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第三話 宇宙(そら)へ 1

 那々が除霊体験をした次の日、夕方になると妖命社に学校を終えた少女たちが集まってきていた。

「六割とは思い切った値引きをしたわね……」

「依頼主さんを気絶させてしまいましたので」

 マリエットが言うと、杷月は苦々しい顔をしていた。それに向かって霞が口を開く。

「ごねられるよりはいいでしょ。器物破損もこっちの責任にされたっておかしくなかったんだし、お金もらえただけましだよ」

「そうね、この場合は冴えた判断だったわ」

「何かあったんですか~?」

 那々が聞くと、杷月の冷たい視線が注がれる。

「五十万もらえるはずだった報酬が二十万になってしまったのよ」

「三十万円も少ないじゃないですか!?」

「誰かさんが除霊失敗しちゃうから」

「誰ですか!? 本当にしょうもない人ですね!」

「あなたでしょう!!」

「ええぇっ!? わたし!?」

「何でそんなに驚くの! まさか、除霊を失敗したという自覚すらなかったと言うの!?」

 那々は助けを求めるようにマリエットを見つめる。すると、頭の上のクーちゃんが喋った。

『那々のせいで三十万消えた! あ~もったいない、三十万もったいない!』

「や、やめてーっ! 金銭換算されるとすごく重いから!」

「那々を虐めちゃだめだよ、クーちゃん」

 クーちゃんは頭を抱えている那々を見下ろして、何食わぬ顔で囀っていた。

「まあ、今回は那々を一人で行かせたわたしの責任だから、気にする必要はないわ」

「なーんだ、悪いのは杷月さんなんですね、心配して損しちゃいました」

「それは幾らなんでも開き直りすぎよ! 少しは気にしなさい!」

「うう、さっきと言ってること違う……」

「バイト代を払う以上、甘くはないわ。さあ、仕事を始めるわよ!」

 この日は霊退治の仕事は無かった。杷月は奥の部屋に引きこもり、マリエットはPCで報告書作り、霞は机の上に色々出して磨いていた。那々はやる事がないので、皆にお茶を淹れてお盆にのせると、見事に転んだ。それを見た霞は呆れ顔になる。

