5.特別休暇と嘘
毎日20時更新です。
本作はドリンクバーを栄養源に制作されています。
5.特別休暇と嘘
「ふぅ…………」
帰宅して、すぐに僕は部屋へと引きこもることになった。戻るなり玄関には母さんが待ち伏せしていて、また妹と同じ詰問を繰り返したからだ。
「確かに…………異常かな、これ…………」
制服からパジャマへと着替えて、ベッドへと腰掛けた。部屋のカーテンを深く閉めて、照明を消すと、さすがに四時過ぎという時刻もあって少し薄暗い。
「……」
僕らの家は、団地の一角にある築10年にも満たない建て売り住宅。僕はその中でも一番広い個室を与えられていた。
兄をさしおいて、なぜ僕がこの部屋なのだろう。
欲しい物は何でも、条件付きではあるけれど買ってもらえる。テストの結果や、両親への服従など、必ず条件付きで。
(ヤバい…………どんどん疑問が膨らんでくじゃないか…………これじゃいつか、隠し通せなくなるかもしれない…………いや、もうバレてるのかな…………)
兄と妹は家事を手伝わされる。でも僕にはそのシステムがない。その代わり、僕は兄妹以上の教育を受けることになっている。妹の塾は週に二度程度だ。兄はもう大学生だった。
「ま…………いいか…………」
とにかく今は休みたい。日頃のひどい生活から、僕は確かに疲労していた。
「ん……ん……ん……っ、ふぅ……」
途中の薬局で買ったプロテインと、ビタミン・ミネラル剤を…………かなり、体が求めるままにかなりの分量を飲んでから、そのまま横になる。
(僕は…………やっぱり疲れてたんだな…………)
布団はエアコンに冷やされて、鳥肌が立つほどやわらかでサラサラとした肌触りだった。一気に意識レベルが落ち込んで、僕はぼんやりと今の幸福を噛みしめる。幸せなひとときだと思った。そう思えてしまうほど、僕の日常は…………実は過酷なものだった。
(いつもなら…………もうじき塾に行かなくちゃいけなくて……、せわしない時間を過ごしてただろうな……)
もっと自由な時間が欲しい。たった三日でこれが終わってしまうなんて、よくよく考えたら理不尽じゃないか。
(あ……そうだった……)
眠りかけて、僕は反射的に瞳を開いた。朱夏へとメールを送っていない。
――――――――――――
件名:次はいつ?
次はいつ血が必要? 今日は疲れているので、家で休むことにします。必要になったら、いつでも朱夏の下へと向かいます。
――――――――――――
洋館に行けないことを伝えた。これで休んでも問題ないだろう。返信は…………いつ来るのだろうか。彼女は今頃、何をしているのだろうか。恥じらい深い、正直じゃない彼女の姿が脳裏へと浮かぶ。
………………。
……。
彼女から返信は来なかった。そして僕はそのまま待ちくたびれて、意識を失っていた。
…………。
……。
『起きて……』
それから30分ほど眠っていた。
「っっ……?!!」
でもその時、急に朱夏の声が聞こえたような気がして、僕はベッドから飛び起きていた。
「…………あれ……母さん……?」
「……………………」
するとそこには、母さんがベッドの前に立っていた。母さんは…………母さんは僕の枕元に開いたまま放置された、携帯端末に手を伸ばそうとしていたらしい。
「薬を持ってきました、飲んで早く体調を取り戻しなさい。いつまでも休んでる暇はありませんよ」
「すみません、母さん…………助かります…………」
母さんは今日も支配的だ。僕は携帯をしまい込んで、枕元のテーブルへと置かれた、薬と水へと視線を向ける。
「すぐ飲みなさい」
「……」
オボンに氷水と、白い楕円形の錠剤が三つ。寝起きの瞳にはそれが妙に青白く見える。
「早くなさい」
「……………………ねえ、母さん」
薬、薬、薬…………でもこれはもう飲んだ。
「これって………………何の薬なの…………?」
「――!!」
ぼんやりと、寝起きの僕が質問すると、母さんは驚き息を飲んだ。それから怖いくらい僕の顔を睨んで、観察を続ける。信頼しちゃいけない遙のように。
「栄養剤です」
「…………それならもう飲んだよ、ほら」
薬局で買ってきたプロテインと錠剤の袋を見せる。
「…………今すぐ飲みなさい」
「……どうしてですか? もう飲んだのに」
「今すぐ飲みなさいと、お母さんが言ってるのです、政」
「……………………」
僕がそう問い返すと、さらに彼女は怖い顔をした。彼女は自分のその表情に今さら気づいて、取りつくろう。
「…………必ず飲むのですよ」
「はい」
その言葉に、反射的にうなづいている自分がいる。
『ガチャン……』
その様子に安心したのか、母さんはやっと部屋から去ってくれた。
「…………」
「……」
氷水を半分飲み干す。それは甘く体へと染み渡り、自分の体が驚くほどに回復していることを気づかせた。あんなにあった疲労は、すっかり跡形もなく飛んでいる。
(これ…………本当は何だろう…………飲んでおいた方がいいんだろうか…………でも…………)
どうしても、その薬をすぐ飲む気になれなかった。むしろ腹が鳴り、もっとサプリメントとプロテインを飲みたいと思う。
(そうすれば…………もっと肉体が充実するような気がする……そんなわけ、あり得るはずないのに…………)
母の薬へと手を伸ばす。それに触れて、僕は慌てて指先を離した。触れるだけで薬は精神を逆立てる悪寒を生み出し……、だから絶対にこんな薬は飲みたくないと思う。
「……」
僕は自分が買ってきた薬を、その残りの水でさらに飲みなおして、そしてまたベッドへと横になった。
(朱夏…………メールとか、あんまりしない人なのかな…………)
彼女からのメールはまだ来ない。僕は心から悲しみ、これまで有頂天になっていた自分に気づいた。
(あれ…………何か、また眠い…………)
肉体がまた脱力する。コンディションはいつも以上なのに、眠ればさらに身体が成長するような直感がした。まだまだ自分の体力には上限があるらしく……。
(でもそんなはずない、こんなのメチャクチャだ…………)
僕はそんな自分自身に驚きつつも、耐えがたい睡魔の誘惑にあっさりと陥落した。とにかく続きは目覚めてからで良い。
(明日は朱夏に会えるかな…………せめて……彼女の夢を見たいな…………)
眠気と戦いながら、最後の力で首筋へと触れた。
「っ……」
首筋のある部分へと触れると、まだチクチクと痛みが走った。しかし僕にとってそれは喜びで、ゆいいつ安心できる心のより所だった。
「……………………」
また彼女に血液を奪われたい。僕は羊で、彼女は狼だ。朱夏に血を奪われるために僕は生きている。
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本作はスカイラーク・ガストで制作されています。
炊飯器のボタンを押し忘れても、やさしい気持ちで生き抜ける、そんな強さを私にください・・・。