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LOT・3

警告:LOT・3には残酷な描写が出てきます。ご注意ください。

 藍色のカーテンから、朝日が漏れ出て、室内を明るく照らし出す。

 来客室の隅に置かれた、木製の一段ベッドで眠っていたミラージオが、その光で目を覚まし、自身が持つ藍色の懐中時計の蓋を開き、時刻を確認する。

 当選者は、『夜』に眠る事はできない。しかし、『朝』と『昼』に眠る事はできる為、ミラージオは『夜』の間、ベッドに横になって体を休め、『朝』の到来を待ち、夜明けとともに,、眠りに落ちていた。シフォンも同様である。

「……あぁ……こんな時間か……もう起きた方がいいな」

 彼は、眠そうな顔をしながらベッドから起き上がる。彼の尻尾髪が揺れる。

 あくびをしながら、部屋を出て、隣の部屋で寝ているシフォンの元へと向かった。

 木扉をノックする軽い音が、階の中に響き渡る。

「……オーイ、シフォン! 起きてる?」

 返事が無い。

「シフォン?」

 ミラージオは、木扉をゆっくりと開けて、シフォンの部屋に入った。

 シフォンは、ミラージオと同じ様式のベッドの上で仰向けに眠っている。

「シフォン! 起きろ!」

 すると、ベッドの方から反応があった。

「……ふあぁ……。んっ……、ミラージオですか。アナタが先に起きるなんて珍しい事もあるんですね」

 起きたシフォンは、大きく伸びをすると、水色のシルクのネグリジェから緋色の懐中時計を取り出し確認する。

「いっつも起こしてもらうのはマズいと思ってさ。恩返しだよ。オンガエシ」

「どうせ、ただの偶然でしょう?」

「偶然だろうと、必然だろうと、起こしたのは事実だよ」

「それは、まあそうですけど……」

「と言うワケで、シフォン、後でストロベリー板チョコオゴリね」

「恩返しはどこに行ったんですか。甘党」

 ミラージオは、シフォンが起きたのを確認すると来客室に戻って、シフォンは自室で各々私服に着替える。

 シフォンの今日の服装は、鴉の様な真っ黒のカッターシャツの襟に、青色のクロスタイをしっかりと締め、白いベストを重ね着していた。昨日と同じ様に、首元のクロスタイには、犬鷲を象った銀細工のブローチが留められている。さらに上着として、灰色のカーディガンを纏い、ひだが特徴的な青いタータンチェックのミニプリーツスカートを着用し、黒地のオーバーニーソックスに足を通して、最後に青色のブーツを履いていた。

 ミラージオの方は、純白のウイングカラーシャツの襟に、深緑のリボンをキュッと締め、リボンと同色のベストを羽織っている。サマーコートは着ておらず、黒地のスラックスを穿き、黒光りする上等ななめし革の靴で邸宅の床を踏んでいる。

 着替え終えた二人は、顔を洗って、歯を磨くと、食堂で朝食を取り、鳶色の革のバッグを肩に提げて、玄関に向かった。

「「行ってきます」」

「行ってらっしゃいませ。お嬢様。ミラージオ様」

 玄関の側に偶然いた使用人に出発の挨拶を交わすと、二人は昨日乗った馬車の客席に乗り込み、待っていた御者と朝の挨拶を交わす。

 馬車がコトコトと、馬の蹄が作り出す馬車特有の音を響かせ、発進した。

 シフォンとミラージオの乗る馬車は、中央区一番地の駅までたどり着くと、二人はそのまま中央区五十番地行きの列車に乗り込み、およそ三十分かけて目的地に到着した。

 彼らは、切符を五十番地の駅長に見せ、向かう先に歩を進める。

 彼らが向かう先は、彼らの通っている学院だ。

「やっぱり、駅の近くってのは楽だよね」

「列車約三十分。歩き約十分。お手軽な事です」

 すると、シフォンとミラージオの側を、学院の生徒らしき少女や少年が追い抜いていく。

 通り過ぎる少年たちが、二人の姿を見て、何か小声で噂話をする。

 噂話の内容は、「オイあの二人、可愛くね?」「たしかに、でもなんで一方はスラックス穿いてんだ? 男か?」などと言った物である。

「何か、私たち見られてるような気がするんですけど。よく男子に」

 シフォンは、周りのヒソヒソ話を感じ取ったのか、ミラージオに話しかけた。

「気にするな。いつものコトだろう」

「でも、ミラの事、ずーっと見てる男子がいるんですけど」

 その言葉を聞いた途端、ミラージオはシフォンが指差す先を超速で振り向いた。

 向いた先にいた男子は、ミラージオの顔を見て、頬を赤らめ、そわそわした表情をしている。

「!」

 ミラージオの顔が青ざめる。

 おそらく、その男子は、ミラージオに対して好意を持っているらしい。

「何か、あの男子、ミラージオの方を見てそわそわしてるんですけど……」

「男にソワソワされて、何になる? 気色悪くて吐き気がするね」

 不快な表情のミラージオは、心底嫌そうにそう毒突いた。

 その男子の側を通り過ぎると、二人の向かう先に校門が見えてくる。

 銀の装飾が施された鉄格子の校門の前に、一人の人物が立っていた。

「おっはよー! シフォン! ミラージオくん!」

 それは、淡いピンク色の髪の少女だった。

 年の頃は、シフォンやミラージオと同じくらいに見える。

 明るい表情をしていて、前髪の下にあるパッチリと開かれた空色(スカイブルー)の瞳が、幼い子供の様な無邪気さを感じさせた。伸ばした後ろ髪の一部は両肩に掛けられ、その毛先は彼女の大きな胸の上にまで到達するほど長い。