「あんた、なんというお約束を…」

「ふにゃ~、ごめんなさい~」

「お茶はわたしが淹れますから、床の方をお願いします」

 マリエットがお茶の用意をしている間、霞と那々は床を掃除する。霞が割れた湯飲みを拾いながら言った。

「まったく、余計な仕事増やすなよ」

「すみませんです…」

 雑巾がけしていた那々は、ふと霞の机の上を見る。何だかよく分からない部品が沢山並んでいた。

「霞さん、何を作ろうとしてるんですか?」

「ああ、それね。見て分からない?」

 霞は机の上にある銀色の筒状の部品を手にとって見せた。かなり大きく重厚なそれから、那々は何だか不吉なものを感じた。

「何か危なそうなものだという事だけは分かります……」

「別に危なくなんてないよ。ただのバズーカー砲だから」

「へ~、バズーカー砲!!?」

「大丈夫だって、対妖霊用だから、たいした威力はないんだ」

「びっくりしました。人に撃っても害はないんですね」

「いや、車一台くらいなら軽く吹っ飛ぶよ」

「危なすぎです!!」

「いくらわたしでも、こんなもの人に向かって撃ちゃしないわよ」

「そういう問題ではないような気もします……」

「お茶が入りました」

 マリエットがお茶を持ってくると霞が言った。

「那々、杷月さんにお茶をもっていってあげなさいよ。今頃営業活動してると思うから、面白いものが見られるよ」

「部屋にこもりながら営業活動するんですか?」

「行ってみれば分かるよ」

 那々がお茶を持って杷月の入った部屋に向かうと、霞が意地悪そうな笑みを浮かべる。

「那々の奴、驚いてまたお茶こぼすね」

「五樹さんは意地悪ですね」

 那々はノックもせずに社長室のドアを開けた。

「杷月さん、お茶を持って…ああ!? でっかい犬がいる!!」

 那々はお茶とお盆を放り出し、嬉々として社長室に駆け込んだ。宙に投げ出された熱いお茶の入った湯飲みが、弧を描いて霞に向かって落ちてくる。

「やばい!」

 霞はオートマチックを素早く構えて、三連弾を発射する。それらは見事に空中の湯飲みに命中して、お茶と陶器が飛び散った。

「ふ、自分でも怖くなるくらいの腕前ね」

「天井に穴が開きました」

「げっ!? 杷月さんには内緒ね!」

「……」

 霞とマリエットが話している一方で、那々は杷月の側に座っている大型犬くらいの生き物を見て大騒ぎしていた。

「杷月さん、犬なんて飼ってたんですね! 大きいですね!」

「あなた、お茶を持ってきたって言ってなかった?」

「あ、そうでした! …あれ? どっかいっちゃったみたいです!」

「どこにやったの!?」

 那々は杷月の突っ込みを聞かずに、白い犬らしきものに近づいた。

「毛がフサフサしてて、三角の大きい耳がラブリーですね」

 那々が犬らしき生き物の頭に手を伸ばす。

「不用意に触らない方がいいわよ!」

「ほえ?」

 もう触っていた。犬っぽいものは頭をなでる那々の匂いをかいでいる。それが自分にしか慣れない事を知っていた杷月は、意外そうな顔をしていた。

「ああ!? この犬、長い尻尾が三本もある!?」

「これが犬じゃないって事は、さすがに分かったかしら」

「すごい! 品種改良の技術も、ついにここまで来たんですね!」

「どんな品種改良よ!? そもそも、尻尾が三本もある不気味な犬なんて、誰も買わないわよ!」

「珍獣マニアとかが買うのかと思いました」

「そんなコアな人だけの為に、品種改良なんてしない!」

「じゃあこの子は…」

「狐よ、見て分からないの? わたしが使役している妖狐なのよ。名前は白羅(はくら)、もう百年は生きているわ」

「なるほど、品種改良された、ようこって言う種類の狐なんですね!」

「違う!! いい加減に品種改良から離れなさい!」

 そこにお茶を持って入ってきたマリエットが言った。

「妖狐と言うのは、長生きして妖怪化した狐の事なんですよ」

「何だかよく分からないけど、すごい狐って事ですね」

 丁寧なマリエットの説明にもかかわらず、よく分からないと言った那々に、杷月は呆れるしかなかった。

「もうそれでいいわ…」

「白羅、お手っ!」

「するかっ! 妖狐は誇り高い妖怪なのよ!」

 白羅はあっさりと、那々の手の上に前足を重ねた。

「なにぃーーーっ!!?」

 驚愕のあまり立ち上がる杷月、部屋を覗いていた霞も、開いた口が塞がらなかった。那々はそれくらいの事をやってのけたのだ。

 杷月は白羅の前に来てしゃがむと、その顔に刺さるような視線で見つめた。

「何やってるの? あなたには妖狐としての埃はないの?」

 白羅は、ぷいっと横を向いた。正に都合の悪い事から目を逸らした姿だった。

「すげぇ、わたしもやる!」

 部屋を覗いていた霞が入ってきて、白羅の前に手を出す。

「お手!」

「……」

「早くお手しろよ、この狐!」

 白羅はおもむろに前足を上げると、それを霞の頭の上に置いてから踏み倒した。霞は狐に足蹴にされるという非常に情けない姿を晒す破目になった。

「普通はそうなるわよねぇ」

 杷月が言うと、霞が狐の足を押しのけて立ち上がる。

「こんちくしょう、納得いかない!」

「うわぁ、尻尾がもふもふで気持ちいいです」

 那々は白羅の長い尻尾をマフラーの代わりにして遊び始める。霞は少しばかり羨ましそうな顔をしていた。それを見ていたマリエットは言った。

「五樹さんも、もふもふしたいんですね」

「な、何言っちゃってんの!? そんなわけないでしょ! あんなの、羨ましくもなんともないんだから!」

『分かりやすい奴め~』

「黙れインコ!」

 杷月が再びパソコンの画面に向かう。液晶には地図が出ていて、その中で無数の紅い点が動いていた。

「杷月さんは何を見ているんですか?」

「これは那由多町(なゆたちょう)の地図で、動いてる紅い点は放った飯綱(いずな)がいる場所よ。このパソコンには付喪神(つくもがみ)が憑いていて、霊獣の居場所を地図上で示してくれるの」

