第2話
現場を離れると、街は普通だった。
年末だから騒がしい、
というほどでもない。
忙しいふりをしているだけだ。
人も、店も。
彼女は俺の少し後ろを歩く。
距離は一歩分。
詰めない。
離れない。
この距離は、偶然じゃない。
でも意味づけるほどでもない。
横断歩道で止まる。
信号は赤。
「刑事って、年末も忙しいんですね」
声は低い。
感情は、乗せていない。
「忙しいってほどでもない」
事実だ。
ただ、帰れないだけ。
信号が変わる。
同時に歩き出す。
歩幅が合う。
調整した覚えはない。
偶然だと思うことにする。
その方が楽だ。
コンビニの前で、彼女が立ち止まる。
入る気はなさそうだ。
「何か飲みます?」
聞き方が、上手い。
断っても、気まずくならない。
「いや」
理由は言わない。
喉は乾いている。
乾いているから、
飲まない。
店内から、甘い匂いが漏れてくる。
フライヤーの油。
胃が、微妙に反応する。
朝のコーヒーを思い出す。
「無理してます?」
彼女が言う。
優しさではない。
観測だ。
「してない」
短く返す。
否定としては弱い。
「そういう顔に見えました」
「分かってる顔をしてる? してないと進まないから」
彼女は、一瞬だけ目を細めた。
評価している。
たぶん。
違うかもしれない。
歩き出す。
また、距離は一歩。
雑踏の中で、
肩が一度だけ触れる。
謝らない。
彼女も言わない。
それで済む接触だった。
済ませた、の方が近い。
「私、疑われてます?」
直球だ。
でも速球じゃない。
「嫌疑はかかってる」
「外れる可能性は?」
「ある」
「高い?」
「低くはない」
嘘は言っていない。
でも全部でもない。
彼女は、納得した顔をする。
しているように見えるだけかもしれない。
「理由、聞かないんですか」
「理由は後づけでいい。現象だけ見れば足りる」
言ったあとで、
少しだけ後悔する。
説明しすぎた。
彼女は笑わない。
でも、空気が柔らぐ。
「変わってますね」
「よく言われる」
本当かどうかは、
どうでもいい。
駅が近づく。
人の流れが速くなる。
ここで別れるのが、
自然だ。
自然なことほど、
少し遅れる。
「今日は、ありがとうございました」
形式的だ。
でも、雑じゃない。
「まだ終わってない」
自分でも、
なぜそう言ったのか分からない。
彼女は一拍置いて、
うなずく。
「ですよね」
それだけだ。
背中を見送る。
振り返らない。
振り返らない人間ほど、
何かを隠している。
あるいは、
何も持っていない。
「正解かどうかは知らないけど、外れではないと思う」
誰にともなく言う。
駅の雑音に消える。
《これは、誰も生き残る必要のない話である。》
街は年末の顔をしている。
だから余計なことは考えない。
年末の空気は、
少しだけ湿っていた。