 水面の様に艶やかな白肌。よく通った鼻筋の小さく高い鼻。光沢のある唇。

 整った容姿に、彼女の明るい笑顔も合わさって、大抵の人は男女問わず、第一印象から彼女に好意を抱くだろう。

 しかし、なぜか服装は男物で、白いウイングカラーシャツに袖を通し、群青色のアスコットタイを締め、漆黒のコートを羽織り、同色のスラックスを穿いていた。

 どうやら彼女には、男装趣味があるらしい。

「おはようございます、ラヴィ」

 シフォンがその少女をラヴィと呼び、挨拶を送る。

「ラヴィ、朝からウルサイ……。大声が頭に響いてイライラする……」

 ミラージオが頭を掻きながら、ラヴィを注意する。

「テンション低いなー。あ! じゃあ、いい物あげるよー。虫避けにも有効なトウガラシ(レツドペツパー)。これを一気にあおれば、今日一日ぼくも引くぐらいのテンションで過ごせる事間違いなし! ほらほら、瓶開けるから口開けてー、あーん」

「やめろ」

 ミラージオは、ラヴィが取り出したトウガラシの粉末が入ったガラス小瓶を蓋が開く前に、彼女から奪い取り、彼女の頭をど突いた。

「痛ったー……」

「相変わらず突拍子も無いですね。ラヴィ」

 シフォンは慣れているのか、ラヴィの奇行に普通の対応を見せる。

「あはは。ぼくは、ぼくの閃きで動いているだけだよー。それが他の人とちょっとズレてるだけさー」

「だからって、刺激物を悪用するな」

 トウガラシの小瓶を奪い取ったミラージオは、再び悪用されない様にサマーコートの中へとしまう。

「それはそうと、早く教室に行きましょうよ。一限目の評論が始まっちゃいます」

「そーだねー。じゃあ、歩きながら話そーか」

 ラヴィの言葉を合図にする様に、シフォンとミラージオ、ラヴィの三人は、校舎の玄関へと歩き出した。

 この学院は、黒い錬鉄の格子柵によって四方を囲まれていて、南にたった一つだけある銀の装飾が施された鉄格子の校門が、生徒や教職員、業者などの出入口となっている。敷地の規模は、様々な人間が活用するだけあって大きく、面積が五百平方メートルにまで及び、南の校門の目前にある校舎の裏には、整備の行き届いた砂と土の運動場が広がっていた。

 生徒や教職員が過ごす校舎は、州庁と同じ建築様式で建てられた長方体の形状をした建物で、玄関の両脇には天を貫く立派な尖塔が左右対称に一棟ずつ構えられていた。校舎の窓や扉は、その建築様式の特徴の一つである半円形アーチ状に形作られている様で、玄関の扉もまた同じデザインだった。

 玄関を通った三人は、玄関の直前にある階段を上りながら、話を続けている。

「ねー、今夜ってさ、月に一度の【新月】だよねー?」

「ええ。当選者が選抜される夜ですね」

 笑顔のラヴィの問いに、シフォンが補足情報を混ぜて答える。

 この国では、【新月の夜】は重要視されている。

 理由は、当選が行われるのは、決まって【新月の夜】だからだ。

 なぜか当選協会の連中は、その夜にしか現れず、他の夜には歴史上現れた試しが一度も無い。

「そーそー。今夜は誰が選ばれるんだろうねー? ぼく、気になって仕方が無いよー」

「ラヴィは、たしか当選者じゃなかったよね?」

 ミラージオが、ラヴィに向かって質問を投げ掛ける。

 すると、ラヴィは気軽に答えた。

「そーだよー。ぼくもいつかは鐘を鳴らしてもらって、当選者の仲間入りを果たしたいとこなんだけどねー」

「今夜、アナタが当選する確率、全く無いとは言い切れないはずですよ」

 シフォンが、ラヴィを後押しする事実を口にする。

「まー、この国に住んでるだけで、王族だろーと、貴族だろーと、領民だろーと、誰もが当選の可能性はあるからねー。だから、ぼくも、アレイダも、明日にはめでたく当選者になっているかもしれない」

