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第一話 那々来(きた)る!

 天野神那々(あまのがみなな)は巫女見習いをしている以外は、何の変哲もない少女だった。容姿は端麗で、長い黒髪にカチューシャを付けて、整った顔立ちの中に大き目の黒い瞳が輝き、日本人形さながらといった雰囲気をもっていた。正確は明るく和やかで、男子生徒からは人気がある。ただ、彼女にはそれらを払拭してしまうほどの大きな欠点があった。


その日、学校帰りにスカウトされた那々は、そのまま二葉杷月(ふたばはづき)の会社の事務所まで連れていかれた。

杷月は眼鏡をかけた知的美人で、長い黒髪を背中に流し、眼鏡の奥にある深みのある緑の瞳はグリーンガーネットのように美しく輝いていた。全体的にはOL風のスーツ姿で、白のTシャツの上に深みのある緑の上着、タイトなスカートも上着と同じ色で揃えていた。見た目通りの知性を持ち、二十二歳の若さで会社を経営している。

会社の事務所はマンションの一室を使っていて、入り口の扉には大きく『妖命社(ようめいしゃ)』と書いてあった。

「さっきも説明したけど、うちは悪霊妖怪の類を専門に退治する会社よ。他の子たちも来てると思うから、紹介するわね」

「はい!」

 元気よく返事をする那々だが、何で自分がここに連れて来られたのか、よく分かっていなかった。時給1500円のバイトという話に釣られて来ただけと言って良い。

 事務所の中に入ると、まず那々の目についたのが、パソコンの液晶画面に向かっていたブロンドショートカットの小柄な少女だった。その頭の上には鮮やかな緑のインコが乗っていて、可愛らしく(さえず)っていた。これが那々の心をがっちり捉えた。

「可愛い!? これはまずいですよ! 反則的な可愛さです! 頭の上のインコがにくいですね!」

 金髪少女が騒がしい那々の方を見た。顔立ちだけではなく服装も可愛らしく、若草色の短めなシルクのスカートに、同じ色の半そでのワンピースを着ていて、どことなく気品が漂う。彼女のペリドットグリーンの大きな瞳できょとんと見る様が、那々を更にときめかせた。

「お人形さんみたいな女の子だ、超可愛いっ!!」

「ちょっとあなた、大丈夫?」

 杷月は那々があっちの方の人かと心配になって言う。

「すみません、あんまり可愛いんで、びっくりしちゃいました」

 那々は少女に近づいて手を差し出す。

「天野神那々と言います。今日からこの会社で働く事になりました。よろしくお願いしますね」

 少女は那々と握手はしたものの、ずっと黙っていた。

「……」

「あの~」

『マリエット・シースだ。よろしくな!』

 と言ったのは少女の頭の上に止まるインコだった。那々はいきなりインコが喋ったので目を丸くした。

「この鳥さんはマリエット・シースって言うんですか、立派な名前ですね」

「違う違う、マリエットは飼い主の方よ。こら、マリエット、無口にも程があるわよ、ちゃんと自己紹介しなさい」

「…はい」

 マリエットは頭のインコを手で包み込んで那々に見せると言った。

「クーちゃんです」

「あべこべになってるわよ! 分かり辛いでしょ!」

 杷月がいらついても、マリエットは気にする様子もなく言った。

「わたしがマリエット・シースです。よろしくお願いします」

「天野神さんと同じ年だから、仲良くしてあげてね」

 ようやく一人目の自己紹介が終わった。この事務所にはもう一人少女がいた。

「おお、早々にスカウトしてきたね」

 事務所の奥の椅子に座っている朱色の髪をツインテールした活発そうな少女が言う。彼女は那々とまったく同じセーラー服を着ているが、スカーフの色とスカートの長さが違っていた。那々はスカートが長めでスカーフは黒だが、ツインテール少女のスカートはミニで、スカーフの色はオレンジだ。彼女の前の机には、大小の銃と思しきものが置いてあり、手にもそれらしいものを持って磨いていた。

