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3.洋館

1日1シーン、夜20時ごろ掲載です。

本作はドリンクバーを栄養源に制作されております。

3.洋館


「ようこそ、この屋敷を訪れたのは…………ある意味で、あなたが最初になるわ」

「……うわ…………」


 繁華街から200mほど歩くと、そこには見たこともない洋館が建っていた。いつまでも再開発されることのない、広々としたその空き地は、この土地に住む人間ならば一度は疑問に思う場所だった。

 その謎が、ちょうど今夜解けることになった。文字通り、幽霊洋館だったのだ。あの空き地に、今はあるはずのない洋館が現れて、あろうことか僕は今その内部にいる。


「こっち……」

「あ、うん……」


 古めかしい洋館だった。薄暗いエントランスには明かりが灯されず、窓からのわずかな月光と、寂れた繁華街の照明がひっそりと射し込んでいる。

 その薄暗い世界の各所に、いくつもの小さな人影がある。よく見るとそれは無数の人形だった。階段の各所や、花瓶の隣、エントランスの四隅などに彼らが配置されている。


「人形は……嫌い……?」

「…………いえ、ちょっと驚いただけです」


 僕はまた彼女に手を引かれて、エントランスの階段を上る。洋館の二階にも人形たちは現れて、目的地に近づくにつれてそれは密度を増していった。

 二階はさらに深い暗闇に包まれていた。悪夢に迷い込んだかのようだ。いや、悪夢なんかじゃない、だって僕はこれから…………なのだからだ。


『カチャ……』


 その奥まった一角にて彼女は立ち止まり、目の前の扉を押し開いた。


(う、うっわ…………)


 その室内へと誘導されると、暗闇に慣れてきた僕の目に、さすがに恐怖を感じさせるものが映った。


「人形は…………嫌い…………?」

「…………」


 人形の密度は最高潮となり、部屋の中央へとやってきた僕らを、彼らはほぼ全方位から凝視していた。


『カチャン…………ズッ……カチリ……』


 彼女は僕を中央へと残し、やわらかなその手を離す。そして部屋の入り口の扉を閉じて、鍵穴を回した。つまりこの部屋から出るには、彼女の同意を得るか、キーを手に入れなくてはいけないことになる。


「あの…………どうして鍵を……?」

「…………必要だから」

「何のために…………?」

「ふふ…………」

「わっ?!」


 窓から射し込む月光が、ゆっくりと僕へと歩み寄る彼女を映し出していた。僕は思わず、一歩、二歩後ずさってしまう。でもそこからもう一歩下がると、僕は彼女のベッドらしきものに転倒していた。


