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LOT・1

 ———その鐘が鳴る時、アナタは選ばれる———


 油彩絵の具で全体を塗りつぶした様な黒の空が、強大な存在として世界に君臨するかの様に覆い広がっている。

 月も星も出ていない純粋な闇の時刻。

 その闇空の下———寝静まった街の中には、豪華な衣服を着込んだ貴族も、忙しなく仕事に勤しむ平民も歩いていなかった。

 そこは、家屋の屋根に掲げられた看板の文字から商店街である事が分かった。

 百メートルに及ぶその商店街は、一本の道路の両脇に、立方体が二つ重なり合った様な二階建ての建物が軒並んでいるものだった。西脇の店舗は、しっかりとしたレンガ造りで、青い屋根の白壁に統一されていて、東脇の店舗は、屋根も壁もカーキ色の木造建築が建てられている。

 誰も歩いていない道路は、黒に近い灰色のタイルで埋め尽くされていて、タイルの間にあるわずかな隙間が、まるで地面にひび割れが起きた様に見える。

 その無人の道路に、一人の可愛らしい少女が現れた。

 五、六歳くらいの彼女は、綺麗な金髪の少女で、前髪は目が隠れない程度に伸ばし、肩まで届く髪の流れによって両耳が隠れていて、左の側頭部の髪を、フワフワした白い毛皮の髪留めで纏めている。

 前髪の下のくりっとした瞳は、燃え盛る紅蓮色。磁器人形(ビスクドール)を思わせる白磁の肌。

 スラリと通った高い鼻。瑞々しいピンキーリップ。

 青いリボンを首元に結び、白フリルがたくさんついた同じ青色のドレスを身につけていた。

 少女は辺りを何度もキョロキョロと見渡し、不安そうな表情をしながらおろおろしている。

 どうやら迷子の様だ。

 すると、彼女の目の前に、容姿の整った綺麗な少年が一人、突然現れた。

 十四、五歳ほどの背格好をしたオレンジの短髪の彼は、大きな蝶ネクタイ、カッターシャツ、ベスト、ダブルスーツ、スラックスに至るまで、全てが純白の衣服で統一されていて、ありえないほどの清潔な印象を受ける。

