第087話 『ハジメマシテをもう一度』③
「つまり私はただの間抜けだったということか……」
クナドから事の詳細を聞いたカインが、本気でへこんで机に突っ伏している。
「私も役立たずの極みですね……」
第一王女としてはあるまじき不作法なのではあろうが、クリスティアナもほぼ同じ体勢になって顔を上げられなくなってしまっていた。
「いやあれはどうしようもないと思う。慰めとかじゃなくて、完全に2人を無力化することだけに特化された魔道具だった。こちとらその存在すらも知らなかったのだから、為す術がなくても当然だろ」
逆に言えば、知ってさえいれば如何様にでも対応できるということだ。
そんないわばまっとうなクナドのフォローがより深く2人の自尊心を抉ってくるが、2人にはそれに抗する手段もなければそんなつもりもない。
それはそうだろう。
クナドが「時間を巻き戻す」などという荒唐無稽なことを己の能力を使ってやらかしたのだ、よほど深刻な事態が発生したのだということくらいはすぐに理解していた。だがまさかそれが、自分たちがその自覚も持てないほどあっさりと殺されたからだとは思いもよらなかった。
穴があったら入りたいとは、まさに今のカインやクリスティアナのような心境の時に、誰かが産んだ言葉なのだろう。
魔法を封じられてしまったカインはもとより、王家の呪いで問答無用に殺されたクリスティアナにはどうしようもなかったことは確かだ。たとえこの事実を聞いた上であの日に戻れたとしても、為す術もなく同じことの繰り返しになるのは間違いない。
それでもアドルの最後を聞いてしまえば、時間を巻き戻してもらった自分たちの最初の質問が「いったいなにがあったんスか?」だったのは、いくらなんでも情けなさすぎる。その情けなさと同じくらい、クナドがいなければ自分たちが死んだことにも気付けずに死んでいたのだ、という事実に心底ぞっとする。
戦場に身を置く者として、苦痛や屈辱にまみれて死ぬことには想像も、それなりの覚悟もできていたつもりではある。だが気が付いたら死んでいた、いや死んでいるから気付けないよね、みたいな頓智の利いたような死に方は、それはそれで恐ろしすぎる。
客観的にみての幸福な結末とか不幸な結末ではなく、主観的にはなんの脈絡もなく突然途切れたような終わり方。自分の人生を自分なりの想いで決着させることもできず、他者によって突然打ち切られたかのような結末は、一番納得がいきかねるのだ。
もちろん自分たちだけではなく、アドルとスフィアも同じように殺されたことは理解している。
スフィアはずっと俯いて黙ったままだが、あらゆる奇跡を無効化する『魔王の槍』などという反則技を使われた以上、為す術がないのは自分たちとなにも変わらない。アドルの最後も、勇者パーティーとしての相乗効果を失っていては数の力に抗しきれなかったのは当然の結果だろう。
人と戦うことに慣れていないどころか意識したこともなかった勇者パーティーは、世に言われている戦の理どおり、戦闘が始まる前の準備段階ですでに敗北を決定付けられていたのだ。
誰もが情けなさすぎて、なにを言ったらいいのかすらわからなくなってしまっている。
「ただ大変だったんだぜ、勇者パーティーが消えた後。クレアとシャルロット殿下は俺を気遣ってしゃんとしてくれていたけど、まあホント、この世界がろくでもないとたった一週間で嫌というほど思い知ったよ。前回のこの場で、俺ら孤児院出身の苦労も知らない癖にとか一方的に思っていて悪かったよ。クリスティアナ殿下はもちろん、カインもスフィアもあんな連中のなかで幼少時を過ごしながら、よくも真っ当な人間のままでいられたと本気で思う」
反省と悔恨の空気に支配されそうになるのを、クナドが軽口で笑い飛ばす。
ただ冗談めかして言ってはいるものの、偽らざる本音でもあった。
そう言いながらもクナドは、自分に協力してくれたクレアとシャルロットが今どうしているのかを確認に行かなければなとも思い至っていた。あの2人はこの瞬間に戻ることを伝えていたので、今はあえて控えていてくれていることくらいはクナドにもわかるのだ。
「そ、そんなことを思っていたのか、この? ……あの時のクナドは」
賢者のくせに人の心の機微に疎いカインは、本気で意外そうな表情を浮かべている。
最初にクナドが心を許したのはカインであることは確かなので、自分だけは初めから良好な関係を築けていたとでも思っていたらしい。
また一周前の今を「あの時」というべきか「この時」というべきかで迷ったあたりがカインらしいといえるだろう。普通はこんな事態にならないのだから、深く悩む必要などないのに。
「わりと露骨でしたよね」
一方でさすがは王族、クリスティアナはほぼ正確にクナドの本音を見抜いていたらしい。それでも今代の勇者であるアドルを篭絡するためにはその幼馴染と険悪になるわけにはいかないので、全力で懐柔すべく立ち回っていたことをいまさら隠すつもりもないのだ。
その件についてはかつて今から始まる王立学院在学中に一度はっきりさせているので、まさに今更といったところなのだろう。
まあ前回は少々大人びているとはいえ、全員が本当に子供だったのだ。
あれから8年分成長してから客観視する当時の自分は、まるで変っていない部分と、もう充分に大人のつもりでしっかり子供でしかなかった部分を、ともにはっきり自覚できて気恥ずかしい。
だが身体こそ子供に戻ったとはいえ、今度こそうまくやるには心まで子供に戻るわけにはいかない。一度完膚なきまでに殺された経験を無駄にせず、冗談ではなく酸いも甘いも嚙分けた大人として事に当たる必要が絶対にあるのだ。
クナドが時間を巻き戻してくれたのは、黄金の青春時代をやりなおすためでもなければ、過度な反省をするためでもない。そう正しく理解したカインとクリスティアナは、うっかり自罰的な言動に酔ってしまわないように自らを戒めた。
「それで……僕たち全員が殺された後はどうなったの?」
何気ない風を装いながらも、緊張を隠しきれない声色でアドルが本題を問うた。
まずクナドが説明したのは王家、魔導塔、聖教会の非主流派となる者たちの陰謀についてだった。それによって初手で剣聖、賢者、聖女の3人がほぼ同時に特効魔道具によって殺され、支援を失った勇者が数の力で削り殺されたところまで。
それだけでもクナドが時間を巻き戻すには十分な条件が整っているとはいえるが、魔王を倒せる勇者パーティーが失われた後、世界がどうなったかが気になるのは当然だろう。
確かに勇者パーティーによる5年に及ぶ大陸再征服のおかげで各国は一息つける状況になってはいたが、対魔族の最大戦力を失ってはその維持もままなるまい。なによりもクナドが時間を巻き戻したということは、やはり勇者を失った汎人類連盟は持たなかったことが理由だと考えるのが一番妥当なのだ。
つまり今度こそ世界を救うために、クナドは世界を巻き戻した。
『ハジメマシテをもう一度』④
1/18 18:00以降に投稿予定です。
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