「不思議…………キミ……やっぱり普通じゃない…………」

「そ、それは…………むしろこっちのセリフかも…………って、あ、あのっ?!」


 彼女はおもむろに僕の靴を脱がせた。そして自分の靴も同様に脱ぎ捨てて、自分のベッドの端へと右膝を立てる。


「何を…………するんですか…………?」

「噂…………噂を聞いて、ついて来たんでしょ…………?」

「そ、そうだけど…………え……?」


 彼女は僕の上で四つんばいになる。両手が僕の頭の左右へと突き立てられて、両膝はその股間の左右にあった。


「いつもはここまでしない…………夢を見せて…………目的を達するだけ…………」

「目的…………?」


 僕の真上にある彼女の頬が、少しだけ紅潮した。彼女の視線が僕から離れてくれない。うっとりと瞳は細められ、その呼吸が少しずつ荒くなってゆく。



「喋らないでください、息が腐ります」



「えっ……?」


 そして、ごくりと彼女の喉が鳴ったかとかと思えば…………突然、彼女はキャラクターを変えた。


「…………聞こえなかったのですか? 喋るなと言ったんです。私の前で呼吸しないでください」


 頬を赤く染めたまま、その容姿と表情と発情とはあべこべの言葉を彼女は喋る。


「口…………臭かった……?」

「…………臭いとは言っていません、要するに…………黙って私のされるがままになってください」

「え、ええっ?!」


 そういう趣味なのだろうか? でも僕は、彼女の魅力に逆らえないので、できる限り受け入れてあげたいと思う。


「……………………」


 だから僕は彼女の要望に従い、沈黙を選んだ。その恵まれた容姿をうっとりと眺め、心地よくドキンドキンと響く、自らの心音へと耳を傾ける。


「……」


 だが、彼女はちっとも動かなかった。静かに頬を染めて、ただただ僕を見下ろすばかりだ。


「………………あ、あの……?」

「な、何ですか……っ、喋るなと言ったはずです……っ」

「あ、ごめん……」


 彼女の意図をはかりかねて声をかけた。重ね合わされていた視線は、急に恥じらうようにそらされる。どこか困った様子で、もごもごと何かを言いかけて、何度もそれを止めているようだった。


「…………どうしたの?」

「……………………」


 モジモジと、その瞳がかいがいしく僕へと戻される。それはとても愛らしく、さらに僕の心をとりこにした。


「…………こういうの…………慣れてないんです…………いつもは…………寝かせて、吸うだけだし…………」

「…………吸う? 吸うって、何を……?」

「……………………」


 首もとのシーツが張りつめる。彼女がギュッとそれを握りしめたからだ。


「…………吸う前に……特別に名前を聞いてあげます。私は翠…………というのは源氏名で…………朱夏です。あの…………あなたの名前は…………?」

「諏訪部政」


 朱夏は僕が名前を名乗ると、確かめるようにその唇だけを動かした。そして意を決して、彼女の瞳が僕をジッと、真剣に見つめる。


「諏訪部政、これからあなたの首筋にかぶりつき、血を吸わせていただきます」

「…………へ?」

「はぁ……どうしようもないくらいに間抜けな男ですね…………見てて反吐が出ます。つまりこれから、私は、あなたに危害を加えますが諦めてください。大人しくこんなところまで付いてきた、あなたが悪いのです」


 彼女は片方ずつ膝を伸ばし、まずは下半身から僕へとのし掛かった。重たくてやわらかくて、あたたかい感覚が腰の上へと広がり、続いて足へと足がからみ付く。


「うっ……?! え、危害ってっ、危害ってなにっ?! えっ、ちょっと待ったっっ!!」

「あなたが悪いのです…………こんなご馳走……見せつけられたら…………私…………止まらない……」


 続いて彼女の右手が僕の首へと抱きついた。左手はベッドと僕の背中の間へと回されて、ゆっくりと彼女の顔が…………僕の予定とは違う部分に下りてゆく。


「吸うってっ、ま、まさか……っ!!」

「バカな男…………」


 彼女はうっとりと流し目で僕の顔を観察し、そのまま首筋へと………………歯を立てた。


「痛っっ!!」


 人の前歯や犬歯とは違う、鋭い何かが首へと突き刺さる。さすがに僕の身体は硬直して、硬直しながら彼女の熱い吐息を感じることになった。


「んく……ん、んん……っ、んく、んく……ふぅ、ふぅ、ふぅぅ…………」

「朱夏…………ちゃ……ぁ、ぁぁ…………」


 抵抗しなきゃいけないのに、筋肉は完全に麻痺してしまっていた。それは彼女の魔性か、それとも首へと刺さる牙が何かの毒を持っているのか、正しくはわからない。


『ぴちゃ……ぴちゃ……ぴちゃ……ぴちゃ…………』


 ただ、傷口からこぼれる血液を、彼女の舌が名残惜しむように回収して、その喉元を何度も慣らしていた。それからねっとりと唇が患部へ吸い付いて、深く、深くまだ足りないと吸引する。


「うっうぁっ、やめ……やめて…………何でこんな…………朱夏ちゃん……何で…………っ」


 彼女のやわらかい乳房が胸へと当たり、お香のような甘ったるい匂いが嗅覚へと一杯になった。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁぁぁ……っ……すご…………すごい…………何これ……こんなの…………はぁ……はぁ……はぁぁ……はぁぁぁぁ…………」