 その彼は、人とは違う神秘的な雰囲気を漂わせていた。

 少年の周りには柔らかな白色の光が灯り、暗闇の中、彼の体を明るく浮かび上がらせている。

 例えで言うならば、人間ではなく、人の姿をした妖精の様に見える存在だった。

 金髪の少女は、自身の紅蓮の瞳で、目の前の彼を不思議そうに見つめる。

 そして、銀縁眼鏡を掛けたその少年は、目の前の少女に水色(アクアブルー)の瞳を向けると、優雅な笑顔で彼女に対してこう言った。

「———おめでとうございます。シフォン・エカテリンブルク様」

「??」

 突然の祝いの言葉に、シフォンと呼ばれた少女は、疑問と動揺を合わせた様な表情を作る。

「貴女様は、995人目の【当選者】に選ばれました。貴女様の幸運をここにお祝い申し上げます」

 彼女の動揺の表情を知ってか知らずか、純白スーツの彼は、恭しく悠々と話を続けた。

「…………だれ、ですか、あなた?」

「初めまして。わたくしは、【当選協会】の者でございます。この度、貴女様の【当選】が決まりましたので【協会】から派遣され、こうしてここに馳せ参じました」

「…………きょう、かい? とう、せん? わたしに、あいに、きた……?」

「ええ。これから貴女様に、とても素晴らしい贈り物を差し上げます」

 シフォンの不安な表情は、変わらない。

 すると、純白スーツの少年は、怖がっている彼女に近付くと、彼女の身長の高さまでしゃがみ込み、柔らかな笑顔で優しく頭を撫でる。

「大丈夫でございますよ。危害は加えません。どうか、怖がらないで」

 すると、少年が接近した事で、彼の纏う白光に包み込まれたシフォンは、その光に癒される様に怯えた不安な表情を、穏やかな安堵の表情へと変えていった。

「それでは、どうぞ御覧下さい」

 純白スーツの少年が宙を仰ぎ、シフォンに夜空を見るように促す。

 シフォンたちから見て、遥か上空に何かが浮かんでいる。

 それは、白く光り輝く大きな釣鐘だった。

「……かねが、うかんでる?」

「あの鐘の音が、わたくし共からの贈り物でございます」

 彼の一言に応えるかの様に、上空の白鐘が揺れ始める。

 上空から地上へと美しい鐘の音が流れ、シフォンはその幻想的な光景に見入っていた。

「奏でられる祝福の音色を聞いた後、貴女様は何物にも変えがたい力を手に入れるでしょう」

 祝福の鐘の音が、闇夜の世界を席巻する様にどこまでも響き渡る。

 すると、釣鐘がある上空から、幾陣もの凄まじい烈風が地上へと吹き荒れた。

「—————————ッ!」

 シフォンは、とっさに街灯に掴まり、強風に吹き飛ばされまいと必死に抵抗する。

 商店街の屋根や窓が、激しく怯える様に風の影響で盛んに震えていた。

 まるで世界全体に荒れ狂う強風の中、鐘の音とともに、事態に動じない純白スーツの少年の言葉が聞こえる。

「当選報告、完了」

 そして純白スーツの少年は、爽やかすぎるニコニコ笑顔をシフォンに振り撒くと、

「さぁ、後は貴女様次第でございますよ。わたくし共【当選協会】は、貴女様の輝ける将来を心の底から祝福しております———」

 最後にそう告げ、風と同化する様に消えていった。




 水彩絵の具で全体を塗りつぶした様な天然の青空が、心地良い日光と清々しさを地上の人々に運んでいる。

 青空の下にある歌劇場(オペラハウス)ほどの大きさの広場は、現在、ある催しの会場になっていて、その中央で四人の人間たちが歓声を浴びていた。

 大勢の観覧客が、広場の中心を囲む様に設計された白亜の観覧席に集まり座っている。

 広場の北隣には、観覧席に隣接した、厳かな年代物の大きな建物が一軒あった。

 横幅が四十メートルに渡る長方体の形をしたその建物は、この州の領主が政務を執り行なっている州庁で、国内でも評価の高い建築様式で建てられていて、玄関の両脇に、その建築様式の特徴である尖塔せんとうが、左右対称に二棟ずつ、計四棟構えられている。

 左脇の二棟の尖塔は、飛び梁でつながっていて、右脇も同様だった。

 半円形のアーチを描く玄関の上の壁には、領主の家の紋章を象った犬鷲の木彫りの彫刻が掲げられ、そのさらに上の屋根に、白い塗装が施された青銅でできた釣鐘が鐘楼に吊られている。

 その鐘楼の鐘からは、会場全体へと美しい音色が奏でられ、厳かな雰囲気を作り出していた。

「———要するに、子猫の可愛さは、世界最強なんですよ」

 楽器を鳴らす様な美しい声が、小さく響いた。

 その言葉は、大げさなものであるが、声自体がついつい聞き入ってしまいそうな綺麗な響きをしていて、鐘楼の鐘の音と良い勝負をしている。

 会場の観覧席の真北に当たる最後列から、その美声は聞こえてきた。

 そこには、十四、五歳くらいの少女が、三毛猫の子猫を抱いて観覧席に座っている。

 真面目そうで、凛々しい顔つきの少女だった。

 彼女は、日光に映える綺麗な金髪の持ち主で、白い毛皮の髪留めを使いサイドテールにしている。

 彼女の服装は、粉雪の様な真っ白のカッターシャツの襟に、白いクロスタイをしっかりと締め、水色のベストを羽織っていた。首元のクロスタイには、州庁の紋章と同じ犬鷲を象った銀細工のブローチが留められている。さらに上着として襟の端から前立てに沿って金色のラインが走ったサマーコートに袖を通し、赤いタータンチェックのひらひらしたミニプリーツスカートに身を包み、黒地のオーバーニーソックスに足を通して、最後に鳶色のブーツを履いていた。

