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「りーんちゃん♪」
凜こと木山凜は、急に後ろから誰かに肩を掴まれた。
凜は、小さい頃から物静かな性格で、今でも運動は苦手な方だ。
目が悪く、普段から眼鏡を掛ける姿は、一層凜を目立たせないでいた。
「わっ!
びっくりしたぁ……
何?麻里ちゃん」
麻里こと加藤麻里は、にこにこしながら凜の『ノート』を覗き込んだ。
麻里は、勉強が出来、運動神経も良く、バスケ部のキャプテンをしている。
そんな二人だが、小学生の時から何故か気が合って、今でも凜の数少ない友達である。
麻里は、休憩中に凜の席までやってきたのだった。
「凜、またそれ?」
「あ、うん。
そうだけど……」
凜が休憩中に書いていたのは、何かの詩のようなものだった。
「空には白い雲
君が笑ってる
何も変わらない日々……」
「だめっ!
読んじゃ……」
「えーっ!?
これすっごくいいのに」
「だって恥ずかしいよ……」
凜は顔を赤くして、ノートを鞄に突っ込んだ。
「麻里ーっ
ちょっと来てー」
「あ、ごめん。
呼ばれてるや……」
「うん、気にしないで。行ってきて」
麻里は声の方へ走っていった。
またしばらくすると、今度は違う声が聞こえてきた。
「すごいね。木山さん」
ギョッとしながらも、声のした方を振り向くと、そこにはクラスメートの男子、北沢祐斗が居て、凜のノート見ていた。
どうやら知らぬ間に鞄から落ちてしまっていたらしい。
祐斗は、成績は学年トップ、スポーツも何でもこなす、いわゆる優等生で、しかもかなりのイケメン。
そんな事もあってか、好きな女子も多い。
しかし、告白すれば全員玉砕で、現在も記録は更新中だという。
告白する人をことごとく振り続ける理由は、『興味が無い』だそうだが、女子達はそれでも想い続けるというから不思議だ。
「きっ……北沢くんっ!?」
「あ、ごめん。
びっくりした?」
「あ、いや……」
祐斗は何気ない口調で話し始めた。
「それ、すごいね。歌か何かの詩?」
「まあ……」
「そっか。
歌も歌うの?」
「えっ!?
歌は好きだけど、下手だし」
「そうかな、そんな事ないと思うけど」
「えっ?」
そう言い残すとこちらも友達に呼ばれたようで立ち去っていった。
「じゃ、また」
「あ、うん」
本人は気付いているかは知らないが、凜には到底真似出来ないような爽やかな笑顔で走って行った。
凜はしばらくの間は何が起きたか解らず、ただぼーっとしていた。
***
『第一回志望校調査用紙』
そう書かれたプリントを、凜は家の机の上で睨んでいた。
第一志望から第三志望まで、それぞれ私立、公立と細かく書かれたそれは、まだ白紙だった。
それもそのはず、まだ凜には進みたい道なんて物は決まっていなかった。
「はぁーっ……」
溜め息をついても何も変わるはずなく、ただプリントと睨み合いをするだけだった。
好きな事は、歌の詩を考える事。
苦手な事は、運動する事と、歌を歌うこと。
メモ帳にそう書き出しながら、凜は進みたい道、という物をぼんやりと考えていた。
その時、
『♪~』
最近ダウンロードした着信音が鳴った。
非通知と表示され、不審に思いながらも電話に出た。
「もしもし?」
「北沢です。
木山さんですか?」
「あ、はい。木山ですけど……」
まさかの祐斗からの急な電話に驚きながらも、とりあえず話を続けた。
「良かった……
あのさ、さっきのノートもう1回見せてくれないかな」
「えっ!?
恥かしいし、やだよ……」
「そんな事ないって。
理由は後で説明するからさ、児童公園の前で待ってるから。じゃあ」
「え!?
ちょっ、ちょっと!?」
何故あのノートが必要なのか、それに、何故凜の携帯番号を知っているのか不思議に思いながらも、仕方なく外に出る準備を始めた。
準備が済むと、凛は軽く遊びにも行けるような、カジュアルな格好に着替えて家を出た。