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2.異郷の島

――まったく、今日はとんでもないものが釣れるぜ」

 海に浮かぶ小さな漁船に、二人の釣り人が乗っていた。漁船といっても小さいもので、前後に一人ずつ乗れば限界である。水色のペンキは剥がれかかっているが、残念二人乗号という文字が確認できる。かなり年季の入った船である。


「君はいつもそうだ、クボット、君はなぜ肝心なときに限って魚を釣れんのだ。これじゃあ飢え死にだぞ。じゃあなんだ、君は死体を食うのか」

 二人は背中合わせになって釣っていたので、船の後部に乗った怒れるアルは後ろを向いて言わなければならなかったが、人間は真後ろを向くことができないので、クボットの肩を見ながら怒鳴ることとなった。しかし、クボットも怒っているアルと顔を見合わせる気は無く、へらへらと笑っているような、困っているような表情をしている。


「死体ならいつも食べてるぜ、俺たち」

 彼らの故郷に生きたままものを食べる文化は無かった。死体といっても、それは魚でも、どの海洋生物でもなかった。

「魚なら、だ、でも君、人の死体は食わんだろう」


 アルはその釣れた男をまじまじと見た。とんだ大物である。青ざめた顔をしており、軍服を着ていて、アルにはそれが隣国のものであるとわかるのである。

 アルを驚かせたのは、海に沈んではもはや使いものにならない小銃を、まるでここが戦場であるかのように、八芒星のあしらわれたそれをしっかりと手に持っていたことである。兵士の信念とはどんなものだろうと、アルはすこし不気味に感じた。


「おいクボット、こいつ、生きてる」

 アルはさっきまでクボットを怒鳴るようにしていたのだが、こんどは妙に落ち着いていったのでクボットはより恐怖した。

「なんだって、そんな怖いことを言うんじゃない」

 彼らはとにかく彼らが住むハイロート島まで引き上げることを決めた。


 ハイロート島は人口千人ほどの島で、ほぼ円形だが大きな山は無く、平らな島である。島には南側に村がひとつあるが、その他のほとんどが処女林で覆われている。


 残念ながら船は二人乗で頑丈なものではなかったため、二人は、男を、釣れた男である、顔だけ出して島へと向かった。

 アルは黙って坦々とこぎ、クボットは男の口に海水が入らないように気を使っていた。

 その光景は、すこしどころでなく、滑稽なものだったので、ハイロートの港では注目を集めることとなった。

 クボットは男の左肩を担ぎながら、何度も男の顔を見たが、アルの言うようにこの男が生きているとは信じられなかった。そうして二人はアルの家のベッドに男を下ろした。



 そのころ、八芒星軍の将軍ゴットハルト・リッターはパラシュートを使い、飛行船から敵地に部隊を投入するなど、巧みな戦術を用い、圧倒的な優勢でリュギアの首都、エーゼル城の目前まで迫っていた。


 エーゼル城は幾重にも堡塁が連なり、全方向からの攻撃に対応することのできる、リュギア最大最後の砦であった。首都の城であるため、政治機能も備えているが、有事の際にはその完全な戦城になることができた。対空砲も装備していた。

 内部については知られていないことが多く、地下に外部へと避難のできる、または中に物資を運び込むためのトンネルがあるという噂もある。


 しかし、なかなかエーゼル城が落ちない。気づけば朝である。兵士たちの疲労がだんだんとたまってきたのが将軍にはわかった。

 将軍は城を中心に扇状に砲兵を展開し、砲弾や火薬の準備を終えたら五分後に砲撃を開始するよう指示をした。


「砲撃、はじめえい」

 旗と大声をつかった合図によって、いっせいに砲撃が始まった。方々で火薬の爆発する音とおぞましい量の白煙が上がるのが見えるが、将軍のいるところから砲撃の結果はうまく見ることができない。


 しばらくすると砲撃の音が止まる。敵の反応を見るような沈黙はやがて将軍によって破られた。


 突撃の合図である。


 待機していた騎兵と歩兵はいっせいに飛び出した。

 騎兵が城にある程度近づくと、敵からの銃撃をあびた。城はまったくといっていいほど崩れておらず、騎兵の攻撃を阻んだ。しかたなく騎兵はエーゼル城に一撃を加え、離脱を試みた。