 獣のような荒い呼吸。まるで僕は羊で、彼女という狼に捕食されてしまっているかのようだった。どんどん身体は虚脱して、想像以上のペースで血液が奪われているような気がする。


「もう……もう止めて…………こ、これ以上は…………う、うう……クラクラ……してきた…………っ、朱夏ちゃ……もう、もう……ぁ、ぁぅ、ぅぁぁぁ……」


 なのに僕の肉体は発情していた。彼女の胸も、ノーブラなのか堅いしこりが感じられた。彼女は野獣のように僕を求め、僕は羊のように奪われている。それは背徳的で、破滅的で、心のどこかで僕は喜んでいた。


(諏訪部政…………何この子…………すごい、すごい、すごい、すごい…………こんなのはじめて…………甘いよ、美味しいよ、諏訪部くんの血…………胸がいっぱいになる……すごい、すごい、すごいよ…………もっと……もっと……こんなんじゃ、全然足りない…………)


 その時。その時、僕に奇妙な変化が起きた。

 急に全身が萎縮してゆくような感じ。胸が熱くなって、まるで爆発してしまうように……物理的にも盛り上がってゆく。


「ぁ、ぁぁっ、ぅぁぁぁーっっ!」


 股間から何かが失われたような気がする。そして、僕は、自分の声が甲高く変わっていることに気づいた。


「な、なに、これ…………え…………っ?!」


 確かに甲高い。それに肌が妙に敏感になっていて、胸がたっぷりと、何か重かった。


「…………?」

「…………ぇ?」


 彼女は違和感に気づき、傷口から唇を離してくれた。出血するそこは、彼女がペロリと舐めるだけで、たちまち止血されていた。


「………………変態」

「変態っ?!」

「……想像以上の変態…………」


 まじまじと、珍しいものを見るかのように彼女は僕を見下ろす。


「だ、誰が変態だぁーっ、むしろ変態なのは…………朱夏ちゃんの方…………というか、あの…………僕、今、どうなってるの…………?」


 僕の質問に、彼女は意地悪そうに口元を歪めた。歪めるだけで答えてはくれない。


「知りたい……?」

「知りたいけど…………内心おっかなびっくりっていうか…………でも知りたい」


 その口元は微笑した。


「それはね…………」

「ぁっ?!」


 その唇が、突然…………僕の唇を奪っていた。思わず瞳を見開く。


(朱夏…………ちゃ…………)


 しっかりと保湿されたその肉はやわらかく、でも血の味がいっぱいした。彼女が自分の血液を飲んでいたのだと、そう思うとまた身体が熱くなって…………でも自分の身体は、自分の身体じゃないようだった。


「ぷは……っ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 時間にして一分少々。たっぷりと僕は、自分の血液と彼女の唇を堪能させられて、やっと解放された。


「ふぅ…………本当に変態…………諏訪部は変態…………ド変態…………ふふふ……今は…………諏訪部、ちゃん……かな…………変態」


 朱夏の言葉と、自分の身体の感覚に、僕はおそるおそる…………麻痺したかのように自由の利かない右手を…………自分のズボンの中へと伸ばす。


「――?!!!」


 そこには過酷な現実があった。


「あった?」

「…………ない」

「変態……」

「……………………」


 確かに僕は変態だった。いや、変体だった。


「良かったね…………」

「え?」

「死ぬ前に…………本当の姿に戻れて…………」

「死……っっ?!」


 しかも、変態の僕は窮地にあるらしかった。


「バイバイ……」

「えっちょっ、待ってっ、えっ?!」

「カラカラになるまで…………吸い尽くしてあげる…………」

「うぁっ!!?」


 また牙が同じ箇所に突き刺さる。そしてまた、野獣は僕の血液を、荒い呼吸と共にすすり、ピチャピチャと淫らな水音を立てた。


「もう…………止め、て…………」

「この…………変態…………」


 そこから先の記憶はない。


//次ページ

本作は麺つゆを床へとこぼし、もはや大惨事になりつつ校正されています。

マジへこみしながら、床とコタツのシーチキンを拾う筆者をご想像ください。

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