 当選の可能性は、ラヴィの言う通り、この国に住む全ての人たちに分け隔て無くある。

 存在するだけで、チケットは与えられているという事だ。後は、当たるか、どうか。それだけだ。

 ただし、当選の拒否権は誰にも与えられていない。

「でも、なんでそんなに当選者になりたいんですか? 一生夜眠れなくなるんですよ」

 シフォンが不思議そうに素朴な疑問を問い掛けた。

「それを踏まえても、魅力的だからだよー。ぼくは女大公様に憧れてるんだー。あの人に少しでも近付く為には同じ当選者になるのが絶対条件なんだよー。条件が達成されれば、あの人の能力を見習って、自分の能力を研ぎ澄ませばいいだけの話だからねー」

 ラヴィは、実に楽しそうに自分の未来図をありありと描いた。

「……アナタ、この国のトップでも目指してるんですか?」

「違うなー。ぼくに政治は向いてないよー。ぼくが目指してるのは破格の当選者さー。だから、この国の当選者の中で、随一の実力を持つ女大公様を理想としてるってことだよー」

「なるほど。そういうことですか」

 シフォンが、参考書を理解する様にふむふむと頷いて納得する。

「まあ、珍しい話でもないよね。女大公に憧れる人って多いし、でもラヴィが、ソレを言うのは初めて聞いたな」

「うん。言ったの、これが初めてだからねー」

 ミラージオの言葉に、ラヴィが答えると、向かっていた高等部三年生の教室にたどり着いた。

 この学院は、初等部・中等部・高等部に分かれている一貫校であり、全ての部が一年生から四年生までの四学年制で統一されていて、シフォンたちの学年は、高等部の三年だ。

 高等部三年の学年には、年齢で言えば、十四、五歳の少年少女が集まっている。

 三年の教室にたどり着いた三人は、教室の東側のドアから中に入った。

 教室は長方体の空間で、東から西にかけての幅が長く、北の白壁には四枚のガラス窓が嵌め込まれている。西の端の方には教職員が使う木製の教壇が一基置かれ、その場所から西にかけて、授業を受ける為に並べられた横幅の長い六人用の学校机が、人数分の椅子と一緒に五台置かれていた。学校机と椅子は上等な木材で造られているみたいで、教壇もまた同様だ。名前はマホガニーとこの世界では呼ばれている。

「あら」

 シフォンたちの視線の先に、赤いドレスを纏ったアレイダの姿があった。

 西にある教壇から見て、最前列の奥の席に座っていた彼女は、シフォンたちの姿を確認すると、気軽に近寄って来た。ドアが開く音で、シフォンたちの入室に気付いたらしい。

 どうやら、シフォンたちよりも早く学院に着いていたらしく、彼女の右手には、読みかけの恋愛小説が握られていた。

「あらあら。美少女三人ご登校ね」

 アレイダが、遠回しにミラージオの女顔をからかう。

「……何回言わせれば気がすむんだい? ボクは男だよ」

「知ってるわよ。でも見た目はスマートな美少女なんだからしょうがないじゃない」

 ミラージオがむっとした顔を作り、彼女はクスクス笑いながら、紛れも無い事実を口にした。

「アレイダの方が早かったんですね」

「そうよ。あなたたちが来るまでヒマだったから、コレを読んでたわ」

 アレイダが、シフォンたちの目の前に恋愛小説を出して示す。

「相変わらず、恋愛小説好きだよねー、アレイダはー。前に遊びに行ったけど、自室の本の量すごかったよー。二千冊以上はあったんじゃないかなー」

「まだまだ増やす予定よ」

 すると、西側のドアが開けられて、深緑色のスーツを着た若い男が入って来た。

「授業始めるぞー。席付けェ」

 どうやらこの学院の教師らしいが、目つきが絶望的に悪く、強面な顔の持ち主だった。

 肩までかかる灰色の長髪に、金色の瞳。顔は整っている方だが、初めて彼と会った人は、目つきの鋭さの方が印象に残るだろう。

 しかし、教室の生徒たちは慣れているのか、その視線を全く気にせずに、ゆるゆると席に着いた。

 その場の生徒全員が席に座ると、シフォンとミラージオが隣同士であるのが分かった。

「オイ、テメェらー、課題机の上に迅速に出せー。ん? ファイヴのヤローは、またサボリか……」

 灰髪の教師は、持っていた生徒名簿を開くと、姓のアルファベット順に点呼を始めた。

 その点呼の間に、生徒たちは鳶色の革のバッグから、課題の用紙を取り出し、机の上に置く。

「……ファイヴ以外は全員出席か。じゃ、一限目開始だ」

 予定されていた一時限目の授業内容は、当選協会に関する評論会だ。

 生徒たちは、あらかじめ授業が始まる前までの数日間で、この国の当選を司る・当選協会についての数少ない情報を収集し、独自の解釈を考えて来る様に言われていた。

 この授業では、その解釈を主張し、生徒同士で討論し合い、考察し、そこから当選協会の新情報になり得る考えを編み出す事を目的としている。

「じゃあ、まずはおまえから……」

 灰髪の教師が、適当に生徒を選んで、考えさせてきた独自の解釈を発表させる。

 すると、そんな教師たちを尻目にシフォンとミラージオが、小さな声でこそこそ話をしていた。

「……評論会(こんなコト)したってイミ無いだろ。二世紀以上もかけて目的も掴めていないっていうのにさ……」

 横目でシフォンを見るミラージオは、この授業の存在を否定する。

「メンバーの容姿・口調・能力なんかは史実から大体分かっていますよ。何もしないよりは何かをした方がマシです。まぁ、アナタの言っている事も分からなくはないですが……」

