第二話 タロットマスター 2
二人と一羽は二階へと歩を進めた。那々たちが二階に来た途端に、さっきから激しく鳴っていた物音が止んだ。二階には三つの部屋があり、一向は迷わず一番奥の部屋に向かう。
「変質者はここにいます!」
「那々さんが気配を感じられるものは、変質者じゃなくて幽霊だよ」
マリエットは那々が何度ボケても丁寧に教えた。
「じゃあ、開けるね」
マリエットがドアを開けると、はっきりと中で何かが動いた気配がした。サンの輝きが部屋を照らした時には、もうそれは消え去っていた。この部屋はコレクション置き場らしく、様々な調度品や彫り物などが床に落とされて、いくつかある瀬戸物も全部粉々に割れ、更に天上の蛍光灯も残らず割れてガラス片が床に散乱していた。
「うわぁ、散らかっていますね」
「かなり強力な悪霊がいるみたいですね」
「幽霊はどうやってこんなに散らかすんですか?」
那々が素っ頓狂な質問をしても、マリエットは静かに答える。
「それは、念力のような力を使うこともあれば、物理的に行う霊もいますよ」
「物理的って言うと、幽霊がちゃぶ台返しとかしちゃうんですね! 想像するとシュールです!」
「確かにそうかも…」
クーちゃんがマリエットの頭から離れて、棚の上に置いてある大き目の石の周りを飛んでしきりに囀り始めた。
「あれが元凶みたいですね。悪霊はここを中心として活動をしています。ここに罠を張っておけば、捕えることが出来ます」
マリエットはカードを一枚出して床に置いた。
「更にもう一枚、これはデビルのカードです。このカードから発する暗い気配が悪霊を引き付けます」
「餌まであるんですね」
『餌じゃないよ…』
それからマリエットは六芒星の書いてあるカードを、二枚のタロットの周りに円形に配置した。
「これで準備完了です。サンの輝きがあると幽霊は近づけないので、罠にかかるまで廊下に出て待ちます」
「了解です! 果報は寝て待てですね!」
「寝たら駄目ですよ」
マリエットは廊下に出ると、その場にぺたんと座り込んで小さな水筒を出した。
「悪霊が捕まるまでお茶でも飲みましょう。一つしかないので順番に回し飲みです」
「なんか幽霊退治って、ピクニックみたいで楽しいですね!」
「それはだいぶ間違ってます」
『アホー』
クーちゃんがカラスの真似をした。それから二人でお茶を飲んでいると、下から人が上ってくる気配がした。恐る恐る依頼主の男性が姿を現す。お茶を交互に飲んでいる那々とマリエットを見て、彼は唖然とした。
「…しばらく出てこないので様子を見にきたら、貴方達は何をやっているんだ!」
「お茶を飲んでます」
「それは見ればわかりますよ!」
「果報は寝て待てですよ!」
「意味が分からない!?」
依頼主はマリエットと那々に立て続けに突っ込んで、肩で息をした。依頼主がさらに文句を並べようとしたとき、隣の部屋から大きな物音が聞こえてきた。何か大型の生き物が暴れているようだった。
「捕まりました」
マリエットは言って、目の前の部屋のドアを開けると、部屋は中央に現れている光の十字架によって煌々と照らされていた。更にその十字架には、幾重にも棘が巻きついていた。依頼主は状況が理解できずにいた。
「あれは何だ?」
マリエットは黙って六芒星の描かれているカードを人差し指と中指の間に挟むと言った。
「悪霊よ、その姿を現せ」
マリエットの手にあるカードの六芒星が輝く。すると、先ほど床に配置されたカードの六芒星も同じ様に輝いた。そして、円形に配置されたカードとカードの間が次々と光の線で結ばれ、あっという間に床に六芒星の円陣を描いた。
円陣の中心に立つ光の十字架に、逆さに吊るされた姿が現れる。その者の下半身は擦り切れたズボンを着て、上半身は裸、腕は四本有り、余分な二本は胸や背中など異様な場所から突き出ていた。そして、首が分かれていて頭が二つ有り、片方はほぼ白骨化していて右目だけがぎょろつき、もう一方の頭は半分溶け落ちて下を突き出し、右目が飛び出して垂れ下がっていた。全身もところどころ腐り落ちていて、肋骨や内臓が露出している。光の十字架に逆さに吊るされて棘で縛られたその醜悪な怨霊は、それぞれの口から背筋の寒くなるような異様な声を上げながら、二つの頭を振り乱していた。
「ひいいいぃぃっ!!?」
怨霊を見た依頼主は、心臓が飛び出すくらいの悲鳴をあげ、走るくらいの早さで後退り、部屋の廊下に飛び出して壁に背中を打ち付けると、腰が砕けて座り込んだ。