「わたしは五樹霞(いつきかすみ)、よろしくね。あなたと同じ学校に通っているわ、一学年上よ」

「先輩さんなんですね! 那々です、よろしくお願いします!」

 那々は頭を下げた後、霞が持っているものをまじまじと見つめて言った。

「エアガンですか? サバイバルゲームが趣味なんですか?」

「いや、これはエアガンじゃなくて、対霊用の銃だよ」

「たいれい?」

 さらに那々は考える。やがて彼女は難問を解いたように表情を輝かせた。

「わかった! 仁侠映画のファンなんですね! 銃を磨くと同時に、男気も磨くという!」

「何でこの美少女が男気なんか磨くのよ!? それに、たった今対霊用の銃だって言ったじゃないの!」

「あれ、違うんですか?」

「違うに決まってるでしょーっ!」

「まあ、おふざけはそれくらいにして…」

 杷月が苦笑いして言う。何だか雲行きが怪しくなってきた。

「ともあれ、これだれの霊力を持っている子には初めて出会ったわ」

「学校のどこにいても、あんたの居場所が正確に分かるくらいだもんね。相当なもんだよ、これは」

「へ~」

 杷月と霞の話に、那々は微妙な反応をする。二人共何だか嫌な予感がしてくる。

「へ~って、あんたの事だよ」

「そうだったんですか? わたしって、霊力っていうのがそんなに凄いんですか?」

 これを聞いた杷月と霞の衝撃は筆舌に尽くしがたいものがあった。二人共おもわず暫し黙ってしまった。

「…それだけ神がかった霊力を持ってて今まで気付いてないって、有り得ないでしょ!!?」

「天野神さん、あんまりふざけてはいけないわ」

 那々はまったく分かってないという顔をしていた。それで二人は確信した。

「ちょっと、まじだよこの子!」

「…ま、まあ、除霊出来れば何の問題もないわ。天野神さんはどんな術が得意なの?」

「えっと、お祈りが出来ます!」

「祈祷ね。これだけの霊力を持っていれば、型通りの祈祷だけでもかなり効果があるはずよ。まずは一仕事やってもらいましょう」

 杷月がパソコンに向かってなにやらやっている間、那々はマリエットと一緒に紅茶を飲んでいた。

「この紅茶美味しいです!」

「初摘みアールグレイ」

「マリーちゃんは紅茶が好きなの?」

『好きだ!』

 インコのクーちゃんが那々に向かって言った。その後も那々はクーちゃんにクッキーを食べさせたりして、楽しい時を過ごす。

「占いしてあげる」

「占い?」

「出たな、マリーの一発必中タロット占い。これは結構怖いんだよ」

 霞が言うと、那々は首を傾げた。

「まあ、マリーが自分から占いするって事は、あんたの事が気に入ったんだよ」

マリエットはタロットカードを出すと、シャッフルして一番上のカードをめくって那々に見せる。

「…なんか、怖いですよ、そのカード」

「うあ、デビルかよ…」

「今日一日、貴方はろくなことがないでしょう」

『ご愁傷様!』

「うっ」

 マリエットとクーちゃんの連続コンボに那々は怯むが、すぐに開き直った。

「わたし、悪い占いは信じない事にしてるんです!」