 シフォンが、ミラージオに小声で返答をしている間にも、生徒たちの主張は続く。

「———せんせー! 『神』ですよッ!」

 すると、校門の所でも聴こえた大きな声が、解釈を発表していた生徒の話に割り込んだ。

 その大声は、ラヴィによる物だった。

「は?」

 灰髪の教師は、その大声に対して間の抜けた声を出した。無理もない。

 彼女の発言は、意味不明だった。

「…………ラヴィニア・エインズレイ。『神』がどうしたって?」

 灰髪の教師は、誰も予期しなかったであろう授業妨害犯の登場に顔をしかめる。

「あー、言葉足らずでしたねー! つまり、ぼくが言いたいのは、当選協会は『神』なんじゃないかってことですよー!」

 どうやら妨害する気はないらしく、ラヴィは真剣に授業に参加したい様だ。

「『神』———か。まだ続きがあるなら言ってみろ」

「ようするに、当選協会を『神』と考えれば、全て納得がいくんですよー。不老を体現している容姿の維持も、新月の晩にしか現れないのも、人間を超えた存在だったなら、そういう特性を持つ者として理解できるってわけでしてー」

 まるで、決められたシナリオを読む様にスラスラと言葉を吐き出すラヴィに対して、灰髪の教師は腕を組みながら、目を閉じてふむふむと頷いていた。

「当選者というのは、その『神』が持つ力を手に入れた者たちを指すんじゃないんですかねー」

「…………なるほど。———だが残念ながら、その説はほぼ定説だ」

 灰髪の強面教師が、ダウナーな調子でそう言った。

「あれ? そーでしたっけ? 果敢に発表したのに、恥ずかしーな。あはは」

 ラヴィは、灰髪の教師の言葉に対して、苦笑しながら頬を朱に染めた。

 そんな光景を見ていたシフォンが、

「相変わらず突拍子も無いですね、ラヴィは。あのコが発言した推察は、既に分かりきった事実でしょう」

「…………確かにキミの言う通りだ。中等部を終えれば、大抵誰でも知っている見解だからね。でもだからこそ、ラヴィはその見解を話したんだと思うよ」

「? どういう事ですか?」

「皆の前で『分かりきった意見』を出すコトによって、その意見よりもレベルの高い意見を出させるように皆へとプレッシャーを与えたのさ。加えて、『分かりきった意見』は、それ自体が一つの復習にもなるしね」

 ミラージオが推理した事は、かなり高度な優れた発表の誘発だった。

 仮に、今日の評論会に向けて、ラヴィがそれを考えてきたのなら、彼女は案外理知的な人物と言えるだろう。

「で……ですが、あのラヴィがそんな頭を使った事をするでしょうか? 考えすぎじゃないですか?」

「キミは、ラヴィニア・エインズレイを甘く見すぎだよ。ラヴィはいつもあどけない表情をしてるけど、ボクが推察した通りのコトを考えていてもおかしくない。今みたいな発言を他の授業でもしているしね。つまり、キミが思っているほどラヴィはバカじゃない」

「…………そうだったとしても、なんでラヴィがそんな事をする必要があるんですか?」

「この授業の場合は、『レベルの高い意見』の情報を収集したいからなんじゃないかな? ボクが考えた方法論なら、当選協会の新情報がクラスの皆から編み出されやすくなるしね。他の授業も似たようなモノだろ」

