第084話 『世界再構築』⑧
星すら包み込むほどに火球が巨大になった時点で、この星で意志らしきものを維持して動いているのはクナドと、スフィアの成れの果てだけになってしまっていた。
触れても焼けない黒と歪な天使の姿をしたスフィアの成れの果ては、もはや命ですらなくなってしまっているのだろう。
すでに吸収するべき命が一つたりともなくなった巨大な火球がふいに消え、その炉心たるクナドだけがアルメリア中央王国の上空に浮かんでいる。
辛うじて人のシルエットは保っているが、もはやクナドは数千数万、数億の命が集約された命のエネルギーの集合体と化している。命(血)の収集者たる吸血鬼と化してもなお、星中の生命を集める器としてはまるで足りず、収まらぬ分が零れだした結果である。
それをクナドは気力だけで己が支配下に置いている。
一方的に殺したからには、その一欠片すら無駄にはしない。
すべてを費やして、すべてをやり直せる世界を必ず再構築する。
だがクナドはそれをする前に、今の状態ですら太刀打ちできないことがわかっているスフィアの成れの果てがいる上空へ、瞬時に移動していた。
クナドとスフィア、ともにその成れの果て同士が、5年ぶりに相対したのだ。
「――くなど、さま?」
求める相手が急に手の届くところに現れたスフィアは、本能の赴くままにそれに手を伸ばした。本人はうつろな中でそうしたつもりでも、現実では命なき世界で巨大な天使のシルエットで星の上に立つ化物が、クナドに向かって無数の黒を撃ち放つ形になっている。
それを苦もなく焼き払えるクナドももう、大きさこそ違えどとても人の姿を保てているとは言えない。
どれだけ互いを求めあっていても、もう5年前のあの日の続きはできない。
化物になり果てて、互いを求めることすら攻撃という形にならざるを得ないのだ。
「……お互い油断していたなあ、スフィア」
だがそんなスフィアに話しかけるクナドの言葉に、悲壮感はない。
「だけどスフィアが言ってくれた通り、俺はスフィアと同じことができるんだよ。だからやっぱり俺が王都に残っていてよかったんだ」
本質的には違うのだろう。
だけどスフィアが怪我や欠損、果ては死すらも覆して勇者パーティーにやりなおすことを可能としていたように、クナドはその規模を8年前にまで拡大してやりなおすのだ。
戦いは始まった時点で勝負がついていると言われるように、準備の時点からすべてを知った上で万全を期せるように。
「だけど次はもうこの力はないから、俺も一緒についていく」
まるで甘えるようにクナドに向けられる攻撃を、あやすようにして防ぎながらクナドがそう告げる。
「スフィアもうまくいくことを祈っていてくれ。うまくいったら俺たちは、初めて会ったあの日からやりなおせるはずだ。すべての陰謀とそれを防ぐ手段を持ったうえでな。次こそは一緒に、うまくやろうぜ」
「くなど、さま? くーなーどー、さま?」
もはやスフィアはクナドがなにを言っているのかも理解できていない。
それでもまるで赤子が手を伸ばすように、一心不乱にクナドを求めている。
その様子を見て一瞬だけ、クナドは泣き笑いのような表情を浮かべた。
「もう一度、あのぎこちなかったハジメマシテを交わせればいいよな」
だがすぐに不敵な笑いを浮かべてそう嘯く。
深刻そうにしていて成功率が上がるのであればそうするが、能力の発動に精神状態が影響するというのなら、たとえ空でも元気な方がいいだろう。なんかしらんが勝手に持ち上げてくれていた友人たちが思い浮かべる自分なら、たぶんこんな感じだろうとも思う。
――だったら期待に応えるまでだ。
にやりと笑ったクナドが、この世界のすべての命と引き換えにして能力を発動する。
戻る時間は8年前。
より正確に言えば、勇者パーティーの4人とクナドが初顔合わせをしたあの日。
条件はクナドとクレア、シャルロットに加えて勇者パーティー4人全員が記憶を継続していること。加えて可能であれば今の力を失う自分に、勇者パーティーの仲間として足手まといにはならない能力を付与する。
これらを能力発動条件として、ぎりぎり世界中の命で天秤はつりあった。
だがやりなおし時のクナドの力がどれほどのものになるのかは、成功した後でなければ分からない。必ずうまくいくかどうかも、やってみなければわからない。
なにしろどんな形で「やり直し」が成立するかもわからないのだ。
時間跳躍なのか、現在の意識のみが過去の自分に上書きされるのか、それともクナドが俄かには思いつけない別の形でなのか。その複合という可能性もあるし、時間跳躍だった場合、過去に2人のクナドが存在することになる可能性も否定できない。
今持っているこの力が失われる以上、今のクナドの知識で思いつくどれでもない可能性が高い気もしている。
――なんとかなれ!