「ところがどっこい、マリーの占いは必中だから逃れられないんだな~」

「変な冗談は止めて下さい」

「冗談じゃないよ! わたしだって何度も経験してるんだからね!」

「うう、そんな、お近づきの占いがデビルって……」

「マリーを恨んじゃだめだよ。あんたの運が悪いだけなんだから」

「はうぅ…」

 そんな会話をしているうちに、杷月が書類をまとめて言った。

「さ、天野神さん。この住所のところまでいって除霊してきて。結構強力な怨霊だけど、一人で大丈夫かしら?」

「はい、任せて下さい!」

「なら、除霊が終わったら、この書類に雇い主のサインをもらうのよ」

「はい、了解です!」

 那々は入り口のところで一旦振り向くと、額に手を当てて敬礼してから出て行った。

「…あの子、大丈夫なのか?」

「幾らなんでも、あれだけの霊力をもっているんだから、除霊の一つくらいは出来るでしょう」

「そうかな?」

 会話には滅多に口を挟まないマリエットが言うので、杷月はとても心配になってきた。


 那々は一旦家に帰って紅い行燈袴と白衣に着替えてから目的地に向かった。那々が目的の家に着くとすぐに、雇い主が泣きついてきた。白いTシャツを着た若い男性で、その怯えようは普通ではない。

「もう次々と変なことばかり起るんです。お願いですから、早く何とかして下さい!」

 那々が案内されて居間に入ると、物が散乱していた。箪笥が傾いていたり、テレビが床に落ちていたりと、かなり大きなものまで動かされた形跡があった。

「あれ? この辺りだけ大地震が起ったのかな?」

「そうじゃありません! 勝手に物が動くんです!」

「物が勝手に!? もしかして、超能力ですか!?」

「ち、違いますよ、貴方は何を言ってるんですか!!?」

「先祖代々超能力を有する家系なのかと思いました」

――なんだこの子は、大丈夫なのか…?

 雇い主の心配を他所に、那々は少し開いているドアの向こうをじっと見つめだした。

「あの、何か見えるんですか?」

「ここには頭が二つある変質者が住んでいるんですね」

「住んでませんよそんな人!!? 早く除霊というのをやって下さい!!」

「わかりました!」

 那々は大幣(おおぬさ)を振り回して祈り始めた。何だかよく分からないことを呟いているが、雇い主に目には適当な事を言っているようにしか見えない。

「はーーーっ!!」

「おおお!?」

 あらゆるものを払拭するかと思うような那々の気合が居間の隅々まで響く。

「はい、終わりました」

「それで、幽霊はどうなりました?」

「金運の上るお祈りをしておきました」

「はい?」

「では、これにサインをお願いします!」

 有無を言わさず那々が書類を出すので、雇い主は勢いに押されて名前を書いてしまった。

「ありがとうございました!」

 那々は頭を深く下げてから家を出て行った。雇い主はあっけに取られて何も言えなかった。


 那々が巫女の姿のまま事務所に戻ると、杷月が電話応対をしていて、霞とマリエットは近くでそれを聞いていた。何だか妙な空気が流れているが、那々は気にもせずに事務所に入ってきた。

