第076話 『勇者たちの死』⑫
為す術もなく墜とされた『魔大陸』。
その中心部に屹立していた魔王城もまた墜落の衝撃で完膚なきまでに崩壊しており、先刻までの威容は失われてまるで廃墟――いやそのものになっている。
さすがに大陸呼びは大げさとはいえど、天空に浮かぶ『魔大陸』はヴァレリア帝国の帝都ルーウェンブルグ全域をはるかにしのぐ巨大さを誇っていた。それが一撃で地上に叩き墜とされたのだから、天地ともにただで済むはずもない。
元帝都とそれを囲むように広がっていた広大な平原は、墜ち砕けた元『魔大陸』であった巨大な岩塊に覆われ、暴走した膨大な魔力の残滓が荒れ狂う、地獄もかくやという様相を呈している。
分厚い雲を割り、魔導塔をへし折りながら墜ちてきた『魔大陸』の中心、すなわち魔王城は奇しくも帝城を圧し潰すようにして重なり合っている。その下では殺された勇者アドルの死体も、殺した帝国騎士たちの死体も、超重量物に轢き潰されて一緒くたになった肉片になり果ててしまっている。
大砲によって木っ端微塵にされたらしい剣聖王女クリスティアナも、賢者カインも、聖女スフィアも、皇帝も、騎士団も、帝国で生きていた数万の人々も悉く死に絶え、この地で今生きている存在はたった一つだけになってしまった。
その唯一の生存者は『魔王』だ。
それ以外の魔族。八体しか存在していない竜種魔獣『八大竜王』たちも、数百人はいた上位魔人も、巨躯を誇った巨大魔獣の群れも、地上とは比べ物にならない強さを誇る希少種や唯一種の魔物たちも、そのこと如くが圧し潰した人々の上で同じただの肉の塊と化している。
直下に埋め込まれていた超巨大魔石のおかげか、廃墟になり果てたとはいえなんとか原型を保っている魔王城の跡地に魔王は一人、ぽつんと立っている。
その姿は凄惨なもので、本来の美しくも威厳を備えた姿は完全に失われていた。
魔王の象徴である捻じれた巨大な山羊角――魔導器官は双方とも根元から折れ砕けて蒼い血に濡れそぼっている。両の灼眼は右眼が潰れ、左眼からも血を流している。背の双翼も片翼となっており、長大な尾は途中で炭化してしまっている。豪奢な衣装は各所が裂けており、全身から大量の蒼血を流していて本来の色がわからなくなっているほどだ。
まさに満身創痍。
止めを刺すまでもなく、放っておくだけでほどなく死に至るだろう。
だが魔王はもちろん、竜種や魔人、魔獣や魔物が『魔大陸』が地に墜ちた程度で死に絶えるはずもない。種によってはどうしようもなく巻き込まれて死ぬ個体もいようが、少なくとも浮遊、飛翔魔法を当然のように駆使できる竜種や魔人、飛行系の魔獣、魔物であれば、建物や迷宮の奥深くにいたのでもなければ怪我すらも負わないはずだ。
それは地上で為す術もなく死んでいった帝都の民たちについても同じで、空から大地が落ちてくるという史上最悪の厄災に見舞われたとはいえ、誰一人生き残っていないというのは不自然でしかない。助かったほうがより不幸だといえるかもしれないが、それでも偶然と確率の戯れで、いくらかは生き残っていなければおかしい。
にもかかわらず瀕死の『魔王』を除いて、この広大な空間に生きているものは存在しない。それは動物に限らず植物はもちろん、微生物に至るまですべてが死に絶えている。
その理由は一つしかない。
ナニモノカが鏖殺したのだ。
人も魔族も一切合切関係なく、動物と植物の区分もなく、生きているモノであれば例外なくほぼ一瞬で殺し尽くした。
その結果として『魔大陸』は墜ちたのであり、『魔大陸』が墜ちたからこの地のすべてが死に絶えたわけではない。
因果はさかしまなのだ。
「ははは」
にもかかわらず、魔王は哄笑している。
本来は美しい顔に魔族らしからぬ激情――狂気を孕ませて。
「ははははははははは」
その調子が外れた狂気を感じさせる音につられたように、嗤う魔王の周囲がぞるりぞるりと漆黒に染まってゆく。
「ざまをみよ! ざまをみよ、ヴァレリア帝国! ざまをみよ、人間ども! 貴様らは自らが生み出した化物によって、今度こそ逃れようのない終焉を迎えるがいい!」
自身を包囲し、焦る必要などないとばかりに寄ってくる漆黒を完全に無視して、初めて魔王が意味ある言葉を吐き散らかしている。その血が滲んだような声は深い憎悪に染まっており、狂気を孕んだ呵々大笑を以て満願成就の寿ぎをひしりあげる。
残された左眼から蒼血とともに涙を流し、だが顔を笑顔の形に酷く歪めて月も星もない漆黒に埋め尽くされた天を睨みつける。
「あはははははははははははは――死ね」
最後は狂気さえも薄れて子供のような屈託ない笑いをひとしきり続けた後、いかにも魔族らしい、あるいはすべてを諦めた人そのもののような無表情で呪いの言葉を吐いた。
ウル、サイ。
その瞬間声なき声が黒い世界に響き、魔王の首がことりと落ちた。
頭が地にぼとんと落ち、ゆっくりと頭を堕とされた身体が頭を追って地に倒れ伏す。
そのまま周囲を囲んでいた漆黒に呑み込まれ、消化されるようにして消えていった。
だがそれでもまだ終わらない。
生きているものがなにもなくなった世界で、聞く者もないままに濁音が轟き渡った。
天も地も、その狭間にあった生きとし生けるモノすべてを肉塊に変えて捏ね上げ、巨大で悍ましい偶像が立ち上がってゆく。
それは自身が黒い黒い深い穴のような、巨大な天の使いのシルエットをしていた。
世界を虚に変えて自身に取り込みながら、その巨大な終焉の天使がとある方向へと進みだした。進路にあるありとあらゆるを無と帰すその歩みは、帝都のみならずヴァレリア帝国全てを呑み込んでゆく。
――クナドサマ、ドコ?
それは愛しい者を求めて、世界を終わらせながら歩み始めた。
アドルの絶望は現実とはならなかった。
確かにスフィアの魂は一度死んだが、身体に深く刻まれた思いの象徴――クナドによる接吻の印が、再生したクナドのモノを、ナニモノカの器にすることを許さなかったのだ。
本物のスフィアではなく、女神を宿した器でもない。
その虚ろなナニカは自らの持ち主だけを求めて、それ以外のすべてを無に還しながら世界を彷徨いはじめたのだ。
第八章 『世界再構築』①
お正月休みが明け次第、投稿再開予定です。
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