4.本当の家族
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4.本当の家族
「……ただいま」
「おかえり…………おかえり諏訪部くん……」
新しい我が家に帰ってきた。玄関の扉をくぐり抜けると、朱夏は僕の帰宅を待ち伏せしていた。だって玄関の扉からほんの2m弱のところに、彼女はただまっすぐに直立していたのだから。
「昼ご飯は食べた?」
「………………ん…………」
僕の返事に、彼女は人の顔を眠そうに眺めたまま、ゴシゴシと目元を擦る。どうやら彼女は――
「…………昼は寝てた…………ずっと……」
「うん、ほぼいつも通りだね」
「……うるさい、変態女装癖男…………ホモにでもカマ掘られてろ…………ばか……」
昼とは言わず、つい先ほどまで眠っていたようだった。多分、僕の気配を悟って起き出してきたのだろう。その毒舌に反して、その眠たげな様子が途方もなく愛らしかった。
「お腹…………空いた…………」
とても歪みの王と呼ばれるような怪物には見えない。白いその手でひもじいその腹部を支え、もう片方の手でまぶたをまた擦っていた。
「ちょっと待ってて、夕ご飯すぐに作るから。今日は鍋にしようと思うんだ」
「…………」
朱夏はチラチラとスーパーの袋を盗み見した。鍋は無言の同意らしい。そしてそんなことより、今の彼女は袋の中身が重要だったみたいだ。
台所へと僕が歩き出すと、袋へ釣られるその視線ごと彼女も移動を始める。
……………………。
…………。
袋の中身を冷蔵庫へと出し入れして、キッチンへと白菜、鶏もも肉、鮭、木綿豆腐、しらたき、きのこ類を乗せた。
冷蔵庫には3Pプリンとゼリー、ヨーグルトとロールケーキが保管され、朱夏はその豊富なデザートに満足してくれたみたいだ。
「……諏訪部くん…………お菓子…………」
「晩ご飯食べてからね」
後はチョコレートとポテチ、甘くしっとりとしたビスケットが買い物袋に残っていた。お菓子中毒の彼女に念押ししてから、僕は袋ごと朱夏へとそれを手渡す。
「わぁ…………」
何もしなければ寡黙かわいいその少女は、ギュッと大切そうにその買い物袋を抱き締めた。
「お菓子……♪ お菓子……♪ お菓子好き……」
一方僕の方は、その少女を背中側に向けたまま、鍋料理の準備を始めた。食材さえあれば意外と簡単に美味しく、好き嫌いの激しい朱夏も喜んでくれる。
「…………………………」
煮立った鍋へと、水炊き用のもも肉やその他を投入して、白菜をせっせときざんだ。
「………………ねえ」
「ん……?」
「お菓子食べたい……」
「ご飯前に食べると、ご飯が美味しくなくなっちゃうよ?」
「じゃあご飯いらない…………性欲を持て余す男子中学生の手で……調理されたご飯なんて…………口から妊娠する……」
寝起きの彼女は大人しく、その毒舌も50%OFFの穏便さだ。毒舌を直訳すると、要するに「お菓子を食べたい」だった。
「一体僕は何を混入してるんですか…………」
「だって…………変態だし…………諏訪部くんは……基本的に目線がイヤらしいです…………」
「うっ…………そんなことない……と、思いますけど…………うん……そんなことないよ……?」
でも言われてみると自覚もあった。朱夏は魅力的な女の子で、それに極端に無防備だから、ついつい…………いや、いや、そんなことはやっぱりない。
「変態…………」
「ち、違いますよ……」
否定しながら、白菜ときのこ類を鍋へと投入した。後は待つだけだ。
(部屋へと戻って、一度着替えてこようかな…………戻ってきたらお菓子食べてそうだけど……)
「諏訪部くん」
「え、なに? ああ、ちょっと僕着替えてくるから、鍋を――」
――――背後へと振り向こうとすると、僕は朱夏に抱きすくめられていた。
「うわっえっ?!」
そうして次の瞬間には、強烈なデジャヴが脳裏をかけめぐっていった。だってこれは、わりといつものことなのだ。
「痛……っっ!!」
吸血鬼の少女は、火傷するくらい熱い吐息を首筋へと吹きかけ、そこへと後ろ側から牙を立てた。甘く熱い血液が彼女の喉へと吹き込んで、すぐにその喉がゴクン、ゴクンと男の体液をえんかする。
「ん、んん……っ、はぁ……はぁ……はぁ……お菓子…………我慢できるよ…………美味しぃ、美味しぃよ…………諏訪部くんの…………すごく、濃い……」
僕の身体はいつも通り、草食動物のように脱力して、キッチンへと両手を突く。草食動物は捕食される瞬間、気持ちいい脳内麻薬でいっぱいになるとか、ならないとか…………少なくとも僕に限っては事実かもしれない。
「だ、ダメだよ…………朱夏……っ、これ以上は…………っっ! 昨日も、吸ったじゃないか…………あんまり吸われると……っ、また男に戻るまでの時間が…………増え…………もう止めて、止めてよ……」
女性の姿になった僕は、あまりに凶暴過ぎる。彼女は僕の刹那的な部分が、極端に発露した僕だ。あの姿になるのは今でも抵抗がある。でも、もう無理だ、手遅れだ、朱夏に抵抗することなんて、僕には最初からできない。
「諏訪部くん……諏訪部くん……諏訪部くんの血…………諏訪部くんの…………ピチャ……ピチャ……んっ……、美味しい…………止まらない……」
「身体……っ、もう支えられな……い…………」
台所の壁へと僕は突きつけられ、でも立ち続ける力すらもうなくて、そのままずるずると壁を背中に崩れ落ちた。
「ぅ、ぅぁ……ぅぁぁぁ…………」
「好き…………誰にももう……渡さない…………ピチャ、ピチャ、ピチャ……チュ……チュブブッ……ふぅぅ、ふぅぅ……諏訪部くんの血は…………私だけのもの…………」
ひんやりとしたフローリングの床は、ゴツゴツと硬く、ザラザラとした肌触りだった。けれどその僕の身体へと、彼女という肉食獣がおおい被さり、いつものように僕を奪い尽くす。
「……………………」
朱夏の荒い呼吸と、やわらかで少し重たい身体。僕にもう声を出す力は残されていない。ただ彼女と同じように、ハァハァと呼吸を繰り返すだけ。
「…………もう何も……ピチャ、ピチャ、ピチャ……んっ、んぅぅぅっ…………考え、られない…………諏訪部くんの……ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……ふぅ、ふぅ、ふぅぅ…………諏訪部くんさえ……いれば…………もう……」
激しい興奮と、暴れる感情と、甘いその味覚に、震えるように彼女は僕へとしがみつき、抱きすくめた。きつく、呼吸が止まるほどに強力な抱擁は、彼女の喜びや興奮がこれでもかと形に変わり、むしろ心地よかった。
(彼女が……朱夏が満たされない世界なら…………そんなもの終わってしまえばいい…………)
僕の結論は、世界を守るでも、終わらせるでもなかった。彼女に奪われ続けること。彼女が満たされること。その笑顔と恍惚こそが…………破滅的な僕の結論だった。
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1日が1週間くらいの長さだったらいいのにねーー・・・。