それでもクナドは、この力を得てから一度も裏切られたことがない事実だけを頼りに発動に踏み切った。
どのみちこうなったらもう、努力だのなんだのが及ぶ段階ではない。力の遣い方をどれだけ工夫できても、力そのものを鍛えるためにどれだけ努力できても、最後はただ自分に与えられた力そのものを信頼することしかできない。
それは別に技や魔法、希少や固有を冠される能力に限らず、人が持って生まれた力すべてがそうなのだ。恵まれていようがいまいが、人はみな与えられた能力を鍛えて理解し、必要なタイミングで十全に活かすことでしか乗り越えられない試練を与えられるのかもしれない。
クナドが能力を発動させた瞬間、すでに命なきこの世界が静止した。
術者であるクナド以外、すべてが完全に止まっている。
それがクナドにはわかる。
クナドに手を伸ばし続けていたスフィアはもちろん、大気や大地に流れる水、寄せては返すはずの波、そもそも自転と公転を続けているはずの星そのものが静止しているのだ。
まるで一時停止をかけられた、仮想現実であるかのように。
そしてクナドの能力が、捧げられた寿命――命に応じた仕事を開始した。
まずは過去に戻すのだ。
クナドをではなく、世界そのものを。
夜明けを待つ満天に輝く星々が、まるで街の灯りが消えていくように全天から失われてゆく。中天にかかっていた満月が、ばきばきと畳まれるようになくなった。
この星とはなんのかかわりもなくただ存在していた無数の星々も、過去を再現するために一度すべて壊されているのだ。
やがてその再構築のための破壊は、爆縮するようにして震源地たるこの星に至る。
まずは空。
もともと巨大な硝子であったかのように細微な罅が全天に走り、地上へ降るようにして空が無くなってゆく。
次は地上。
空がなくなっていくのに合わせるかの如く、地面がまくれ上がるようにして光の粒子に変わって行く。
能力を行使したクナドすら例外ではなく、膨大な命の塊である黒白の焔となっている姿すら、輪郭を失って光へと還り始めている。それは神と呼ばれるナニモノカをその身に降ろしたスフィアも例外ではなく、おそらくはそのうちにある神ですら光へ還るのだ。
あらゆるすべてが光に還ってゆく。
――こう来るか!
自分の能力を行使した結果でありながら、クナドは驚愕というよりも呆れに近い感情を得ていた。
世界を過去に戻すとは、時間を巻き戻すことを意味していなかったのだ。
今を一度更地に戻してそのまま完全な過去の世界を再構築するのだ、クナドの能力は。
――そりゃ億単位の寿命を必要とするわな、これは……
どうやらクナドの能力は、完全にこの世界の外側にあるものらしい。
絶対の神であっても世界の内側の存在である以上、その能力の支配からは逃れることは能わない。
世界という舞台に上がるべき演者は、当然大道具係や演出家に設定上の力を揮うことなどできはしない。
ましてや監督や脚本家が変更した展開には従うほかはない。
たとえそれが、本来のシナリオからは大きく外れる内容であったとしてもだ。
クナドの能力とは、内側に居ながらにして外側から干渉可能な絶対の力。
つまりクナドは自身が脇役を演じている、クソ監督兼ヘボ脚本家のようなものなのだ。
だがたとえ名作よと称えられるとしても、クナドは美しい不幸な結末なんか要らないのだ。明日には忘れられるようなご都合主義の駄作だと罵られようと、幸福な結末でありさえすればそれでいい。
そうするためにクナドは今、不幸な結末を上書きするべく、世界を一度白紙に戻したのである。
『ハジメマシテをもう一度』①
1/15 18:00以降に投稿予定です。
--------------------------------------------------------
2月上旬まで毎日投稿予定です。
よろしくお願いいたします。
【恐れ入りますが、下記をどうかお願い致します】
ほんの少しでもこの物語を
・面白かった
・続きが気になる
と思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひともお願い致します。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をスマホの方はタップ、PCの方はクリックしていただければ可能です。
何卒よろしくお願いいたします。




