第093話 『Re: Boy Meets Girl......s』②
このあたりについてはアドルもカインも妙に自己評価が低い。
クナドが取り返しのつく過去からのやりなおしを選択したのは自分たちとは関係なく、クナドが望んだ幸福な結末とその後というものが、平和になった世界で普通に暮らすことだったおかげだと思っているのだ。
確かにそれは間違ってはいないのだが、もしもクナドが「大事な連中とだけいられればいいや」と思ったとしても、勇者パーティーの他の3人と、クレアとシャルロットは含まれていただろう。どちらかといえばそんな大事な連中――勇者パーティーが望んだ幸福な結末が、魔王を討伐して平和な世界で暮らすことだとクナドは判断したに過ぎない。
だからこそクナドは新世界の創造ではなく、過去からやりなおすことを選択したのだ。
「だけどクナドが過去を再構築? したってことは、間違いなくスフィアのアレが、なにかとんでもないことをやらかしたってことだよね?」
「スフィア様の様子からも、それは間違いないと思います」
アドルの再提起を、クリスティアナが首肯する。
クナドがあえて語らなかった部分――ヴァレリア帝国が魔大陸ごと消し飛んで以降、クナドが世界中の生物から寿命を奪って過去を再構築するまで――を、この3人はほぼほぼ正確に想定できている。
神であろうがなんであろうが、クナドがスフィアの身体を好きにさせるはずがない。
だがさすがに、ある意味では本来あるべき姿になったともいえるスフィアという器に降りたナニカが、魔王すら瞬殺したとまでは想像もしていない。
それでもスフィアの身体を奪ったナニカとクナドが敵対することは間違いないし、たとえそれを倒せたとしてもスフィアは取り戻せないのだから、クナドがやりなおしを選択するしかなかったことには納得がいくのだ。
「クナドは嬉しそうに見えた」
「ものすごくスフィア様を優しい目で見ておられました」
だからこそカインもクリスティアナも、やりなおしに成功したクナドがスフィアを見てそうなるのは当然だと思うのだ。
普通ならあきらめるしかない状況を、自らが魔人(吸血鬼)に変じてまでも成し遂げてみせたのだ、スフィアがスフィアであることを確認出来ればさもありなんと思う。
「嬉しい、優しい……か。言われてみればなるほどそうかも。ちなみに僕には今まで見たことがないほど「どや顔」をしていたようにみえたよ、クナドは。スフィアに対してっていうよりも、どちらかといえば僕ら――主として僕に対してだったとは思うけど」
だがクナドと付き合いの長いアドルだけが、大筋では同じでありながらも自らが発した言葉どおり、ちょっと違ったニュアンスを感じ取っていたらしい。
「どやがお?」
「例によってクナド語だ。まあわかりやすく言うと自慢気な表情ってことだな」
初めて耳にした言葉にピンときていないクリスティアナに、カインが苦笑しつつ説明している。それを受けたクリスティアナがすぐさま納得顔を浮かべるあたり、仲間内では「クナド語」で通用するのだろう。
クナド語――それはこの中では一番頭がよく、神話から古典まですべての書物を諳んじ、それどころか現代の言語学者としても最も優れているカインですら知らない語彙のことを指す。またはそれらをなんの脈絡もなくクナドが口にすることに対して、仲間内でそう呼んでいるのだ。
ちなみにカインはこれから過ごすかつての王立学院の3年間で、この世界で最もクナド語に詳しい権威専門家となっている。
「どうして私たちに?」
確かに世界を一度壊して寸分たがわぬ過去に再構築するなどという神業をやってのけたのだ、どや顔とやらを浮かべてしまうのも当然なのかもしれない。だがそれはクリスティアナが知っているクナドらしくないと思うし、なぜ自分たち――それも主としてアドルに対してそれを向けるのかがどうしてもピンとこない。
「無意識だろうさ。スフィアがどう思っているのかは知らんが、クナドにとっては無意識に私たちに「どや顔」を向けてしまうほどのことがあったんだろうよ」
そのカインの言葉に、アドルが納得したように頷きを見せている。
それがなにかまではわからないまでも、男衆にはなぜかスフィアが原因で、クナドが主としてアドルに対して自慢げな表情を向けているのだとわかるらしい。
「だったら安心ですね」
――なるほど殿方同士の優越感争いといったところですか。
第一王女として幼少時から多くの男性に伴侶として求められる中で、あたかも戦利品の様に自分の態度、感情を扱われることも多かったスフィアはなんとなく理解した。
第一王女として、また1人の女の子として勇者を落とさねばならなくなって以降はそういう方面の勉強も抜かりなく進めたし、アドルを本当に好きになって以降は、男性が時に悪意なくそういった感情を持つことを無理なく「可愛い」と思えるようにさえなっている。
子供の身体に戻っているとはいえ、クリスティアナの中の人は20歳を超えた大人なのだ。いくつになってもある意味子供のままの男衆とは違い、子供っぽい行為を可愛いと笑って許せる寛容さを身に付けている。ただしそれは好きな相手限定ではあるのだが。
であればクナドのどや顔とやらは、スフィアに対して以前と変わらずどころか、より一層惚れている、あるいは執着しているからこそ浮かべたものであることは間違いない。
自分たちですら自罰的な感情に支配されてしまいそうなのだ、スフィアが自分を不甲斐ないと責めてしまうことは理解できる。その不甲斐なさがクナドを魔人にしてしまい、その上世界を一度滅ぼさせてしまったのだと知れば、それは様子もおかしくなるだろう。
だがそのクナド本人が幼馴染であるアドルに無意識にどや顔を向けてしまう程、嬉しいことがあったのであれば心配することはないと断言できる。
それにそうなると、クリスティアナは同じ女として、極限状態でありながらクナドにそう思わせた理由になんとなく想像もつく。それはおそらくはだが、器だけになってしまったスフィアですら、ナニカを部分的にでも抑え込めたからではないのかと思うのだ。
たとえ魂というべきものが抜けてしまっていたとしても、その器はスフィアそのものでもあるのだ。神の奇跡で再生された脳にはスフィアの記憶が残っているだろうし、そんなわかりやすい部分ではなくとも、首筋にはあの艶めかしいクナドの印が刻まれたままだったはず。
だからやっと完全な在り方に至れるはずだったナニカは、そんなスフィアの残滓と混じってしまったのだ。多分クナドがいる世界を壊せないばかりか、そうなってなおクナドに執着してしまう程に。
そういう意味ではクナドのどや顔の正体とは「俺はスフィアにこれほどまでに想われているけれど、お前はどうなん?」という勝ち誇りだともいえる。言語化したら、真っ赤になってのたうち回る羽目になるのだろうけれども。
だがどうとはつまり、クリスティアナがそこまでアドルのことを想っているかどうかを問われているということに他ならない。
『Re: Boy Meets Girl......s』③
1/24 17:00以降に投稿予定です。
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