通、国王の命令によって処刑される場合は、首都であるヴォルタで行われるのだが、予定されている場所は、首都のとなりの、ポートカリオンからリータス湾を挟んだ対岸にあるスピッツェであった。しかもスピッツェは軍部のある土地であった。
「シェド、君はライトヴィッツ軍をぶん殴りたいと言ったね。私は明日、飛行船でヴォルタへと飛ぶつもりだったのだが、予定を変更してスピッツェにすることにした」
処刑日時は四日後の十四時であった。明日飛行船に乗り、明後日の朝にはスピッツェに行けた。
「はっはっは、ミコラス、君はなんとも愉快なやつだ。よし、俺も行かせてもらおう。共にゴットハルト処刑を食い止めようじゃないか」
そうして二人はすこし酔いながらも、確かな仲間の誓いを立てた。二人は寝床へと向かい、日が過ぎるのを待った。