第10話 想定外の副作用? 縮んだ朝と近すぎる距離
その晩。
用意された寝室の前まで来たところで、忍の足取りが急にふらついた。
「……あ」
言葉になる前に、視界がぐらりと揺れる。
「忍!」
次の瞬間、身体がふわりと宙に浮いた。
アレックスが反射的に抱き上げていた。
「ご、ごめんなさい……自分で……」
言いかけた声は、思った以上に幼く、力がない。
「無理をするな」
低く、即断だった。
忍は反論しようとしたが、頭がぼんやりして、瞼が重い。
大きな腕に抱えられ、胸元に顔が触れる。
温かい。安定している。
(……あ、これ、ダメなやつだ)
そう思った時には、もう意識が沈みかけていた。
アレックスは腕の中で身じろぎをする忍に気づき、足を止める。
「……忍……?」
うつらうつらとする忍。
下ろすという選択肢はなかった。
壊れ物を扱うように、慎重に寝室へと運ぶ。
ベッドに忍の体を横たえた。
「忍……。怖いなら手を繋ぐだけでもいいが……」
「……う……ん……」
返事もままならず、忍はそのまま眠りに落ちた。
アレックスがふと隣の気配が小さくなったことに気づき、
布団をめくると――
そこには、
10歳児どころか、さらに縮んで5~6歳児ほどの幼児になった忍が、
アレックスのパジャマの中に埋もれるようにして眠っていた。
「忍!? また縮んだのか……!」
あまりの小ささに、アレックスの理性が別の意味で悲鳴を上げる。
幼児化した忍は、無意識にアレックスの胸元に潜り込み、
「じいちゃん……お腹空いた……ラーメン食べたい……十七にもなって……抱っこ……屈辱……いつか……ムキムキになって……今度は僕が……」
とむにゃむにゃ呟きながら、小さな手がアレックスのシャツをぎゅっと握りしめた。
アレックスの心臓が跳ねる。
(……これは、守護者の使命だ。……不可抗力だ!)
自分に言い聞かせながら、壊れ物を扱うような手つきで、
小さな、小さすぎる忍を腕の中にしっかりと閉じ込めた。
その表情は、
“守護者としての責務”と
“どうしようもない愛しさ”が混ざり合っていた。
重厚なカーテンの隙間から、細い朝の光が差し込んでいた。
その柔らかな光が忍の頬をそっと照らし、まぶしさに目を細める。
「……ん……?」
ぼんやりとした意識の中で、
自分が“何か大きくて温かいもの”に抱き込まれていることに気づく。
(……あれ? なんか……近い……)
忍はゆっくり目を開けた。
そして――
自分がアレックスの胸の上で丸まっていることに気づき、
そして自分の手足の短さに気づき、
そしてアレックスの腕の中に完全に収まっていることに気づき――
「………………はぁっ!?」
寝室に、忍の悲鳴が響き渡った。
アレックスは、まるで宝物を抱くような優しい手つきのまま、静かに目を開けた。
「……おはよう、忍。今日の君は……とても軽いな」
その声音は穏やかだったが、
目元にはうっすらと隈が浮いていた。
(……寝てない?)
忍は、今さらながら気づいた。
この距離、普通じゃない。
胸の上。
腕の中。
密着度100%。
「……僕、ずっとこの状態でした?」
「……ああ」
「……離れようとしました?」
「……試みはした」
歯切れが悪い。
「結果は?」
「……君が服を掴んで離さなかった」
忍は無言で自分の手を見る。
しっかり。
がっちり。
命綱のように。
「……うわっ、すみません、ごめんなさい」
「いや。問題ない」
即答だった。
(え、問題ないの? 体型は幼児だけど、17歳の男子高校生が大人にしがみついて寝るの、問題では?)
即答すぎて、忍が逆に不安になる。
(はっ、子ども好きが昂じて、まさか父性愛が爆発しちゃったってヤツか?)
そのとき、ドアがノックされた。
「失礼いたします」
入ってきたのはビンセントだった。
そして、忍とアレックスの体勢を一目見て――一瞬、目を伏せた。
「……朝の身支度を」
「分かっている」
アレックスは淡々と答えながらも、腕を緩めない。
忍は、その様子を不思議そうに見上げた。
「忍様もお支度をいたしましょう」
とビンセントが声をかけた。
「いや、このままでいい」
(よくないから!)
だが、忍が何か言う前に、さらに別の声が割って入った。
「おや、まぁ……」
クリスティナだった。
半眼で、二人を見る。
「領主殿……」
「何だ」
「その距離は、守護対象というより――」
一瞬、間が空く。
「――抱き癖がついた赤子をあやしているかのようじゃな」
空気が止まった。
「……違う!」
アレックスは即座に否定した。
「そうかぇ?」
クリスティナがニヤニヤと含みのある笑みを浮かべる。
忍は、二人のやり取りをきょとんと見ていた。
「……あの」
「どうした、忍」
「僕、そんなに必死でした?」
「……必死だったな」
アレックスは視線を逸らしながら答えた。
「『じいちゃん……お腹空いた……』と」
「その記憶、即、忘れてください!」
忍は即座に叫んだ。
(どこまで食い意地が張ってんだよ……顔が熱い。たぶん、真っ赤だ)
クリスティナは小さく息を吐いた。
「……ふむ。やはりのう」
忍とアレックスが同時に振り向く。
「外側の魔力は安定したが、内側の“核”がまだ馴染んでおらん。強い感情――羞恥や不安があると、魔力が逆流して幼児化が進むこともあるんじゃ」
「羞恥って……昨日のあれ!?」
「ひゃひゃ、あれだけ真っ赤になっておったからのう。魔力がびっくりして縮んだのじゃろうて」
アレックスの目がギラリと光る。
「……つまり、もっと落ち着かせて、密着すれば良いのだな」
アレックスが小声でつぶやく。
(いやいやいや、なんでそうなるの!? 絶対違うでしょ!)
それを漏れ聞いた忍が内心でツッコんだ。
忍は一瞬だけ身じろぎし――。
「……あったかいですね」
ぽつりと呟いた。
その一言に、アレックスの手が止まる。
(……忍……)
守護だ。使命だ。不可抗力だ。
そう、何度も自分に言い聞かせながら。
「……朝食にしよう」
「はい!」
忍は、にこっと笑った。
その笑顔を見て、アレックスは胸の奥が、ほんの少しだけ騒ぐのを感じた。
だが、それが何なのか――
まだ、名前を付けるつもりはなかった。