 全体的にスリムではあるが、女性らしく服越しでも出る所は出ていて、サマーコートの外側から女性特有の凹凸が見受けられる。

「……キミの可愛いモノ好きは、毎日変わらないな。……だけどさ、その言葉、抱いてるコによっていつも変わってるだろう?」

 西隣の席に座る人物から、その金髪の美少女に対しての返答が聞こえた。

「最強の動物たちは並び立っているんです。矛盾はしていません」

 まるで、返答をあらかじめ知っていたかの様に、よどみなく金髪の美少女は、言葉を奏でる。

 西隣の人物は、興味の無さそうに「ああ、そう」と軽く流すと、右手に持った破れた銀紙から覗く板チョコを咀嚼した。

 硬いチョコの割れる小気味良い音が響く。

 西隣にいたのは、東隣の金髪の美少女と同い年くらいのスマートな少年だった。

 彼は、自身の藍色の髪を後頭部で束ねていて、瞳はピンク色。両耳には、軍馬を象ったチェスの騎兵(ナイト)の飾りが施された藍色のピアスを付けている。

 まるで女の子の様に———美少女の様に、その少年は綺麗だった。

 ただ、女性的な膨らみがどこにも見られないので、男性で間違いないのだろう。

 彼の服装は、純白のウイングカラーシャツの襟に、黒いタイをキュッと締め、ネズミ色のベストを羽織っている。さらに襟の端から前立てに沿って青いラインが走った黒地のサマーコートを重ね着していて、黒地のスラックスを穿き、黒光りする上等ななめし革の靴で会場の床を踏んでいた。

「気持ちいいですか〜?」

 金髪の美少女は、抱いている子猫の首元をくすぐって、快適かどうかをその子猫に尋ねる。

 子猫は、あまりにも気持ちよかったのか、「にゃ〜」などの猫語の返答をせずに、金髪の美少女の腕の中でうとうとと眠り始めた。

「平和だねぇ、シフォン。理想的なくらい平和だ」

「アナタは寝ないでくださいよ、ミラージオ」

「大丈夫だよ。頭はスッキリしてるから、うたた寝はしない」

 すると、シフォンと呼ばれた金髪の美少女は、広場の中心の方を眺めて残念そうに言った。

「それにしても、【当選者】は見せ物じゃないと、私は思うんですけどね」

「仕方ないだろう。珍しいし、国が大々的に発表式まで企画してるんだから」

 彼らの会話の中の【当選者】とは、宝くじや懸賞に当たった人間の事ではなく、ある出来事により、特別な能力を体に宿した異能力者を指し示す。また、その特別な能力を持つに相応しい人間として、ある団体に抜擢される事を【当選】と呼ぶ。

 発現する能力は、基本的には一つだが、ごくまれに素質の多さによって、二つ以上の能力を持つ者もいる。

 この国において、当選者と呼ばれる存在は優遇されていて、当選者になったおかげで政府の要人の地位に登り詰めた子供もいるくらいだ。

 今、この会場では、最近当選者になったばかりの人間が広場の中心となる舞台に上がり、自身が有する能力を、真剣に観覧席へとお披露目していた。

 ちなみに、観覧席に座っているシフォンもミラージオと呼ばれた少年も、当選者である。

「———にしても、相当珍しいよ。なんせ計算上、四十万人に一人しかいないんだから、普通のヒトタチがこぞって見たがるのも納得できる」

 ミラージオは、シフォンと同じ様に広場の中心の四人を眺めながら、平坦な調子で話す。

「本人が言うと、自慢のように聞こえますね」

「自慢っていうか……イイコトばかりでもないだろう? 当選者って」

「悪い事ばかりでもないと思いますけど」

 するとシフォンは、今度は州庁にある鐘楼の白い釣鐘の方を眺めて、

「ミラージオ、アナタの当選はいつでしたっけ?」

 眠る子猫の頭を優しく撫でながら、西隣のミラージオに過去を尋ねる。

「十年前。キミは?」

「九年前です」

「変な記憶だよ。子供の頃なのによく覚えてる。なんか突然、白い蝶ネクタイ、白いベスト、白いスーツで着飾った妙なヤツが現れたんだよ。で、頭上に白く光る変な鐘が現れて、鐘の音を聞いたら、特別なチカラを貰っていたって感じでさ」

