第091話 『ハジメマシテをもう一度』⑦
「どうして?」
「そういうものなんだよ。そのかわり夜は凄いぞ?」
当然のアドルからの質問にも、クナドとしてはそう答えるしかない。
どうしてもこうしても吸血鬼である以上、日の光には弱いのだ。
じつはもう一つより深刻な問題もあるのだが、それはここで話すことではないとクナドは判断していた。それよりも無能化する昼を補って余りある、日が沈んだ後の有用性をアピールしておく。
血を吸う鬼――『吸血鬼』以外にも、『不死の王』と並んで『夜の支配者』と呼称されているのは伊達ではないのだ。
スフィアの奇跡に頼らずとも不死――際限なき再生能力を有し、影にもぐりどこへでも移動する。鏡に映らず、変身能力を有し、当たり前のように浮かび空を飛ぶ。なによりも血を吸った相手を選んで己が眷属となし、有性生殖に依らず増えることすらも可能としている。
満月の下ではその力はより強化され、神すらも屠り得る化物の王。
夜に君臨する、血を吸う鬼。
「……なんかヒモ男の虚勢みたいだね」
「どういう喩えだよ⁉ しかし5年の旅で、勇者サマもすっかり擦れちまったなあ」
だが昼間の吸血鬼からそんな凄みを感じられないアドルが、あまりといえばあまりな比喩で「夜しか役に立たない」ことを表現した。さすがのクナドもその言い草には鼻白んでいるが、どちらかというとそっち方面には疎いと思っていた幼馴染殿が、あまりにもどぎつい表現をしたことに驚いている方が大きい。
「いろいろあったからね」
そう言ってため息をつくアドルは妙に様になっていて、今の肉体年齢との落差が妙な色気すら生んでしまっている。まあ確かに大陸中のすべての国と関わりながら5年もの間旅をつづけたのだ。いろいろあったとしか表現のしようがないくらいに、文字通りそれはもういろいろあったのだろうことは想像に難くない。
それは命懸けの魔族との戦闘よりも、感謝と私欲が綯交ぜになった同じ人との関わり、駆け引きの経験こそがそう言わしめているのだろう。
「ま、頼もしいと思っとくよ」
「勘弁してよ」
確かにそういう方面では自分よりよほど頼りになるかとクナドが笑うと、意に反してアドルは本当に嫌そうに顔をしかめてみせた。
いろいろあったくせにそれらをなにも活かせず、あっさりと殺されてしまったことにはやはり忸怩たる思いがあるのだ。カインほどクナドが魔人になってしまったことを笑い飛ばせないアドルとしては、冗談でも言っていないと持たないというのもあるのだろう。
「はっは、嫌味は止めとくか。という訳でかなりきっちり計画を立てる必要はある。あと俺は一切遠慮するつもりはないから、行き過ぎだと思ったら言ってくれ。それでやめるかどうかはともかく、アドルたちが言うなら必ず俺は聞く」
アドルと一番付き合いの長いクナドはそのあたりもまあ理解できる。
吸血鬼の実力に関しては夜になってからみせればいいことだし、今はこれからするべきことを明確にして、それへの協力を求めておけばいいとクナドは判断している。
「綺麗事を宣って殺された間抜けに言えることなど、なにもないとは思うがな」
「より苛烈な意見を申し上げても引かないでくださいね?」
カインとクリスティアナがそういい、アドルも同意を示すように頷いている。
基本的にはすべてを客観視出来たクナドの方針に従うこととしながら、実際に殺された立場としてより辛辣に事に当たる覚悟であることの表明だ。
「そこらはほんとに頼りにしているよ。まずは今俺の頭の中にある情報を、資料化して共有したいから一日時間が欲しい」
クナドとしてもそれは素直にありがたい。
行き過ぎも温さも指摘してくれる信頼できる相手がいるというのは、当然敵と見做せば殺すことも選択肢に入れざるを得ない状況では本当に頼りになるのだ。
誰かに任せきりにしてそれに盲目的に従うのではなく、お互いに理屈と感情をバランスさせた上で隙を潰していくというのは一番効果的だろう。意見が相反した場合にきちんと選択できる船頭を明確に定めていることも大きい。
だからこそクナドは、各々の判断の基となる情報の共有を漏れなく徹底したい。
他者に共有することを意識しての資料化作業というのは、自身のミスや思い込みを解消するためにも有用なのである。
「承知いたしました。準備が整い次第、いつでもお声がけください」
生まれた時から支配階級に身を置いてきたクリスティアナはそのことをよく理解しているので、皆を代表して一日の待機を了承した。
「助かる。スフィア、このあとちょっといいか?」
「……はい」
もちろん資料化も進めるつもりだが、クナドの主目的はこっち(スフィア)だ。
そんなことはクリスティアナだけではなく、アドルもカインも承知している。
この状況になってから、スフィアはたった一言しか言葉を発していない。