 ラヴィの神発言の後、評論会は徐々に白熱し出し、主張の止まない非常に充実した授業内容になっていった。

 そうして、一、二時限目の白熱した評論会が過ぎ、三時限目以降は取り立てて話すような面白い授業は無く、流れ作業の様に八時限目の国語まで授業は続いた。

 その最後の授業も、よどみ無く終了。

 日が暮れ、西の地平線で燃える夕陽が、世界をオレンジ色に染め上げる中、授業を終えた生徒たちは、帰宅や部活動の準備を整え、教室のドアから走って立ち去って行く。

 シフォンとミラージオの二人も、帰り支度を終えて、アレイダとラヴィとともに登校の時に上った校舎の階段を降りていた。

「へえ、じゃあ舞踏会の準備はだいぶ終わってるんですね」

 話題の内容は、どうやら週末の舞踏会の様である。

「うん。後は新しいシャンデリアと蓄音機の手配くらいかなー。会に出す料理には、シフォンの好きなシーフードドリアも入ってるから楽しみにしててねー」

「そうですか。俄然、待ち遠しくなりました」

 舞踏会に好物の料理が出ると聞いて、シフォンは可愛らしい笑顔を見せた。

「そういえば、ミラージオくんって、ダンス踊れるの?」

 アレイダが、自身のドレスの裾を踏まない様に降りながら、ミラージオに問い掛ける。

「いや。でも、シフォンも全然だろ」

「ダンスが踊れなくても、舞踏会には参加できますから、なんら支障はありません。私の代わりにアレイダが、舞踏会場(ダンスホール)で優雅に舞ってくれるでしょう」

「…………そんなに下手なの? あなた」

「壊滅的で無様に」

 アレイダは、深く溜め息を吐くと、少し困った様な表情を露わにした。

「そういえば、あなたが踊ってるところって見たことがないわ。道理でね。でもそれじゃ、なんで会の出席にOKしたの? ミラージオくんも」

 アレイダの言っている事は、尤もだった。

 ダンスを踊れない人が舞踏会に参加するのはダメではないものの、踊れない事を自覚していて、それでも会に出席しようとする何らかの理由が、当人に少なからずあるはずなのだ。

「ボクは、ヒマ潰しに」

「ヒマ潰し……。で、シフォンは?」

「…………………………」

「ん? どうしたのよ、シフォン」

 シフォンがなぜか黙りこくっていると、横からミラージオが口を挟んだ。

「ボクは知っているよ。シフォンは、アレイダとラヴィが折角自分を誘ってくれたから、ダンスが壊滅的でも、無様でも、絶対に参加したかったって」

「———ミラージオッ!」

 その言葉を聞いたシフォンは、新書店の時の様に顔を真っ赤にして、大声を上げた。

「そうなの? シフォン」

「……わ、私は、偶然にも会がある時間に、予定が何もなかったから、週末は舞踏会に参加してみるのも悪くないなあと思っただけでして……」

 そっぽを向きながらシフォンは、ミラージオの話とは全く違う理由を並べる。

 しかし、

「シフォンって、ほんとーに、分かりやすいねー。秘密を隠せないひとだー」

 その理由では、ラヴィですら欺けなかった様だ。

「でも、可愛いから私は好きよ」

 アレイダが、シフォンの挙動に対して、クスクスと可愛らしく笑った。

 そんな四人は、階段の最後の段差を降りて、目の前にある玄関の扉を通り抜ける。

 銀装飾が施された校門までたどり着くと、シフォンとミラージオは、アレイダとラヴィの二人とそこで別れた。

 アレイダは、列車で中央区二番地の別邸を目指し、ラヴィは、中央区四十八番地に自宅を持っているので、五十番地の駅に置いてある自家用の馬車で帰宅するらしい。

 どうも、シフォンとミラージオの二人は、駅の列車で帰宅する前に、ここ・中央区五十番地に用事がある様だ。

 するとシフォンが、着用しているカーディガンのポケットから、緋色の懐中時計を取り出し、金属のボタンを押して上蓋を開け、現在時刻を確認した。

学院(ここ)から商店街までは、十二、三分くらいですね」

「これで馬車があったら、イイんだけどね。五、六分で着くから」

「早く行きたいなら、私の鎖に乗っていきますか?」

 ミラージオの発言に対して、シフォンが奇妙な事を言い出した。

「あー、その手があったか……。じゃあ、お言葉に甘えようか」

「わかりました」

 その瞬間。シフォンの言葉とともに、ミラージオの目の前で、何かの金属同士が擦れ合う様な音が響くと、彼はその音がした位置へと跳躍した。

 すると、跳躍した彼の足は地面に着地せずに、まるで何かに飛び乗ったかの様に、宙へと浮いた。

「馬車や蒸気機関車くらいのスピードが出れば、これも通学手段の一つにでもなるんですがね」

 今度はシフォンの目の前で、金属同士が擦れ合う音が響くと、ミラージオの様に、彼女も音がした位置に跳躍して、空中に着地し、宙へと浮いた。

 そこには、何も見えないが、彼女の言葉と金属の音から察するに、どうも金属製の鎖が存在しているらしい。しかも、飛び乗ったシフォンの体が、明らかに少し上昇したので、その鎖は浮遊能力を持っている様だ。

 人間一人を乗せるということは、鎖の環の大きさも特大サイズと言えるだろう。

 浮遊している二人の体は、程無く、西方にある商店街へと向かい出した。

 透明な浮遊鎖の速度は、シフォンの言う通り馬車よりは劣る物ではあったが、歩行よりは断然速く、おまけに、乗り物であるから体力も幾分か減らない様で、二人は快適な表情で進んだ。

