第075話 『勇者たちの死』⑪
事実、ヴァレリア帝国全てが勇者たちの死を望んでいるわけではない。
それどころか全体で見れば勇者たちが魔王を倒してくれることを心から望み、そのために自分たちの国が一番犠牲を強いられていることを理解しながらも、歯を食いしばって耐えている者が多くを占めている。
だがごく少数が一部の実権を握り、皇帝の意志や民意などすべて無視して、亡国の道へ突き進むことも可能なのだ。狂人が一定の権力を握ることを冷笑し、馬鹿な連中が馬鹿なことを宣っていると見下していた賢者を自認する者たちは、その馬鹿の馬鹿ゆえの暴走に巻き込まれて同じ馬鹿になり下がる。
そして大概は、それと気づいた時には手遅れなのである。
「我らヴァレリア帝国はこの百年、大陸中のすべての国家の中で最も血を流し続けてきた。それにふさわしい対価は、平和になった世の中では得ることなどできはしない! 勝利と犠牲にこそ称賛と富は捧げられるべきだ! 自分たちが生きていけることを我らに感謝し、讃え続けるべきなのだ!」
その手遅れの象徴。
まともな場での発言であればすべての公的な立場を失い、事と次第によっては物理的に首が飛びかねない妄言も、勇者パーティーを全滅させるという結果を出した上でのものとなれば無視できない。
少なくともヴァレリア帝国の主流派は、これまでのように非主流派の妄言として笑い飛ばすどころか、共犯者として動くしかないところまで詰められてしまったのだ。
これから『勇者殺し』に関わった者すべてを粛正したところで、人類の希望を摘んだことに対する国家としての罪は消えない。どれだけ暴走した馬鹿どもをあしざまに詰ろうが、その馬鹿が正規軍の一部である以上は制御しきれなかった罪からは逃れられない。
となればあくまでも「勇者は魔族の不意打ちで殺された」という、普通であれば失笑を買うしかない架空の顛末に同調するしかなくなる。そして完全な隠蔽などできるはずもない以上は早々に露見し、それでも生き残るために汎人類連盟を割ってでも自らの正義を主張するしかなくなる。
そうなれば汎人類連盟からの手厚い支援があってこそ持ち堪えることができていたヴァレリア帝国は、早晩魔族による侵攻を受け止めきれなくなって崩壊することになるだろう。
いやそれ以前の問題として、勇者一行を『魔大陸』に至らせないために『魔導塔』を抑えようとしていた魔王軍は、その必要がなくなれば大陸全土へ侵略を始めるはずだ。そして勇者たちが魔王を倒すまで耐え忍べばいいという希望を失った大半の国は、絶望の中擦り潰されてゆくしかなくなるのだ。
たぶんそうして、人は自滅していくのだろう。
あるいは魔王に率いられた魔族による侵攻があったからこそ、千年もの平和に膿んだ世界でも滅びずにいられたのかもしれない。
「幸いにして勇者サマ方の活躍のおかげで、我らは次の百年も持ち堪えられる。そのことだけは感謝しておりますよ」
だが一方で騎士団長が言うとおり、勇者たちの活躍によって一時的とはいえ大陸再征服は完了している。事実、ここから魔王軍による再侵攻が始まったとしても、これまでの百年を耐えられたように次の百年くらいは持ち堪えられる可能性は高いだろう。
その先のことなど知った事ではないのだ。
勇者一行を人の手で殺すという愚行に走った者たちは、自分たちが生きている間、血と熱と栄光の中で過ごせればそれでいい。自分たちが死んだ後に人が魔王軍に滅ぼされるのは、滅ぼされた奴らが惰弱なのであって自分たちは雄々しく戦い護り抜いた。
それこそが大事で、それ以外は知らない。
想像できる未来はせいぜい自分とその子、孫の寿命程度が限界なのだ。
歴史という視点から見れば、どうしようもないほど近視眼的に過ぎる。
あるいはそれこそが最も人らしく、同時に最も度し難い人の宿痾なのかもしれない。
「ではそろそろ死んでもらいましょうか。平和などで錆びつかせたりはせぬ、我が帝国と我らの栄光の為に!」