「本当に申し訳ありません。すぐに代わりの者を向かわせますので」

 杷月がそう言って電話を切ると、那々は溌剌として言った。

「ただいま帰りました」

「那々っ!!!」

 いきなり呼び捨てで怒鳴る杷月に、那々は体をびくつかせる。

「今クレームが来たわよ! ポルターガイストがまた始まったって!」

「ポルターガイスト!? わたし、変質者が沢山出てくる映画は嫌いです!」

「違う!! 除霊出来てないって言ってるの!」

「で、でもちゃんとお祈りしましたよ。書類だってほら、サインしてもらいました。お仕事は完璧に完了しています」

「除霊できてなかったら完璧な失敗よ! その上契約書にサインまで書かせたら、うちが詐欺罪で訴えられるじゃない!」

「那々さんは、除霊の意味が分かっていないんじゃないですか?」

 マリエットが言うと、杷月の顔が青ざめる。

「まさか…」

「那々、除霊って何?」

 霞が聞くと、那々は自信満々に答えた。

「お祈りする事ですよね!」

「じゃあ、そのお祈りって何なの?」

「それは、金運を上げたり合格祈願をしたり、わたし神社でよくやってるんです!」

「おいおい、本当に分かってないよ……」

 杷月は眩暈(めまい)がして近くの椅子に座り込む。

「そんな馬鹿な…それだけの霊力を持っていたら、悪霊の類に必ず狙われるはずよ。最低でも身を守るだけの対霊術が身につくものだけど…」

「杷月さんの言うとおりだ。この子はいったい何なんだ?」

「那々さん、幽霊って見えますか?」

 マリエットが聞くと、那々は首を振った。

「幽霊は一度も見た事ありませんよ」

「嘘だ! それだけ霊力が高ければ、絶対に見えてるはずだよ!」

「わたしもそう思います」

 マリエットは霞に同意した後に床を指差した。

「那々さん、あそこで横になっているおじさんは見えますか?」

 マリエットの指差した方に、小太りでシャツ一枚パンツ一丁の青白い顔をした親父が、口から血を流して倒れていた。親父はだらしのない笑みを浮かべつつマリエットの事を見つめていた。

「その変質者は、さっきからそこにいましたよ。一緒に住んでるんじゃないんですか?」

「あるかっ!! この乙女空間に、何であんな気味の悪い親父が住んでるのよ! 少しはおかしいと思いなさいよ!」

「さっきから那々さんは、幽霊を変質者と言っていますね」

「そう言えばそうね。何で変質者なの?」

 杷月が聞くと、那々は生き生きとして言った。

「小さい頃に、変質者に襲われました。全身血みどろで、お腹が裂けて内臓なんかも出ちゃったりしてて、それが地面を張ってわたしの足を掴んできたんです! それはもう恐ろしくって、どうしようかと思いました。でも、お母さんが追い払ってくれて、あれは変質者だから目を合わせちゃいけませんって言ったんです。だからそのおじさんも変質者です」

『な、なにーーーっ!!?』

 杷月と霞が同時に驚愕した。

「今の今までお母さんの言ったことを信じきっていたと言うの……」

「そんな馬鹿な!? 普通はどっかで幽霊だって気付くでしょ!!」

「教育の力はすごいですね」

『間違ってるだろ!』

 一人冷なマリエットに、インコのクーちゃんが突っ込んでいた。

那々の母親が変質者と言ったのは、まだ幼い娘を怖がらせないようにとの配慮に違いないが、那々は今までそれを信じていたのだ。

「…その後も何度も悪霊に襲われたでしょう」

 那々は杷月に大きく頷く。

「その後も首がなかったり、血だらけだったり、ものすごい怖い顔していたり、色んな変質者が襲い掛かってきましたけど、その度にお母さんが守ってくれて、変質者を殴ったり踏んだり蹴ったり、それはもう、わたしがもう止めてと叫ぶくらい酷い目に合わせていました」

「悪霊の方が可愛そうだな…」

 苦笑いしながら霞が漏らす。那々は更に言った。

「でも、中学生くらいになると、変質者は襲ってこなくなりました。あ、でも、たまに夜の公園を歩いていると、襲ってくる人がいました。必死に逃げましたよ!」

「それは本物の変質者だ!!」

 霞が声を上げても、那々には何だかよく分からない。彼女にとっては幽霊も変質者も同じものなのだ。

「信じられない、神懸った天然ボケだよ……」

「……そんな人たちが見えて、那々は怖くなかったの?」

「最初は怖かったですけど、すぐに慣れました」

 と那々は事も無げに杷月に答える。

「それに、元々この世界に住んでいる人たちを怖がるのもおかしいですよね!」

 その言葉に妖命社社員一同は絶句した。つまり那々は、物心ついた頃から幽霊が見えていたので、幽霊が見える世界が当たり前になっていたのだ。幽霊も人間と同様に、この世の住人と思い込んでいたのである。それは幽霊を変質者と呼んでいた事に如実に現れている。首がなかったり、血だらけだったりする人間なんているか、という突っ込みを忘却するほどに、杷月たちの衝撃は大きかった。クーちゃんのあどけない囀りだけが、しばらく社内に響いていた。


那々来る!・・・終わり



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