 商店街に着くのには、十分もかからなかった。

 五十番地の商店街に到着したシフォンとミラージオは、空中から降りて、タイルが敷きつめられた道路を踏んだ。

 九十メートルに渡るその商店街は、一本の大きな道路を挟んで、両側に構えられ、果物屋・八百屋・懐中時計店・筆記用具店・服屋・家具屋……と様々な品物が売られている。

 この商店街の店舗は、レンガ造りで統一しているらしく、一階建てのレンガの家の壁が、燃える夕陽を反射して、シフォンの瞳を細めさせた。

「……えーと、買う物はクルミ六個、羊皮紙四枚、黒インク二瓶です」

 シフォンは、白いベストのポケットから、メモが書かれている白紙を取り出すと、内容を述べた。

「じゃあ、キミは筆記用具店へ。ボクは果物屋でクルミを買ってくるよ。六個だよね?」

「そうです。間違えないでくださいよ」

「わかってるって」

 二人は、ミラージオの判断で一旦別れ、シフォンの方は、道沿いにある青屋根の店の中へと入っていった。

 筆記用具店の中は、思ったよりも広く、立方体を思わせる形の空間だった。

 ゴツゴツした赤レンガが敷きつめられた壁には、店主の趣味なのか、古めかしい色褪せた絵画がびっしりと掛けられている。

 空間の中央に設置された大きな木台の上には、十の紙箱が置かれていて、中には万年筆・黒、赤、青のインク瓶・羊皮紙・つけペン・鉛筆・パンの耳が入っていた。パンの耳は、誤字を消す為に使われる。

 商品を見つけたシフォンは、メモに書いてある分の品物をかき集めて、店内の奥にある支払所へと運んだ。

「……はい、合計で一六五〇アリアになります」

「えーと……」

 シフォンは、財布から代金分の硬貨と紙幣を取り出すと、店員に渡す。

 買い取った品物は、店員によって白い紙袋に収められ、この店での精算は終了した。

「ありがとうございました〜。またのお越しを〜」

 支払いを終えた彼女は、紙袋を持ちながら店の外でミラージオを待った。

 すぐにミラージオは現れ、クルミの入った小さな紙袋と一緒に合流した。

 辺りはすっかり暗くなっていて、燃える夕陽は沈んだ様だ。

「じゃあ、帰りましょうか」

「ああ。ん? シフォン、アレ!」

 突然、ミラージオが、遠方の上空を指差した。

 人差し指の先———暗闇の上空には、白く光り輝く釣鐘が浮いている。

「…………当選の鐘!」

「……ってコトは、今回の当選の場所は、この五十番地か」

 すると、当選の鐘に続く様に、どこからか一匹の珍しい毛色の狼が現れ、シフォンとミラージオの横を素早く駆け抜けた。暗赤色(ダークレッド)の体毛が特徴的な狼だった。

 周りにいた領民たちが、珍しい狼の姿を見てざわつく。

「———なんだ、あの狼?」

「商店街に狼だなんて……」

 シフォンとミラージオは、横切った狼の存在を不審がった。

 たしかに、街の中に狼が現れるのは、珍しい事である。

 狼を見たシフォンは、眉をひそめながらミラージオの方を向くと、こう言い出した。

「……ミラ、捕まえに行きましょう」

「捕まえるって、さっきの狼を?」

「ええ。あのまま野放しにしておくのはマズいでしょう」

 ミラージオは、シフォンの主張に対して、すぐに頷いた。

「……た、たしかにな。わかった。行こう」

 金属同士が擦れ合う音が響き渡る。

 二人は音の位置に向けて跳躍し、空中に着地した。

 浮遊鎖に乗った二人の体は、狼が逃げた方向へと動きだし、加速していく。




 五十番地の真っ暗な路地裏の中、茶髪の双子の姉妹が一組いた。

 その姉妹の目の前に、一人の容姿の整った綺麗な少年が突然現れた。

「———おめでとうございます!」

 十四、五歳ほどの背格好をしたオレンジの短髪の彼は、大きな蝶ネクタイ、カッターシャツ、ベスト、ダブルスーツ、スラックスに至るまで、全てが純白の衣服で統一されていて、ありえないほどの清潔な印象を受ける。

