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群れのひとり

作者: 伯耆金
掲載日:2026/06/10

いつかの正月の休みに東京へ出た。


めったにない機会なので、前から楽しみにしていた展覧会へ足を運んだ。会場へ着く前から人は多かったが、正月だからこんなものだろうと思っていた。


ところが展示室へ入ると、まず見えたのは作品ではなく人の頭であった。


額の前には背中が幾重にも並んでいた。その間から作品を見ようとすると、今度は高く掲げられたスマートフォンの画面が光る。作品は人の肩と肩のあいだから覗き、人の手の先でまた隠れる。説明文を読もうとしても人影がかかる。作品を見るために来たはずなのに、人を見ている時間のほうが長いような気がした。


遠くから来たのだから、もう少し落ち着いて見たかった。そんな思いが胸のうちに溜まった。


そんなことを思いながら、ふと以前訪れた別の展覧会が思い出された。


そこはもっと静かな会場であった。人はそれほど多くなく、それぞれが好きな場所で足を止めていた。話し声もほとんどなく、作品の前にはゆるやかな時間が流れていた。


その中に一人の若い学生らしい人がいた。


大きな作品の前に立ち、何かを書きつけている。模写だったのか、メモだったのかは分からない。ただ、何度も作品に目を向けては手元に視線を落とし、また作品を見る。その姿だけは不思議とよく覚えている。


その人は作品を急いで見ていなかった。


一枚の絵の前に長く立ち、自分の目で確かめるように見続けていた。あのとき私は、それこそが作品を見るということなのだろうと思った。


人波に揉まれながら、その後ろ姿を思い出していた。


しかし考えてみれば、この日の会場にいる人たちもまた、それぞれの仕方で作品を見ようとしていたのである。私の視界を遮る背中も、その人にとっては作品へ向けられた背中であった。


人が多い、多いと思っていた。


けれど帰り道になって、その人の群れの中には自分も含まれていたことに気づいた。


作品の前に立つ一つの背中として、私もまたそこにいたのである。


あの日見え隠れしていたのは作品だけではなかった。人の多さの向こうに、自分自身の姿も隠れていた。

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