第007話 『5人目のメンバー』①
「よう補欠! 今日も地道に王都周辺巡回をこなすのか?」
「たまにゃあ、窮鼠猫嚙の実力を発揮してくれや」
「今からでも勇者パーティーに参加しなくていいのか? 5人目さんよ」
「せめて単独を考え直せよ昼行燈。うちのパーティーならいつでも歓迎するぜ」
「おめーらは勇者様と縁を持ちたいだけだろうが!」
「バレたか」
「バレいでか!」
「いやまあ、より正確にいえば縁を持ちたいのは聖女様となんだけどな」
「……度胸あるなあ、お前ら」
アルメリア暦1997年夏待月七の日、早朝。
アルメリア中央王国、王都アーヴェイン正大門付近の冒険者ギルド、アルメリア本部。
そこではいつも通り――非日常を日常としている冒険者たちが、他愛もない会話を交わしていた。
ギルド本部の大扉を潜ったと同時にその冒険者たちから声を掛けられているのは、C級冒険者でありながらアルメリア中央王国の冒険者ギルドにおける有名人――クナドだ。
正確にはC級68等級。
冒険者らしく引き締まった躰をしているが、赤髪茶眼の顔は十人並みのものでしかない。強いて言うなら、意志の強そうな切れ長の瞳を好む異性はいなくもないだろう程度か。
背は高く、体躯に恵まれた者の多い冒険者たちの中でも上の方に含まれるだろう。
装備はC級の冒険者としては平均的なものであり、杖と長外套ではなく、長剣のみに軽鎧を身に纏っているからには剣士系であることは間違いない。
端的に言えばいかにもありふれた、冒険者ギルドであればどこででも見かけることができる最多数層の一人にしか見えない。
だが声をかける際に使われた、明らかに名前ではない単語たち。
――補欠、窮鼠猫嚙、五人目、昼行燈。
それらはすべて、すでに定着しているクナドに与えられている通名である。
少なくともここ王都アーヴェインでそれらの通名がクナドを指すことを知らぬ者など、冒険者ならずとも大人であれば誰もいはしない。
それだけこのクナドという冒険者は、ここアルメリア中央王国では有名人なのである。
いやこの5年の間に、その名前は大陸全土にまで広がっているかもしれない。
ただしそっちは本人の実績によるものではないのだが。
通常、通名がC級程度の冒険者に与えられることなどありえない。
事実、親しげにクナドに声をかけているB級の冒険者たちの中にも、通名を持っている者など自称を除けば誰もいはしないくらいである。
逆にA級となればその全員が通名を持っている――というよりも通名すら持てない冒険者が、上位0.01%にも満たない数しか存在していないA級になどなれるはずがない、といった方がより正確だろう。
そんな格上の冒険者たちから親しげに声を掛けられているクナドは、いつも通り苦笑いを浮かべながら無言でひらひらと手を振り、自分の担当者がいるカウンターへすたすたと進んでいく。
「おはようございます、クナドさん!」
「おはようレナ。今朝もいつもどおり早朝の王都巡回の任務を受ける。登録を頼む」
「承知しました!」
そして自身の担当受付であるレナ――美人受付嬢として有名人――に挨拶され、毎日変わることのない声をかけている。
クナドは5年前に王立学院冒険者育成学科を卒業して以来、毎日朝、昼、晩の3回行われる王都巡回任務を受けることを基本的に欠かしたことはない。
王立軍だけでは手が回りきらない王都周辺の巡回――当然発見した魔物の処理を含む――は魔王軍による大陸侵攻が始まって以降定着しており、C級以下の冒険者にとっては安定収入の定番と化している。
だがそれも大部分はD級までの話であり、より稼げるようになったC級で受ける者などほとんど存在していない。冒険者等級が60を過ぎれば皆無と言ってもいい。
発見した魔物を討伐できなければそれなりの定額報酬だけで、王都周辺に出るような低級魔物数体を数の力で倒したところでさほど増えもしないのでは当然だろう。
実質この任務をこなすだけでC級にまでなった冒険者など、クナドくらいのものである。
加えて複数での活動が当たり前になっている昨今では、単独での活動も珍しい。
今ではパーティーどころか一党を形成している者たちも多く、クナドのような単独冒険者は本当に極少数派になっているのが実情なのである。
また、基本的に大部分の冒険者の朝は遅い。
最多数層であるクナドと同じC級冒険者たちは依頼を中心に稼いでおり、民間から出されているそれらは薬草採取などの例外を除けばあまり時間に縛られない――要は達成すればそれでいい類のものが大部分だからだ。
昼一くらいから活動を始めて依頼を達成し、得た報酬で夜は遅くまで派手に飲み食いをする。その当然の帰結として昼前まで寝ることになりがちなのである。
なお依頼、任務共に、C級以上ともなれば、市井でまっとうに働いている者たちの収入中央値に比べてかなり高額といえる報酬設定となっている。
それゆえ日々少々の贅沢をしていても、安定的に依頼や任務をこなせてさえいれば装備、道具の維持や聖教会での治療費用に困ることはない。
険しきを冒す者――文字通り命がけで依頼や任務を遂行する冒険者は、それくらいの待遇がなければなろうとする者がいなくなってしまうのだ。
魔物と戦える能力――技や魔法を使える人材は限られており、軍人や貴族の私設軍をはじめとして、食っていくには困らない比較的安全な仕事などいくらでもあるからだ。
人々の困難を解決し、魔物から人々の暮らしを守る誇り高い仕事。
冒険者たちにそんな想いが全くないとまでは言わないが、まずは実利があってこそ人は命がけの仕事でも、全身全霊をかけて真剣に取り組むことができるのだ。
それは別に冒険者に限った話ではなく、仕事と呼ばれるすべてに共通する。
やりがいや夢だけでは仕事は続かない。
それだけで続けられるものを仕事と呼ぶべきではない。
実利を担保できない仕事もどきはいずれ誰もそれを担う者がいなくなり、最終的にはなくなってしまう。逆に言えばなくなって困る仕事というものは、それを必要としている誰か――受益者がその実利を担保し続けるべきなのだ。
冒険者とはまさに、それを体現している仕事といえるのかもしれない。
つまるところ、こんな早朝から冒険者ギルドに集っているのは民間からの依頼ではなく任務――国や冒険者ギルドが直々に冒険者を指定する、基本的には高難度案件――を受けるB級以上、いわゆる高位冒険者たちとなる。
A級ほどではないがB級とて上位3%に満たない高位であるからこそ、その人数が多いはずもないのだ。
次話『五人目の仲間』②
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