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第2話 守護者、光の森で迷い人を拾う

 黎明の空に、突如として光のカーテンが揺らめいた。

 美しいグラデーションを描きながら、ウエルシアの森の上に静かに降りてくる。

 森閑とした明け方。

 アレックス・コンウォールは窓辺からその光景を醒めた目で見つめていた。

 古くから、ウエルシアの森にオーロラがかかると異世界から“何か”が現れるとされている。

 それは宝とも、災厄とも限らない。

 ときには国を脅かす魔獣が現れ、王都を危険に晒すこともあった。

 代々コンウォール侯爵家は、その“異界の干渉”から国を守る役目を担ってきた。


「……陽が昇る頃には、出現しているはずだ」


 背後には、長年仕えてきた家令ビンセントが控えている。

 その表情はいつになく緊張していた。


「兵たちの準備は」


「すでに整えております」


 アレックスは愛剣を手に取り、踵を返した。

 夜明け前の城内は松明と篝火に照らされ、武具を身につけた兵士たちが緊張の面持ちで持ち場に就いている。

 その中から、一際体格の良い兵士が駆け寄った。指揮官だ。


「アレックス様、伴をつけます」


「いや、まずは私ひとりで行く」


「な、何をおっしゃいます!先日のことをお忘れですか!」


「だからこそだ」


 三ヶ月前のオーロラ。

 そのとき現れた怪物は、アレックスでさえ息を呑むほどの異形だった。

 巨大な尾の一振りで兵士が何人も吹き飛ばされ、

 左右からの攻撃にも怯まず、

 魔力も兵力も削られ、

 三分の一の犠牲を払ってようやく倒した。

 あの光景は、今も脳裏に焼き付いている。


「状況を確認したら合図を出す。出撃の準備だけしておけ」


「将自ら斥候など……!」


「なら、今ここで経験してもらう」


 言い捨て、アレックスは森へ向かった。





 鬱蒼と木々が繁る森の上に、朝日が差し込む頃。

 アレックスは、あのときと同じ“気配”を感じ取った。


(……人か、魔か)


 木陰を利用し、気配の中心へと近づく。

 そして――目に入ったのは、倒木に腰掛ける小さな子供だった。

 艶やかな黒髪。

 見慣れない服。

 途方に暮れたように眉を寄せている。


(……子供? なぜこんな場所に)


 いや、違う。

 この場所は、三ヶ月前に怪物を倒した地点だ。


(まさか……この子供が“出現したもの”か?)


 アレックスはわざと音を立てて近づいた。


「迷子か? それとも親に置いていかれたのか?」


 子供はびくりと肩を揺らし、こちらを振り向いた。

 黒い瞳。

 薄桜色の頬。

 小さな口元。

 幼いのに、どこか清廉で、妙に目を引く。


(……成長したら、周囲が放っておかないだろうな)


 そんな考えがよぎり、アレックスは自分に驚いた。


「怪しい者ではない。この先に住んでいるアレックス・コンウォールという者だ。どこから来た?」


 領主名を名乗れば、普通の民なら安心する。

 だが、この子供は首を傾げて呟いた。


「定義で言えば迷子なのかな?いや、迷子じゃないよな……多分」


 高めの声が耳に心地よい。


「なら置き去りか。子供を置き去りにするとは、なんという親だ」


「子供……子供という年じゃないです」


(……子供ではない?)


 どう見ても八歳前後にしか見えない。


「いくつだ、坊や」


「先月で十七。それに坊やじゃなくて、有川忍といいます」


「十七!? 十歳の間違いではなく?」


 忍がむっと目を眇めたので、アレックスは慌てて言い直した。


「悪かった、忍。で、なぜここに?」


 忍はトンネルで起きたことを説明し始めた。

 その様子は、どう見ても子供そのものだ。


(……この国では十五で成人だが……これは……)


 警戒心のなさと、素直すぎる態度。

 アレックスには珍しく、胸の奥に“庇護欲”が湧いた。


「そのトンネルとかいうものを抜けたら、この森にいたと」


 忍が頷く。

 ここで真実を告げるのは酷だと判断し、アレックスは声を柔らかくした。


「その話は、家で落ち着いてした方がいい。忍、とりあえず我が家に来ないか?」


 怯えさせないよう、幼子に話しかけるように。

 すると忍は――


「お邪魔します」


 と、あっさり返事をした。


(……警戒心がなさすぎる。大切に育てられたのだろうか)

 放

 っておけない気持ちが、さらに強くなる。


「……歩けるか?」


「歩けますけど」


 言葉とは裏腹に、足取りは覚束ない。

 ため息を一つ吐き、アレックスは忍を抱き上げた。


「えっ」


「文句は後だ。落とす気はない」


「いや、そうじゃなくて、抱っこはちょっと……」


 耳まで赤くする忍を無視し、森を進む。

 腕の中の体は軽く、驚くほど小さかった。


(17、ね……)


 守るべき存在だと、本能が告げていた。

 尖った口元が可愛らしく、アレックスは思わず口元を緩めた。


(……なんだ、この感覚は)


 森を抜け、城へ戻る。

 兵士たちは驚愕し、執事ビンセントでさえ一瞬だけ目を見開いた。

 忍の身体が強張ったのを感じ、アレックスはそっと抱き直した。

 応接間に忍を座らせ、お茶と菓子が供した。

 忍は遠慮なく手を伸ばした。


(……よほど空腹だったのか)


 頃合いを見て、アレックスは世界のことを説明した。

 忍は大人しく聞いていたが、次第に混乱していく。

 お茶を飲んで気を落ち着かせた忍が、震える声で言った。


「つまり、僕は異世界に飛ばされた……と」


「ああ」


「帰れますよね……?」


「……元の世界に戻った者の話は、聞いたことがない」


 忍の瞳が揺れ、次の瞬間――


「森の木陰でどんじゃらホイ……」


 意味不明な呟きを残し、がくりと倒れた。


「忍!?」


 アレックスは慌てて抱きとめた。

 腕の中の忍は、眠るように幼く見えた。

(……この子を、放すわけにはいかない)


「ビンセント、部屋の用意を。客間ではなく、専用のものを」


「専用……でございますか」


「私の側に置く」


 ビンセントは驚きを隠しきれなかった。

 アレックスは、忍を抱きしめたまま離さなかった。

 忍の寝息は小さく、規則正しい。

 腕の中の温もりを確かめるように、無意識に力がこもる。


(……過剰だな)


 そう思いながらも、腕を緩める気にはなれなかった。


 ――この異界の厄介な贈り物を、手放す気はない。


 そのとき、忍が小さく寝言を呟いた。


「……十七にもなって……抱っこ……屈辱……

 いつか……ムキムキになって……今度は僕が……」


 アレックスは、思わず口元を緩めた。


「……そうか」


 胸の奥に残った、得体の知れない熱と共に。

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