第7話
年末の街は、人が多い。
多すぎて、逆に何も見えない。
歩道の端に、規制線が張られている。
赤と白。雑に結ばれている。
雑、というのは重要だ。
几帳面な事件は、だいたい嘘だ。
立ち止まる。
後ろから肩が当たる。
謝られる前に、相手はもういない。
俺は一歩、前に出る。
靴の裏が、少し濡れた。
朝、天気予報は見たはずだ。
警戒線の内側に、紙袋が落ちている。
中身は見えない。
見る必要もない。
「事件ですか」
女が言う。
声は軽い。意味は重そうだ。
「事件かどうかは、後で決まる」
俺はそう答える。
正解かどうかは、知らない。
紙袋の口が、少し開いている。
中は空だ。
空である、という情報だけが残る。
なるほど。
これは置き忘れだ。
理由は簡単だ。
袋の持ち手が、ねじれていない。
慌てて置いた形じゃない。
女は黙っている。
黙り方が、うまい。
「計画性はある。でも悪意は薄い」
俺は独り言みたいに言う。
女は、少し首を傾げる。
「それ、どこまで分かって言ってます?」
「全部だ」
本当は、半分も分かっていない。
警戒線の向こうで、警官が一人、咳をする。
タイミングがいい。
だから、事件性は下がる。
女のコートの裾が、風で揺れる。
汚れはない。
昨日、着た服じゃない。
なるほど。
今日は動く日だ。
「寒いですね」
女が言う。
天気の話にしては、遅い。
「ええ。だから長居はしない」
俺はそう返す。
長居する理由が、今はない。
規制線の結び目を見る。
結び直した形跡がある。
一度、ほどいている。
これは確認作業だ。
犯行じゃない。
筋は通る。
説明もつく。
女が、小さく笑う。
理由は聞かない。
「それで、どうするんです?」
「帰る」
正確には、戻る。
歩き出す。
さっき濡れた靴が、冷たい。
前より、少しだけ。
背後で、誰かが走る音。
振り返らない。
振り返るほど、若くない。
女も、ついてくる。
距離は、二歩分。
「深読みしすぎじゃないですか」
「してない」
「整理してるだけだ」
女は何も言わない。
それが一番、厄介だ。
規制線の外に出る。
街は、何事もなかった顔をしている。
俺は一度だけ、立ち止まる。
さっきの紙袋を見る。
もう、片付けられている。
前回のほうが、まだ分かりやすかった。
そう思う。
反省はしない。
「夕飯、どうします?」
女が言う。
事件の話は、終わりらしい。
「軽めがいい」
理由はない。
歩きながら、俺は考える。
今回の判断は、外れていない。
ただ、合ってもいない。
それで十分だ。
《これは、誰も生き残る必要のない話である。》
規制線は、まだ残っている。
たぶん、整理はできている。




