2.奇怪なもの
1日1シーン、夜20時ごろ掲載です。
本作は深夜のファミレスなんかで制作されております。
2.奇怪なもの
「ね、元気?!」
「元気」
「おやおやっ、そりゃ良かったよチミ! 若者は元気が一番っ、暗~い顔してちゃダメだよっっ!」
授業へと合流したのは一時限目の終了5分前だった。そしてチャイムが鳴るなり、平たい交友関係の中でも数少ない丘にあたる彼女は、僕の机へとお尻を乗せて、その高い視線から人を見下ろした。
「昨日さ、あの後ホントに塾サボっちゃったんだ?」
「うん。……沙羅はズケズケものを言うよね」
彼女のすらりとした肉付きの良い両足が、惜しげもなく僕の机の左右へと体重をあずけ、むっちりとふとももが変形している。
「いやもう、大変だったよ。諏訪部くんのお母さんから、うちにも電話がかかってきてさーー、諏訪部くんが行方不明だとか何とかさ、居場所知らないかってしつこくて……っ」
彼女は僕へと向けて股を大きく開いていた。その大胆な姿勢のまま、菊池沙羅は両手を机へと突いて、相手の顔をのぞき込んだ。そしてうんざりとした口調で僕へとグチる。
「諏訪部くんのご両親って…………一体何なの?」
「……ごめん」
「いいのいいのっ、諏訪部くんは悪くないよ! 私ね、悪いのは諏訪部くんじゃなくて、あの二人だと思う」
「……」
どうやら両親が彼女へと迷惑をかけたらしかった。今の自分なら、どこか納得できる。あの両親ならやりかねないと。
「だってそうじゃん、サボりたくもなるよ! 私だったら家のトイレ占領して、謝罪を要求してるレベルだからっ! だいたいさっ、諏訪部くんが可哀想だよ! 前から思ってたんだけど、こんなに勉強ばっかりさせられて、諏訪部くんはそれでいいの?!」
「……………………」
彼女の言葉が嬉しくて、僕は言葉にとっさに出せなかった。いや、こんなふうに心配してくれる友達は、これまでも居たし、けれど僕がそれに気づけなかっただけだ。
「あの両親は冷たいよ。それに…………何か…………変な感じ…………」
「…………変?」
「ごめん、私ズケズケ言ってるよね。でもね、止まらないから我慢してね。諏訪部くんのご両親って…………おかしくない……? 何ていうか…………キミを心配してるっていうより…………何か…………そう…………」
彼女は言葉を選ぶ。彼女はそのことを僕へと伝えなくてはならないと、義務感にかられてるようだった。
「[脱走した家畜]を取り戻そうとしてるみたいだった」
そしてやっと見つけたイメージを、彼女は静かに言語化して、それから自分の発言に自分で驚く。
「家畜ね…………」
その言葉は僕へと鋭く突き刺さって、ずっと目をそむけていた現実を突きつけた。
「ごめんね、だってさ、あいつらさ! それだけじゃないんだよ! それから何度もうちに電話してきてさ、最終的にはどこかにかくまってるんじゃないかーって、勝手に言い出してさっっ!!」
「私が諏訪部くんを誘惑したんじゃないか? とか!! それに……それに、わ……私と諏訪部くんが…………その……その…………ふ、ふしだらなこと…………してるんじゃないかとか……」
菊池沙羅は発言の一部分だけ、純情に恥じらい言葉を小さくして、でも不平を訴えた。キュっと、彼女はスカートの前の部分を握り締める。
「ごめん、迷惑をかけたね」
でも不思議と、僕は両親を恥とは感じなかった。誇りとも思っていなかったらしい。
「諏訪部くんは悪くないよ! 何度も言うけど、悪いのはあの二人だからね! アイツらそれを……それを…………深夜のうちの家までやってきて言い出してさ!! 家中踏み込まれたんだから!!」
怒りを混じらせる彼女を見つめ返した。彼女は昨日のことを思い出してしまったらしく、さらにスカートをきつく握り締めた。
するとたっぷりとしたふとももが、根本近くまでスカートから露出してしまった。僕は慌てて下がってた視線を上げ直す。
「ホントにごめん」
「だからっ、諏訪部くんは悪くないんだってばっ!! 本人の前で言うのも何だけどね、あの親は異常よ、異常!! こんなに優等生で良い子の諏訪部くんをさぁっ、どうしてあそこまで疑うの?!!」
彼女の言いたいところは、つまるところそこだったらしい。彼女にはそれが許せないらしく、僕をこれでもかと信頼してくれていた。
「…………………………」
彼女の言葉は確かにその通りだった。どうしてそこまで、僕を疑う必要が両親にあるのだろう? 彼女から言われてしまえば、もう否定できないほどに、僕はその異常性を理解させられた。
「…………僕は…………そういう両親の行動に慣れていた」
「慣れたって…………そんなの絶対おかしいよ!」
彼女はすごく感情的だ。
「それが当たり前だと思ってたんだ。でも…………でも最近…………かすかに疑問を感じ始めている」
「かすかじゃないよ、絶対おかしいって!!」
ふと…………現実逃避をするように、窓際のこの席から校庭を眺めた。そこには埃っぽいグラウンドと、嘘くさい芝生と、青々と夏の陽射しを心地よく受ける樹木の姿があった。
「やっぱりおかしいんだ…………」
「うん、こうはっきり言うのも失礼だと思うよ、私間違いなく無遠慮だと思う。でもね、でもあんな親はおかしいよ、絶対っっ!」
それは紫外線にギラギラと輝いて、視界をチカチカとまぶしくさせた。
(……………………………………)
(………………あれ……?)