「いずな?」

「それは見せた方が早いわね。今一匹戻ってくるわ」

 杷月が言ってすぐに、少し開いている窓から白い小型の動物が入ってきた。体は細長く、耳は狐のように三角で、長めの尻尾にはふさふさした毛がある。分かりやすく言うならば、おこじょと狐を足して二で割ったような動物である。

「可愛い! 何ですかこの殺人的に愛らしい生き物は!」

 那々はその生き物を胸に抱いて、頭をなでていた。

「それが飯綱。管狐(くだきつね)とも呼ばれる霊獣よ」

「タグキツネ?」

「それじゃネット用語みたいでしょう!? クダよ、ク・ダ・狐!」

「管状のものを住処とするから、別名で管狐と呼ばれるの」

 那々はマリエットの言う事に頷く。そこは理解したようだった。

「管状のものと言うと、トイレットペーパーの芯とか!」

「そんなものに住まわせたら飯綱が可愛そうでしょ!!」

 那々に抱かれている飯綱が呆れたかのように溜息をついていた。

「そう言えば、杷月さんはここで営業活動をしていると伺いました」

「今やっているのは下調べね。わたしは飯綱の見ているものを、霊視する事が出来るの。分かりやすく言うと、色んな場所に設置したカメラを次々と見ていくようなものね。飯綱がカメラの代わりになっていると言う訳」

「すごい! 飯綱って便利なんですね!」

「驚くところが微妙にずれてるよ。飯綱が便利なんじゃなくて、杷月さんがすごいんだ。普通の飯綱使いじゃこんな事は出来ないんだから」

 と霞が言った。

「こうやって悪霊がついている人や場所を探してから営業をかけるのよ。霊商法って八割方詐欺だから、信用を得るのが難しいのよねぇ。仕事を待っているだけでは、とてもやっていけないの」

 それから杷月は淡々と仕事をこなした。

「…飯綱A子供に餌付けされ中、飯綱B野良犬と交戦中、飯綱Cお昼寝中……あなたたちちゃんと働きなさい!!」

 独り言をずっと言っている杷月を、那々と霞は見守っていた。

「何か、すごく危ない人に見えます」

「眼鏡女だから余計にやばいよなぁ」

「貴方たち、お黙り!」

 十数匹の飯綱が那由多町を駆け巡る。飯綱は霊的な獣なので、普通の人間には見えない。彼らは何人か霊の取り付いた人間を見つけたが、取り立ててすぐに除霊が必要な程ではなかった。やがて一匹の飯綱が那由多医大病院へと入っていった。すると、杷月に強烈な妖気が伝わった。

「この病院、何かある。飯綱を総動員して徹底的に調査ね」

 すぐに十数匹の飯綱が病院に集まり、あらゆる場所に入り込んでいく。すると、驚くべきことが明らかになっていった。

「どうなってるの、悪霊だらけじゃない……」

「そんなに沢山いるの?」

 そう言う霞に、杷月は頷いてから言った。

「何かに引き寄せられているんだわ。何匹かの飯綱が元凶を見つけたけど、妖気が強すぎて中には入れない。地下の閉鎖された手術室ね」

「聞いただけでも何だかやばそうだね…」

「これはまずい。弱っている人が沢山いるから、早く除霊しないと取り返しの付かない事になるわ」

 杷月は立ち上がると言った。

「マリエットは引き続き内業をお願いね」

「はい」

「霞と那々は、わたしと一緒に来て、わたしが院長と話している間に、病院の中を調査してちょうだい」

「わかったよ」

「はい、了解です!」

 那々が力強く挙手の敬礼をすると、杷月は思わず微笑した。

「良いお返事ね、那々」

 三人は那由多医大病院に向かった。


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