第079話 『世界再構築』③
突如ヴァレリア帝国が消滅してから一週間後。
『魔大陸』ごと帝国そのものを呑み込んだ、正体不明の『黒』としか表現しようのないナニカ。それがゆっくりとではあれども、大陸中央に向かって広がっていることが観測されてから3日目の深夜。
大陸中が未曽有の混乱に叩き込まれ、老若男女貧富貴賤、誰もがまだ今この世界になにが起こっているか、正確には把握できていない状況だ。
それでも度し難い支配者階級にある者たちは、まず魔族が湧出しなくなったことに喜び、それでいて扱いにくい救世主どもも同時に消えてくれたことで、例によって汎人類連盟における主導権争いを水面下で始めていた。
世界を客観視できるのであれば在りうべからざる愚行だが、やらかしている本人たちの主観では深慮遠謀の遂行だと固く信じている。世界の命運を左右しているという点だけを切り抜けば、確かにその通りかもしれない。ただし悪い方へ、ではあるが。
本当に世界が滅ぶと実感できている者など、実はただの1人だっていはしないのだ。
そしてそれは汎人類連盟(国家群)だけに限らず、世界組織である『聖教会』や『魔導塔』も同様である。
中でも勇者パーティー暗殺を画策した、それぞれの組織に属する非主流派たち。
彼らは事が露見すれば全員吊るされる状況が混沌としたことで、一番今の事態を歓迎しているといえるだろう。
大国そのものがまるごと消し飛んだという事態の規模こそとんでもないが、それだけに実行犯たちが確実に1人残らずともに消し飛んだことは大きい。
確かにあのまま勇者パーティーが魔王討伐を果たしてしまえば、主流派の天下が続くだけだ。そうなれば自分たちは生涯浮かび上がることなく不遇を託つ羽目になっていたのだから、ある意味では望みうる限り最上の状況を作り出すことに成功しているともいえる。
それゆえここからが腕の見せ所とばかりに、都合のいい薔薇色の未来を夢見てご満悦な者がほとんどだといっていいだろう。勇者パーティーを始末すればすべてがうまくいくと夢想できる連中なのだ、もとより底が抜けた楽観主義者――いや阿呆どもなのだ。
知識だけを得て賢くなれたと勘違いした阿呆どもが、いつも本当の賢者たちが時間をかけて積み上げてきた大事なものをいとも簡単に壊して平然としている。そのことを正しく世界が認識できるのは、いつだって歴史と言われるほどの時間が経過した後なのである。
だがこの世界は今、歴史と呼ばれるほどの時間を積み上げるだけの余裕を持ち合わせてなどいない。いつも通り阿呆どもが阿呆な行動をしているだけであれば、本当に終わってしまうのだ。
その阿呆の1人。
聖教会アルメリア教区、司教枢機卿ウィリアムズ。
アルメリア中央王国、王都中央区教皇庁の中にあるその私室。
「こんばんは、ウィリアムズ司教枢機卿猊下」
そこへこのたった一週間で変わり果てた姿になったクナドが、忽然とその姿を現していた。世を忍ぶいかにもC級冒険者然とした格好でもなく、かといって仮面を被り、豪奢な衣装を身に纏って、護国の英雄『三位一体』のリーダーに扮しているわけでもない。
ありふれた赤髪は希少な銀髪へと変わり、左眼だけが灼眼に変じて闇に浮かんでいる。
なによりも特徴的なのは、一目でそれとわかる長い乱杭歯がその口元から覗いていることだろう。
その身を闇と同化したかのような漆黒の長外套に包み、幽鬼のように佇んでいる。
その姿はまるで、この世界には存在していないはずの『吸血鬼』のようである。
いやようなどではなく、まさに吸血鬼そのものに今のクナドはなっている。
なり果ててしまっている。
ある目的のために、自身に残されていた寿命のすべてを費やして。
「と、特異点? き、貴様がなぜ――」
自身のベッドに若い修道女、それも複数を侍らせ、高級な酒と薬に溺れていた、聖職にあるまじきウィリアムズ。だがこんな時間にクナドが自分のところへ現れたことに、驚くと同時に怯えを見せている。
なぜと問いつつ、クナドであれば突き止めかねないと恐れていたということだろう。
つまりウィリアムズはクナドの異能を知っている。
そのクナドが自分のところへ現れたことそのものに怯えるということは、とりもなおさずウィリアムズがヴァレリア帝国消滅という惨事を生み出すことになった陰謀――勇者パーティー暗殺に関わっていた、聖教会関係者の1人だということに他ならない。
そして教会騎士団によって厳重に警護されているはずの教皇庁へ苦も無く侵入されている時点で、ウィリアムズにはクナドをどうにかできる手段などなにも残されていない。
クナドが自身の異能によって、模倣した賢者の短距離転移魔法を使ったのか、それとも誰にも気取らせないままに教会騎士たちを鏖殺したのかはわからない。だが万を超える魔物を一掃できる相手にウィリアムズたちがやったことが露見しているのであれば、もとより生き残れる可能性などあるはずがない。
だが賢者気取りの阿呆には、そんなことすら理解できていないのだ。
「黙れ」
静かにそう告げるクナドの言葉には強い殺意が籠っている訳でもないのに、偉そうに振舞うことが当然となっている似非聖職者をして、口を噤まざるを得ない威が宿っている。
クナドが忽然と現れるまで、酒と薬に溺れての行為に嬌声を上げていた修道女たちが、真っ青になって怯えた声を上げた。
クナドは聖教会では『特異点』と呼ばれており、権力者の愛人である修道女たちはそう呼ばれる理由も知っているのだろう。クナドがその気になれば自分たちなど一瞬で殺されることを理解できているので、羞恥よりも怯えの方が強くなるのも無理はない。
だが彼女らが怯えたのは、話に聞いていたクナドの異能に対してではなかった。
今目の前で静かに立っているだけのクナドが、男に執着されることに慣れている自分たちに対して、まるで価値を見出していないことを本能で察知しているからである。
それは逃れようのない死の予感と言い換えることもできる。
殺意などというのも生温い、限界点を遥かに超えた感情はなぜか凪ぐ。
自分にその感情を抱かせた者を絶対に生かしておかない、言葉遊びなどではなく必ず殺すと決めれば、心底からどうでもよくなるからだ。感情を揺らさぬまま、自分の思いつける一番残酷な殺し方を粛々と行うだけの装置と化してしまうのだ。
そこに感情はわかないし、要らない。
『世界再構築』④
1/10 18:00以降に投稿予定です。
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