第069話 『勇者たちの死』⑤
これではさすがにアドルも生返事しか返せないわけである。
なお人前で口にしたことのみを気にしており、その内容についてははしたないともなんとも思っていないあたり、クリスティアナも大概である。
「わ、私も失うと決まったわけではありませんし?」
この場にクナドがいるというわけでもないのに、スフィアがクリスティアナに対抗するようなことを言い出している。
スフィアとて自分の女性としての魅力に自信がないわけではないが、冒険者として活動しているクナドにとって、スフィアが聖女としての力を有したままの方がいいことなど言われるまでもなくわかっている。
確かに家で愛する人の帰りを待つシチュエーションに憧れがないとは言わないが、早晩自分はそれに飽きてしまうだろうという自覚、というか妙な自信すらある。
なによりもクナドとともに冒険者として背中を預けあうという状況のほうが、スフィアの性格的には家で待っているよりもより「ぐっとくる」ことは間違いない。
アドルやカイン、クリスティアナをいくら癒しても特段なにも思うところはないが、傷ついたクナドを癒し、疲れ果てたクナドに再び立ち上がる力を与える自分を想像すると、下腹部から背中を一気に駆け上がる謎の感覚を得て震えてしまうほどだ。
儚げな見た目に反して強欲なスフィアとしては、クナドときっちり男女の関係になった上で、冒険者として背中を預けあう関係も構築したいと思うのも当然だろう。
「いやそこは失っとこうよ」
とはいえさすがにそれは都合がよすぎるとアドルでさえ思うらしい。
気分が乗ってさえいれば魔力すら必要とせずぽこぽこ奇跡を引き起こせるのは間違いなく神の寵愛があってこそであり、その寵愛を放り出して世俗の恋愛に身を任せるからには聖女の力を失うのは当然だと思うのだ。
というよりもクナドの親友を自認するアドルとしては、自分でも勝てないと思うほどの力を持ったスフィアが、その力をすべて投げ出してでもクナドと一緒になりたいと思うからこそ、その思いが本物だと素直に信じられるというのもある。
我ながら少々拗らせ気味だという自覚もあれど、それもまた偽らざる本音なのだ。
救いは当の本人であるスフィアもまた、大前提として同じ考えを持っていることか。
先の発言はクリスティアナを羨む気持ちと「あわよくば」があわさった妄言であり、力を失うからとてクナドとそうなることを躊躇うつもりなど毛頭ありはしないのである。
「神様って意外と心が狭いんですか?」
自分はアドルとそうなっても力を失わないであろうクリスティアナが、わりと罰当たりなことを平然と口にしている。その違いから勇者の力を与えてくれているのは、聖女の奇跡を起こしている神とは別物だと割り切っているのだろう。
「いや私が神様だとしたら、人間の男に心を奪われている女性を聖女には選ばんな」
その疑問に答えているカインの言葉は正直な感想だろう。
自分を神様の位置に置き換えて考えれば、そういう方面の機微には疎いカインとて、アドルと同じく力を失うのはやむなしとの結論に至るらしい。
無償であってこそ愛という綺麗事を、それを唱える聖教会の神自身が否定しているという状況もカイン的には面白いのだろう。
「女神さまでも嫌なものなのでしょうか?」
だが広く知られている聖教会の主神は美しい女神であり、同性の信者の幸せを祝福できないモノなのかと、これもまた罰当たりな疑問を、クリスティアナが指を口元にあてる可愛らしい仕草で口にしている。
「いえ、えっと、あのですね?」
スフィアとしては自分が敬虔な信者である自覚もなく、恩知らずにも奇跡の行使を与えてくれている女神様を心の狭い女扱いされても、別段腹立たしくも感じない。それどころか時に自分を乗っ取ろうとする神と呼ばれるナニモノカなど、クナドに抱かれて消えてしまうのであれば臨むところでしかない。
だがらしくもなく顔を真っ赤にしてクリスティアナとカインの会話を遮ろうとしたのは、わりと明け透けに自分とクナドが肉体関係になる、ならないという話題をされている恥ずかしさに、急に思い至ったからである。
今も髪を上げてクナドに着けてもらった所有印をこれ見よがしに晒し、訪れた先々でも頬を上気させながら言い寄ってくる有象無象に見せつけていた割には、一定以上の生々しさには茹ってしまう耳年増に過ぎないスフィアなのである。
他の仲間たち3人は生暖かい表情を浮かべて「こういうところがクナドもたまらんのだろうなあ……」と半目にならざるを得ない。
だがそのスフィアの動揺の声は、耳を劈くような大轟音によって搔き消されてしまった。
「……相変わらず耳障りだね。でもこれもやっと止められる」
突然の轟音だけではなく、すでに宵の帳が降りて久しい帝都を真昼のごとく照らし出すほどの光が窓から室内も白く染め上げ、それは音ともにしばらく継続された。
だがこの部屋にいる誰もがそれには慣れたモノで、誰一人慌てたりはしていない。
アドルがそう口にした通り、これは勇者たちだけではなく、ここ百年の人類にとってはもはや当たり前になってしまった現象なのだ。とはいえこの現象が起こるたびに失われる命を思えば、慣れることなどできはしない。
「やっと止められる」とのアドルの言葉通り、これは魔族による人類への攻撃なのだ。
「可能なら、魔大陸を叩き墜としておきたいところですね」
先刻までの恋する乙女モードがどこかへと消し飛び、無感情な黒曜の瞳を天井――魔大陸が降りてきているであろう空の位置へと向け、スフィアがそう独り言ちた。
先代勇者によって先代の魔王は討たれたにも拘わらず、千年の時を経て再び魔王は魔大陸で甦ってしまった。
であればスフィアとしては後世への憂いを断つためにも、せっかく魔大陸へ乗り込むのであれば魔王討伐だけで満足せず、諸悪の根源でありながら基本的に人類には手出しができない魔大陸など、海にでも沈めておきたいところなのだ。
また千年後に、一方的に蹂躙される民衆や魔族の侵攻を食い止めるために犠牲になる兵士や冒険者たち、なによりも崇め奉られつつ無理難題を強いられる、次代の勇者パーティーなどが生まれる必要などなくなるように。
「……二重人格なのか?」
律儀にカインがつい先刻までのスフィアとの落差に突っ込んでいるがその口調は固く、淡い灰色の瞳に怒りを滲ませて床の一点を見つめている。
勇者パーティーの中では、カインが最もこの魔族による攻撃に対して因縁があるので無理はない。彼はこの攻撃で生まれ故郷を焼かれていなければ、賢者としてその才を発揮することもなかったかもしれないのだ。
『勇者たちの死』⑥
12/30 8:00以降に投稿予定です。
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