 しかし歩兵集団にも敵城から砲撃が加わり、多くの八芒星軍の兵士がエーゼル城兵の迎撃に倒れ、一回目の総力戦は八芒星軍にはたいした成果も無く、甚大な被害が出たため、散々な結果であった。

 兵士たちには休息が与えられ、それらは泥のように眠った。


「将軍殿、何か策は」

 このとき、将校ミコラス・イーデルマンにかわって将軍のサポートをしていたのはギリードである。彼は老軍人であったが、たくさんの戦場を経験しており、彼の妻によれば十七のときにペールレイルの戦いにも参加したのが初めてで、それ以降自慢の逃げ足を巧みに使い、この年まで生きながらえたという。

 彼を推薦したのは、もちろん彼の経験をかってのことなのだが、貴族のイーデルマンを使うことに不満を抱いていた、軍の人務長であった。


 将軍は本陣のテントから戦場を眺めていた。事態は深刻で、このままではただ消耗するばかりであることは明白である。テントには将軍とギリード以外誰もいなかった。

「ああ、こんなときにミコラスがいてくれれば、

 もっと砲撃をせねば、いや、高威力の大砲が必要だ」

 彼にはまさに今、ミコラスが必要であった。彼は食料として配られた固いパンをかじった。

「国に連絡をして大砲の要請をしましょう」


 その後、国ではヴォルタ城に設けられ、城にしっかりと固定された、巨大な大砲を剥がしていたという。

 それは今までで二度ほどしか使われていない、しかもその二度が戦勝祝いの空の祝砲であったため、ほぼ新品であった。それは国防のためよりは、装飾のために付けられているようなものであったため、多くの、とくにヴォルタの商人はそれを皮肉ったりするものであった。しかもそれが、敵の攻めてくるとは思えない方向に付けられていたので、観光地以外の何物でもなかったのである。



「アル、この男の人は誰なの。私びっくりしちゃった、この人びしょ濡れよ」

 アルの婚約者、シニヤである。

 彼女はハイロート島唯一の村の村長の娘であった。腕白娘であったが、それは今でも変わっていないと、アルは思っている。彼女はいつもニコニコとしており、酒場のウェイトレスとして働いていた。

「シニヤ、その男はクボットが釣ったんだ、あとでお父さんに伝えておいてくれ」

 アルがあまりにも平然と言ったので、シニヤはあ然とし少しの間固まったが、そそくさと父親の所へ向かった。村長の家はとなりであった。


 アルはしばらくの間、男の袖に描かれた八芒星を眺めていた。彼は昨夜、雲からすこし突き出た、八芒星の、大型の飛行船、戦艦ヨガイラをみたのだ。たった一瞬のことであったので、多くの村人は空で、または雲の中で行われていることが、戦艦のぶつかりあいだとは思わず、雷か何かだと思ったほどであった。


 シニヤが家に戻ってきた。

「お父さん、その人が起きたら連れて来いって。ところで本当に生きてるの、その人」

「生きているとも、息をしている」

 シニヤはベッドのそばへ行き、男の息を聞いた。なるほど、確かに生きている、といった顔をした。


「僕はちょっと酒場に行ってくるよ」

 そういってアルは家を出た。そうしてしばらくすると昼になり、ベットに横たわった男が目を覚ました。男は、すこし離れたところに、食事をしている女性を見た。一瞬、彼は自分の家のメイドか何かと思ったが、それはベッドも質感によって否定された。

 彼はベットから体を起こし、体の節々が痛むことを感じ、咳き込むように、痛みを息にもらした。

「あら、起きたのね」

 彼は、彼女のイディット語のなまりを聞き、ここが自分の住む、ライトヴィッツ王国ではないと直感した。

 彼は自分の意識をしっかりさせ、彼女にここはどこかと質問をした。

「ここはハイロート島よ」

 彼には聞いたことのない名前だった。彼は怪訝そうに聞いた

「アークマッドか」

「ええ、そうね。私はちょっと地理とか歴史に弱いのだけれど、ここはリュギアの一部だから」


 アークマッドはアカムディア島を中心とする地域の呼び名である。その西にある国がリュギア・アカムドであり、ハイロートはその北西に浮かぶ島であった。

 ライトヴィッツ王国のあるイディッドと呼ばれる地域とは長い間諍いがあって、彼にとってはアークマッドの地の、ある一宅のベッドで寝ていたというのは人生の、大きな問題となりえることであった。