 その彼は、人とは違う神秘的な雰囲気を漂わせていた。

 少年の周りには柔らかな白色の光が灯り、暗闇の中、彼の体を明るく浮かび上がらせている。

 例えで言うならば、人間ではなく、人の姿をした妖精の様に見える存在だった。

「これは……」

「お姉ちゃん、あたしたち、当選したみたいだよ! やった!」

 当選した事を理解すると、双子は笑顔を見せて、目の前の状況を喜んだ。

 すると、当選協会の少年は、上空に浮かぶ白鐘を仰ぎ見る。

「御覧下さい!」

 茶髪の双子の姉妹も、彼に倣って、顔を上げて白鐘を仰ぎ見た。

「貴女様がたは、わたくし共に選ばれました。これで貴女様がたも、当選者の仲間入りでございま———」

 ———その瞬間。どこからか現れた暗赤色の狼が、双子の少女の姉の喉笛に食らいついた。

「!!!」

 赤い鮮血が宙を舞って、襲われた双子の姉が力無く倒れ込んだ。

「…………お、姉ちゃ、ん……」

 双子の姉から溢れ出る血が、路地裏の地面に、赤い水溜りを作っていく。

 口元が血だらけになった暗赤色の狼は、倒れた双子の姉から牙を外し、今度は妹の方へと容赦無く飛び掛かった。

「ひっ……、……嫌だ……。た、助けて……! だれ、か、助け……」

 言葉は続かなかった。暗赤色の狼が容赦無く双子の妹の左胸に咬み付いたのだ。

 双子の妹も、圧倒的な力の前に、姉と同じ様に地面に倒れ込み、動かなくなった。

 しかし、それに反して、穴の空いた左胸からは流血が溢れ出して、止まらない。

 すると、その惨劇の中に、狼を追ってきたシフォンとミラージオの姿が現れた。

「………………!」

「!!!」

 二人は、目の前の事態に口を開け、目を丸くした。

 そして、暗赤色の狼は、当選協会の少年へと視線を移すと、当選協会の少年は、目の前の事態に対して、舌打ちをたった一度だけした———。

「これは……!」

「なんだよ……これ……なにが……どうなってるんだ……」

 血塗れの二人の少女たちを見て、ミラージオとシフォンは、うろたえた様な表情を作った。

 いても立ってもいられなくなったのか、シフォンは、空中から降り、赤く染まった双子の姉へと近寄る。

 暗赤色の狼は、無防備なシフォンを襲わなかった。

 どうやら、当選協会の少年の視線が牽制してくれている様だ。

「大丈夫ですかッ!」

「………………」

 双子の姉の意識は無かった。シフォンが投げかけた言葉の返事も勿論帰って来なかった。

 シフォンは、灰色のカーディガンのポケットから、白いハンカチを取り出すと、首元の大きな傷口を塞ぐ様に当てた。

「すぐに医者を……」

 すると、ミラージオがシフォンの方に近寄って来て、血塗れの双子の姉の右手を掴むと、前腕の端に親指を当てて、彼女の脈を確認した。

「…………ダメだ。シフォン。もう手遅れだ」

「………………!」

 シフォンの顔が絶望の表情で引きつる。その少女の命は、既に絶えていた。

「あ……あ……そ……んな……そんな……」

「気持ちは分かるが、落ち着け。シフォン」

「こんな……こん……なに簡単……に人が死ぬ訳……」

 うろたえるシフォンの眼は、血塗れの現実を直視できなかった。

「シフォン……」

 ミラージオは、シフォンの側に近寄り、心配そうに彼女を見つめる。

 シフォンは、目の前の死に対し、睫毛を伏せて嘆きの表情を浮かべた。

 重い死を受け止めた心を和らげる様に、彼女は深い溜め息を付き、それによって両肩が動く。

 だが、彼女の瞳からは『涙』が零れ落ちる事はなかった。

 それが、彼女が能力を得る代わりに失ったものだった。

「なんで……なんで……」

 すると、対峙する当選協会の青年と、暗赤色の狼がいる方から声が聞こえた。

「———何なのでございますか? 貴方様は?」

 当選協会の少年の声だった。

 言葉の矛先は、対峙する暗赤色の狼に向けられていた。

「わたくしの当選報告の邪魔をして、あまつさえ、当選者となるはずだったお二人を目の前で殺めるとは……。腸が煮えくり返る怒りとは、わたくしの今の感情を言うのですかねぇ?」

 詰る当選協会の少年に対して、殺人狼が赤く染まった口を開いた。

「貴様ら、当選協会の事情など知った事ではない。そこの双子は邪魔な存在だった。だから虐殺した。それだけだ」

 その狼は、さも当然の様に、人の言葉を喋った。

「おや。怒り任せに、つい獣に話しかけてしまいましたが、まさか返答が返ってくるとは」

 当選協会の少年だけでなく、シフォンとミラージオもその現実に驚いた顔をした。

「狼が……」

「……喋った」

 人語を話す狼を見て、当選協会は何かを悟った様にふむふむと頷いた。

「人語を話している所から見ると、貴方様はどうやら当選者の様でございますね。我が協会は、当選者の方を殺す訳にいかないんですよ。ここで、わたくしが貴方様を無力化する場合、初撃で貴方様が絶命する恐れがあります。ですので、ここはそこの通行人である他の当選者の方々を絶命しない様にお守りすることが、協会の一員であるわたくしの最善の行動の様でございますね」