そんな自己陶酔で感涙に咽びながらアドルに剣を突き立てる騎士団長は、自分こそが救世の英雄だと信じているのかもしれない。
「スフィアを殺したりしたんだ」
だが口の端から血を流し、焦点の合わなくなった瞳に色濃い絶望を浮かべているアドルは、そんな逃れようのない人の宿痾や醜さをいまさら嘆いているわけではない。そんなことなど百も承知で、それでも人のいい側面を信じたからこそ今日まで戦ってきたのだ。
避けえぬ自分の死すらどうでもよく、一度は自分が護ろうとした世界が、避けようもなくほどなく滅んでしまうことにこそ深く絶望しているのだ。
先のアドルの「どうして」は、最後の言葉に繋がっている。
スフィアは死んだ。
『魔王の槍』だかなんだか知らないが奇跡をすべて無効化するというのであれば、常時浮いていなければすぐに蹴躓いて転ぶスフィアが躱せるはずもない。痛みの無効化も再生のもできなとなれば、槍に貫かれた瞬間にショック死していても不思議はないだろう。
だが王立学院時代からスフィアに生じていた異常事態を知る者は勇者パーティー以外ではクナドだけに限られている。もしもそれを知っていたら、スフィアだけは大砲で吹き飛ばすことが悪手だと思い至れたのかもしれない。
聖女の器を支配していたスフィアという意識は、自分になにが起こったのかを理解もできずに即死した。だがそのままであれば聖女の器である身体も『魔王の槍』に封じられて、ただの死体のままだっただろう。
だが大砲で吹き飛ばしてしまったからには五体はバラバラになり、槍の影響から離れることになる。そうなれば聖女の器は、ある程度の時間はかかっても完全に再生するだろう。
だがもう、そこへ宿るナニモノカを御するスフィアは死んでいる。
ある意味クナドが魔王よりも警戒していたナニモノカが、どれほどの奇跡でも駆使できる器を得た上で、完全に野放しになってしまうということだ。
神と呼ばれるナニモノカが、己の愛し子、あるいは器を傷つけた相手を捨ておくはずがない。それだけでは済まず、何度もあのスフィアが不安そうにしながら口にしていた、
「私が制御できなくなったら、すべてを壊してしまいそうで怖いのです」
という言葉が現実になってしまうのだ。
よしんば『魔王の槍』が貫いた身体は器としての権能をすべて失うのだとしても、結果はさして変わるまい。誰よりも愛しいスフィアと、加えてもいいなら最も仲良くしていた自分、クリスティアナ、カインを殺されたと知ったクナドが、この世界を赦してくれるとは思えない。
女神か男神か。
その差があるだけで、その逆鱗に触れてしまったこの世界は滅ぼされる。
だからアドルは、死の直前に本当に絶望したのである。
常に希望に輝いていたその瞳に、暗い諦観を宿したアドルが絶望を音にしたような言葉を明確に発してこと切れた瞬間。
帝都全体にぞるりと、闇そのものでできた帷が降りた。
『勇者たちの死』⑫
12/31 22:00以降に投稿予定です。
次までが物語の前半となります。
次章 第八章『世界再構築』
お正月の間は投稿を停止します。
休み明けから投稿再開予定です。
この後の展開に興味を持っていただけたら、応援いただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
--------------------------------------------------------
2月上旬まで毎日投稿予定です。
よろしくお願いいたします。
【恐れ入りますが、下記をどうかお願い致します】
ほんの少しでもこの物語を
・面白かった
・続きが気になる
と思っていただけましたら、ブックマークや評価をぜひともお願い致します。
評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をスマホの方はタップ、PCの方はクリックしていただければ可能です。
何卒よろしくお願いいたします。




