第089話 『ハジメマシテをもう一度』⑤
寿命が足りないのであれば、他人から奪ってでも補う。
自分の望みを叶えるために、他人の命を奪うことをよしとする。
最終的には寸分たがわぬ過去を再現するのだから生き返らせることが前提とはいえ、そのいわば悪魔的な発想に至れる自信がカインにはなかった。
『吸血鬼』という概念を知らぬからこそ、足りないならば他人の寿命を奪える化物に変じるという答えへ至った、クナドの思考的飛躍にも戦慄を覚える。
いやそれすらも欺瞞だ。
クナドは自分の大切な人たちのために、それ以外のすべてを犠牲にしてしまえる自分がうまく想像できないのだ。つまりそれはできないということと同義だとも思う。
だからこそ、自分はこともなげにやってのけたように見えるクナドに、感謝よりも畏怖が強くなっているのだ。
「……もう二度とやりなおしはできません」
だがそんなカインの思考回廊を、初めて口を開いたスフィアの言葉が断ち切った。
その声は間違いなくスフィアのモノでありながら、付き合いだけは長いカインをして一度も聞いたことのない声色をしていた。その身体も声も、微かに震えている。
「そゆこと」
クナドといえば、そのスフィアの言葉をお気楽な調子で肯定している。
そこでカインははっとした。
自分ならやれただのやれなかっただの、そもそもクナドの能力を持っていないばかりか、間抜けにも瞬殺されてしまった自分がどれだけ「かも」の思考をしても意味がない。
勇者を失った世界は、普通に考えれば魔王に滅ぼされて終わっていたはずだ。
クナドの能力であれば、寿命と引き換えに魔王を倒すことができたかもしれない。
だがクナドはそっちを択ばず、もう一度やり直すことを望んでくれたのだ。
どちらにせよクナドがいなければ終わっていた世界を、もう一度やりなおすための燃料にしたからとて、誰が文句を言えるというのか。
すべての人々による8年に及ぶ選択の蓄積とその結果をよしとしなかった。
だから魔王は滅ぼすことを選択し、クナドはやりなおしを選択した。
つまりは魔王もクナドも、世界を自分の好き勝手にできるだけの力を持っていたのだ。
それを止められなかった者に、言えることなどなにもない。
「つまり私たちは1周目のように、能天気に自分の力を鍛えていればそれでいい、とはいかないということだな」
思考を切り替えたカインが改めて状況を把握する。
自分も含めた勇者パーティーは、あろうことか守ろうとした人間側の陰謀で殺されたのだ。まずはそれを阻止することは当然だが、そんな愚行を許してしまった状況をどうにかしないことには抜本的な解決にはならない。
それに冷静になって考えてみれば、クナドは人に見切りをつけていて当然と言える。
信じて送り出した友人たちが、薄汚い人の思惑によって殺されたのだ。そんな世界を、自分を犠牲にしてまで救いたいとは思えないのは当然だと思う。
アドルの妹のクレアや、クリスティアナの妹であるシャルロットと供に王都を護ってくれていたことは聞き及んでいる。つまりこのやり直しには、その2人も含まれていると考えていいだろう。
つまりクナドが望んでいるのは、たかだか7人が幸せに暮らせる世界なのだ。
わりとありふれた幸せの定義を持っていたらしいクナドに、世界は感謝するべきなのかもしれないとカインは思う。クナドが思い浮かべる幸せの形に世界――他人が必要なければ、再構築の過程で完全に除外されていた可能性も否定できないのだから。
少なくとも今クナドは、自分の幼馴染が勇者を担うパーティーが見事魔王を討伐し、世界に平和をもたらすことが最良かつ最初の幸福な結末だと考えてくれている。だったらその障害となる者は、魔族に対するよりも厳しく徹底的に排除しなければならない。
「まあ少なくとも現時点で、相手はこちらを殺しきれる手札を持っているわけだから慎重にいこう。だが同時に今の時点ではまだこちらを侮ってくれている、というよりも値踏みしている段階だ。先手を取ってまず剣聖、賢者、聖女を殺せる手札を無力化する」
「まずはそれが最優先だな。それが完了次第、アルメリア中央王国を可及的速やかに掌握することになるか」
自分がなにをしようとしているのかをカインが思い至ってくれたことを察したクナドが、具体的な内容に言及する。それを受けたカインがより踏み込んだ発言を返した。
それにクナドは笑顔で頷いている。
本来であればその存在すら知らなかった敵の切り札をまず無力化する。理想は知らぬ間に偽物と入れ替え、敵にはいつでも使えると思わせておくことになるだろう。
その後はまず足場であるアルメリア中央王国の中枢を完全に掌握する必要がある。
非主流派とはいえ組織内でそれなりの権限を有しているからこそ、各国の非主流派たちが連携して勇者暗殺などという大胆かつ愚かな所業に及ぶことができたのだ。
それを許した主流派たちに情報だけを渡して対処してくれることに期待するより、自分たちで動いた方がずっと早くて確実だ。
なにも国政全てを掌ろうというつもりなどなければ、そんな能力もない。
ただ力を以てどうしようもなく敵対する者たち数人を血祭りにあげ、勇者パーティーと敵対するのは損だと思い知らせるだけである。
敵に回るのであれば容赦はしない。
なぜならばそこにどんな理念理想があったところで、奴らはそれを実現するために勇者パーティーを殺すことを選択するからだ。使い古された言い回しではあれど、誰かを殺そうとする者は、誰かに殺されても文句は言えない。そこに正義も悪もへったくれもない。
妙な遠慮や、あくまでも規律には従うという態度を見せていては舐められる。
思えば1周目はいい子ちゃんが過ぎたのだ、だからこそあれだけの力を魔族に対して示していてもつけこめると思われたし、実際につけこまれて殺されたのだ。
まあいい子ちゃん組は将来この国の王と王妃になるアドルとクリスティアナに任せて、クナドとカインが冷徹な悪役を担うのが妥当なところだろう。演技に自信などないが、演じるわけではなく素で敵にとって嫌なことをするだけなのだ、この2人の得意分野だといってもいい。
「そうですね。そのまま汎人類連盟の完全掌握を優先した方がいいでしょう。今の私たちの力を確かめておく必要もありますが、卒業後の5年は劇的に短縮できるでしょうし」
「王立学院の3年間で、獅子身中の虫は虱潰しにする」
アドルとクリスティアナもそのあたりの役どころは心得ている。
以前アドルは素朴さで、クリスティアナは為政者としての寛容さを以て、クナドの少々行き過ぎともいえる実際主義を「もう少しどうにかならないものか」と思っていたのは間違いない。
だがそんな甘いことを考えていた自分たちがあっさり殺され、その尻拭いをクナドに押し付けてしまった以上はもうそんな温さはない。
『ハジメマシテをもう一度』⑥
1/20 18:00以降に投稿予定です。
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