「私もその純白スーツでした。あの夜はたしか父上たちとはぐれて迷子になってしまって、夜の七番地の商店街をさまよっていた所に、その『彼』と出会ったんです」

「……で、その後、どうやって迷子から脱出したの?」

「『彼』が消えた後、道路に白いチョークでなぞったような光の線の目印が引かれていたんですよ。その白線を辿って行ったら、私の家に帰る事ができたんです」

「へぇー。御伽話みたいだね」

「でも、事実です」

 会場への歓声が、複数のロウソクの灯りが一つずつふっと消えていく様に、少しずつ黙り始めた。そして、会場を覆う観覧客の人たちが、一人一人と席を立って、会場の外に出て行こうとする。

「終わったみたいですね。当選者発表式典」

「シフォン、アレ解かなくていいの?」

「分かってますよ。式は終わったんですから、アレは必要ないですね」

 アレ、アレ、と、シフォンとミラージオは暗号の様な会話を行った。

 すると、シフォンの唇から、一つの言葉が発せられる。

「———【空鎖迷獄(アルカトラズ)】解錠」

 その言葉の終わりとともに、金属の錠が開けられた様な音が、観覧席全体の四方から突然響き渡り、子猫を抱いたシフォンがすっと立ち上がった。

「相変わらず大掛かりだなぁ。キミの能力」

 謎の音に対して、驚いた表情をする観覧客たちを尻目に、ミラージオも立ち上がった。

「何を今更。アナタの能力の危険度も相変わらずでしょう」

「それが、ボクの能力の本質だからね」

 そして、立ち上がった二人は、舞台となっていた広場の中心へ歩き出す。

 白亜の観覧席を通り過ぎ、程無く中心に辿り着いた二人は、舞台に残っていた一人に近付いた。

「責任者さん。お疲れ様です」

「これはこれは【鎖姫(くさりひめ)】様。ミラージオ様もご一緒でしたか。本日は警備の方に当たってくださいまして、誠にありがとうございました」

 舞台の四人のうち、一人は当選者ではなく、司会役を務めていた普通の人間だった。

 黒色のダブルスーツを着た初老の彼は、この当選者発表式典の責任者でもある。

 シフォンは、深々と頭を下げられたので、顔を赤くして照れながら「大した事はしてませんよ」と慌てた。

「どうでしたか、警備の方は?」

「発表式開始から、終了の十分前まで、会場内を巡回しました。検問も実施しましたけど、引っかかりませんでしたので、会場の観客内に不穏分子はいなかったと思います」

 嘘ではない。

 シフォンとミラージオは、ずっと観覧席に座っていた訳ではないのだ。

 彼らはたしかに、会場内をくまなく見回りし、不審人物・不審物の出現を未然に防いでいた。

 彼らが座っていたのは、発表式終了の十分前から、発表式終了までの十分間だけである。

「もしも不審人物が現れた場合、会場の外へ逃げられないように【空鎖迷獄】を発動しておきましたし、特に問題はないかと」

「分かりました。お疲れ様です。【鎖姫】様。ミラージオ様」

【鎖姫】というのは、シフォンの異名だ。

 本物の、王の娘ではない。

 この州の領主の令嬢である彼女は、自身の行使する能力で、領民の手助けを頻繁に行っていて、その行為を感謝し、領民の人々が愛着を持って付けたのが【鎖姫】という呼び名だった。

 だから【鎖姫】は、この州の領民の人々からとても愛されている。

「来月の発表式に、また来ます」

「では、またお願いします」

「ええ。行きますよ、ミラ」

「はいはい」

 責任者への報告を終えたシフォンとミラージオは、会場となった広場の北隣にある州庁の西脇に向かった。

 そこには、二頭立ての黒塗りの四輪箱形馬車が待っていた。

 それは、貴族たちが好んで使うシックな雰囲気の上等な馬車で、客車の両壁にはシフォンのブローチ———州庁の彫刻と同じ犬鷲の紋章が、白い塗料で格好良く描かれている。

 御者と軽い挨拶を交わした二人は、青色のクッションのきいた革と綿でできた座席(シート)に乗り込

み、その身をゆったりと沈み込ませた。

 シフォンは御者台の青年に向かう先を指定すると、男は手綱の先にいる逞しい二頭の馬たちに合図を出す。

 すると、黒髪の二頭の馬たちが嘶きを上げて、少しずつ馬車が動き出した。

趣味だった宝くじを買っていてふと思いついた作品です。

よければ、シリーズを通して見てやってください。

感想あれば是非お願いします!

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