第10話
年末の街は、もう片付けに入っている。
飾りは残っているのに、気持ちだけが先に帰省している感じだ。
俺はそれを、秩序の問題だと思っている。
正月はイベントじゃない。
作業だ。
朝。
コーヒーを買ったら、砂糖が二本入っていた。
頼んでいない。
返すほどでもない。
なるほど。
今日はそういう日か。
交差点で信号を待つ。
青になる前に、向こう側の人間が動き出す。
毎年同じだ。
学習しない。
俺は刑事だが、これを注意する権限は持っていない。
持っていたとしても、使わない。
正解かどうかは知らない。
外れではないと思う。
事件は、まだ終わっていない。
終わっていない、という言い方が正確かどうかも怪しい。
記録上は、すでに一区切りついている。
女は、今日も普通の顔をしている。
普通すぎて、少しだけ気になる。
「今日は寒いですね」
季節の確認。
彼女はよく、こういう無駄な確認をする。
「例年通りだ」
俺はそう答える。
嘘でも真実でもない。
歩きながら、屋台の前を通る。
焼きイカの匂いが強すぎる。
肺に残る。
理由は後づけでいい。
現象だけ見れば足りる。
女は、立ち止まって手袋を直している。
利き手じゃない方から直す。
癖だ。
俺は、その癖を三回見ている。
報告書には書いていない。
「何か、気になります?」
彼女が言う。
声は軽い。
「別に」
理解はした。
納得はしてない。
それだけ。
人混みの中で、肩がぶつかる。
俺じゃない。
女だ。
相手は謝らない。
年末だからだ。
女は一瞬だけ、相手の背中を見る。
追わない。
正しい判断だ。
俺のチートスキルは、こういう時に発動する。
人の動線が、線として見える。
交差する場所が、少しだけ濃くなる。
便利だが、役に立たない。
だいたい、事件はその前に決まっている。
コンビニに入る。
年末仕様のBGMが流れている。
落ち着かない。
女は温かい飲み物を選ぶ。
俺は常温だ。
「冷えますよ」
「慣れてる」
口数が少ないのは優しさじゃない。
面倒だっただけ。
レジで、ポイントカードを聞かれる。
持っている。
出さない。
前回も出さなかった。
外に出ると、風が強い。
紙袋が揺れる。
中身は無事だ。
事件の話をするべきか、一瞬考える。
考えただけで終わる。
説明すると長くなる。
しなくても結果は同じ。
女は、俺の横を歩いている。
距離は一定だ。
詰めても、離れてもいない。
判断は保留にする。
諦めるのとは違う。
遠くで、カウントダウンのリハーサルが始まっている。
数字が飛び飛びに聞こえる。
一回考えた。
十分だった。
今年は、良くはならない。
でも、悪化もしない気がする。
女が立ち止まる。
「来年も、会いますか」
質問の形をしているが、答えを求めていない。
「分かってる顔をしてる。
してないと進まないから」
彼女は少し笑う。
理由は分からない。
《これは、誰も生き残る必要のない話である。》
街はもう、次の年の準備をしている。
俺たちは、まだここにいる。




