第009話 『5人目のメンバー』③
だからこそ先の冒険者も、クナドを通して聖女様との縁を持てないかと口にしたのだろう。A級の冒険者のパーティーメンバーとなればそれだけでも半端ではない箔がつくし、受けられる依頼、任務のレベル、数ともにとんでもないものになるのは間違いない。
魔王が討伐されたからには冒険者の需要も減っていくことになるのは疑う余地もないし、残敵掃討の間に稼げるだけ稼ぎ、生涯喰うに困らぬ名声を得ることは高位にある冒険者たちほど急務だといえるのだ。
とはいえ、もちろん「聖女様と縁を持ちたい」などというのは冗談にすぎない。
魔王討伐を果たした勇者パーティーが王都に帰還したとて、冒険者として活動を始めることなどまずありえないと、誰もが承知している。
だがそんな冗談が成立するほど、クナドは勇者たちに近しい存在なのだ。
いやより正しく言えば、勇者、剣聖、聖女、賢者の方からクナドに寄って来る――もはや懐いていると言っても過言ではないほどに慕われている。
いくつもの通名がつけられるまで、クナドは学生時代から『5人目』と呼ばれていた。
勇者、剣聖、聖女、賢者に続く、幻の五人目の勇者パーティーのメンバーとの意味である。
もちろんクナドが実際に勇者パーティーに加わることはなかった。
故に当時はどちらかというと、弱いくせになぜか強者たちに好かれているクナドを揶揄する意味のほうが強かったのは確かだ。
だがその通名を耳にした勇者たちが「いや実はクナドこそがリーダーなんだよね(勇者)」「クナド様のおかげで私は勇者殿の真の仲間になれたのです(剣聖)」「私の愛しい人の悪口を言っているのはどなたですか?(聖女)」「私はクナドのおかげで禁呪をも再現できたのだ(賢者)」などと言うものだから、王立学院を卒業する頃には本気で一目を置かれるようにはなっていた。
つまり勇者パーティーの一員となれるほどの戦闘能力こそないが、強者の力を伸ばす術に長けており、なによりも桁違いの人誑しだとみなされるようになったのだ。
実際にクナドと関わりを持った冒険者たちは「気さくでいい奴」程度の感想しか持ちえないのだが、優しいと評判の勇者はともかく、この国の第一王女でもある剣聖、誰にでも愛想はいいが一定以上は絶対に踏み込ませない聖女、天才が過ぎて近寄りがたい賢者が揃って懐いているとなればそういう評価にもなる。
なにしろ勇者パーティーの戦闘力が凄まじすぎるのと、学友として長く過ごしていればどうしてもわかってくる各々の本性を前に、客観的にはごく普通の人間としか思えないクナドが懐かれていることに安心感を覚えていた者も多い。
その対象がクナドであるということよりも、ある意味で魔王や魔人よりも怪物だと感じた勇者たちが自分たちと同じ位置にいる人間に誑されてくれていることで、どうにか安心を得ていたのだ。
◇◆◇◆◇
「あの……クナドさんはB級を目指されないのですか?」
「無茶言わないでよ、俺が単独で大型魔物なんか倒せるわけがないでしょ」
そんなクナドに、担当受付嬢であるレナが久しぶりにその質問を投げかけている。
そこには魔王討伐も時間の問題となった現在、クナドにできるだけ高位冒険者になって欲しいというレナの願望が滲んでいる。
なにもそれは担当者である自分の評価を上げるため、というわけではない。
冒険者たちには決して少なくない、クナドが実はその実力を隠していると見做している一派の一人なのだ、レナは。しかもかなりの過激派、いわゆるガチ勢である。
それも酒の肴としては『三位一体』のリーダーについてよりも一段落ちるとはいえ、なんの根拠もない与太話というわけではない。
クナドの通名に『窮鼠猫嚙』や『昼行燈』が含まれているのは、実際にクナドが中型魔物どころではない大物を倒したところを見たという冒険者が、それなりの人数存在しているからである。
冒険者ギルドへの魔物討伐報告は倒した魔物の体内から抽出できる『魔石』と、その魔物の特徴を示す外在魔力を吸収する『魔導器官』を提出することによって行われる。
依頼や任務の達成報酬と並ぶどころか、中には討伐報酬だけで食っている冒険者もいるほどで、それを理由もなく放棄する冒険者など普通は考えられない。
回収が可能な位置で中型以上の魔物が討伐された場合、冒険者ギルドによる魔物素材回収部隊――冒険者ギルドからの任務によって冒険者が請け負う――が編成されるのが定石となっているほど、魔物素材の価値は高いのだ。
また一見しただけでは区別の難しい『魔導器官』とは違って『魔石』は誤魔化しようがなく、残存魔力量に差こそあれ中型は中型、大型は大型と一目でわかる大きさをしている。
それも当然で、魔物に対する脅威度を示す小型、中型、大型、超大型という区分は魔物の体躯によってではなく、戦闘力に直結する魔石のサイズによって定められているのだ。ちなみにサイズとは別に形や透明度、魔力蓄積量に応じて通常種、古来種、唯一個体などにも分類される。
そういう意味では、クナドが大型どころか時に超大型すら狩っているという噂は与太話でしかありえなくなる。
なにしろ本人が否定している通り、冒険者ギルドへ『魔石』と『魔導器官』がクナドの名前で提出された形跡が一切ないからだ。それが事実だということなど、少し調べれば誰にだって知ることができる。
冒険者が大型以上の魔物を、それも単独で倒しておきながら報告しないことなどありえない。それこそ相打ちに近い形で死んででもいない限りは。
一方でここ五年、普通に考えれば諦めるしかないほどの窮地に陥った不運なパーティーが、その原因となった魔物を正体不明の「誰か」に倒してもらって助かったという話が少なくない。
これはけして都市伝説などと言うわけではなく、その気になれば現在も活動を続けているパーティーから直接話を聞くこともできる現実の話だ。
その命を救われたにも等しい何人かが、救われたその場でクナドの姿を見かけたと証言しているのだ。さすがにはっきりと見たわけでも会話ができたわけでもないが、なまじクナドが王都においては有名人であるだけに、見間違いだとも断言し難い。
なによりも特にクナドと仲がいいわけでもない連中が命の恩人としてその名を挙げるのだ、流石に簡単に無視もできない。
実際に倒された大型や超大型の魔物が存在していたこと、その魔物から『魔石』も『魔導器官』も抽出されていないことが、その話の信憑性を高めている。
一方で窮地から救っておきながら、手柄をすべてそのやらかしたパーティーに与えて姿を消すというのは確かに解せない。とはいえ大型や超大型の魔物と接敵する可能性のある地域で活動する高位パーティーが、わざわざそんな作り話をする必要性も思いつかない。
加えて実際に討伐報酬を受け取るのを拒否して、救ってくれた恩人が名乗り出ることを望んでいるパーティーもいくつか存在している。
そういった一部のB級冒険者パーティーですら命の恩人と信じ切ってそう扱うおかげ、あるいはせいで、『窮鼠猫嚙』や『昼行燈』という通名がクナドに与えられることになったのである。
日頃はC級程度の力しか発揮できないクナド――これは何度か行われた冒険者ギルドによる能力測定ではっきりしている――はおそらく他人の危機にだけとんでもない力を発揮できる異能を持っており、それを隠しているという解釈だ。
魔王の脅威に晒されているからこそ、そんな英雄がいて欲しいという本能的な願望がそこには反映されているのだろう。
命を救われた連中がそう信じるようになり、彼らと近しい者たちも半ば以上そうだと考えるようになった。
次話『五人目の仲間』④
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