世間的な聖女のイメージであればそう不思議には思わないかもしれないが、5年も旅を共にした仲間たちは、普段のスフィアは意外に口数が多いことを知っている。
そんなことは自分たちよりもよく知っているはずのクナドが、ここまでそのことについてなにも触れずにいるのだ。クナドがなかったことにした世界において、まだ語られていないナニカが2人の間であった事は間違いない。
クナドはそのことについてみんなに話す前に、一度スフィアと2人きりで話したいと思っているのだろう。
いやな緊張感が漂うが、クナドが激昂していない以上滅多なことはないだろうとアドルは判断し、クリスティアナとカインと視線だけで意思疎通をしている。当然それに気づいているクナドが苦笑いを浮かべているのを見て、3人ともが安心を得ている。
「クリスティアナ殿下、どこかお借りできる場所はありますか?」
クナドがクリスティアナにわざわざ頼むということは、耳――王家や聖教会、魔導塔による盗聴のない場所を用意して欲しいという意味である。
もちろん王城内の貴賓室であるこの場所でもそれらがないということは確認できている。昼間のクナドが役に立たなくても、第一王女としての立場と、勇者の勘と、賢者の魔力感知を掻い潜れる諜報員などまずいないからだ。
だが日中の吸血鬼と、落ち込んでいる聖女であれば出し抜ける者もいるかもしれない。だがクナドはこれからスフィアとする話を盗み聞こうとする者を、赦すつもりなど一切ないという宣言である。
「貴族居住区にある私の私邸をお使いください。そのままクナド様の名義となるように手配しておきます。王立学院を卒業するまではそこでお過ごしくださればと思います」
そのことを即座に理解したクリスティアナが、さすが王族としか言えない差配を行った。だがこれはいかに第一王女といえども、いや第一王女であるからこそ貴族区に私邸を持つことなど本来であればあり得ない。
事実、名義は別の大物貴族のものにされているし、配されている家令や侍女たちも、領地に常駐している主人が王都の別邸を放置していることに疑問など持っていない。
大貴族であれば特段、珍しいことではないからだ。
つまりこれは第一王女が勇者を篭絡するために用意された屋敷なのだが、一度も有効活用されたことがないと今のクリスティアナはよく知っている。なので前回とはまるで違ったものになるであろう王立学院の3年間、クナドの隠れ家として提供することを即断したのだ。
もはや王立学院生は寮で暮らすという規則など、護るつもりなどない。
本来の目的が目的なだけに聖教会や魔導塔の目や耳は完全に遮断できているし、王家のそれも今の段階であれば、クリスティアナが強く言えば遠ざけられるだろう。もっともその強く言うとは懇願ではなく、力を背景とした命令の形をとるつもりではある。
王家だけではなくもはやこの世界は、クナドとスフィアを敵に回すことだけはしてはいけないのだ。
「感謝します」
いくらなんでも貴族居住区の屋敷を一丸ごとポンと渡されとは予想できていなかったクナドはびっくりしているが、クリスティアナがきちんと自分の意を酌んでくれていることは間違いないので素直に感謝した。
「ありがとう、クリスティアナ殿下」
クナドに手を引かれて貴賓室を出ていくスフィアも、クリスティアナに素直に感謝を伝えている。クナドに手を繋がれただけでそこまで嬉しそうにするんだ、と少しびっくりしたが、それだけのことがあったのかもしれない。
クナドに拒絶されてしまうかもと、スフィアが不安になってしまうような。
だから今度こそ安心して、クリスティアナはおっかなびっくり、それでいて手を繋いでくれたことに嬉しそうにしながら貴賓室を出ていくスフィアを見送った。
そっち方面ではほんの少しだけ先輩になっているクリスティアナは、こうクナドの態度を見ていて確信しているのだ。
男性の方は、拒絶する女性をそんな優しい目で見てはくれませんよ、と。
『Re: Boy Meets Girl......s』①
1/22 17:00以降に投稿予定です。
--------------------------------------------------------
2月上旬まで毎日投稿予定です。
よろしくお願いいたします。
【恐れ入りますが、下記をどうかお願い致します】
ほんの少しでもこの物語を
・面白かった
・続きが気になる
と思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひともお願い致します。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をスマホの方はタップ、PCの方はクリックしていただければ可能です。
何卒よろしくお願いいたします。