言いたいことを全部言って、やっと彼女は落ち着いてきているようだ。でも、僕は…………僕は校庭に…………【妙なもの】を見つけてしまった。
(何だろう、あれ…………)
それはもしかしたら、見つけちゃいけないものなのかもしれない。いや、見てはいけないものを見ている。そんな気がする。
校庭には樹木があり、そこから黒いヒモのようなものが伸びていた。そしてそのヒモの下には…………。
「っっ――?!!」
何で急にそんなものを目撃してしまったのだろう。やっぱりあの洋館から現れた僕は、別世界に迷い込んでしまったのかもしれない。
黒い影が樹木の下にあった。それは、ブラリ、ブラリ、ブラリ、ブラリと振り子のように揺れている。それが気になって、僕は普段あまりかけないメガネをかけてみた。すると…………見えてしまったのだ……。
それは黒い影だけの、人間だった。『人間が首を吊っている』…………。
(…………えっっ?!!)
その奇妙な首吊り死体のようなものが、急激に動き出して…………ソレに視線を向けている僕を見た。既に首の骨が折れているらしく、首は160度ほど曲がり、三階の僕を見上げていたのだ…………。
「……………………」
「…………」
僕らは見つめ合う。僕は、それが何なのかはわからないが、でも視線を外すことが出来なかった。ゆっくりと背筋が凍り付いてゆくのを感じる。
「あ、あれ…………?」
僕がまぶたを擦ると、その影だけの首吊り死体は跡形もなく消滅していた。
「どーしたの?」
(見間違えだろうか……? 今日は陽射しが強いから…………って、それじゃ理由にはならないよな……)
「………………あそこに…………人影が見えた。…………首吊り死体が」
「えっっ、どこっっ?!!!」
「いや、見間違えかも…………もう見えないし…………」
「…………………………」
彼女は興味津々と校庭を眺めたが、やがてがっかりと落胆した。だがそのまま押し黙ってしまう。
「沙羅……?」
「…………」
「悪い、見間違えだ、気味の悪いこと言ってすまない」
「…………………………」
ゆっくりと、校庭を眺めている沙羅の首が、僕へと向けられる。その表情は厳しく、何か言いたげだった。
「ついてるね……諏訪部くん…………」
そして不気味にニヤリと笑う。
「な、何だよ……?」
また妙な話を始めるのではないかと警戒する。
「聞いたことあるよ…………確かこれも…………先輩が言ってたんだけどさ…………」
あのカフェ・カラミティの彼女のように、彼女は僕の顔をのぞき込んで、深刻な表情でささやく。恐ろしいその、噂を。
「8年くらい前かな…………正確には私が知るわけないけど…………話では8年くらい前にさ…………その昔、あそこで…………あそこでね……諏訪部くん…………」
彼女の魔術に、また飲み込まれてしまった。僕は彼女の瞳を一心不乱に見つめ返し、彼女の続きの言葉を待つ。彼女は、また何かとんでもない噂話をしようとしている。
『首を吊った、女教師がいたんだってさ…………』
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本作はスカイラーク・ガストで制作されています。
隣の席で遺産相続とか、宗教の勧誘の話はマジ勘弁してください。