 すると、当選協会の少年は、まさに一瞬で、シフォンとミラージオに距離を詰める。

「当選……協会……」

「ア……アナタ、九年前に会った……あの白スーツ」

「どうも。お二人ともお美しくお育ちの様で。協会としても微笑ましい事でございます」

 戸惑った顔を見せるシフォンとミラージオに、当選協会の少年は優しく微笑みかけた。

「この子犬の相手は、わたくしがします。ご安心を」

「分が悪いな。当選協会が相手とは……」

 視線を交差し、睨み合う当選協会と殺人狼。

 当選協会の少年は、目の前の殺人狼を『子犬』と侮っていた。

 つまり、殺人狼をその程度の存在と思わせる、絶対の実力と自信を持っているのだろう。

 その少年は、道化師の様にニヤリと笑うと、一つの言葉を放った。

「【世界守護の祈願の天盾(ワールドエンド・インターセプター)】」

 その言葉が放たれた瞬間———シフォンとミラージオを包み込む様に、白い円筒状の光の膜が突然出現した。

「——————ッ!」

 シフォンとミラージオは、突然の光の登場に対して、反射的に両目を細めた。

 その白い光は、世界を覆う夜闇を局地的に照らし出し、五十番地の一部を明るく変える。

 それは、まともな状況では無かった。

 さらに、その光源の膜は長さの規模が半端では無く、上端が天空の層積雲の上にまで通じていて、どこに果てがあるのか確認する事ができない。

 世界に干渉するその現象は、まるで、神の御業を見ている様だった。

「通行人の方への防壁は整いました。さあ、子犬様。思う存分、じゃれて来なさい」

 傲岸不遜に、笑みを崩さない当選協会の少年。

 殺人狼は、大きな遠吠えを上げると、当選協会の少年へと駆け出した。

 その走る速度は、度肝を抜くほどの高速で、まさしく目にも留まらなかった。

 速すぎる程に、当選協会の少年との距離は一気に詰められ———殺人狼は、目の前の敵に向かって右前脚の鉤爪の一撃を繰り出した。

 (くう)を引き裂く爪撃の音が響いたと思うと、その一撃は当選協会の少年の首を貫いた。

 しかし、

「おやおや、これじゃあ、狩りなんてまだまだ早いですねぇ」

 当選協会の少年は、平然と喋っていた。

 攻撃は、彼の首を、彼の喉を、貫通していたはずだ。

 だが、狼の放った爪撃は、まるでそこに何もないかの様に空振りしてしまったのだ。

 確かに、そこには当選協会の少年の姿があるのに。

 幻がそこにあるかの様に。

 狼は、その異常に対して気圧されたのか、大きく後方に飛び、距離を取る。

「チッ、幽霊を相手にしている様な気分だ……」

 すると、狼の顔の前に複数の火種が生じ、中心の一点へと凝縮されていく。

 凝縮された火種から、紅の炎が形作られる。

 そして、狼が咆哮を上げると同時に、その火炎が当選協会の少年へと弾丸の様な速度で一気に放たれた。

「綺麗な紅蓮でございますね。芸術的だ」

 しかし炎撃は、当選協会の少年を燃やす事はできず、前の爪撃と同じ様に少年を捉えられない。

「……断言できますよ。この国には、千二十四通りの当選者の能力がございますが、そのいずれでも、わたくしを跪かせる事はできません」

「………………やはり、格が違うか。当選協会というものは……」

 殺人狼は、たった一度だけ舌打ちをすると、当選協会の少年より5メートル東に跳躍した。

 着地した殺人狼は、少年に向かってこう言い放つ。

「私如きでは貴様には敵わない様だな。目撃者は始末しておきたかったが、仕方が無い」

 すると、狼は無駄な闘いを諦め、商店街の大通りの方へと逃げ去った。

「……やれやれ、とんだ想定外の出来事でございましたね。こんな失態、会長にどう報告すれば……」

 当選協会の少年は、思い詰めた様にぶつぶつと独り言を言っている。

 一方、シフォンとミラージオは、その場の戦闘に圧倒され、何もできないまま、地面に膝をついていた。

「……おっと、忘れていました。申し訳ございません。お二人様」

 すると、少年の言葉を合図にする様に【世界守護の祈願の天盾】と呼ばれた円筒状の結界が始めから何もなかったかの如く、ふっと消える。

「お二人とも、お怪我はございませんか?」

「だ……大丈夫です……」

 心配そうに見つめる当選協会の少年に対して、シフォンはたどたどしい言葉を返した。

 すると、ミラージオが、

「当選協会サン、説明してくれ。あの喋る狼は何なんだ?」

「……残念でございますが、わたくしがお尋ねしたいくらいです。当選報告の最中に、突然闖入者として現れて、見ての通り彼女たちを一方的に惨殺しました」

 当選協会の少年は、起こった出来事をミラージオに伝える。

「一体、何の目的があってこんなふざけたコトを……」

 事情を聞いたミラージオは、眉を吊り上げて、吐き捨てる様に言った。

「あの……」

 すると、シフォンが、当選協会の少年に話しかける。

「……アナタの———当選協会の力で、この双子を生き返らせる事はできないんですか? 見た所、破格の能力を持っているようですが……」

 当選協会の少年は、首を振る。

「それができたら、その子達にはすでに蘇らせています。わたくしの力を以てしても、死者を蘇生させることはできないのでございます」

 それを聞いたシフォンは、「そうですか」と意気消沈してしまう。

 当選協会の少年は、苦々しい表情を強めた。

「申し上げにくいのでございますが、わたくしは他の仲間の元に帰らなければいけません」

 彼のその言葉を咎める者は、いなかった。

 彼に非は無いからだ。

「申し訳ございませんが、遺体の処理はお二人にお任せします」

 そう言うと、是非を聞かずに当選協会の少年は、空気に同化する様に消えた。

現在、別シリーズを創作中です。

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