「な、なな、なぁ、なんだ、それはっ!!?」
「複合霊です。同じ様な怨念を持った幽霊同士が合体してしまったのですね。二体分だから霊障が強かったんです」
「二対合体なんて、幽霊もやりますね!」
那々の発言を流して、マリエットは事も無げに言った。
「言うのを忘れていましたけど、見ない方がいいですよ」
「見てから言わないでくれーっ!!!」
「そんなに怖がることありませんよ。だって、目に見えなかっただけで、ずっとこの変質者、じゃなくて幽霊と一緒に生活していたんですから!」
「い、いやあーーーーーっ!!!」
依頼主は那々の一言でショックのあまり気絶してしまった。
「……那々さんが変なフォロー入れるからですよ」
「あれ~?」
「とにかく除霊です。この悪霊には、ジャッジメントのカードを使います」
マリエットは女の子の裁定者が描かれたカードをホルダーから取り出した。
「ジャッジメントは罪の重い者ほど重い罰を科します。つまり、強い怨念を持った霊ほどダメージを受けます」
クーちゃんが頭から離れると、マリエットは跳躍して、着地と同時にジャッジメントのカードを結界の上に重ねた。
「ジャッジメントの聖なる輝きが、悪霊を滅ぼします」
六芒星の円陣の中に筒状に白い光が満ちる。すると悪霊が二つの頭をのたうって異様な苦悶の悲鳴をあげた。獣が低く吠えるような声と、妙に甲高い男の声が入り混じり、強烈な断末魔に打たれて周りの家具が小刻みに揺れ、那々は耳を塞いだ。
徐々に悪霊の姿が消えていくと、同時に叫び声もなくなって、辺りはしんと静まり返った。
「除霊、完了です」
「マリーちゃん、かっこいい!」
その時、棚の上に積んであったダンボールの一つが落下した。それは見事に那々の頭に命中する。
「あうっ!?」
那々が倒れると、ダンボールが次々と落下して、埃が舞い上がった。那々は頭にたんこぶを作り、何だかよく分からないガラクタが入った段ボール箱に埋もれていた。その情けない姿を見てマリエットは静かに言った。
「占い、当たりましたね」
「うう、霊験あらたかですね……」
先ほどのマリエットの占いが、見事に的中したのだった。
依頼主が目を覚ました時、目の前で那々とマリエットが覗き込んでいた。
「気が付きましたね」
「ああ!? あの化け物は!?」
「ご安心下さい。既に除霊済みですよ」
「もういないのかい?」
「はい」
「しかし、なんだってあんな化け物が……」
「悪霊が現れた原因はこれです」
マリエットは棚の上にあった河原の石を見せた。
「それは、川にいったときに拾ってきた石だよ。変わった形をしていたので、気になったんだ」
「これは積善供養の石積みが流れてきたものだと思われます。霊は意外とこういった物にも宿るので、むやみに変なものを拾ってきてはいけません」
マリエットが石を裏返すと、依頼主はぎょっとした。そこには二つの人間らしき顔のようなものが浮かんでいた。石を拾ってきた時には、そんなものがあった記憶はなかった。
「もう霊は宿っていませんけど、一応こちらで預かりますね」
「あ、ああ、お願いします」
「それで、今回の件についてですが、除霊を一度失敗していますので、三割引とさせて頂きます。それと、除霊が遅れたせいで物理的な損害と、依頼者様に精神的な苦痛を与えてしまったので、更に三割引いたします。あわせて六割引になりますので、二十万円の請求書を送らせて頂きます」
「は、はい、分かりました」
「あと、無いとは思いますけど、万が一また霊障が起った場合はご連絡下さい。すぐに対処いたします」
「それはどうも…」
マリエットは一気に用件を言うと、一礼して那々と一緒に家を出た。外はすっかり暗くなり、街灯の白い光が団地の路地を照らしていた。
「わたしもマリーちゃんみたいに、あんな技が使えたらいいのにな~」
「わたしのは洋式ですから、那々さんには向かないと思います。那々さんに適した霊術を探していくといいですよ」
「マリーちゃん、那々でいいよ。わたしたち友達なんだから、さん付けなんて変だよ」
「……本当に、わたしとお友達になってくれるんですか?」
「もう会ったときからお友達だよ。わたし、マリーちゃんの事が、とっても好きになったから」
那々が言うと、今までずっと無表情だったマリエットが、無垢な天使を思わせるような笑顔を浮かべた。
「ありがとう、那々」
この瞬間に、那々はマリエットにとって、たった一人心を通わせることの出来る親友となった。
タロットマスター・・・終わり