第068話 『勇者たちの死』④
とはいえもしもそうなったとしても相手が当のスフィア本人でもない限り、クナドが正教会の信者程度に後れを取るとも思えない。
問題はその結果として、聖教会が勇者パーティーを完全に敵に回してしまうことになる事実だろう。
そうなれば平然とクナドにつくであろうアドルとカインはお気楽なものだが、平和になった世界にも大きな責任を持つ大国の王族、クリスティアナとしては頭の痛いところなのである。
王家としては聖教会の勢力が削がれることそのものは悪いことではないが、何事もバランスが重要なのだ。王家に借りを作ってくれる程度であれば大歓迎だが、勇者パーティーを敵に回したその結果、聖教会そのものが二つに割れかねないどころか、事と次第によっては完膚なきまでに叩き潰されかねない事態は避けなければならない。
魔王を討った後の世界復興において、信仰という素朴で純粋な民衆のよすがを安易に失うわけにはいかないのだ。
「私は別に冒険者パーティーを組めなくても、お家でクナド様を待っていますから」
「…………」
だがカインがそんな政治的な背景も理解した上で、魔王を討った後の世界がせめて安定するまで――復興が一段落するまでは冒険でもしながら我慢すればいいのでは? という意味で言った言葉はスフィアには通じなかったらしい。
王立学院時代はその苛烈な本性とは関係なくその手の知識が圧倒的に不足していたのだが、卒業のアレを期に、この5年の旅の間に要らん知識だけはせっせと増やしていたスフィアである。なのでカインの言葉に何を想像したものか、赤面して身をよじらせながら普通であれば可愛らしいことを口走っている。
夢見る乙女そのもののセリフを耳にした勇者パーティー残りの3人、最近では魔人も泣いて逃げ出すと噂されている兵たちは揃いも揃ってめったに見ない複雑な表情を浮かべながら、沈黙を選ぶことしかできずにいる。
「……クナドが絡むと、毎回コレが本当にあのスフィアなのか? と思わされるのはある意味驚嘆に値するな」
賢者と聖女は幼馴染と言ってもおかしくない付き合いの長さであり、それだけにスフィアの本性を誰よりもよく知っているカインが、嘘偽りない本音を言語化している。
加えてこの5年間の間に、スフィアが眉一つ動かさずに魔人を攻撃系奇跡で消し飛ばすところを何度も見ているのだ。そのスフィアがお家で旦那様の帰りを待つ貞淑な新妻をしているところなど、苦難の旅を共にしてきた勇者パーティーの仲間としては想像するのも難しい。
想像したらしたで笑ってしまいそうである。
そうなれば間違いなく魔人が喰らった攻撃系の奇跡が容赦なく飛んでくるのだが。
「あ。わ、私はそういう関係になっても、剣聖の力は失わないですからね?」
「あ、はい」
だが今度はクリスティアナが俄かに慌て、妙なことを口走り始めた。
頬を朱に染めて正面から目を見てそういわれたアドルは、どこか機械的に頷くことしかできていない。
先代勇者の血を引くことを正当性の一つとしているクリスタニア王家としては、今代の勇者と王族の婚姻が成立することが最も望ましい展開だと判断している。
明確に救世主となった勇者が国を興すことが決められているわけではないが、民衆は千年前の鏡写しを望むだろうことは想像に難くない。であればその勇者が望んで王女を娶り、アルメリア中央王国の王となってくれるのが一番ありがたい。
勇者を王配になどと拘るつもりなどなく、現王家の血統に今代勇者の血を混ぜられるのであれば、一代くらい王家の血を継がぬ者が王となる程度であれば何の問題もない。
王家とて伊達に千年も先代勇者の血を絶やさずに繋いできたわけではないのだ。魔王復活などという大ごとがなくとも、例外的処置はこの千年に何度も繰り返している。
そういう意味では王家は勇者パーティーが魔王討伐後に冒険者として活動することにも好意的、というよりもそうあってくれることを望んでいると言ってもいい。
『勇者王』というお飾りでいてくれるのであれば、統治の部分を全面的に請け負うことに否やなどあろうはずもない。君臨すれども統治せず、を地で行ってくれるのであれば、勇者側も王家側も互いにプラスサムゲーム(Win-Win)でしかないのだ。
そういった身も蓋もない王族の義務とやらを背負って勇者パーティーに参加したクリスティアナなのだが、あにはからんや、あるいは案の定、この5年の旅の間どころか、王立学院を卒業する頃にはもうすっかり本気でアドルに惚れてしまっていた。
まあ今代勇者の固有能力の恩恵を一番受ける立場である以上、よほどアドルの性根に瑕疵がない限りはそうなってしまうのも無理はないだろう。
王立学院の卒業間近には「演技で仕方なく勇者に惚れているふりをしているふり」をしなければならない状況にまでなっていた。それをクナドに見抜かれて弄られていたのだが、その頃にはムキになっていちいち否定していたものである。
クリスティアナとしてはその頃の自分を思い出すとベッドの上で転げまわりたくなると同時に、クナド様はやっぱりすごいなあとも思うのだ。
『思ってもいないことは極力口にしない方がいいですよ? 意外とそれに引っ張られて自分の本心だと思ってしまうものだし、義務感だけでアドルを落とせると思っているわけでもないでしょう? アドルを落とすことが王女としてなにをおいても果たさねばならない義務だと思うのなら、この3年間で育ってしまった想いを素直に出す方がいいと思いますね。幸いあいつもクリスティアナ殿下には本気で惚れていますから、簡単な話です』
と旅立つ前日にクナドからかけられた言葉は、金言だったとクリスティアナは思っている。魔王討伐を果たして凱旋したら、まずはその礼をきちんとしなければならないとも。
尤も別に恋愛方面でクナドが手馴れていたというわけではない。
当のアドル本人からクリスティアナに対する想いを「もうええちゅうねん」の域で聞かされていたため、面倒くさいからさっさとくっつけとばかりに後押ししていたというだけに過ぎない。
アドルとクリスティアナの双方から要らんタテマエを取っ払ってしまいさえすれば、背中を預けあっての旅の中で勝手にくっつくと見做してそれっぽいことを伝えただけなのだ。
それはそれとして、さっさとアドルをとっ捕まえておきたくはあるので、平和になったらことを先延ばしにする気などクリスティアナにもない。アドルに「さすがに自重しよう」と言われていなければ、魔王討伐前でも一向にかまわぬ覚悟ではあるのだ。
いやまあ野宿も含めて仲間たちと寝食を共にしている以上、アドルの言う通り自重すべきであることは重々承知しているのだが。
幸い半年前には「魔王を討伐したら」という前提付きとはいえアドルの了承を得られているので、なるようになった後であれば、それが冒険者稼業であろうが国の統治であろうが全力で支える所存なのである。
それをスフィアの話から、そうなったらクリスティアナも剣聖の力を失うのだと誤解されて躊躇われたのではたまったものではない。故に焦って思わず口をついて余計なことを言ってしまったわけだが、今少し時と場所を選ぶべきだったことは反省するべきではあるだろう。
特に深読みせずとも「だから遠慮なくしましょうね!」と宣言したにも等しいことに思い至り、仮にも第一王女たるものが人前でなんということを、澄ました顔のまま赤面することを止められなくなっている。
『勇者たちの死』⑤
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