第070話 『勇者たちの死』⑥
「まあ、魔導塔の先端に間違いなく魔大陸が降りてきている証拠ですし、最短で無力化を進めましょう」
静かな口調と表情に強い意志を滲ませて、クリスティアナがそう宣言する。
その言葉が示す通り、今の攻撃は魔大陸から発されている。
その攻撃は一定以上の人類が集まっている場所へ、魔大陸との距離など関係なく放たれる『滅びの光』だ。千年前と同じく魔王が放っているとされるその攻撃は、着弾した場所にいるすべての人間を殺し尽くす。
その場に生きている人間がいなくなるまで消えることのない蒼い雷焔。
それは都市であろうが町であろうが村であろうが――軍であろうがその一撃で壊滅させてしまう。
魔大陸が天空に存在し、魔導塔を経てしかそこに至れないことも少数精鋭――勇者パーティーによる魔王討伐を汎人類連盟が唯一無二の手段としている理由ではある。だがそれ以上に各国が軍を出征させればそこへ魔王による蒼撃が撃ち込まれ、成す術もなく壊滅させられることこそがそうせざるを得なくさせている。
魔導を司る組織『魔導塔』と、奇跡を司る世界宗教である『聖教会』
その二大組織が協力して初めて展開可能な大規模結界に守られているからこそ、各国の首都を含めたごく少数の主要都市群は、この攻撃をどうにか凌げているのだ。
事実、約百年前に魔王が復活して今日に至るまでの間に、すべての国家から中規模以下の都市、街や町村はその姿を消しており、百人に満たない小集団だけになってしまっている。それ故に自衛力など皆無に等しく、魔人はもとより魔物の襲撃であっさり滅ぼされるしかない状況なのである。
いくら首都や主要都市だけが無事であっても、そんな状態で健全に国家を運営できるはずもない。
人類は都市部に暮らす恵まれた民衆たちが思っているより、この百年でずっと窮地に追い込まれていたのである。
だがそれも5年前までの話だ。
首都級の大都市は強力な大結界に守られているため、蒼雷焔による攻撃を無効化できるうえ、超長距離転移以外での上位魔族の侵入を許さないのはこれまで通り。
蒼雷焔の目標とされないために少数にならざるを得ない村落であっても、魔物が溢れてくる規模の魔物支配領域や大迷宮の大部分を勇者パーティーが潰してくれたため、直接的な脅威は激減している。
それでも完全には無くなってはいない小規模の魔物支配領域や迷宮、極まれに発生する魔物異常発生は、どうにか冒険者ギルドへの依頼や任務で凌げるようになっているのだ。
5年前には5年もたないといわれたアステア大陸の人間社会は、現状でもゆっくりとはいえ回復、拡大することが可能な状況にまで持ち直している。
汎人類連盟が実態とはかけ離れていることを知りながら『大陸再征服』完了宣言を行ったのは、そういう状況にまでは至れたからこそだろう。
後は勇者パーティーが魔導塔を経て魔大陸へ攻め入り、魔王を討伐してしまえば平和な時代が訪れる。
アドルたちがここまで至るまでに、決して少なくない命が犠牲となっている。
勇者が魔王を討ってくれることを信じ、そのために必要な時を稼ぐために己が身命を擲ってくれた人たちのためにも、ここまで来て失敗することは許されない。
明日以降はこんな安全で快適な場所で休息をとることもできなくなる。
だからこそ可能な時には十分に体を休める必要があることを、アドルたちはこの5年で実体験として身に染みている。
故に誰もが逸る想いを鎮め、各々に与えられた部屋で最後の穏やかな眠りを得ることを優先し、この場は解散となったのだ。
◇◆◇◆◇
深夜。
今宵は晴天であり、本来であれば満天の星空と中天に至った満月が輝いているはずだった。だがそれは帝都上空に高度を落とした巨大な浮遊大地――『魔大陸』に阻まれており、アドルが与えられた最上級の部屋の天窓は漆黒に染まっている。
それに加えて今『魔大陸』が上空になくとも星と月の光は消え、帝都上空はどこからか不自然に湧き出た紅の魔導光を迸らせる暗雲に、人知れず覆われ始めていた。
凶兆。
星見であれば間違いなくそう読む宙の様相である。
ヴァレリア帝国の帝都が不穏な空気に包まれて行く中。
それを察知したものか、豪奢な部屋に似つかわしい天蓋付のベッド、そこに深く身を沈めて明日からに備えて早く寝ていたアドルの目が瞬時に開かれた。
それと同時に飛び起き、轟音とともに正確にアドルに向かって発射された砲弾を、装備したままだった聖剣を抜き払って一瞬で無力化する。さすがに鎧兜の類は脱ぐが、この5年で眠るときでも聖剣は持ったままにしておく癖がついているのだ。
斬られた結果、目標へは当たらずとも物理的なエネルギーまでは消しきられず、アドルの背後に着弾した元砲弾たちが部屋の壁を吹き飛ばして城外へと崩落していく。
常人であれば感じられない物音も気配も、この5年間実戦で鍛え上げてきたアドルの感覚を前には消しきることなどできはしない。基本的に不意打ちは通用しない域まで、勇者パーティーは到達しているのだ。
だが魔族特有の気配は完全に消し去っているので、手強い相手であることは間違いないとアドルは判断する。大国の帝都に攻撃を仕掛けてくるのだ、弱い魔族なわけがない。
ただ気配隠蔽の見事さと相反するようにして殺気をまるで隠せていないアンバランスさと、転移陣が開いた際の魔力の残滓をまるで感じられないのが気になるところではある。
なによりも強大な技や魔法ではなく、おそらくは人から奪ったのであろう大砲の斉射程度で、仮にも勇者を仕留められるといまさら魔族が思っているとは考え難い。
――大国の帝都だからって、流石に油断しすぎたかな……
一瞬で完全に意識を覚醒させたアドルは、廊下を挟んで対面にある部屋――扉や壁は当然斉射によって吹き飛ばされている――に並べられた、まだ砲煙を上げている大砲の列を眺めながら内心で反省していた。
一番の油断は個室を与えられたからといって素直にそれに従った結果、あっさりと分断を許したことである。4人の相乗効果こそが勇者パーティーの神髄である以上、いくら大国の帝城内とはいえ、いつも通り固まって眠るべきだったのだ。
――とはいっても、都市ではクリスティアナ殿下やスフィアの名誉にも関わるしね。
野宿や『滅びの光』の対象にならないような村落であれば問題ないのだが、大結界に守られた城塞都市となればそうはいかないことも多い。女性というだけではなくクリスティアナは大国アルメリアの第一王女、スフィアは聖女様なのだ、仲間とはいえ男性と同じ部屋で夜を過ごすとなれば、当然眉を顰める連中も出てくる。
大概は中途半端な地位にある貴顕の連中がそういうことを言い出すのだが、中には国王や皇帝がそういう価値観の国もあった。尚武の国であるヴァレリア帝国もその一つだったらしく、皇帝陛下自らが男女を相部屋にすることに対して難色を示したのだ。
基本的にはアドルたちを大歓迎してくれている上、戦場であれば男女が一緒に寝ることなど当然としているからこそ、礼節を重んじるべき帝城においては――という論調にはアドルたちとて抗い難かった結果、個室を受け入れざるを得なかったのである。
とはいえ、この時点でまだアドルは慌ててなどいない。
『勇者たちの死』⑦
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