「私はどうしてここにいるのか」

 彼女は彼にアルから聞いた経緯を話した。釣られた、という屈辱的な事がらは置いておいて、助けてくれたということは意外であった。たとえリュギアだとしてもその男たちに感謝をしなければいけないということは彼にもわかった。


「ちょっと起きたばかりで申し訳ないんだけど、この村の村長のところに会いに言ってくれるかしら」

 彼はわかったと返事をすると、彼女は言った。

「あ、私シニヤといいます。村長の娘で……」

「私はミコラス・イーデルマン、ライトヴィッツの軍人だ」

 彼女はすこし驚いた顔をしたが、すぐに彼を村長のもとへ連れて行った。彼は、彼女のことを鈍いやつだと感じたが、彼女にイディッドにたいする軽蔑の気持ちが無いことも感じ取れた。


 シニヤはミコラスについて村長にあらかたの紹介をした後、この木造の家を去った。終始笑顔であった。


 彼は小さな家の、奥の床に座っている老人を見た。老人は、長老というには若かったが、シニヤの父にしては威厳があった。髪はすべて白髪であったが、ひげはそれほど生えておらず、質素な服を着ていた。


 ミコラスはこの老人からどんなことを言われるか考えていた。

 長い沈黙の後、その老人は考えがまとまったようにしゃべり始めたが、その内容はミコラスの想像していたものとは違っていた。

「三日後じゃ、三日後にわしの友人が飛行船に乗ってここへやってくる、その友人はイディッドの、ザユカ半島の、ポートカリオンというところに商売をしに行くのじゃが、その飛行船にのり、ここを去るのじゃ。ポートカリオンは知っておるか」

 ミコラスはすこし驚き、自分の命の心配がないことを理解すると、どもりながらも答えた。

「え、ええ、ザユカ半島というとサルム・リータス北部連合ですね」

「ああそうじゃ、そこはまだリュギアとの国交があるからの」


 サルム・リータス北部連合は、イディッドにありながら、アークマッドとの交易を続ける大国であった。ほかのイディッドの国からは裏切りものと評価されており、それは南部連合にたいしてもそうであった。

 イディッドに横たわる、サルムリータス北部連合、南部連合は交易によって栄えた国で、八芒星軍にも参加しない、経済至上主義の国であった。

「それまではアルの家に泊まるのじゃ」

 そのほか、ミコラスは村長から諸注意をうけたあと、アルの家にもどった。


「シニヤといったな、私を助けてくれたという二人に会いたいのだが」

 シニヤはミコラスに酒場の位置と、二人の風貌について教えた。


 ハイロート島の家はほとんど木造で、一本の道の両脇に家がつらなっており、それ以外は自然といった様子である。家の中で最大のものが酒場で、外からでも、中の盛り上がりようがうかがえた。


 ミコラスはその客の中から二人を探した。見回しても、シニヤの説明が悪かったのか、それらしき者は見当たらなかったので、ミコラスはアルとクボットはいないかと酒場にいた中年の男に尋ねたが、酔っ払っている様子であった。

 軍服を着ていて、この辺では見ない顔なので、いささか注目を集めたため、ミコラスはその二人に会うことができた。二人が飲んでいたのはバルデ・ビールで、交易によってもたらされた品であった。最初に声をかけたのはアルであった。

「お、やっと起きたか」

 となりに座るクボットは本当に生きていたのかという顔をしていた。

「私はミコラスだ、私を助けてくれたのは君たちだそうだな。礼を言う」

 アルはたんたんとビールをのんでいたが、まったく酔っ払ってはいなかった。クボットにはミコラスが二人に見え、すこし笑った。死んだと思っていたが、生き返ったら二人に増えた、そんなわけのわからないことを考えていた。


「お前、八芒星軍の者だろう、あの異常な雲をみたかい」

 アルは声の調子を変えずに尋ねた。

「実はあれはこの島の魔女によるものなんだ、僕は彼女と知り合いでね」

 ミコラスは驚かなかった。確かに異常だと思っていたのだ。イディッドに魔法を使えるものは少ないが、アークマッドには多くいるとは知っていた。逆に驚いていたのはクボットのほうであった。

「アル、魔女と知り合いだったのかい、初めて聞いたぜ」

「ああ、シニヤには内緒だぞ。お前、明日にでも会いに行ったらどうだ」

 ミコラスは明日魔女のもとへ行くことと、アルの家に泊まることを伝え、アルの家にもどった。


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