第4話 胃袋は嘘をつかない
「ここからが話の要になる。領主殿、最近ウエルシアの森に異変はないかえ?」
アレックスは沈黙した。
「魔物、怪物の類が増えておるはずじゃ。しかも、落ちてくる回数も尋常ではない」
「……まさか、それが関係すると?」
クリスティナが静かに頷いた。
「それが忍と何の関係が?」
「異世界から出現するものは、平安をもたらすか、混乱を招くか。殊に“人の子”はその傾向が顕著じゃ。最悪は戦乱、滅亡……」
「おばば様、貴女様は、忍が災いになると言うのか」
アレックスの声が低く落ちた。
部屋に冷たい重圧が満ち、壁際のビンセントは眉間に皺を寄せて耐えている。
だがクリスティナだけは平然とし、口元に愉快そうな笑みを浮かべた。
「ひゃひゃひゃっ。長生きはするものじゃな。どのような時も冷静沈着な領主殿が、これほど取り乱すとは。良いものを見せてもらったわ」
「おばば様!」
「まあまあ、話は最後まで聞くものじゃよ。その物騒な圧も抑えぬか」
「……失礼を」
アレックスは忍を庇うように抱き寄せた。
クリスティナは忍を見つめ、静かに言った。
「忍といったか。そなたは“呼ばれた”のかもしれぬ、この世界にな」
「どういうこと?」
「負の力があれば、正の力もある。救うために、そなたの存在が必要だったのかもしれんということじゃ」
(救うって言われても……この幼児体型で何を救えと?この体型で救えることって……ショタ界のアイドルとか絶対イヤなんだけど!)
忍の思考は変な方向へ飛んでいった。
半ズボンに白シャツ、可愛らしい水平の帽子を被った自分が、集まったおっさん達に手を振っている姿を想像する。
忍は眩暈を覚えた。
「何を想像しておる」
クリスティナはくすりと笑い、続けた。
「さて、まずは“供給”の話じゃ。領主殿、異世界から来たこの子の魔力は、我らとは質が違う。ゆえに、魔力の譲渡ができる者は限られておる」
アレックスが眉を寄せた。
「限られた者とは?」
「左右に座す者、守護する者、同じ星の者。その三つに該当する者だけが、魔力を渡せるのじゃ」
アレックスが息を呑んだ。
「貴方様が譲渡できたのは……」
「そういうことじゃて」
クリスティナは諦観と慈愛の入り混じった笑みを浮かべた。
アレックスは驚愕し、言葉を失う。
クリスティナは忍に懐かしげな視線を向けた。
「忍、そなたはどこの国から来た? ジパングか? 清か?」
「ジパングって言った?……もしかして、おばあちゃんは?」
「そう、忍と同じじゃよ。ああ、生きておるうちに同郷の者に会えるとは……ところで、我らが偉大なるクィーン、ヴィクトリア女王陛下はご健勝か?陛下は東インド会社から献上されたお茶を殊のほか好まれておったが、今も変わらぬかえ?」
「ええーっと……ヴィクトリア女王って?」
「まさか、忍は大英帝国の女王陛下を知らぬのか?」
「ちょっと待って。それって何年?僕は2007年生まれで、つい最近エリザベス女王が亡くなって、今は息子のチャールズが国王なんだけど?」
「なんと! 忍、お前様は150年以上も未来から呼ばれたのか……!」
クリスティナと忍は同時に目を丸くした。
「1856年は遠くなったものじゃなぁ……」
「1856……いや誤算、1853年にペリーさん……ペリー来航の3年後!?江戸後期じゃん!!」
アレックスが口を挟む。
「クリスティナ様、忍は貴女様と同じ異界から来たのでは?」
「同じ異界じゃが、ちと年代が違っておったわ」
「150年は“ちょっと違った”じゃ済まないと思うけど……」
「この年になると時間の感覚が可怪しくなるものでな」
忍は(いや、そういう問題じゃないと思う)と心の中で突っ込んだ。
アレックスが姿勢を正した。
「クリスティナ様、話の途中で恐縮ですが、魔力譲渡について詳しく」
「そうじゃったな。魔力の……」
クリスティナが言いかけた、そのときだった。
ググーッ。
静まり返った室内に、不釣り合いな音が響く。
忍ははっとしてお腹を押さえた。
頬が一気に熱くなる。
――やばい、空気読め、俺の腹。
アレックスは一瞬きょとんとした後、忍を見下ろし、わずかに肩の力を抜いた。
「……昨日から、ろくに食べていなかったな」
「ククク……よい、よい」
クリスティナが喉を鳴らして笑う。
「世界の行く末を語るにも、腹が減っては話にならぬ。まずは生きねば、救うも救わぬもないからの」
そう言って、忍に優しい視線を向けた。
「忍。ここでは“食うこと”も、立派な力になる。それを、まず覚えておくがよい」
忍は首を傾げながらも、小さく頷いた。
「……じゃあ、朝ごはん?」
「そうじゃ。話の続きは、そのあとじゃな」
ここからじわじわと飯テロ無双が入ってきます。




